あたしと啓太は連れ立って学校を出た。
啓太の左隣をあたしが歩く。あたしたちが二人で歩く時は、いつもそうだ。なぜだか分からないけど、いつもあたしが左にいる。
キスしたことがない。確かにそうだ。
好きだと言われたこともない。それも当たってる。
そして。
今思い出したけど、そう言えば手を握ったこともなかった。自然とあたしの視線が啓太の左手に注がれる。
啓太、手握ってくれないかなぁ。
でも、内気な啓太には、多分無理だろう。
ならせめて、あたしが啓太の服の袖を握っちゃおうか。
「……………」
だめだ、それもできそうにない。
どうしてだろう。どうして啓太といると、あたしはこうなんだろう。今までの彼氏たちとは、もっと簡単に手もつないだし、もっと簡単にキスもした。
でも、啓太にだけはできない。
手を握るなんて簡単だ。ほんのちょっと、この手を伸ばせはそこに啓太の手がある。啓太の袖がある。よし、握ろう、と思って手を伸ばそうとしてはとまどい、また伸ばそうとしてみては、やっぱりとまどう。
あたしが今、啓太と手を握りたいと思っていることを知られることさえ、恥ずかしいと思ってしまう。
どうしてかなぁ、なんでこうなんだろう。
横を歩く啓太の横顔をコッソリ見るだけで、あたしの胸はドキドキし始める。
「なんでかなぁ」
自分でも無意識のうちに、あたしは声に出して言ってしまったらしく、啓太が不思議そうな顔であたしを見た。
「なに? なにか言った?」
ハッとしてあたしは首をブンブン振る。
「な、なんでもないの。あはは、ちょっと独り言」
「そう? ならいいんだけど」
そう言うと、啓太は少し考えるような顔をした。
なにを考えているんだろう。すごく気になる。
「啓太、なに考えてるの?」
「……うん、別にたいしたことじゃ………」
少しためらった後、啓太は言った。
「真由ってさ、付き合う前と今とでは、だいぶん印象が違うなと思って」
「あたしの印象?」
「うん。以前はさ、もっと元気で明るくて活発で、いつも楽しそうにしてた。今でも友達といる時はそうだけど。でもさ、俺と一緒にいる時の真由はそうじゃない。なんて言うか、その、全然しゃべらないし………あまり楽しそうじゃないよね」
あたしは飛び上がった。
楽しそうじゃない? 冗談でしょう。だってあたしは、他の誰といる時よりも啓太といる時の方が楽しいし、他の誰といる時よりも幸せなのに。
「待ってよ、啓太。それはちが…」
「真由はどうして俺と付き合おうと思ったの? 俺なんて、なんの取り得もない普通の男なのに。 やっぱりみんなが言っているように、いつもとは違ったタイプの男と付き合ってみたかったから?」
それを聞いて、あたしは頭をおもいっきりぶん殴られたようなショックを受けた。啓太の言った言葉が、何度も何度も頭の中でこだまする。
なにも言えずに、ただ啓太を見つめるだけのあたしに、啓太は真面目な顔で言った。
「俺たち、付き合うのやめたほうがいいんじゃないかな?」
あたしは一瞬、めまいを感じた。頭がガンガン痛んで、胸がムカムカする。
なに? 今なんて言ったの?
あたしと見つめあう啓太の顔は、少し悲しそうだ。
どうして? どうしてそんな悲しい顔をするの? だって、悲しいのはあたしのほうなのに。
そして、混乱したあたしが次にとった行動は、後になって考えると、自分でもわけの分からないものだった。
自分の顔より少しだけ高いところにある啓太の顔を、あたしは思いっきりひっぱたいたのである。
バシーン、と高い音が響く。
「啓太なんて……啓太なんて大嫌い!」
あたしはそう叫ぶと、その場から走って逃げ出した。
気がつくと、あたしは学校からそう遠くない場所にある公園にいた。
多分、全力疾走してここまできたのだろう。息があがって胸が苦しい。でも、胸が苦しいのが走ってきたせいだけではないことを、あたしは知っている。
「オレタチ、ツキアウノヤメタホウガ………」
さっき啓太が言った言葉が、ズキンとあたしの胸に響く。
本当は、聞くつもりだった。啓太があたしのことをどう思っているのか。そして、好きだと言ってもらうつもりだったのに。
「でも、ああいうことを言うってことは、やっぱり啓太はあたしのことなんか好きじゃなかったのよね………」
夕方の公園では、たくさんの子供たちが遊んでいる。それを遠目にながめながら、あたしはボンヤリとベンチに腰を下ろした。
「あーあ」
何度目だか分からないため息をあたしはついた。
「あれ、真由さん?」
誰かがあたしに声をかけた。
無気力にうつむいていた顔を上げたあたしの目に映ったのは、公園の外、女の子を二人もはべらせている亮の姿だった。
「なにやってんの、そんな所で?」
「別にー」
いつものように軽い口調で言う亮に、あたしは抑揚のない声で答えた。
「なんでもない」
「珍しいね。もしかして、真由さん落ち込んでんの? よーし、ここは一発、俺が慰めてあげよう」
