新学期が始まった。
マドカに会える。それはとても嬉しい。でも、かなりの恐怖感が俺の中に渦巻いている。
あの、マドカが俺の家に来てから三日間、俺はマドカの電話し続けた。でも、マドカは一度もそれに出てくれなかった。
姉貴のキャミソールに顔を突っ込み、その胸に顔をうずめた姿を見られたんだから、それも当たり前かもしれない。
でも、信じてくれよ、マドカ。
あれは不可抗力なんだ! 悪魔たちの罠にはめられたんだ!
それを信じてもらわなきゃならない。だから俺は、あの日買い込んでいたチロルチョコを紙袋に入れ、俺はドキドキしながら登校した。
「待ちかねたぞ、ツヨシ」
教室に入った途端、なにやら手に大きな箱を持った矢田が、俺のところにやって来た。
おまえになんか、待ってもらいたくない。
無視して自分の席に着こうとした俺の顔に、矢田がいきなり頭突きを……というか、モヒカンを突き刺してきた。
なにするんだよ、このモヒカン凶器野郎! 下手したら失明するぞ?!
俺が痛む顔を押さえて苦しんでいると、矢田が無表情に言った。
「ついに日本語も理解できなくなったのか、ツヨシ。待ちかねたと言っただろう」
「お、俺になんの用だよ、痛いじゃないか?!」
「旅の土産だ。俺の気持ちだと思って受け取れ、ツヨシ。ちなみに、返品不可だ」
そう言うと、俺に持っていた箱を押し付け、矢田は教室の外に出て行ってしまった。
旅の土産?
そう言えば、放浪の旅に出てたようなこと、マドカが言ってたっけ?
俺は自分の席につくと、チラリと隣の机、マドカの席に目を向けた。
マドカはまだ来ていない。
退屈しのぎに、俺は矢田からもらった土産の箱を開けてみることにした。一体、なにが入ってるんだろう?
そして、箱を開けて中を見た途端、俺の目は点になった。そこには箱いっぱいの矢田の写真が!
って、これを俺にどうしろって言うんだよ、矢田。
写っている周囲の風景から、その写真が旅行先で撮った物であることが分かる。どうせくれるなら、行った先の特産品とかにしてくれよ、矢田。
俺が顔をゲッソリさせていると、待ち焦がれたマドカが教室に入ってきた。
ああ、三日振りに見るマドカ。なんだか感動で目頭が熱くなってしまう。
俺は急いでマドカに駆け寄った。一刻も早くマドカの誤解を解かねばならない。このままフラれてしまったら、死んでも死にきれない。
「マ、マドカ……」
俺が心臓をバックンバックンいわせながら声をかけると、意外なことにマドカはにっこり笑ってくれた。
「あら、ツヨシ。久しぶりね、元気だった?」
「あ、う、うん。元気だよ」
なんだかちょっと拍子抜け。修羅場になると覚悟していたのに。
「ずっと電話してたんだけど、なかなか出てくれないから、俺………」
「電話? ああ、ごめんね。ずっと電源オフにしといたの。夏休みの宿題やらなきゃならないから、集中しようと思って」
「そ、そうだったんだ」
おかしいぞ? なんだか会話がとてもスムーズに流れている。まるで、三日前のことなんかなかったかのごとくに。
少し迷った俺は、やっぱりあの時のことを、マドカにちゃんと説明することにした。
「あ、あのさ、マドカ。この前のことなんだけど」
「この前って?」
「うん、ほら………マドカが俺の家に………」
そこまで言ったところで、俺はハッとして言葉をとめた。
野球部のマネージャーであり、マドカのイトコでもあるミドリが、俺たちのところにズンズンやって来たからだ。
「あれ、ミドリ、どうした……グフッ!」
いきなり俺にパンチ食らわせるミドリ。
「ツヨシ先輩、美人でセクシーなお姉さんと近親相姦の関係にあるって、本当ですかっ!!」
廊下にまで響き渡るほどの大声で、ミドリがそう叫んだ。
頼むから、俺の教室でそんなこと叫ばないでくれよ、ミドリ。
殴られて痛む頬をさすりながらも、俺は言った。
「ち、違うよ、ミドリ。それは誤解………グハッ!」
今度はミドリの膝蹴りが俺の腹に炸裂する。
「いくら童貞だからって、実の姉とヤッちゃうなんて最低ですよ、この色情魔! 信じてたのに、ひどすぎる! うわーん、この筆おろし男!!」
俺に侮蔑の言葉を吐きながら、ミドリはその場で号泣する。
