あたしと啓太が付き合いだして、2ヵ月がすきた。
あたしたちが交際することを知った学校中は、そりゃあ、もう、大騒ぎになった。
「3組の笹山真由、同じクラスの石川啓太ってヤツと付き合い始めたんだって?」
「誰だよ、その石川って」
「さあ、知らない」
「あたし知ってる。去年同じクラスだったもん」
「どんなヤツだよ?」
「地味な子。存在感が薄くて、いてもいなくてもどうでもいい感じ」
「なんで真由がそんな男と付き合ってんだ?」
「さあね、いつもと違ったタイプの男と付き合ってみたくなったんじゃない?」
ひどい言われようだ。
そんなみんなの噂話を小耳に挟むたび、あたしはイライラしてしまう。あたしが誰と付き合おうが、そんなのあたしの勝手じゃないの!
でも、ま、仕方ないか。みんながそういう風に言うのも、分からないわけじゃない。
あたしは学校内でも、かなりの知名度を誇っている生徒の一人である。
理由は顔がかわいいからだろうけど、それだけじゃない。社交性があって、誰とでもすぐに友達になるあたしは、同級生、後輩ともに、男女問わず学校中に友達が大勢いるからだ。去年までは勿論、先輩方にもかわいがってもらっていた。
彼氏だって、今までに何人も作った。それも、みんな顔のかっこいい男の子ばかり。
別にあたしは面食いじゃないんだけど、あたしに交際を申し込んでくるのは、いつも決まって顔に自信があるタイプの男の子ばかりだった。
付き合っては別れ、付き合っては別れ。
でも、楽しいことが大好きなあたしは、別れた男の子たちとも、今だってちゃんと友達としてワイワイ仲良くやっている。これに関しては、自分でもすごいと思っている。だって、男の子と上手に別れることができている証拠だから。
まあ、そんなわけで、あたしは世間一般から、面食いの男好きで性格だってチャランポラン、でも一緒に遊ぶとそれなりに楽しい軽いタイプの女だと思われている。実を言うと、あたし自身もそう思っていた。
そんなあたしが、啓太と付き合い始めた。
今までとは違って、地味でおとなしく、顔だって普通の男の子。
これでみんなが大騒ぎしないはずはない。
親友の直子にまで、
「石川に真由は不釣合いよ。あいつのどこがいいのかね。あたしには分かんないわ」
なんて、正面きって言われるしまつだ。
いいじゃないの、ほっといてちょうだい!
だって、あたしは今、最高に幸せなんだから。この幸せな気持ちを、勝手な想像と思い込みから、台無しにするようなことはしないで欲しい。
啓太といると、あたしはいつも胸がドキドキする。
男の子と付き合ってドキドキするなんて、初めてのことだ。
今まで何人もの男の子と付き合ってきたけれど、ワクワクすることばかりで、ドキドキするのは今回が初めて。
自分が今、恋をしてる、っていう実感を体中で感じとることができる。
今だって、ホラ、いつもならおしゃべりなあたしが、啓太を目の前にして机に頬杖をつき、うっとりとその顔を見つめているだけ。
3時限目の授業の前の休み時間、あたしは啓太の前の席に座り、体を後ろに向けて、ただひたすら啓太の顔をぽーっと見ていた。
「あ、あのぉ」
啓太が困ったような顔をして言った。
「どうしたの、真由? さっきから黙り込んじゃって」
「ううん、別になんでもなーい。ただ幸せなだけー」
顔を緩ませてそう言うあたしの頭の中は、完全にお花畑になっている。
