百合子から相談と称して家に乗り込まれてから、二日後のことである。
ホームルームも終わり、さっさと帰宅の途につこうとしていた水樹は、自分にまとわり着いてくる男を前に、かなり不機嫌な顔をしていた。
「なあ、頼むよ、水樹ぃ。僕と水樹の仲じゃないか〜」
その男、山崎宗太郎を冷たくチラリと見た水樹は、眉を寄せながらも冷静に言った。
「そこをどいて下さる? わたし、あなたに構っている暇はないの」
「そんな冷たいこと言わずにさぁ、な、頼むって。お願い、この通り」
宗太郎はひたすら頭を下げる。
「百合ちゃんがさ、もう全然相手してくれないんだよう! 頼むよ、水樹。仲を取り持ってくれよぉ!!」
半ベソかいて泣きすがる宗太郎を無視して、水樹はスタスタと歩き出した。
ったく、なんなのよ、と頭の中で怒り狂う。百合子にしろ宗太郎にしろ、どうしてこう自分を頼ってくるのだろうか。
水樹は今、それどころじゃないのだ。
T大合格に向けて、それこそ必死で勉強しなければならない。もう、一分一秒だって時間が惜しいのだ。それに、昨日の夜、愛人宅の父親から電話が入り、水樹に話しがあるから家に帰る、放課後すぐに家に帰ってくるように、と申し付けられてもいたりした。
一体なんの話だろうと、それも心に引っかかっている。まあ、ロクな話ではないとは思うが。
数ヶ月前、今回と同じように、父親が愛人宅から本宅に戻ってきたことがある。その時に聞かされた話とは、虫唾が走るほど水樹が嫌う相手との婚約話だったのである。その大嫌いな相手というのが、たった今、情けない顔をして水樹を追いすがってくる、この山崎宗太郎なのであった。
今回は、またどんなバカ話を父親が持ち込もうとしているのか。それを考えると、頭が痛くなってくる。それをハッキリさせるためにも、少しでも早く家に帰りたい。
「なあ、待ってくれよ〜」
それなのに、宗太郎がそれを邪魔する。全くもって、腹立たしいこと極まりない。
学校の門を出ても、まだ自分を追ってくる宗太郎に、ついに水樹は堪忍袋の緒を切らせた。
「もう、いい加減にしてよっ! どこまでついてくる気なの?!」
後ろから金魚のフンのようについてくる宗太郎を振り帰って、水樹は怒鳴りつけた。
「自分の問題くらい、自分で解決しなさいよ!」
「だ、だってさぁ……」
ションボリとした顔で、うなだれるように宗太郎は言った。
「僕が近づくだけで、百合ちゃん逃げちゃうんだ。電話にも全然出てくれないしさぁ。もう、どうしたらいいか分からなくて………」
「自分の蒔いた種でしょう」
水樹が冷ややかにそう言うと、え、と驚いた顔を宗太郎はした。そして、バツが悪そうに頬をポリポリかく。
「も、もしかして、水樹、僕たちのケンカの理由、知ってるの……かい?」
「浮気したんですってね」
水樹は冷めた視線を宗太郎に向けた。宗太郎はビクリと肩をすくめる。
「あ、謝ろうとしたんだ! でも、全然話を聞いてくれなくて………」
「自業自得ね」
「で、でもさぁ、相手の女の子、ずっと僕のことが好だったなんて言って、でも、僕が百合ちゃん一筋だから無理だって言ったら、せめてキスして、してくれなきゃ死んじゃうなんて言うんだよ。いやぁ、これだからモテる男ってのは苦労するよ。それで、ついかわいそうになっちゃってさぁ………あっ、水樹、待ってよー! おーいい!!」
くっちゃべっている宗太郎を取り残してして、水樹はさっさと歩き出していた。
本当に、もう、世の中どうなっているんだろうと、首をかしげずにはいられない。あの宗太郎のような、男の腐ったみたいなヤツを好きになる女の子がいるなんて、不思議で不思議で仕方がない。しかも、それが結構たくさんいたりするもんだから、本当に理解に苦しんでしまうのだ
確かに宗太郎は、まあ、整った顔をしている。男らしくて精悍な顔つきの亨とは種類が違うが、まあ言ってみれば、キレイで端整な顔立ちをいていると言える。でも、性格は最悪だ。
