■ No Title Life ■

   体育祭@



 本部からの召集のアナウンスを聞いた俺は、立ち上がるとキリッと顔を引き締めた。
 額にまくハチマキをしめなおし、自分自身にカツを入れる。
 ここは学校のグランド。全校生徒、それに、すべての教師が体操服姿でここに集まっている。
 そう、今日は体育祭だ。
 天気は良好。空気もカラッと爽快、最高の秋晴れ。
 野球部の俺は、当然、運動神経に自信がある。そして、高校生にもなった俺が、たかが体育祭なんぞではりきる理由は、ただ一つ。
 これから学年別クラス対抗リレーに出場する俺は、意気揚々と後ろにいるマドカを振り返った。
「マドカ、見ててくれよ。俺、おまえのために今からがんばって………」
 そこまで言ったところで、俺は絶句して次の言葉が出なくなった。
 俺がそこに見たもの。それは、顔面いっぱいに小麦粉をつけた、愛するマドカの不気味な白い笑顔だった。
 なんなんですか、コレは。
 目と口と鼻の穴だけが黒い。
 そ、そう言えば、ついさっきの障害物競走にマドカは出場したんだった。その中にある、小麦粉の中に隠れたアメを探すというベタな障害のところで、マドカは思いっきり粉の中に顔を突っ込み、アメを五個も探し出しては食べてしまい、監視の教師に怒られていた。
 あの時のまま、まだ顔を洗ってないのかよ、マドカ。
 俺はマドカの側にいたユキを、少し離れたところに連れて出して言った。
「ユキ、どうしてマドカに顔を洗うように言わないんだよ」
「ちゃんと言ったわよ」
 当たり前でしょ、ってな感じでユキは言う。
「でも、マドカ洗いたくないって言うんだもん。なんでも、この汚れはがんばった証拠だから、今日一日ずっとこのままにしとくんだって」
「………そ、そうなんだ」
 そこからチラリとマドカを見ると、肌色の人間の中に、一人だけ白い顔した宇宙人がいるようで、なんだか本当に薄気味悪い。しかも、その顔がニタニタ笑っているのが、さらになんとも言えない不気味さをかもし出している。
 俺は勇気を出して、マドカのところに戻った。
 リレーの出場選手は、もう俺以外みんな入場門に整列している。いそがなきゃ、と思いながら俺はソワソワして言った。
「そ、それじゃ、マドカ、俺、今から行ってくるから」
「うん?」
「がんばってくるから、応援してくれよ」
「がんばる?  ――――ああ、はいはい、分かった。しっかりね!」
 愛する者からの励ましの声を受け、俺がはりきって行こうとしていると、後ろからマドカとユキの会話が聞こえてきた。
「あれ、ツヨシくんは?」
「トイレだって。しかも、大きい方らしいよ。がんばるって言ってたから」
「………そんなこと、わざわざマドカに言って行ったの? やっぱりツヨシくんて、ちょっと変よね」
「あはは、いやねぇ、ユキったら。そんなの今さらじゃない」
 って、そうじゃないだろう!
 訂正しようとマドカたちの所に戻ると、そんな俺に気付いたマドカが言った。
「あれ、ツヨシ、もう終わったの? ひょっとして途中で漏らしちゃった?! うわー、最低、あっち行って、このウンコタレ!!」
 誰がウンコタレだよ。
 悲しくなりながらも、気を取り直して俺は言った。
「いや、そうじゃなくって、リレー………」
「リレー? ああ、そうそう、次のリレー、矢田くんが出るんだって。もうすぐ始まるよ。早く前に行って応援しよう!」
 そう言って、白い顔したマドカが、グイグイ俺の腕を引っ張る。
 矢田が出ることは知っていても、俺が出ることは知らないんだな、マドカ。
 落ち込みながらも、俺は言った。
「い、いや、だからそうじゃなくて、俺もそのリレーに出るんだよ。っていうか、あれ? 矢田ってリレーの選手だったっけ?」
 俺の記憶では、矢田は俺とは同じ競技ではなかったはずだ。っていうか、俺がわざわざアイツと同じ競技になることを避けたんだから、絶対に間違いないはずだ。
