ずっとあなただけを・・・


     (5)


「ねえ、亨?」
 水樹から声をかけられた亨は、ペットボトルのお茶を飲みながら水樹に視線を向けた。
「なんだ?」
「わたしとセックスしたい?」
 そして、いきなりそんなことを質問され、口に含んでいたお茶をブーッとダイナミックに吹き出したのである。


 ここはこの辺りではデートによく使われるアミューズメントパーク。亨と水樹が初めてデートした遊園地である。
 苦しい受験勉強の最中、たまには息抜きも必要だということで、日曜日、二人はここを訪れていたのだ。
 遊び始めてからすでに二時間。休憩のために座ったベンチで、亨は口からお茶を噴射させた。理由はもちろん、水樹からの質問の内容に驚いたからである。
「な、なな、な…………?!」
 動揺を隠せずに、亨は驚いて目を白黒させた。なんだか怒ったような顔したまま、水樹は亨をにらみ続けている。
「ど、どうしたんだ、水樹。いきなりそんなこと………」
「質問しているのはわたしよ! ねえ、どうなの、したいの? したくないの?!」
 怒った顔をしていながらも、なんだか切羽詰ったような水樹を見ながら、やっと冷静になった亨は、ははーん、と納得したような表情を浮かべた。
 百合子と宗太郎の妊娠騒動が落ちついてから、もう二週間が経っている。
「丸くおさまったから」
 水樹からそう報告を受けた亨は、
「そっか、お疲れさん」
 そう言ってにっこり笑った。
 たったひと言の報告だったけど、亨はそれ以上詳しいことは訊かなかった。水樹が丸くおさまったと言っているのだから、きっとその通りなのだろう。そういうところ、亨は水樹を信用していたし、その問題解決能力についても高く評価していたのだ。
 そして、その日以後、百合子と宗太郎が校内でイチャついてる姿を、頻繁に見かけるようになった。さすがは水樹、俺の彼女はなーんて素晴らしいんだ、なんてことを思いながら、亨はニコニコしていたのである。
 しかし。
 あれ以来、どうも水樹の様子がおかしい。
 時々、探るような目つきでコッソリこちらを見ていたりするし、ふいに近づいたりすると、脅えたように体をビクつかせるのだ。
 どうしたんだろう、と思いながらも、亨は黙って待っていた。なにか言いたいことがあるのなら、水樹は自分から言ってくるはずだ。
 そして、その待ち続けてた結果がこれである。
「わたしとセックスしたい?」
 通常の水樹であれば、決して口にしないであろう、その言葉。
 きっと相談会の時、百合子や宗太郎になにか言われ、変な影響を受けたのに違いない。
 それにしても、水樹の様子がおかしかった理由が、この手のことだったなんて。
 亨はつい笑いたくなるのをガマンして、真面目な顔で言った。
「水樹はどうなんだ? 俺とセックスしたいのか?」
「わ、わたしは……その……」
 もじもじしながらうつむいていたかと思うと、水樹はハッとしたように顔を上げて亨をにらんだ。
「わたしのことはいいのよ! それよりも、わたしが先に質問したんだから、亨が先に答えてちょうだい。ねえ、どうなの?!」
 水樹の目は真剣である。
 亨は少し考えてから、にっこり笑顔で、でも真面目に言った。
「そりゃ、もちろんしたいさ。水樹のこと好きだし、そういうことに興味津々なお年頃だからな」
「それじゃ、どうして今までそう言わなかったの? そういう素振りも見せたこともなかったわ」
 つめよる水樹の顔の前に、亨は手の平を広げてストップをかけた。
「さっきは俺が答えたんだから、今度は俺の質問に水樹が答える番。どうだ? 俺とセックスしたい?」
 亨がそう訊くと、水樹は小さく息を飲んだ。そして、両手を堅く握り、眉間にシワを寄せて真剣に考えるようにしながら言った。
「わたし………わたしは、よく分からないわ。そもそも、そういうことをする意味が分からない。もちろん、子供を作るためだっていうのは知っているわ。でも、子供が欲しいわけじゃないのに、どうしてそういうことをするのか分からない」
