コンプレックス


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「あんなヤツ、最低よ。大嫌い!」
 気合を入れるあまり、独り言には若干大きすぎる声で美紀はそう呟いた。すぐ隣を歩いていた良美が、苦笑しながら肩をすくめる。
「はいはい、もう分かったわよ。だから、人通りの多いところで大声張り上げるのはやめてくれる?」
 言われて初めて、自分が大声を上げていたことに美紀は気づいた。恥ずかしそうに顔を赤くする。
「ご、ごめんなさい。つい…」
 うつむく美紀に、良美が問う。
「ねえ、美紀は本当に純也くんのことなんとも想ってないの?」
 一瞬ギクリとした後、冷静をよそおって美紀は答えた。
「もちろんよ。何度も言ってるでしょう!」
「ふう〜ん、そうなんだ」
 なにかを考えるように、良美は空を見上げた。かと思うと、おもむろに美紀に言った。
「だったら、わたしが純也くんと付き合ってもかまわないわよね?」
 歩いていた美紀の足が、ピタリと止まる。
「――――え?」
 そして、まるで宇宙人が目の前にいるかのような衝撃顔で、美紀は良美を見つめた。それを数秒間黙って見ていた良美が、おもむろにプーッと噴き出して笑った。
「ほーら、やっぱり美紀は彼のことが好きなんじゃないの。その顔がなによりの証拠だわ」
 試されていたことに気づいた美紀は、顔を真っ赤にして頭から湯気をたてた。
「ひ、ひどいよ、良美!」
「ひどいのはどっちよ?」
 呆れたような目で、良美は美紀をにらむ。
「好きなのにそうじゃないフリするなんて、純也くんがかわいそうじゃない」
「だって、アイツを好きな自分が嫌いなんだもの。目下のところ、この好きな気持ちをなんとか消そうと奮闘中よ」
「バカなことに奮闘して……」
 良美は大きなため息をついた。
「いいじゃないの、純也くん。そんな悪い子には見えないわよ。顔だってキレイだし、性格も悪くないと思うけど」
「どこがよ?!」
 美紀は叫ぶ。
「自信過剰だし、それに、あんな冗談いうのよ?! とにかく、あたしは嫌なの!」
 美紀が胸にコンプレックスを持っていることを、良美はよく知っている。なので、Eカップだから付き合って、と言った純也の冗談を美紀が許せないと思っていることも、まあ理解できないわけではなかった。
「でも、もし本当に胸だけを理由に美紀と付き合おうと思ったんだったら、その後三ヶ月間もずっと付きまとったりするかしら? 最初に頬をぶたれた時点で、すんなりあきらめると思うけど?」
「それは…」
 少し迷った挙句、美紀は小さな声で言った。
「それは、純也が好きなのが、実はあたしじゃなくて良美だからじゃない?」
 口に出したことはなかったが、これまでずっと美紀はその疑いを胸に抱いていた。
 親友同士の関係にある美紀と良美とは、どちらかに用事がない時以外、行動を共にしていることが多い。そして、その片方である美紀に純也は付きまとっているわけだから、自然な流れとして純也と良美は知り合いになった。
 今ではとても仲のいい友達のような感じで、二人は楽しそうに話をしたり、軽い冗談を言い合う関係になっている。
 良美は美人である。学校の制服を着ていてさえ、ハッとするような迫力ある美しさをそなえている。スラリと背が高く、スタイルだってモデル並である。普通の男だったら、美紀をよりは絶対に良美を好きになるだろう。