キザで甘ったれで自信過剰のナルシスト。ついでに女好きときている。
「まったく、百合子もどこがよくって、あんなのと付き合ってるのかしら?」
家へ向かう足を急がせながら、水樹は呟いた。
まあ、そうは言っても、水樹はあの二人、宗太郎と百合子のカップルを、とてもお似合いだと思っているのではあるが。
最低の宗太郎に対し、百合子もかなり最低だ。自信過剰で自惚れ屋なところは宗太郎と同じだし、自分を世界一の美人だと思いこんでいるフシもある。それに加えて、頭もかなり悪い上、礼儀知らずの無作法者だ。おまけに、同性に嫌われるところまでソックリである。、
本当に二人は似たもの同士だ。
捨てる神あれば拾う神あり、たで食う虫も好きずき、とはよく言ったものだ、なんてことを思わずにはいられない。
そんなことを考えている間に家に帰りついた水樹は、開口一番、玄関で出迎えてくれたサキに尋ねた。
「お父様、戻ってらっしゃる?」
「はい、つい先ほどお帰りになりました。居間でお嬢様をお待ちです」
それを聞いて軽くうなずくと、水樹は荷物も置かずにそのまま居間へと直行した。水樹は嫌なことを後回しにするタイプではない。父親がなにを言い出すのか、それを早く聞いてしまおうと思ったのである。
居間に入って父親の姿を確認した水樹は、挨拶も交わさず、小さな笑顔を見せることもなく父親に言った。
「で、お話って?」
味も素っ気ない水樹のそんな態度に、ロマンスグレーのなかなかハンサムな彼女の父親は、つい苦笑いした。
「相変わらずだなぁ、水樹は。久しぶりだね、宗太郎くんとの婚約の話があった時以来になるかな? 会うたびに、ますます美人なっていくなぁ」
目を細め、嬉しそうにそう言う父親に、水樹は表情一つ動かさない。
「それで、お話ってなんなの」
「まあまあ、いいじゃないか、そんなに急がなくても。久しぶりに会ったんだ、たまにはゆっくり話しでも………」
「お父様、ご存知かしら? わたし、高校三年生なの」
いきなり水樹にそんなことを問われて、一瞬、父親はキョトンとした顔をする。
「あ、ああ、勿論知っているよ? それがなにか……」
「受験生なの、勉強しなければならないの。受験まで、もうあまり時間がないの。お話があるのなら、早くしていただけないかしら」
怒鳴るわけでもなく、あくまでも冷静、しかし、語気だけは強めて自分をにらみつけている娘に、父親は少し唖然とした顔をした後、大きく溜息をついた。
「………分かったよ。まあ、でもちょうどよかった。わたしの話というのも、実はその受験に関することだったんだ」
水樹は片方の眉だけを、微かに動かした。
「って言うと?」
「うん、水樹、おまえ、青桐の大学部には行かないつもりなのか? 受験勉強しているってことは、つまりそういうことなんだと思うが、その理由を教えてくれないか?」
そう訊かれた瞬間、ほんのわずかではあるが、水樹は息を飲んだ。父親からこんな質問を受けるなど、思ってもみなかったのだ。
少し警戒するような目で、水樹は父親を見据える。
「どうしてそんなことを? わたしがどこの大学に行くかなんて、お父様には関心のないことだと思っていたけれど」
「そうはいかないよ。わたしはこれでも保護者だからね」
保護者なんてよく言う。ずっと愛人宅にいきっぱなしで、ほとんど家には帰ってこないくせに、と心の中で水樹は思う。最後に食事を共にしたのは、一体いつのことか。あまりにも昔のことすぎて、もうまったく覚えていない。
そんな水樹の心中を察したのか、父親も少しシラけた顔をする。
「おまえのお母さんは、ほら、あの通り、自分のことに夢中になっていて、子供たちのことにあまり積極的ではない。だから、せめてわたしが聞いておこうと思ったんだが……」
「それはご親切に、どうもありがとうございます。でも、大丈夫よ。お父様の手を煩わせることなんて、なにもないから」
「そうは言っても、受験費用とか入学金とか、他にも色々とあるだろう?」