 うつむいたままそこまで言うと、水樹は顔を上げて亨を見た。
「亨はしたいんでしょう? それはどうして?」
「どうして、って………」
 亨はちょっと複雑な顔をした。
「そこに関する考え方って、男と女でかなり違うと思うんだよな。だから、俺の意見がそのまま参考になるか分からないけど……ま、いいか。なあ、水樹?」
「なに?」
「水樹は俺とキスするの好きか?」
 頬をちょっと赤く染めながらも、水樹は素直にうなずいた。
「ええ、好きよ」
「それじゃ、抱きしめられるのは?」
「それも好きだわ」
「それはなぜ?」
 水樹はちょっと言葉につまり、少し考えてからシドロモドロに答え始めた。
「そ、それは、その……言葉では言い表しにくいわ。なんて言ったらいいのか、温かい感じがするというか、満ち足りた感じがするって言うか………」
「うん、つまり、その延長線上にセックスはあると思うんだ。一緒にいたら抱きしめたくなる。抱きしめたらキスしたくなる。キスしたら、今度はセックスしたくなるんだ」
 そう言って、亨は肩をすくめた。
「これって不思議なんだけどさぁ、相手を求める気持ちが大きくなると、それ以上のことしなけりゃ満足できなくなるんだ。もっともっとって、どんどん欲張りになって。不思議だよ、最初は好きになってもらえただけで満足だったのに」
 そして、亨は少しイタズラっぽく笑う。
「ま、男の場合は、それに加えて肉体的快楽に対する欲求も大きい」
 水樹は首をかしげた。
「って言うと、どういうこと?」
「つまり、気持ちいいってこと。まあ、女も同じみたいなんだけど、女の場合は気持ちよくなれる人となれない人がいるらしい。でも、男は違う。ほとんどみんな気持ちよくなる。だから、女よりも男の方がセックスを求める気持ちが大きい。相手のことを好きじゃなくても、男はやれる場合が多いんだ。なんでかって言うと、気持ちいいから。性的犯罪が起こるのは、そういう理由からだよ。相手のことなんか考えずに、ただ自分が気持ちよくなりたいがために無理矢理ヤっちゃうようなヤツもいるから」
 水樹は不快そうに眉を寄せた。
「最低ね」
「ああ、最低だ。ただ、男の俺がこんなこと言うと怒られるかもしれないけど、これは動物の雄としての本能なんだ。種の存続のためのプログラムが、遺伝子の中に組み込まれているからな。でも、だからと言って好き勝手やるワケにはいかない。人間には理性があるから。だから男は、理性と忍耐力を女以上に求められるんだ。それができないヤツは、犯罪者になって捕まるし、そうじゃなくても女にはモテない」
 男もけっこう大変なんだぜ、と言って亨は笑った。
 うーん、と水樹はうなる。そして、言った。
「さっきも訊いたけど、どうして亨は今までわたしにソレを求めてこなかったの? わたしたちは付き合っている。亨はしたいと思っていたんでしょう? さっき、そう言ったものね。だったら、どうして?」
「そこで、俺がさっき水樹にした質問に戻るワケなんだ。水樹は言ったよな、セックスする意味が分からないって。それはつまり、したいとは思っていなかったってことだろう? だから、俺も水樹にソレを求めなかった」
「わたしに合わせて、ガマンしてくれていたってこと?」
「まあね。でも、それだけじゃない」
 亨は腕を組むと、空を見ながら言った。
「セックス………っていうか、肌と肌の触れ合いっていうか、それって確かにすごい威力を持ってんだ。相手になにか不満があったり、ケンカしてる真っ最中だったりしても、それを全部チャラにしてしまえる力を持ってる。もちろん、一時的なもんだけど」
 水樹が驚いた顔をする。
「………そ、それホント?」
「うん。なんて言ったらいいのかな、心が満たされるっていうか、相手を自分のものだと確信できるというか、そんな感じ。そんな感覚が得られるから、だから他のことはどうでもよくなったりするんだよな」