だから、そんなこと大声で言うなよ、ミドリ。泣きたいのは俺の方だ。
教室中がシーンとして俺たちを見守る中、どうしようかと俺がオロオロしていると、なにかを思い出したように、あっ、とマドカが声を上げた。
「あー、そう言えばそうだった。あたし、ツヨシの家に行った時、姉弟の濡れ場を目撃したんだった。あはは、宿題に必死ですっかり忘れてた」
愉快そうに腹を抱えて笑うマドカ。
って、忘れてたのかよ、おい。
心の中でそういうツッコミを入れながら、俺はマドカに言った。
「いや、違うんだよ、マドカ。濡れ場とかそういうのじゃなくて、アレは姉貴が俺たちをからかってやったことなんだ。信じてくれよ、マドカ」
「でも、お姉さん、ツヨシに無理矢理ヤラれちゃったとか、言ってなかったっけ? ツヨシだって、お姉さんの胸に吸いついてたじゃない。下着の中に顔突っ込んだりしてさ」
クラスメートたちからどよめきが起こる。
………おまえ、俺の人生を破滅させるつもりかよ、マドカ。
それに俺は、姉貴の胸に吸いついたりなんかしてません。
俺は必死になって言った。
「だから、違うんだって! 本当にあれは姉貴のいたずらなんだよ。俺が姉貴と変な関係になったりするワケないだろう? だって、俺はマドカが好きなんだから!」
「そんなの信じられるワケないじゃなーい」
マドカの言葉に傷つく俺。まあ、今さらって感じもするけど。
どうすれば信じてもらえるのか、考えていた俺にマドカが言った。
「本当はもう、美人のお姉さん相手に、脱童貞したんじゃないのー?」
軽蔑のまなざしで俺をにらむマドカ。その隣では、ミドリが相変わらず号泣し続けている。
そして、俺に集中するクラス中の人間の冷たい視線。
すっかりテンパッた俺は、自分でも気づかない内にこう叫んでいた。
「違うっ! 俺は生まれてこのかたキスもしたことのない、正真正銘の童貞だ。頼む、信じてくれよ、マドカっ! 俺は本当に今でも童貞なんだっ!!!」
しばらく無言で俺を見ていたマドカが、ふと俺の机に目を向けた。そして、そこにある紙袋の中身をのぞき見る。
「あっ、チロルチョコだ。こんなにたくさんあるー!」
嬉しそうにそう言った後、俺を見てマドカが言った。
「ねえ、これ、あたしにくれるの?」
マドカの急変ぶりに、とまどいながらも俺は言った。
「う、うん。マドカのために、近所中にある店のチロルチョコ、全部買い占めたんだ」
「ホント? やったー、だったらツヨシのこと許してあげる」
え、って、あなた、そんな簡単に?
俺が唖然としていると、にっこり笑いながらマドカが言った。
「本当はね、ツヨシのこと、疑ってなんかいなかったの。そりゃ、あの日はビックリして、ついミドリに電話して話聞いてもらったりしたけど、後になって考えたら、そんなことありえないな、って」
「マ、マドカ………」
「だって、ツヨシはあたしに夢中だもんね。だから、さっきミドリが言うまで、そんなことがあったってことも、すっかり忘れてたってワケ」
俺があげたチロルチョコを、一度に五個くらい口の中に入れ、それをモッシャモッシャ食べながらマドカは言う。
マドカの言葉に、俺は感動してむせび泣いた。
ああ、マドカ。やっぱりおまえは俺のこと信じてくれてたんだな。
ありがとう、マドカ。最高だよ、マドカ!
口の周りにチョコがついて、なんだかマドカは泥棒オヤジみたいになっている。でも、それでもやっぱり、俺にはマドカが女神に見えるのだ。
そんなこんなで、なんとかマドカとも仲直りすることができた。
心の底からホッとした。
ただ、俺の近親相姦疑惑は、あっと言う間に学校中に広まった。しかも、俺が実の姉に子供まで産ませたという、ワケの分からない尾ひれ付きで。
その噂のせいで、俺は担任の教師に生活指導室に呼び出され、根掘り葉掘り色々なことを詰問されたりもしたけれど、でも、いいんだ、そんなこと。
だって、マドカが俺を信じてくれたんだ。こんな嬉しいことってない。
二学期はきっと楽しいことがたくさん待ってる。俺にはそんな予感がした。
(※もちろん、そんなことにはなりません。By作者)
つづく
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