「あのさ、真由は……」
そんなあたしを見て、啓太はなにかを言いかけて、それをやめた。
「なあに?」
「ううん、なんでもない」
そう言って、啓太はあたしの大好きな優しい笑顔でほほ笑みながら言った。
「もうすぐチャイム鳴るよ。そろそろ席に戻ったら?」
「分かった」
啓太の言うことに、あたしはいつも素直だ。
「じゃあ、また後でね」
席を立ち、手を振るあたしに、啓太はにこっと笑った。
昼休み、給食を食べ終えたあたしは、直子と二人、ベランダで日向ぼっこをしながら売店で買ってきたジュースを飲んでいた。
今日はあたしの大好きな春の晴天。暑くもなく、寒くもなく、ひたすら温かくて心地よい最高のお天気。時々吹く優しい風が、あたしの長い髪を優しくなでる。
「亮がね、ぼやいてたよ」
イチゴオーレをストローでチューチュー吸いながら、直子が言った。
亮っていうのは、あたしがかわいがっている2年の男の子。本名は園田亮介っていう。
年下のくせに背が高く、顔もかなりカッコイイ。女ったらしで少しすれたような感じの子だけど、あたしのことを「真由さん、真由さん」なんて慕ってくれるもんだから、あたしも悪い気はしない。
やんちゃな弟、のような存在だ。
「亮がなんだって?」
「うん、真由さんがあんな男と付き合うなんてショックだ。こんなことなら、年下だってこと気にしないで告白すればよかったー、なんてね」
それを聞いてあたしは笑った。
「あはは、亮がそんなことを? 相変わらずかわいいこと言ってくれるわね。だから憎めないのよ、あいつ。ちょっと生意気なところあるけどね」
「笑いごとじゃないって。亮、本気みたいだったよ?」
「ふーん、でも、あきらめてもらうしかないわね。だって、あたしは今、啓太ひと筋なんだから」
啓太の名前を出しただけで、あたしの目の中をハートマークが泳ぎ出す。
直子がハァッとため息ついた。
「まったく、どこがいいのかね、あの石川の」
「すべてよ! すべてがいいの」
「すべてって言うけど、真由が石川のこと、そんなに知ってんの?」
あたしはちょっと言葉をつまらせた。
「そ、そりゃ、長年連れ添った夫婦ほどには分かっていないとは思うけど」
「本当は全然分かってないんじゃない?」
「そんなことないよ!」
あたしはムキになって声をあげた。
「だってあたし、知ってるもん。啓太がすごく優しいってこと。ホントよ、もう信じられないくらい優しいんだから」
「付き合って2ヵ月だよね? もうキスくらいした?」
直子にきかれて、あたしは初めてそのことを考えた。
そう言えば、まだ啓太とキスしたことはない。今までの彼氏たちとは、最初のデートでキスくらいしたもんだ。
「どうなのよ?」
「そう言えば、まだだった」
あたしの顔がパァッと輝く。
「いや〜ん、あたしたちって純愛〜」
顔をニヤつかせながら体をくねくねさせるあたしを、直子は呆れたような目で見る。
「真由ったら、どうしちゃったのよ。キャラが変わってるよ」
「これも恋のなせる業よ」
そう、これは恋のマジックだ。
啓太を好きになって、啓太に恋をしてからあたしは変わった。
そう、多分これはあたしの本当の初恋だ。幼稚園児の頃の初恋は、まあ、言ってみれば子供の遊びの延長のようなモノだったにちがいないもの。
そう、本当の初恋は、今回のこれだ。うん、そうなのよ!