 亨の話を聞いた水樹は、信じられないといった感じで首を横に振った。
「わたしには、ちょっと想像もつかないわ。肌を重ね合わせるだけで、相手の嫌なところを許せるようになるの? たとえ一時的なものであるとしても、わたしには信じられないわ。そんなことがありえるなんて………」
 と、そこまで言った水樹は、ふと顔を上げ、ちょっと意地悪な顔をして亨を見た。
「それにしても、詳しいわね? まるで経験者みたい」
「だって俺、経験者だし」
 平然と言った亨に、えっ、と水樹は体を硬直させた。
「俺、もう童貞じゃないぜ?」
 青い顔をして、水樹が亨を見つめる。
「………ウソでしょう?」
「ウソじゃないよ。こんなことで見栄を張ってもしかたないだろ? 本当だよ………って、うわぁっ」
 急に水樹から両手でドンッと体を押されて、亨の体はベンチから転がり落ちた。いきなりのことに驚いて、亨はキョトンと水樹を見つめる。
「な、なにすんだよ、いきなり」
 それにはなにも答えずに、水樹は立ち上がった。そして、地面にしりもち着いたままの亨を、恐い顔をしてにらみつける。
「み、水樹?」
 なんだか様子がおかしい水樹に、亨が恐る恐る声をかけた。それと同時に、水樹はくるりと亨に背を向けて、無言のまますたすたと歩いて行ってしまったのである。
 な、なんだぁ?
 小さくなっていく水樹の後ろ姿を、しばらく呆けたように見ていた亨は、慌てて立ち上がった。そして、急いで水樹を追いかける。
「待てよ、水樹!」
 声をかけても、水樹はこっちを見てくれない。ただ、真っ直ぐ前だけを見たまま、亨を無視して歩き続ける。
「怒ったのか? 俺が、そのぉ……経験してたから……?」
 困った顔をして、亨は隣から水樹の顔を覗き込んだ。しかし、水樹はギュッと口を結び、亨の方を見ようともしない。
 まいったな、と亨は大きく息を吐いた。どうみても、水樹は怒っている。それはきっと、自分が童貞ではなかったからだ。
 水樹は潔癖症だ。もしかすると、セックス経験済みである自分のことを、不潔だとでも思ったのかもしれない。嫌悪したのかもしれない。
 それはとてもありえる。それくらい、水樹は真面目な人間なのだから。
 しかし、これは非常にマズイ。
 さっきから、何度声をかけても水樹はこっちを向いてくれない。水樹の周りに、青白い怒りの炎がとりまいているのが亨には見える気がする。
 マズイ。ヘタすると、このままフラれたりして。ええっ?!
 冗談じゃない、と亨は思う。こんなことぐらいで別れられてたまるか。だって、こんなに水樹のことが好きなんだから。
 好きだから、本当のことを言った。隠しておくのはアンフェアだと思ったから。それに、それはもう亨にとっては大昔のことで、今は水樹一筋なのだから。
 このまま水樹を行かせるワケにはいかない。
 亨は水樹の正面に回りこむと、ガシッとその両肩をつかんだ。
「待ってくれよ、水樹」
 水樹は無表情のまま、冷たい目を亨に向けた。その迫力に、亨は一瞬ひるみそうになる、が、ここで負けるわけにはいかない。
「だ、だって、仕方ないだろ? 俺これまでに何人か彼女がいたし、それに、その時はちゃんと彼女たちのことが好きだったんだから!」
 水樹はそれを聞いてもなにも言おうとしない。ただじっと、亨の顔を怒りの表情で見ているだけだ。
 亨は頭をガシガシとかきむしった。
「全部、過去のことじゃないか! 水樹と出会う、ずっと前のことだぞ?! それでも水樹は俺のことが許せないのか?! 今はこんなに水樹のことが好きなのに。なあ、水樹、なんとか言ってくれよ!」
 ああ、もうどうしたらいいんだ、と亨があせっていると、それまで真っ直ぐに亨を見上げるようにしてにらんでいた水樹が、視線を落としてボソリと言った。
「………違う」
「―――――え?」
「違う。亨のことを怒ってるんじゃない」
 見ると、それまでとは違い、水樹は今にも泣きそうな顔をしていた。
「怒ってないって、それじゃ、どうして……」
