■ No Title Life ■

   俺のちょっと幸せな一日



 今日の俺はウキウキ気分全快だ。
 なぜかと言うと、愛しいマドカと二人っきりで、なんとっ、デートしているからなのだ。
 二人っきり………ああ、なんとすばらしい響き。デートし始めて約二時間。今のところ、すべてが順調だ。どんな邪魔も入っていない。
 デートの場所は、最近できたばかりの大型ショッピングセンター。日曜日なせいもあって、人がいっぱいいる。
 店内にある色々な店をブラブラ見て回った俺とマドカは、ちょっと疲れたし小腹も減ったから、一階にあるファーストフードのハンバーガーショップに入った。
 小さな丸い二人がけ用のテーブルに着いた俺とマドカ。ああ、それだけのことで幸せを感じる俺。
 しかし。
「おいしーね。あたし、もうおなかペコペコだったんだ!」
 そう言って、マドカは両手にハンバーガーを持ち、恥ずかしげもなく大口開けてそれを貪り食う。ほっぺなんか、口から物があふれ出そうなくらいパンパンだ。
 マドカ、おまえ年頃の女の子だろう。少しは人目を気にしろよ。
 それに、彼氏である俺の前なんだから、ちっとはかわいこぶってみようとか思わないのかよ、マドカ。
 そうは言っても、俺はマドカの美味しそうに物を食べる姿を見るのが大好きだ。見ているこっちまで、なんだか幸せになってくる。
 っていうか、見ているだけで、こっちまでおなかがいっぱいだ。俺、もう食べる気分じゃありません。うぷっ。
 一口食べただけのハンバーガーをトレイに置き、にこにこしながらマドカを見ていた俺は、ふとあることを思い出してマドカに言った。
「なあ、マドカ。俺が付き合ってくれって言った時、どうしてすぐにOKの返事してくれたんだ?」
 まあ、試用期間付きだったけどね。
 この質問は、俺とマドカが付き合いだしてからの数ヶ月、ずっと俺の心の奥にわだかまっていたものだ。
 聞きたい。けど、訊けない。だって、俺が大ショックを受けるような答えが返ってきたらどうしよう?!(まあ、今さらという気もするが)
 ドキドキしながら返答を待っている俺に、マドカが言った。
「あふぉふぇ、そふぇふぁあふぁふぃぐわ………」
「……………」
 口の中の物、全部食ってからしゃべれよ、マドカ。
 俺が辛抱強く待っていると、やっと口をカラにしたマドカが言った。
「あれ、ツヨシ? それ、食べないの? だったら、あたしが食べてもいい?」
 俺の食べ残したハンバーガーを指さし、マドカが物欲しそうな顔で俺を見る。
 マドカ、俺の質問はどうなった? つーか、あんなに喰ったのに、まだ食べる気なのかよ。
 食い残しのハンバーガーをマドカに手渡しながら俺は言った。
「ど、どうぞ。それより俺がさっき言った質問、覚えてる?」
 しばらく一生懸命に考えてから、マドカがにっこり笑った。
「矢田くんとは、中学生になるまでは、よく一緒にお風呂入ってたけど?」
 誰が訊いたよ、そんなこと。っていうか、むしろ聞きたくなかった。
 少なからずショックを受けながらも、すっかり忘れてしまっているマドカのために、俺はもう一度質問を繰り返した。
「俺が付き合ってくれって言った時、どうしてすぐにOKの返事くれたんだ?」
「だって、あたしツヨシのこと、一年生の時からずっと好きだったから」
「え――――っ?!」
 思いもよらないマドカの答えに、俺は思わず絶叫した。
「そ、それ、本当? ウソじゃなくて?」
「本当よ。だから、ツヨシから付き合ってくれって言われた時は、もう本当にビックリしちゃったぁ」
 そう言って、マドカがまたハンバーガーに食らいつく。
 そんなマドカを、俺は呆然と見つめた。
 だって、だって、そんなことって!
 錯乱気味の頭を押さえながら俺は言った。
「だ、だったら、どうして俺が告白した時、試用期間は三ヶ月だなんて言ったんだ?」
「ほんはほほ、ひっはっへ(そんなこと、言ったっけ)?」
「言ったよっ」
 ええ、間違いなく。
 マドカはうーんと首をかしげると、ゴックンとハンバーガーを飲み込んだ。
「よく覚えてないけど、多分、テレ隠しじゃない? ほら、女の子ならよくやることでしょう?」
 いえ、やりません、そんなこと。
 しかし………そうか、そうだったのか。
 嬉しさのあまり、顔がニヤケるのをガマンしながら、俺はまた疑問に思ったことをマドカに聞いた。
「でも、なんで? 俺たちが会ったのって、二年になって同じクラスになってからだろ? 一体、いつの間にマドカは俺のことを?」
「だって、ツヨシって有名だったもの。顔はかっこいいし、一年生の時から野球部でエースピッチャーだったでしょう? 学校のたいていの女の子はツヨシのこと知ってるんじゃないかな?」
 俺のハンバーガーを食べ終わり、今度はポテトをモッシャモッシャ食べながら、なんてことないようにマドカは言った。
「んで、あたしもツヨシに一目惚れしたの」
 ひ、一目惚れっ?!
 ああ、お母さん。俺を男前に産んでくれてありがとう!
 今まで俺は、あんなクソ姉貴の弟に生まれたことで、ずっと両親を恨んできた。でも、今初めて両親に感謝する。
 本当にありがとう、お父さん、お母さん!!
 俺が感極まって胸をジーンとさせていると、そんな俺にマドカが言った。
「でも、付き合ってみてビックリしちゃった。ツヨシがこんなにバカだったなんて」
 コーラをグビグビ飲みながらカワイク笑う。
「しかも、ホモな上に痔なんでしょう? うふふ、すごいねー、ツヨシ。あたし、尊敬しちゃう」
 にこにこ顔のマドカを前に、俺はがっくり肩を落とした。
 マドカ、やっぱりおまえ、ちょっと変だぞ。なんでそんなことで尊敬するんだ。それに、俺はバカでもなければ痔でもないし、ましてやホモだなんてとんでもない!
 しかし、俺にはもはや、それらを訂正するつもりはない。
 いいんだ、どう思われたって。だって、そんな俺でもマドカは好きだと言ってくれるんだから。
「俺、マドカのこと大好きだ」
 俺が思いっきり真面目な顔をしてそう言うと、マドカが言った。
「そんなことより、ほら見て、あそこ!」
 俺の真剣な愛のセリフは、マドカにとってソンナコト程度のものらしい。
 傷つきながらも、俺はマドカの指さす方を見た。
「ほら、あのおじさんって絶対にカツラだと思わない? おもしろーい!」
 マドカは楽しそうにヅラおやじを見て、キャッキャとはしゃぐ。
 ヅラなんかに俺の愛のセリフは負けたのかと、俺が更に深く傷ついていると、マドカが急に立ち上がった。
 そして、ヅラおやじに猛ダッシュで駆け寄ると、いきなりそのヅラをわしづかみにし、あろうことか俺に投げてよこしてきた。
 条件反射でそれをキャッチしてしまう俺。
 そんな俺の所に、ヅラをとられ、今はただのハゲおやじに成り下がったおっさんが、すごい怒りの形相で走ってきた。
「くぉら〜っ! ワシのかつらを返せ――――っ!!!」
 目を血走らせ、鼻息荒く俺に突進してくるハゲおやじの勢いにビビリまくった俺は、ついその場から走り出してしまった。ヅラを手に握ったまま。
 もちろん、ハゲおやじは俺をどこまでも追いかけてくる。
「ツヨシ、がんばってー♪ いよっ、このおやじキラー」
 マドカが笑顔で俺に声援を送る。
 それにツッコミを入れる余裕もなく、俺は顔を引きつらせながら全力疾走した。