「平気よ、自分でなんとかするから」
「わたしは別に、水樹が他の大学を受験すると言っても、反対はしないよ? ただ、どういうつもりでいるのか、話を聞きたいだけなんだ。その、今となっては、たった一人の娘なわけだし………」
その言葉を聞いて、水樹は怒りを爆発させた。
「お父様、この際だから言っておきますけど、わたし、大学に合格したらこの家を出るつもりよ。こんな家、大嫌い! お父様もお母様もお兄様も、みんな嫌いだわ。わたしが好きだったのは、典子ねーさんだけよ!」
「…水樹………」
「ご心配いただかなくても、資金は自分で用意してあるわ。家を出てアパートにでも移ったら、後はアルバイトでもなんでもして、自分の力でなんとかやっていくつもり。だから、もうわたしにかまわないで!」
そう言い放つと、水樹は居間を飛び出した。
腹が立った。父親の無神経な物言いに、これまでに感じたことがないほどの怒りを感じた。
水樹の腹違いの姉、典子が死んでから、もう何年もたつ。
典子が死んだのは、父親と母親のせいだと水樹は思っている。後妻である水樹の母親は、前妻の子である典子のことを、執拗なまでにいじめまくった。激しい腹痛を訴える典子を無視し、放ったらかしにしておいた。その結果、典子の腸は破れ、腹膜炎を起こして死んでしまったのである。
一番悪いのは母親である。しかし、父親にだって責任はあると水樹は思っていた。別宅で愛人を囲い、家庭を顧みなかった父親。彼がもう少し家庭を気づかってくれていたら、あんなことにはならなかったかもしれない。
部屋に戻るとすぐに、水樹は勉強を始めた。
絶対に家を出てやる。こんな家、大嫌いだ。
家庭環境がこんな風にメチャクチャでなければ、自分もこんなひねくれた性格にならなかったかもしれない。そうしたら、亨との関係にも、こんなに悩まなくてすんだかもしれない。なにもかも、全部この家が悪いのだ。
だから、出て行ってやる。
そして、できればT大に合格して、亨と幸せな毎日を送るのだ。家を出て、自分は生まれ変わるのだ。
そんなことを考えながら、ただもうガムシャラに問題集や参考書と格闘していた水樹は、ドアをノックする音に気付き、ハッとして顔を上げた。
「誰?」
「サキでございます」
その声に安心した水樹は、キャスター付きの椅子ごと体をドアの方に向けた。
「どうぞ、入って」
おずおずと、サキが顔をのぞかせる。
「どうしたの、もう夕食の時間?」
「はい、お夕食もそうなのですが、実はダンナ様からこれをお嬢様にとお預かりいたしまして」
サキから手渡された多きめの茶封筒を見ながら、水樹は不機嫌そうに言った。
「お父様はまだいらっしゃるの? だったらわたし、食事はもう少し後でいいわ」
「いいえ、ダンナ様は先ほど病院へお帰りになりました」
「そう」
肩の力を水樹は抜いた。そんな水樹に、サキが笑顔を向ける。
「お勉強、大変そうですね」
「ええ、でも、自分のためだから」
「あまり無理をなさらないで下さいね。区切りのいいところで、下に降りて来て下さい。お食事にいたしましょう」
「ええ、分かったわ。ありがとう」
母親が家いるのかどうかを、水樹はサキに訊かなかった。どうせ、今日もどこかの奥様連中と、豪華なレストランで無駄に金を使って食事しているに決まっている。
サキから受け取った封筒を、水樹はしばらくにらみつけていた。そして、意を決したようにその中身を机の上にぶちまけた。
中に入っていたものを見て、水樹は怪訝そうに眉を寄せる。
そこには、水樹名義の通帳が一冊と印鑑、それに、手紙が入っていたのである。
しばらく迷った挙句、水樹はその手紙を読んでみることにした。手紙は父親からのものだった。
「水樹へ
このお金は、水樹のおじいさん、つまり、わたしの父が亡くなった時、水樹のために残してくれたお金だ。おじいさんは水樹のことを、とてもかわいがっていたからね。本当は、大学を卒業したら渡そうと思っていのだが、今渡しておいた方がいいだろう。おじいさんの好意だ、水樹の好きに使うといい。受験勉強大変だろうが、がんばってくれ。応援しているよ。