 純也だって、最初は美紀の胸の大きさにを気に入ってアプローチしてきたが、今となっては、すでに目当ては良美に移っているのではないだろうか。そう美紀は思っていた。
 そんな自分の考えを美紀が口にすると、良美はすぐに否定した。
「そうとは言い切れないんじゃない?」
「どうして?」
「美紀は気づいてないかもしれないけど、純也くんと知り合って以来、わたしは一度として容姿を褒められたことがないもの」
「え!」
 驚いて美紀は目を丸くした。
「それ、本当なの?! 言われたことを覚えてないだけなんじゃない?」
「いいえ、間違いないわ」
 良美は断言する。
「もしも純也くんがわたしに気があるとしたら、絶対に顔のことを褒めてくると思う。でも、彼はそれをしたことがない。ということは、彼が好きなのはわたしではなく、やっぱり美紀っていうことになるんじゃないかしら?」
「………」
「わたしが言うのはなんだけど、容姿にそれなりの自信を持っている人間には、他人の容姿を気にしない人が多いと思うの。自分がコンプレックスを持っている箇所が優れている相手に対して、人は憧れの想いとか、尊敬の念を抱いてしまうものでしょう?」
 少なくとも自分はそうだ、と良美は言った。
 その話を聞いて、美紀はついつい考え込んでしまう。
 純也もそうなのだろうか? 他人の容姿には無頓着なのだろうか? 「でも、純也は自分の顔の良さを自慢する発言が多いわよ。やっぱり、容姿第一主義なんじゃないかなぁ?」
「無頓着だからこそ、口に出せるのよ。もし本当に自分の顔に自惚れを持っていたら、そう思っていることを他人には知られたくないと思うもの。だから逆に、決して口にしたりしない」
 うーん、と美紀は考え込んだ。
 良美の言っていることには、一理あると言わざるをえない。
 本当にそうなのだろうか?
 純也はやはり今でも自分のことが好きで、それでいつも付きまとってくるのだろうか?
 そう思った途端、心臓が嬉しさにトクンと波打った。それに気づいた美紀は、慌てて首をぶんぶん振る。
 そんなことくらいで、ときめいている場合ではない。
 一秒でも早く純也を嫌いになりたい。彼を好きだという気持ちを、どこか遠くへ吹き飛ばしたい。
 いつもそう思っているのに……。
 良美に気づかれないように、美紀は小さくため息をついた。
 想いというモノはなかなかどうして、思い通りにならないものである。
 そうこうしている内に、二人は友達との待ち合わせ場所である喫茶店に到着し、店内へと入った。
「あ、こっちこっちー!」
 去年同じクラスだった友達の恵理子が、笑顔で大きく手を振った。すぐに二人は恵理子の待つテーブルへと向かい、彼女の隣に座る二人の少年に笑顔を向けた。
 一人は恵理子の彼氏、もう一人が紹介してくれるという相手である。
 その少年は、美紀と良美を見ると、わずかに驚いたような表情をしてみせた。当然である。女の子を一人紹介してもらう予定が、現れたのは二人だったのだから。しかも、二人はとても対照的で、一人はモデルばりの美人で、もう一人は平凡極まりない。ただ平凡な方は、思わずハッと目を見張るほどの巨乳の持ち主である。
 一体どちらが紹介してもらえる方の子なんだろう。
 そう少年が疑問に思ったところで、恵理子が耳元に口を寄せてきて、小声でささやいた。
「紹介しようと思ってたのは、良美…背の高い方なんだけど、もう一人の方も彼氏いないから、どちらが好みか考えておいて」
 聞いた少年は、思わずニヤケてしまう。
 美人と巨乳。どちらでも選び放題だなんて、俺ってツイてる!