 結局、その後のデートはめちゃくちゃだった。
 俺はひたすらにハゲおやじから逃げ続け(今さら謝ってヅラを返すわけにもいかず)、そんな俺をハゲおやじは怒り狂いながら追いかけ回し、そしてマドカは、走り回る俺たちを大笑いしながら応援していた。
 一時間ほど追いかけっこをした俺は、そこでやっとハゲおやじを振りきることができた。野球部で体力のある俺を一時間も追いかけることができるなんて、さすが、ヅラの執念は恐ろしい。
 戦利品(?)として俺の手に残ったヅラは、ショッピングセンターの総合案内のおねーさんに押し付けた。
「これ、落し物です」
 ヅラを見て、一瞬、目を見張るおねーさん。
「……………拾った場所はどこですか?」
「中年のおじさんの頭よ」
 マドカが笑顔で答える。って、それじゃ台無しだろ?!
 そのまま、逃げるようにして俺とマドカはショッピングセンターを後にした。また、あのおっさんに会ってはたまらない。
 帰り道、顔をゲッソリさせた俺にマドカが言った。
「今日のデート、すごく楽しかったね、ツヨシ!」
 どこがだよ、なんて思っていると、そんな俺の腕に、マドカが何気なく腕をからめてきた。思わぬことにビックリしながらも、俺は平静を装ってそのまま歩き続ける。
 ただそれだけのことに、なんだか心が温かくなった。

 ああ、神様。俺、幸せです。
 こんなことくらいのことで、幸せで胸がいっぱいになる自分を少し情けなく思いながら、でも、幸せなんだからいっか、と俺はこっそり思った。
 夕日がとてもキレイだった。





     つづく


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