「わたしね」
 亨の言葉をさえぎって、水樹が言った。
「あまり雑誌は読まない方なんだけど、わたしたちと同世代の子たちの性関係を特集してあるような雑誌を、ここ最近、数冊買って読んでみたの。そうしたら、色々なことが書いてあった」
 突然、ワケの分からないことを言い出した水樹の言葉の続きを、亨はとまどいながらも促す。
「それで?」
「そしたら、ある男の子の投稿記事が掲載されていて、こう書いてあったの。何人かの女の子と経験を持ったけど、強く印象と思い出に残っているのは、やっぱり一番最初に経験した女の子だ、って。その子とのことが、一番印象に残っているって」
「………それで?」
「亨が女の子にモテることは、よく知ってる。今までに彼女がいたことも知ってるわ。だから、亨にアレの経験があって聞いて、ちょっと驚いたけど、でも、それで怒ったりしない」
 亨は首をかしげた。水樹がなにを言いたいのか、よく分からない。
「それで?」
「……………」
 水樹は答えない。
「水樹?」
 亨に促されて、水樹は思い切ったように顔を上げた。
「だって、嫌だったの。わたしは………わたしが亨の一番印象に残る女の子になりたかった。他の女の子が亨の心に残っているのなんてイヤ。わたしが亨の一番でありたかった。わたしが亨の一番になりたかったの!」
 そう言って、水樹はくやしそうな、ちょっぴり切なそうな、それでいて怒ったような顔を亨に向けた。
「すごく悔しいし、悲しい。だって、もう一番にはなれないんだもの」
 そう言って、水樹はポロリと涙をこぼした。
「そのことに、怒っていたの。わたしが亨の一番になりたかった」
「………………」
 亨は二・三度瞬きをすると、無意味に自分の鼻を何度かさすった。
 だって、だって、ああ、だって!
 なんだって、こう水樹はかわいいんだろう!
 男のくせにとは思いながら、キュンキュン高鳴る胸を抑えられない。
 これまでにない感動が胸にこみあげてきて、亨はちょっと困った。感動と嬉しさで舞い上がってしまい、思わず顔がニヤケてしまう。
 水樹は、ワガママで冷淡だ。いつもお高くとまっていて、ツンとすましている。そんな水樹が亨だけに見せる、純情でかわいらしい恋する乙女の姿。亨の初体験の相手になれなかったことを真剣に悲しむこの姿を見て、くやしがる言葉を聞いて、どうやって胸のトキメキを押さえろと言うのだ。そんなの無理に決まっている!
 だって、こんなに水樹のことが好きなのに。初体験が誰だったとか、もうそんなことはどうでもいいくらい、自分は水樹が好きなのに。
 なのに、この氷の女王さまは、近寄りがたいほどキレイな俺の女王さまは、そんなことにも気づいていないのだ。こんなにこんなに愛しまくっているのに、それにも気づかず、水樹はあんなカワイイことを言ってくれる。
 まいったな、と相変わらず胸をキュンキュンさせながら亨は心の中で思う。
 もう、水樹に骨抜きだ。情けないくらいに好きにさせられている。
 たまらず亨は言った。
「俺、水樹のことが好きだぜ。今まで何人か彼女がいたけど、比べものにならないくらい水樹のことが一番好きだ」
 思わず水樹を抱きしめようとした亨の腕を、水樹は振り払った。
「そんなの信じない」
「ウソじゃないって。本当だよ。俺、今までこんなに人を好きになったことはない。神様に誓える」
 亨がそう言って熱く見つめると、水樹は赤く頬を染めながらも、プイとそっぽを向いた。
「信じないわ」
 まったくもう、本当は嬉しいくせに、と、素直じゃない水樹の態度を、なんてかわいいんだと亨は思わずにいられない。
「よーし、じゃあいいよ。そんなこと言うんだったら、また前みたいに大声出して叫んでやる。水樹大好きだーっ、て」
 そう言って、亨はニヤリと笑った。
 それを聞いて、水樹が顔を引きつらせる。
「ち、ちょっと、冗談でしょう?!」
「冗談なんかじゃないぜ。だって、俺は水樹が好きだから、全然恥ずかしくなんかないし」
