「このクソ野郎! あたしはアンタなんかに用はないのよ。これ以上家の周りをうろついてごらん、知り合いのヤクザに頼んで東京湾に沈めるわよっ!!」
「……………。」
自分の家の門の横についている、ごく小さなドアフォンから聞こえた姉貴の大声に、俺の体は恐怖のあまり硬直した。
俺は鍵っ子だ。両親が共稼ぎだから、小学校低学年の頃からずっと自分用の鍵をもっている。
家を出る時には鍵を持つ。それは俺にとって、すでに習慣になっていることなのに、今日はうっかりと鍵を置いて学校に行ってしまった。
時刻は夕方の六時半。もしかしたら、もう母親が帰ってるかもしれないと思って、俺は期待をこめて玄関のチャイムを鳴らした。
そして聞こえてきたのが、姉貴のさっきの脅迫めいた暴言。
姉貴、あなたは何者ですか。
ただの女子大生じゃないんですか。
いつからヤクザに知り合いができたんですか。
姉貴を怒らせるようなコトなにかしただろうか、なんてビビりあがりながら、俺はもう一度、震える指でチャイムを押してみた。
プッとドアフォンのスピーカが鳴る。
「おらおらおらおらーっ! いい度胸と覚悟、してんじゃないのよ! よーし、今すぐヤクザに電話してやる! いい、そこを動くんじゃ……」
「ちょ、ちょっと待って!」
ドスのきいた姉貴の声を、勇気を出して俺はさえぎった。
「あ、姉貴! お、俺だよ、ツヨシだよ! あなたのたった一人の弟の!」
「弟のツヨシは、とっくの昔に死んだわよ!」
………って、オイ、どういうことだよ、姉貴。あんたの中で、俺はとっくに死んだ人間なのか。
憤慨しながらも、俺の脳裏に昔見た映画のビデオ「シックス・センス」が浮かび上がった。
何気に自分の足を確認する。ちゃんと二本ともついてた。よかった、俺は幽霊じゃない。
俺はホッと安堵の息をもらしながら、インターフォンに向かって言った。
「いや、本当に俺だよ。鍵を忘れちゃったから家に入れないんだ。中に入れてくれる?」
「……………がちゃん」
インターフォンの受話器を置く音がしたかと思うと、すぐに玄関のドアが開いた。
「もう、やだぁ、ツヨシ。ごめんねぇー」
申しわけなさそうに笑いながら、姉貴が顔を出した。
ハート型のニップレスにパンツだけという、相変わらずの破廉恥姿だ。っていうか、そんなカッコウで外に出てくんなよ、姉貴。
俺は慌てて姉貴を家の中に押し込んだ。そして、自分も家の中に入り、急いでドアを閉める。
良かった。多分、誰にも見られないですんだ。
安堵の息をついた俺に、姉貴が言った。
「鍵忘れるなんて、とんだ大マヌケね。手をわずらわせるんじゃないわよ、バカ!」
そして、超ビンタを俺にぶちかます。
いつものことで慣れているとはいえ、やはり痛い。
よろめきながらもなんとか踏ん張り、俺は殴られた頬をさすりながら言った。
「と、ところでさ、さっきは誰と俺を間違えてたんだ? それに、ヤクザに友達がいるって、あれホント?」
「これまで真面目に地道に生きてきたあたしに、ヤクザの友達なんかいるわけないでしょ。ハッタリよ、ハッタリ」
そう言って、姉貴はヘソのあたりをボリボリかきながら豪快に笑う。
せっかくの美人が台無しだ。ま、こういった姉貴の気取らないところ、俺はけっこう好きなんだけど。
「で、誰と間違ったんだよ?」
「それがさぁ、しつこい押し売りセールスマンがやって来て、もうなにを言っても、なかなか帰ってくれなかったのよ。なんとか追い出したんだけどさ、その後もしつこくて!」
「………それ、いくつくらいの人?」
姉貴はちょっと考えてから答えた。
「さぁ、四十代くらいじゃないかしら。なんだかいやらしい目であたしのこと見たりするのよ。もう最低!」
そりゃ、いやらしい目にもなるわ。
玄関開いた途端、そんな破廉恥姿の若い女が出てきた日にゃ、おっさんがなかなか帰りたくなくなるのも分かる気がするよ。
そんなことを思いながらも、俺は同情に満ちた目で姉貴を見た。
「災難だったな」
「まあね。でも、いいわ。これ以上できないってくらいボコボコにしてやったし、ちょっとストレス解消にもなったから」
にっこり笑顔でそういう姉貴。
背筋に冷たいモノを感じながら、俺はこっそり、そのおっさんに同情した。
数時間後、夕食も風呂もすんで自分の部屋でのんびりしていた俺は、なんだかマドカの声が聞きたくなって、ガマンできずに携帯使って電話した。
呼び出し音が鳴り響く中、ワクワクしてマドカが出るのを待つ俺。ああ、なんだか青春してるみたいで気持ちがいい。
………しかし。
でない。なかなかでない。
なんだかちょっぴり悲しくなって、俺はしばらく呼び出し音を聞き続けた。風呂にでも入っているのかな、なんて考え、そろそろ切ろうかと思った時、呼び出し音が止まった。
「はい?!」
電話の向こうから聞こえる、愛するマドカの声。長く待たされただけに、なんだか余計に嬉しく感じてしまう。
ウキウキしながら俺は言った。
「あ、マドカ? 俺だよ、ツヨシ♪」
「ちょっと――――っ、カンベンしてよ!! 今すっごく忙しいんだから、用があるなら早く言って!」
いつもながらの冷たいセリフ。俺の心に冬の隙間風が吹いた。
「ご、ごめん。用っていうか、ちょっとマドカの声が聞きたいとなぁって思っただけなんだ」
「あ、そう。じゃ、もう切るわよ?!」
先日の心温まるデートが、まるでウソだったように思えてくる。
「う、うん。でも、そんなに忙しいって、一体なにやってんだ?」
「エロゲーよ、エロゲー! ミドリに借りたエロゲーやってんの。今、すっごくいいトコなんだから! もう、目が離せない状況なのよっ!」
「……………」
花の乙女がなにやってんだよ、マドカ。しかも、ミドリに借りたって、一体どういうことだ。
そんなことを考えながら、俺が複雑な顔をしていると、突然、電話の向こうでマドカが叫んだ。
「………あっ! ああぁっ!!」
「ど、どうしたんだっ、マドカっ! なにかあったのか?!」
「エリカちゃんがっ!!」
エリカちゃん?
「エリカちゃんが、ついに最後の一枚を脱いだ――――っ! ヤッホウ!!」
「……………」
俺は無言で受話器を置いた。
その夜、俺はいたたまれない気持ちのまま、いつもより少し早めにベッドに入った。
なんだか、もう、女という生き物が理解できない。姉貴といい、マドカといい、ミドリといい。女って、みんなあんなモンなのだろうか。
女性不信になりそうだと思いつつ、やっぱり姉貴もマドカもミドリも(マネージャーだから)、俺にとって大切な人たちなんだよな、なんて思いつつ、あの後、エリカちゃんは一体どうなってしまったんだろう、なんてことを考えながら俺は眠りについた。
つづく
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