父」
手紙を読み終えた後、水樹は通帳を開いた。そして、そこに記された金額を見て、思わず目を見張ったのである。
三千万円。
念のため、二度ほど「0」の数を数えなおしてみた。が、間違いない。
しばらくその通帳と渋顔でにらめっこした後、水樹はそれを机の引き出し奥深くにしまいこんだ。そして、なにごともなかったかのように、食事のため席を立ったのである。
翌日の昼休み。
水樹と亨は屋上で待ち合わせ、そこに設置されたベンチに腰をかけて一緒にお弁当の包みを開いていた。
「ふーん、三千万もらったんだ」
母親が寝坊したということで、今日の亨の昼ご飯は、登校途中にコンビニで買ったサンドウィッチである。そのサンドウィッチに、がぶりとかじりつきながら亨は言った。
「すごいなぁ、さすがはお金持ち。じいちゃんから水樹個人に残された遺産がその金額か。ってことは、本当は全部でどれくらいあったんだろうな?」
冷やかすような亨の言葉を無視し、水樹は口を引きしめたままジッと弁当箱を見ている。チラリと亨が覗き込むと、その弁当にはまだ全然箸がつけられていない。
そんな水樹の様子をしばらく見ていた亨が、にこっと笑いながら言った。
「いいじゃないか、ありがたくもらっておけば。じいちゃんからの、せっかくの好意だろう? 大学に行く資金に使わせてもらえよ」
「いやよっ!」
「なんで?」
首を傾げて亨が聞くと、水樹はやっと顔を上げ、亨をにらみながら言った。
「だって、そんなの使わせてもらったら、結局は家の世話になるみたいで嫌だもの!」
「でもさ、そのお金はじいちゃんが水樹にくれたもので、ご両親からもらったものじゃないじゃないか。水樹、じいちゃんのことも嫌いだったのか?」
水樹はゆっくり首を横に振る。
「いいえ。おじい様のことは好きだったわ。いつも恐そうな顔をしていて厳しい人だったけど、わたしのことは、とてもかわいがって下さったの」
「だったら、いいんじゃないの? 大学資金に使わせてもらえば?」
「それでも嫌なの! 今回の大学進学については、全部自分の力だけでやりたいの。家の面倒になんか、ほんの少しだってなりたくない」
亨と付き合うようになって、水樹は散々思い知らされた。自分が金持ちの箱入り娘で、全くの世間知らずだということを。
今回の大学進学問題は、それを打破するためにいい機会なのだ。自分の力だけでやる。なにがあっても、どんな些細なことであっても、絶対に家の世話にだけはなりたくない。
そりゃ水樹だって、祖父からの遺産は喉から手が出るほど惜しい。
水樹は医学部を希望している。それでなくても、他の部より金のかかる医学部である。しかも、六年間も通わなければならない。その六年間で国家試験に合格しなければ、更に金と時間が必要になってくるのだ。
それでも水樹は、やっぱり祖父からの遺産を使いたくなかった。金を残してくれたのは祖父だが、実際にこれをくれたのは父親である。そんな金、なにがあっても使いたくない。これは、水樹自身のプライドの問題なのだ。
「あたし、自分だけの力でやりたいの」
水樹がにそう言うと、パックの牛乳をチューチュー飲んでいた亨が、呟くように空を見上げながら言った。
「そっか……自分だけの力で…か」
そして、なにか言いたそうな顔をして水樹を見る。
「? ―――――なによ?」
お説教でもするつもりかと思って、水樹は亨とにらみつけた。
「なにか言いたいことでもあるの?」
「いや、そういうワケじゃないんだけど………俺も力になっちゃダメか?」
え、と水樹は亨を見る。
「俺も力になっちゃダメかなぁ?」
「………どういう意味?」
「いや、俺さ、こんなに水樹のこと愛しちゃってるだろ? だからさ、なんでもいいから水樹のためになることがしたいんだ」
「……………」