 飲み物をオーダーし、全員で自己紹介を順にする間も、その後の他愛ないおしゃべりの間も、少年の視線は良美の顔と美紀の胸とを、始終行ったり来たりしていた。舞い上がっているのか浮かれきっているのか、会話なんて二の次な感じである。
 そんな少年の様子を、美紀と良美は笑顔でありながらも、実は冷ややかに注意深く観察していたのである。
 見た目も美しく、彼氏のいない生活が長いとあって、良美は友人知人から男の子を紹介されることが多い。しかし、良美は現在、男女交際に興味を持っていない。一年ほど前くらいまでは彼氏もいたのだが、目下のところ、最近趣味で始めた写真に熱意を燃やしている。
 だから紹介の話が来ても、会う前に片っ端から断っているのではあるが、しかし、そうは言っても、断れない場合がある。
 特に仲のいい友達からの話とか、同じ友達からのその手の話を、すでに何度も断っている場合である。今回などはまさにそれで、恵美子はいい子なのであるが、彼氏がいることこそ女子高生の幸せと考えている世話好きで、やたらと良美に男の子を紹介したがるのである。
 これまでに、もう何度も断っているだけに、これ以上断るのはもう気まずい。そんなワケで、仕方なく誘いに乗ることにしたのである。
 まあ、良美としても、絶対に男の子と付き合いたくない、というワケではない。
 しかし、
「見た目はどうでもいいのよ。ただ、真面目な気持ちで女の子と向かい合ってくれる相手でなくちゃ、絶対にいや」
 自分の容姿が優れていて、そこにコンプレックスを持ったことがないからか、良美は他人の容姿にも頓着しない。しかし、その分性格にはちょっとうるさく、彼女の場合、好きな人の短所は長所にみえる、なんてことはありえないのである。
 同じクラスになり、友達としてじっくり相手の性格を観察することの出来る場合は、見落としなどもないので安心できる。しかし、紹介となると、そうもいかない。
 会ったその日に相手の性格を判断し、交際するかしないかを決断しなければならない。その場合、相手は自分のマイナス面をできるだけ隠そうとしているので、判断を誤ってしまう可能性が高い。
 だから良美は、紹介してもらう相手に初めて会う時、必ず美紀を同行させる。一緒に相手の良し悪しを判断して欲しい、と、そういうワケなのだ。
「しばらく友達として付き合って、それで判断すればいいんじゃない?」
 美紀はそう言ってみたことがあるが、良美は首を横に振った。
「だって、そんなの面倒じゃない。わたし、これ以上余計な人付き合いを増やしたくないの」
 それでなくても、良美には友達になりたいと寄ってくる男どもが、同じ学校内だけでも掃いて捨てるほどにいるのだ。これ以上は御免、というのが良美の本心なのである。
 そんなワケで、美紀と良美は機嫌よく愛想笑いをしながらも、目の前にいる紹介された男の子の様子を、しっかり冷ややかに見つめていたのである。
 それに気づかず、少年は鼻の下をのばしっぱなしで、食い入るように美紀の胸元と良美の顔のみに全神経を注いでいる。
 この少年と付き合う? こんな、顔と胸ばかりを見ている相手と?
 正直言って、問題外であった。


 喫茶店からの帰り道、良美は不機嫌さを隠そうとはせず、思い切り顔をしかめて怒りを露にしていた。
「最低ね! まったく時間の無駄だったわ!」
 同じように、美紀も眉根を寄せて頭から湯気をたてる。
「本当ね。いやらしい顔して、あたしの胸ばかり見ちゃってさ! 良美、向こうが付き合いたいって言ってきたら、もちろん断るのよね?!」
「当然よ!」
 そう言うと、少し意地悪な顔で笑いながら、良美は腰を屈めて美紀の顔をのぞきこんだ。
「でも案外、アイツは美紀と付き合いたいって言ってくるかもしれないわよぉ? そうなってもおかしくないくらい、その胸に釘付けだったものね。もしそうなったら、どうするの?」
「嫌な冗談はやめてよ!」
 美紀の全身に鳥肌が立つ。
「あたしだって、絶対に嫌よ! ……そりゃあたしは良美と違って、相手をえり好みできる立場じゃないのは自分でも分かってるけど、でも、それにしたって、今日の人は願い下げだわ」
「まったく、恵美子もロクでもない男を紹介してくれたものよね。でも…」
 申し訳なさそうな顔を良美がする。