 そんなことを思っている俺に、マドカがあっさり答えてくれた。
「なんかね、三番走者の人が足をくじいたらしくて、その代走なんだって」
 ってことは、俺は四番走者のアンカーだから、矢田からバトンをもらうワケか。なんだか嫌な予感がする。
 顔を不安に引きつらせんながら考え込んでいる俺に、マドカが言った。
「ほら、ツヨシ、なにボーッとしてしてるのよ。そんなんだから、よくグズだって言われるのよ。早く応援しに行こう!」
 グズだなんて言われたことねーよ。
 つーか、人の話しを聞けよ、マドカ。俺もリレーに出るんだって。
「いや、だから………」
 ああ、もう説明している暇もない。早く入場門に集まらなけりゃ、選手入場が始まってしまう。
 あせっていると、そんな俺の目の前に、突然矢田が現れた。
「なにやってるんだ、ツヨシ。早くしないと始まるぞ」
 無表情にそう言って、俺の腕をグイッと引っ張る。
 そうしたかと思うと、いきなり俺をお姫様ダッコして、そのまま向かいにある入場門目指して、グランドの中央突破を始めた。
「は、離せよ、矢田!」
 みんなの注目の中、恥ずかしさのあまり真っ赤になった俺は、矢田の腕の中で暴れた。
 それでなくても、モヒカンの矢田はいつもみんなの注目の的だ。それが、男を横抱きにして走っている。これで見るなと言う方が無理じゃないか。
 しかし、俺がどんなに暴れても矢田はビクともしない。俺を両腕で抱きかかえたまま、悠々と顔色一つ変えずに走っていく。
 おまえ、一体どんな怪力だよ。
「じ、自分で走れるから! 頼む、降ろしてくれ、恥ずかしすぎるーっ!」
「遠慮するなよ、ツヨシ。俺とおまえの仲じゃないか」
 どんな仲だと言いたいんだよ、矢田。
「い、いや、そうじゃなくて、とにかく本当に降ろしてくれ、頼むから!」
「なんだ、テレてるのか? ハハハ、まったく、かわいいなぁ、ツヨシは」
 歯をキラリと光らせて矢田が笑う。
 おまえ、頭おかしいんじゃないか。なにがテレ屋さんだ、ふざけるな!
 そう思いながらジタバタし続けている内に、俺たちは入場門についた。
 力を緩めた矢田の腕から、俺は慌てて飛び降りる。それと同時に、本部からのアナウンスが鳴り響いた。
「選手、入場!」
 どうやらギリギリセーフだったらしい。
 俺がホッと胸を撫で下ろしながら駆け足をしていると、俺の前を走っていた矢田が振り返って言った。
「俺のおかげだ、感謝しろよ、ツヨシ」
「あ、ありがとう、助かったよ」
 引きつった笑顔で俺はそう言った。なんか腹が立つ。
 そうこうしている内に、俺たちリレーの選手は決位置に着き、第一走者はすぐにスタートラインに並んだ。
 八クラスあるから、選手の数も八人。これは八百メートルリレーで、一人の選手が二百メートル、グランドを一周することになる。
 ふふふ、これなら絶対にマドカの前を走ることができる。俺はちゃんとそこまで計算して、この八百メートルリレーを選んだのだ。
 マドカ、見てろよ、この俺の勇姿を!
 なんて思いながら自分のクラスの応援席辺りに目を向けると、相変わらず真っ白い顔したマドカが、まだ競技前だというのに、なにか大声で叫んでた。
「矢田くーん、がんばれー!!(超大声)」
 ………マドカ、だから俺も走るんだって。
 なんだか涙が出そうになった。
 ま、まあいい。走りさえすれば、いくらマドカでも俺に気付くに違いない。そして、そのままカッコよくゴールのテープを切ってやる。
 そしたらきっと、マドカは俺のこと惚れ直してくれるに違いない。
 よーし、がんばるぞー。
 俺がやる気満々に大きく深呼吸した時、スタートのピストルが鳴った。
 いっせいに、第一走者が走り出す。
 さあ、俺たちのクラスはどうだ?!



     体育祭Aにつづく
(すみません、1話にまとめられませんでした)


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