「そりゃ、水樹には迷惑かもしれないけどさ、単なる俺の自己満足だから。でも、俺、勝手に想像しちゃってたんだよな、色んなこと」
「色んなことって?」
水樹が問うと、亨はにっこり笑った。
「俺ってほら、農作業の手伝いで鍛えてあるから、体力には自信があるだろ?」
そう言って、袖をまくると腕に力を込めて筋肉を誇張する。
「体力が必要なアルバイトは金になるって言うし、俺、水樹のために道路工事のアルバイトしたいなぁ、なんて思ってたんだ。そんでさ、バイトから疲れて帰ってきた俺に、水樹がすっごく優しくしてくれるんだ。わたしのためにごめんなさいね、なんて言ったりして。そんで俺が、いや、水樹のためだ、こんなことなんでもないさ、とか言ったりなんかして」
ニヤニヤしながらそんなことを言っていたかと思うと、いきなり水樹に手を合わせて亨が頭を下げた。
「頼む、俺には手伝わせてくれ。だって俺、本当に楽しみにしてたんだ。なんかさ、貧乏暇なしオシドリ夫婦、てな感じで幸せそうだろ? なあ、頼むよ、水樹。俺に協力させてくれよ。お願いします! すごく楽しみにしてたんだ。いいだろ?」
頭を下げ、両手を合わせて上目づかいに水樹を見る亨。
そんな亨を目の前に、水樹はなにも言えなくなった。
いつもそうだ。
いつも亨は、水樹の心を見透かしてしまう。水樹が言いたくない言葉を、言わなくてもいいようにしてくれる。
水樹の大学生活。実際問題、それはこのままでいくと、かなり大変なものになるだろう。大学に通いながら生活するための資金を確保する。それは、口で言うほど簡単なことではない。
でも水樹には、だから協力して下さいと、亨に頼むことはできなかった。高いプライドがそれを邪魔するし、そうすることを恥ずべきことだと思うからだ。
そんなことを頼むくらいなら、死んだほうがマシだ。
そんな水樹の性格をよく分かっている亨は、決して水樹にその言葉を言わせない。言わないでいいように取り計らってくれる。協力させて下さい、と自分の方から頭を下げてくれる。
「なあ、いいだろ? 頼むよ!」
そして水樹は、それをよく分かっていながら、やっぱり素直に「ありがとう」とは言えないのだ。
「………し、仕方ないわね。そんなに言うなら、協力させてあげるわ」
亨から顔を背け、ツンと上を向いてそう水樹に、亨は喜びで顔を輝かせながらこう言った。
「やった! ありがとな、水樹」
そんな亨の笑顔を見て、水樹の胸がズキンと痛んだ。
亨のことが好きだ。
心からそう思っているのに、どうしても素直になれない。そんな自分が、水樹は本当に心から嫌いだった。大嫌いだった。
そんなことを思っている水樹に亨が言う。
「俺、水樹に好きになってもらえて、本当に幸せ者だな!」
本当に嬉しそうにそう言う亨。
違う、幸せなのは自分の方だ。本当は、亨に好きになってもらう資格なんてないような人間なのに………。
あまりにも幸せすぎて、水樹は不安だった。
そんなやり取りがあった後、自己嫌悪から完全に食欲をなくした水樹が、手付かずの弁当箱を袋にしまおうとした時である。
ドタバタというすごい足音とともに、一人の生徒が水樹たちの前に走ってやってきた。
「み、水樹、こんなところにいたの?!」
髪を振り乱し、すごい形相をした百合子である。
「探したんだからーっ! ……て、あら、亨くんも一緒なの? いいわねぇ、あなたたち、相変わらず仲良さそうで」
「そう、俺たち本当に仲がいいんだ」
そう言って水樹に抱きついてきた亨の手を払いのけながら、水樹は怪訝そうな目を百合子に向けた。
「探したって、なにか用なの?」
ハッと我に返ったように、百合子は涙目になりながら言った。
「ど、どうしよう、水樹?! あ、あたし、妊娠してるかもしれない―――っ!!」
「えぇ――――――っ!!」
さすがの水樹と亨も、飛び上がって声を上げた。
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