「ごめんなさいね。わたしのせいで美紀に嫌な思いをさせちゃって。ついて来てもらったりしなければ、そんなことなかったのにね。―――まあ、こんなこと言うのも、今さらな感じだけど…」
 これまでにだって、美紀は何度も紹介の場に付き添ったことがある。そして、それは相手の性格を一緒に判断して欲しい、と良美から頼まれたからなのだが、そこには美紀の胸の大きさも関係しているのだ。
 初めて美紀を見た大抵の男は、ついその胸の大きさに目を奪われてしまう。これはまあ、普通の男なら当たり前のことだろう。しかし、その後の行動には二通りあって、一つは、気になりながらも美紀の胸から目を反らし、まるでその大きさに気づいてもいない様子で、楽しく会話しようと努める態度。そして、もう一つは、セクハラオヤジのようにニヤニヤしながら、美紀の胸ばかりに視線を向けるという、これ以上ないほどの最低な態度。
 紹介された男が、そのどちらの態度を取るのかを知るため、良美はいつも美紀について来てもらうのである。
 もちろん、そのことは美紀も承知している。
「……という理由から、美紀に一緒に来てもらいたいのよ。嫌ならそう言ってくれていいのよ。美紀は男の子からそういう目で見られるの、すごく抵抗こと知ってるし。でも、来てくれるとわたしは本当に助かる。ねえ、どうかな? 一緒に行ってくれる?」
 初めて良美からそう相談をされた時、さすがに美紀もすごく悩んだ。しかし、良美は一番の友達である。彼女が間違って変な男と付き合うようになることを、もちろん美紀だって望んではいない。
 散々悩んだ挙句、美紀は笑顔でこう言った。
「分かった。一緒に行ってあげる。あたしで役に立つんだったら喜んで」
 だから、良美と一緒に男の子と会う時、本当はとっても嫌だけれども、美紀は背筋を伸ばして胸を張り、その大きさをわざと強調するような態度を取る。
 今日の場合、そんな二人の密かな目論見が、うまく当たったいい例である。相手は最低は方の態度を取った。もはや、他の部分の性格の良し悪しを判断する必要はない。
「美紀のおかげで、わたしとっても助かってる。でも、その分美紀には嫌な思いをさせちゃって……本当にごめんなさいね」
 真面目な顔をして頭を下げた良美に、美紀は慌てて首を横に振った。
「いやだ、やめてよ、良美ったら。いいのよ、気にしないで」
「嫌になったら、いつでもそう言って。絶対に無理はしないでよ」
「分かってるって」
 笑顔でそう答えると、少し難しい顔を美紀はした。
「それにしても、世の中には本当にエッチな男の子がいっぱいいるよね。今日の子なんて、最低中の最低だわ。あたしたちとの会話なんて、右の耳から左の耳にすっぽ抜けてる感じだったもの。それで、ジーッと胸ばかり見てるの。ううっ、思い出しただけでも虫唾が走る」
 それを聞いていた良美が、意味深な視線を美紀に向けた。
「それと比べたら、純也くんはとってもいい子だと思うけどな。ねえ、美紀もそう思うでしょう?」
 突然純也の話題をふられて、思わず美紀は口をパクパクさせた。
「なっ、なな、なんでそこに純也が出てくるわけ?」
「別に。ただそう思ったから訊いただけよ」
 良美は肩をすくめた。
「だってわたし、純也くんが美紀の胸に目を向けるとこ、今まで見たことないもの」
「目を向けなくったって、口に出して色々言ってたら同じでしょう?!」
 ムキになって美紀はそう叫んだ。少し考えるようにしながら良美が言う。
「それだって、話をフルのはいつも美紀の方じゃない。美紀が初めて会った時のことをグチグチ言って、純也くんはそれに答えているだけでしょう? 違う?」
 問われて美紀は、あらためてそのことを考えてみた。そして驚くべきことに、良美の言っていることが真実であることに思い当たったのだった。
「純也くんは、決して自分から胸の話題に触れないし、いやらしくそこに目を向けることもしない。きっと、美紀がそれを嫌がること、知ってるからだわ」
 呟くようにそう言った後、良美は最後にこう付け加えた。
「モタモタしてると、本当にわたしがいただいちゃうわよ? これは冗談じゃないからね」
「……………」
 妙に真面目な顔の良美を見て、美紀は複雑な顔で下唇を噛んだ。





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