 ここは日曜日の遊園地である。ギャラリーの多さで言えば、以前に亨が叫んだ場所、駅前の人ごみに匹敵する………というか、それ以上である。
 亨はやると言ったことは必ずやる男だ。それを水樹は知っている。こんな所で、そんなことを叫ばれてはたまらない。
「もう、分かったから、叫ぶのだけはカンベンして」
「じゃあ、俺が水樹のこと誰よりも愛してるって、信じてくれる?」
「――――わ、分かったわよ。信じるわよっ」
 口をとがらせて、水樹はそういった。
 亨は嬉しそうに微笑むと、そんな水樹を自分の広い胸に優しく引き寄せた。水樹も抵抗せず、素直にそのまま抱きしめられる。
「俺、水樹のこと好きだぜ」
「………うん……」
 うなずいて、水樹は瞳を閉じた。
 そんな水樹の柔らかい髪に、亨はそっと顔をうずめる。
「さっき、話してた途中だったけど、俺が水樹とそういうことをしようとしない理由は、水樹に合わせてたってだけじゃない。体の関係を持つ前に、もっと水樹と純粋に笑い合ったり、怒ってケンカしたり、無邪気に会話を楽しんだりしたかったんだ。不純な気持ち抜きで、お互いをゆっくり理解し合う時間を大切にしたいと思ってたからなんだ」
 水樹はゆっくりと顔を上げた。
 そこには、やっぱりかっこよくて、男らしくて、頼りがいがあって、つい見惚れてしまいそうなほど男前な亨の、自分を温かく見つめる笑顔があった。
 そんな亨が本当に好きで、こんなに自分を惚れさせた亨が憎らしいほど好きで、水樹はまた泣きたくなった。
 こんなに幸せでいいのだろうか、と、そう思わずにはいられない。
「わたし、受験がんばるから。絶対に亨と同じT大に行けるように、がんばるから」
「うん、そのことなんだけどさ」
 亨は水樹の体から手を離した。そして、真面目な顔して水樹をみつめる。
「俺、考えたんだけど、無理して同じ大学に行かなくてもいいんじゃないかなって」
 え、と水樹が目を見開く。
「ど、どうして」
「きっと、俺たちは大丈夫だから。大学が違ってても、きっと大丈夫だから。俺にはその自信があるから」
「で、でも………」
 いきなりそんなことを言われても、水樹はとまどってしまう。だって、同じ大学に行きたいのだ。亨と離れたくはない。
 水樹の表情からその想いを読み取ったのか、亨は諭すように優しく言った。
「俺には将来の目標がある。大人になった時にやりたいことがある。それは水樹だって同じだろ? 最初にK大を志望していたのだって、それなりに考えての上のことだと思う。だったらさ、まずはそれを優先させるべきだと俺は思うんだ」
「……………」
「大丈夫。俺たちは絶対に大丈夫だから」
 亨の力強い言葉が水樹の心にしみわたる。
 でも。
「それは………もうちょっと考えてみる」
「うん、そうだな」
 亨は優しく笑った。
「どっちにしたって、勉強がんばらなきゃならないことには変わりないし。よしっ、今夜からまた勉強に励むためにも、今は思いっきり遊ぼうぜ!」
「そうね、賛成だわ。それじゃ………うん、ジェットコースター行きましょう!」
「ええー、またかよ?」
 亨が不満そうに顔をしかめる。
「もう四回目だぞ?」
 水樹は笑った。
「何度だって乗るわよ! さ、行きましょう!」
 仕方なねーなー、と頭をかいて呟きながら、亨は水樹の手を取った。
「よーし、それじゃ、乗って乗って乗りまくるか! 行くぞ、水樹」
「ええ」
 二人はジェットコースター乗り場に向かって楽しそうに走り出した。
 人ごみをかき分け、離れないようにしっかり手をつないだまま、二人は走った。
 つないだ手から、亨の体温が伝わってくる。セックスというものがどんなものだか、まだ水樹にはよく分からない。でも、亨と手をつないだ時に感じる嬉しさや、喜び、そして心の安らぎを、もっと大きく感じることができるものであるならば、それはとってもいいものであるに違いないと、こっそり思ったりした。




