■ No Title Life ■

   ラブレター



 朝、教室に着いたばかりの俺のところに、一年生の女の子がやってきた。
「あの………これ、読んで下さい」
 それだけ言って俺に手紙を手渡すと、赤い顔して走って行ってしまった。俺はその手紙を複雑な顔をして見ながら、溜息とともに自分の席に着いた。
 そんな俺のところに、クラスの友達連中がワラワラと集まってくる。
「なんだよー、ツヨシ、ラブレターもらったのか?」
「相変わらずモテるなー」
「さすがは野球部のエースピッチャー!」
「いよっ、このスケコマシ!」
 うるさい外野だ。つーか、誰がスケコマシだよ、このアホタレども。この童貞の俺に対して、その発言は失礼すぎること極まりない。
 第一、俺はマドカ一筋だ。
 それが例え、どんなにかわいい子だったとしても、俺の心は揺るがない。………にしても、さっきの子、けっこうかわいかったなぁ、とか思って俺が少しニヤケていると、いきなり飛んできた黒板消しが俺の顔にクリーンヒットした。
 い、いたい………。んでもって、舞い散ったチョークの粉がケムい。
「すまんな、ツヨシ。手が滑った」
 舞い散るチョークの粉の中に、ヌッと矢田が顔を現した。
 どう手を滑らしたら、黒板消しが俺の顔に飛んでくるんだよ、矢田。
「ケ、ケホッ。い、いいよ。今度から気をつけてくれれば」
 ムッとしながらもそう言ってやったのに、矢田はなかなか俺から離れてくれない。それどころか、じりじりとニジリ寄ってくる。
 そして、俺の手にあるラブレターをチラリと見て言った。
「近親相姦の次は浮気か。波乱万丈だな、ツヨシ」
 なにが波乱万丈だ。つーか、俺と姉貴は近親相姦の関係じゃない。むしろ赤の他人になりたいくらいだ。
「あ、あのさ、先生にも言ったけど、俺は姉貴とそんな関係にはないよ。それに、浮気するつもりなんか、これっぽっちもないし」
「そうは言っても、姉上との間に子供がいるんだろう? ハッ、もしかして、体外受精か?! すごいな、ツヨシ。見直したぞ!」
 んなワケねーだろう。
 それに、見直したってなんだよ、矢田。おまえの言っていること、さっぱり意味が分からない。
 俺が大きな溜息をついていると、愛するマドカがニコニコ笑顔で登校してきた。
「おっはよー、矢田くん! あ、ついでにツヨシもおはよう」
 俺はついでかよ、マドカ。
 っていうか、彼氏である俺を差し置いて、どうして先に矢田に挨拶する?!
 俺がさり気なく傷ついていると、マドカが言った。
「あれ? ツヨシ、顔中チョークの粉がいっぱいついてるよ。それ趣味なの?」
「ああ、そうだ」
「へー、似合ってるね」
「だろ? 最近のマイブームだ」
「あはは、やっぱり底抜けのバカね、ツヨシは」
 もちろん、今の会話に俺は一切口を挟んではいない。
 俺にはそんな趣味ありません。
 俺が急いで顔からチョークの粉を払っていると、ふとマドカが首をかしげた。
「あ、お手紙がある」
 そして、さっき俺がもらったラブレターを手に持った。
「そ、それは俺の………!」
「これ、ツヨシの? 誰かにもらったの?」
「マドカ、それは手紙じゃない。とても危険な物だ」
 矢田がメガネをきらりと光らせて言う。
「え、危険なの?! いやだ、恐い!」
 マドカはラブレターから手を離すと、床に落ちたそれをガシガシと足で踏みつけた。
 って、なんてことするんだ! いくら俺にその気がないとはいえ、そんなことしたらさっきの子に失礼だろ?!
「やめてくれ、マドカ。それは危険じゃないから」
 そう言うと、俺は急いでラブレターを拾い上げた。そして、キッと矢田をにらむ。
「この手紙のどこが危険なんだよ?!」
「なぜなら、それは悪魔の誘惑だからだ。別名、浮気の種とも言う」
「ええっ、悪魔!」
 一瞬、マドカが顔を引きつらせた。かと思うと、安心したようにニッコリと笑う。