そう言うと、亮は一緒にいた二人の女の子とたちになにか言って手を振り、自分はそう高くない柵をヒョイと飛び越えて公園に入ってきた。チラリと女の子たちの方を見ると、二人があたしを思いっきりにらんでいる。
「どうしたんだよ、真由さん。悩みがあるなら、ホラ、俺に話してごらん」
女の子たちのことなど気にもとめず、弾むような軽い足取りでやって来た亮に、あたしはシラけた視線を向けた。
「あの女の子たち、追っ払っちゃったの? かわいそうに」
「いいんだって。俺にとっては真由さんのほうが大事」
そう言って亮はニカッと笑う。
「それより、どうしたんだよ? あのパッとしない彼氏はどうしたんだ? ケンカでもした?」
「うーん、まあね。そんなトコ」
「へー、そりゃいいね。ついでにそのまま別れちゃえよ」
「なによ、それ」
「ははは、冗談だって。で、なにがあった?」
「……………」
あたしと啓太のこれまでのいきさつを、亮になんか話したって仕方がない。
そう思っているのに、なぜかあたしは話し始めてしまった。こと細かに、これまでの事情を説明する。
あたしが啓太の優しさに感動し、好きになってしまったこと。とまどう啓太を強引に押し切って付き合い始めたこと。好きだと言われたことがないこと。キスどころか手を握ったこともないこと。そして、さっきの「いきなりビンタ」事件。
最初はへらへらしながら聞いていた亮の顔が、段々と険しくなってきた。
「なんだよ、それ!」
そして、最後まで聞き終わった時には、もうすごい勢いで怒りまくっていた。
「あいつ、フザけてんなー。あんなやつが真由さんと付き合えるだけでも幸せなのに、そんなふざけたこと言ったわけ? 信じらんねー。俺、なんか腹が立ってきた!」
「そうは言っても、啓太の気持ちを確認しないで、強引に付き合うように仕向けたのはあたしだし…」
「でも、最終的に付き合うって決めたのはあいつ自身だろ?」
「それはそうだけど」
「手も握ってない? バッカじゃねーの。俺だったら、付き合うことが決まったその場で、すぐに真由さんにキスしちゃうけどな」
「あはは、よく言うわよ」
「ホントだって。だって真由さんは、俺の神サマ仏サマ女神サマなんだから」
真剣な顔してそんなことを言う亮がおかしくて、あたしはつい吹き出したした。
なんだか不思議。亮と話していると、さっきまでの暗く落ち込んだ気分が、パッとどこかに飛んでいっちゃったような気がする。
そんなあたしの笑った顔を見て、亮が言った。
「そうそう、真由さんはやっぱり、明るく元気で笑ってなきゃ。俺は真由さんのその笑顔を愛してるんだから」
臆面もなくそんなことを言う亮。
ベンチに座っているあたしの目の前には、亮の長い足がある。腰をかがめてあたしを覗き込むようにして見ている亮の顔は、女の子にモテるの当然と納得できるほどカッコイイ。それに亮は背が高いから、どうみても中学生には見えない。大学生と言っても通用しそう。
かっこいいんだよな、亮って。とても年下とは思えない。
そして、そんな風にかっこよくて女の子にモテまるっている亮は、いつだって、あたしのことを好きだという気持ちを、言葉やその行動すべてで表現してくれる。
だからかな、あたしが亮といるとホッとするし楽しいのは。
ふーっと、あたしは大きなため息をついた。
男によって傷つけられた時、それを別の、しかもカッコイイ男から慰められるのって、なんて心地いいのだろう、なんてことを考える。
亮はあたしのことを好きだと言う。人目をはばからず誰の前でもそう言うし、実際にそういう態度もとる。
あたしはそれを分かっていながら、やっぱり亮の気持ちに答えることができない。そのくせ、今みたいに悩みがあったりする時には、話を聞いてもらって優しく慰めてもらう。
そんな自分が、なんだかとてもズルくて悪人のような気がして、あたしはもう一度大きくため息をついた。
だって、こんなに辛い思いをさせられているのに、やっぱりあたしは啓太が好きだから。
なんだか自分自身が情けなくて泣けてくる。
「ごめんね、亮…」
「うわっ、なんだよ、どうしたんだ? どうして泣いたりなんかするんだよ?!」
あたしのポロポロ流す涙を見て、亮があせってオロオロする。
「なんだよー、もしかして、俺が泣かせちゃったのか? 俺、なにか悪いこと言った? ごめんな、真由さん。ホント、ごめん!」
「ううん、違うの。そうじゃなくて………」
その時。
一人の男の子が、公園の中に駆け込んできた。その男の子は、肩でゼェーハァー荒い息をつきながら、あたしたちの前にやってきた。
「………啓太…」
それは啓太だった。
「ハァハァ…ま、真由。探したよ………こんな所にいたんだ…ハァ」
驚きのあまり、あたしは涙を拭くのも忘れて立ち上がった。
「啓太、どうしてここに?」
「探し回ったよ。だって、さっき、あんな突然…」
「ちょっと待てよ」
その時、怖い顔をした亮が、あたしを守るかのように啓太の前に立ちふさがった。
つづく
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