確かに今までにたくさんの男の子と付き合ってきた。でもそれは、
「ねえ、俺と付き合わない?」
「いーよ」
なんていう、軽いものでしかなかった。嫌いじゃないから付き合う、ってくらいのものだ。
でも、啓太の場合はちがう。
あたしが啓太を好きになった。あたしから啓太に交際を申し込んだ。
これはまぎれもなく、本物の恋だ。
そんなことを考えながら、顔をニマニマさせているあたしに、直子が言った。
「真由が石川のことを本気で好きなのは分かった。でもさ、石川のほうはどうなのよ?」
「は?」
あたしは目をキョトンとする。
「どういうこと?」
「石川は真由のこと、ホントに好きなの? なんかさー、あんたたちが一緒にいるところ見てても、あんまりそれが伝わってこないんだよね」
「そ、そんなことないよ」
「ホントにぃ?」
疑わしそうな目をする直子に、あたしは猛烈に抗議する。
「ホントだよ! 啓太だって、ちゃんとあたしのことが好きに決まってる!」
「キスもしてくれないのに?」
「うっ」
「ねえ、ちゃんと好きだって言われたことあるの?」
そう問われて、あたしは猛烈な勢いで自分の記憶をひっかき回した。
そして、その結果は………。
あたしは自分の顔が青ざめるのが分かった。
「………ない。好きだって言われたこと…ない」
「やっぱりね」
肩をすくめて直子は言った。
「どう考えたって、真由は石川のタイプじゃないもの。多分さ、真面目でおとなしくて優等生っぽい子が好みなんじゃない?」
「でも、好きじゃないんだったら、どうしてあたしと付き合ったりするのよ!」
「それは真由の強引さに負けたからじゃないの? だって、石川って優しいんでしょう? あんたがかわいそうで、つい嫌だって言えなかったとか。そういうことなんじゃないの?」
「そ、それは………」
ものすごくありえる。
実際、あたしが交際を申し込んだ時、啓太は戸惑っていたのだ。それを、あたしが強引に押し切った。
どーん、とあたしの心が、まるで漬物石をのせられたように重くなった。
啓太があたしのことを好きじゃない?
それどころか、もしかすると迷惑に思われていたしりて。
そんな……そんなことって……………。
そこまで考えて、あたしは頭を思いっきりぶんぶん振った。
そんなことない!
絶対に、そんなことない!
本当は好きじゃないのに、あたしのことを傷つけないために付き合うことにしたなんて、そんなこと、あるわけがない!
あたしは持っていたオレンジジュースの紙パックを、ぎゅっと握りしめた。
「今日の帰りにきいてみる。今日の帰り、放課後デートをする約束になってるの。その時に、あたしのこと本当に好きかどうか、きいてみる!」
あたしは立ち上がると、心配そうにあたしを見ている直子をその場に残し、教室の中へと入っていった。
自分の席に座ると、あたしはもんもんと考え続けた。
そうよ、啓太があたしのことを好きじゃないなんて、そんなことありえない。直子ったら嫌なこと言って。あたしが幸せそうにしているのを、ひがんでるんじゃないかしら?
いやいや、そんなわけない。直子はあたしの親友だ。それに、美人の直子には、付き合って一年以上にもなるカッコイイ他校生の彼氏がいる。ひがむ必要なんて、どこにもない。
あーあ、あたしったらなにを考えているのかしら?
直子、ごめんね。心配して言ってくれたこと、ちゃんと分かっているからね、ホントよ!
チラリと斜め後ろのほうにある啓太の席を見てみると、啓太は2・3人の仲のいい男友達と、なんだか楽しそうに話している。
ああ、啓太。啓太はあたしのこと好きよね?
じっと見ていると、啓太があたしの視線に気づいて目が合った。
にこっと啓太が目だけで笑う。
あたしも口元だけの笑顔でにこっと返した。
たったそれだけのことが、あたしの胸をキューンとさせる。
ああ、あたし、ホントに啓太のことが好きだ。ホントにホントに大好きだ。
でも。
もしかすると、啓太はあたしのことを好きじゃないかもしれない。
そう考えると、なんだか急に怖くなった。ぎゅっと両手を握りしめる。
聞きたくない、本当はどうなのか、きくのが怖い、そんな気さえする。
でも、きかないわけにはいかない。
午後の授業は、もうめちゃくちゃだった。
なにがめちゃくちゃだって、それはあたしの精神状態だ。
黒板の前に立つ教師の言うことなんて、ろくすっぽ頭に入ってはいなかったし、今が授業中であることだって、あたしには理解できていなかったかもしれない。
そんなこんなで、あっと言う間に放課後になった。
つづく
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