「それなら大丈夫。あたしんち仏教徒だから悪魔は来ないもの。悪魔っていうのは、キリスト教の人のところにしか来ないんだもんね」
 自信満々にそう言うマドカ。
 俺は宗教に詳しくないからよく分からないけど、でも、なんか違うんじゃないか、その考え方。
 まあ、いい。話題がそれたところで、俺は手に持っていたラブレターをこっそりとポケットの中に隠しこんだ。こんな手紙をもらったことくらいで、俺の誠実さをマドカに疑われたくはない。
「おい、ツヨシ」
 俺がホッと安堵の息を吐いていると、矢田がチョンチョンと俺の肩をつついた。
「おまえの赤の他人が呼んでいるぞ」
 廊下に目を向けると、そこには手をブンブン振る今西の姿が。
「おーい、ツヨシー!」
「ずいぶん馴れ馴れしい赤の他人だな」
「……………」
 俺は矢田を無視して今西のところに向かった。そしたら矢田もついて来て、俺より先に今西に話しかけた。
「ツヨシとのご関係は?」
「夫婦です」
 なに言ってんだよ、今西。
「確かに、夫婦というのは、元をただせば赤の他人だな」
 矢田がやけに納得したように言う。って、おまえもなに言ってんだよ、ワケ分かんねー。
 これ以上変な誤解を受けないよう、俺は慌てて言った。
「い、いや、野球部でピッチャーとキャッチャーの関係なんだよ。ついでに言うと、今西がキャプテンで俺が副キャプテン」
「ああ、そういうことが。なんだ、おもしろくない」
 矢田は不満そうにそうつぶやくと、さっさと教室の中に戻っていった。一体なにを期待していたんだよ、矢田。
 すごい脱力感を感じながら、俺は今西に言った。
「で、なにか用か?」
「あ、そうそう。実はさ、体操服忘れたんだけど、貸してくれないか?」
「いいよ」
 俺が教室の後ろにある棚から体操服を持ってくると、今西が不安そうに言った。
「同じ体操服着ても、痔ってうつらないよな?」
「いや、うつる。確実にうつる」
 気分を害した俺がそう言うと、今西は顔を青ざめさせて引きつった笑いをみせた。
「は、ははは。や、やっぱり体操服はいいや。他のヤツに借りるから」
 そして、俺を憐れむような目で見ると、逃げるように走り去っていった。まったく、不快なこと、この上ない。
 そうこうしているウチに、ショートホームルームの始まるチャイムがなったから、俺は自分の席についた。
 二学期になって席替えをしたから、俺とマドカの席はかなり離れてしまった。授業中いつも寝てばかりいるマドカは、一番前のど真ん中の席に座らされた。そして、真面目な俺はというと、窓側の一番後ろの席だ。
 マドカと離れたのは悲しい。
 けど、こんな時は助かるなぁと思いながら、俺はさっきもらった手紙を読んでみることにした。これだけ席が離れていれば、マドカに見つかる可能性はない。
 そりゃ、もちろん俺はマドカ一筋だけど、でも、俺だって健全な男の子なワケだから、こういう手紙をもらうと当然のごとく嬉しい。
 マドカと付き合うようになってから、この手の手紙をもらう数が減っていたし、ずいぶん久しぶりのことだ。
 ウキウキしながらその手紙を開いた俺は、その中身を読んで、思わず固まってしまった。

『       近親相姦なんて超キモイ。死ね。        』

 ああ、神様、これはあなたが俺にくだされた罰なのですね。マドカというものがありながら、かわいい女の子から手紙もらって喜んでしまった俺に対する戒めなのですね。
 ごめんよ、マドカ。許してくれ、マドカ。
 やっぱり俺にはマドカだけだ。
 ありがとな、さっきこの手紙踏みつけてくれて。

 教室の片隅、マドカに対する懺悔と感謝の言葉をつぶやきながら、俺は悲しくなってちょっぴり泣いた。
 ぐすん。





     つづく


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