 その後の二人には、受験勉強に打ち込む日々が続いている。
 場所は学校の図書室だったり、市の図書館だったり、亨の部屋だったりと様々であったが、それでもやっぱり二人は仲良く勉強に励んでいた。
 T大に行くか、K大に行くか。
 その答えを、まだ水樹は見つけられずにいる。
 だから、取り合えず、両方を受験することにした。
「別の大学でも、俺たちは大丈夫だから」
 亨にそう言ってもらえるまでは、浪人してでもT大に入ろうと思っていた水樹である。でも今は、T大がダメなら、当初の志望大学であるK大でもいいかな、と思っていた。
 とにかく、一日も早く医者になりたい。
 医者になって、典子のように不幸な死を迎える人を、少しでも減らしたい。減らす手伝いがしたいから。
 そうは言っても、できればT大に合格したいとは、もちろん思っているのだ。
 だから水樹はがんばっていた。
「なあ、たまにはいいだろう?」
 なんて言って、勉強の合間に亨がキスを迫ってきても、それを厳しい視線ではね除け振り払いながらも、とにかくガンバッていた。そんな時に亨が見せる、すねたような不満顔が、また水樹をやる気にさせてくれる。
 とにかく、今はがんばるしかない。
 ついでに言うと、祖父の遺産も使わせてもらうことにした。
「だってさ、利用できるものはなんでも利用しなきゃ。水樹は自分の家に嫌な思いをさせられてきたんだろう。だったらさ、家の世話になるのは嫌だって考えはやめて、家をとことん利用してやるって、そう思えばいいんだよ」
 そう亨から言われた時、水樹はビックリした。そんな考え方を、今までしたことがなかったから。
 本当に亨はすごいと思う。
 新しい物の見方、考え方を、どんどん水樹に教えてくれる。新しい世界に、水樹をどんどん導いてくれる。
 そんな亨のことが、やっぱり水樹は大好きで、好きで好きでたまらなくて、幸せだなぁとか思ってしまうのだ。
 ただ一つ、亨からのこの提案には、水樹も難色を示した。
「えぇ? 同棲?!」
「そうそう」
 ニヤニヤ笑いながら亨は言う。
「だってさ、どっちにしろ二人とも家を出るワケだから、アパートとか借りることになるだろ。んでもって、場所も同じ東京だし。だったら一緒に住んだ方がなにかと便利じゃないか? 大学違っても、これならいつも一緒にいられるし」
「………なんか、顔がいやらしいわよ」
 水樹がにらむと、亨は明るく言った。
「そりゃ、いつかは俺だって、水樹とあーんなことやこーんなこともしたいもんな。な、いいだろ?」
 水樹は顔を赤くして、ツンとそっぽを向いた。
「まだまだ先の話でしょう? そんなことより、今は勉強よ、勉強!」
「そんなつれないこと言わずにさぁ、な、いいだろ?」
「なに言ってんのよ、まったく。ホント、男っていやらしいんだから!」
 なんてプリプリ怒って言いながらも、実はこっそり、それも楽しそうだと思っている水樹である。
 でも、亨には教えてあげない。そんなことを思っていることを、亨には教えてあげない。憎らしいほど好きだから、教えてあげないのだ。



 さて、今後二人が同じ大学に受かるのか、はたまた、違う大学に通うようになるのかは、また別の話となる。
 そして、亨の熱望するように、二人に楽しい同棲生活が始まるかどうか。これもまた、神のみぞ知る、である。

 まあ、どっちにしろ、二人はうまくやっていくだろう。
 だって、憎らしいほどに完全無欠の二人だから。至上最強のカップルなわけだから。なにがあってもうまく上手に乗り越えていくに決まっているのだ。
 あの亨と水樹が、失敗するなんてありえない!


 なんてことを思いながら、今回はこの辺で………。



■■■■■ 作者あとがき ■■■■■

 取り合えず終わりました。かなりホッとしております。
 続編のリクエストとかあれば、メールか掲示板でお知らせ下さると嬉しいです。もし仮にたくさんありましたら、また一年後の掲載目指して執筆するかも。
 本編から続き、長々と読んでいただいて本当にありがとうございました。
 心からの感謝の意ををこめて・・・・・。

     鳴海 葉子拝




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