相変わらず夏休みは続いている。
野球の練習が終わり、ヘトヘトになった俺は、家に帰り着くとお茶を飲むため、すぐに台所に向かった。そして、リビングに入るドアを開けた瞬間、その場に硬直してしまう。
「あ、ツヨシ、お帰り〜」
リビングのソファーの上に姉貴がいて、ちょっと疲れた様子で俺に声をかけてくる。って、なんでスッポンホンの丸裸なんですか、あなた?!
しかも、その横には姉貴の彼氏、俺たちの幼なじみであるシュウちゃんの姿もある。同じく彼もスッポンポン。
「野球の練習か? 夏休みなのに大変だなぁ、ツヨシ」
笑顔で俺に話しかけてくるシュウちゃん。
やめてくれ、目のやり場に困るだろう。
俺は顔を赤らめて、とっさに二人から目を反らした。
「いやねぇ、ツヨシったら。姉の裸見て、なに赤くなってんのよ」
カラカラ笑いながらそう言う姉貴。
「そうだよ。昔、三人で一緒に風呂に入った仲じゃないか」
シュウちゃんまでもが、カラカラ笑いながらそんなことを言う。
一緒に風呂に入ったなんて、何年前の話してんだよ。つーか、あんたたちリビングでなにやってたんですか?! ………ま、聞かなくたって分かるけど。
姉貴は俺の三歳年上、花の大学二年生だ。そして、シュウちゃんも姉貴と同じ年。高卒で社会人になり、確か車のセールスをやっているはずだ。
シュウちゃん、今仕事中じゃないのかよ? 仕事サボってナニやってんだ。
いくらウチが両親共働きで昼間誰もいないからって、あんたたちには常識ってもんがないのか。
そんなことを思いながら、俺は二人を無視して冷蔵庫に向かった。そして、麦茶で喉を潤すと、さっさと自分の部屋に戻ろうとする。
そんな俺の耳に、後ろからシュウちゃんに話しかける姉貴の声が聞こえた。
「ごめんね、シュウちゃん。ツヨシ愛想悪くって。いつもはそんなことないのに、どうしたのかしら?」
そんな姿のあんたたち見て、俺に笑顔で挨拶しろって言うのかよ、姉貴。
「いいんだよ、アキコ」
シュウちゃんが優しい笑顔を姉貴に向ける。
「気にしてない。俺はおまえだけがいてくれればいいのさ」
「ウフフ、いやぁね、シュウちゃんたら。ツヨシが見てるじゃないの」
スッポンポンを見せられた後、ノロケを聞いたくらいでどうなるものでもないわ!
俺が額に青筋立てながらそう思っていると、またしても俺の神経を刺激する会話を、姉気とシュウちゃんが交わすのが聞こえた。
「あの子、自分が童貞だから、あたしたちのことひがんでるだけなのよ、許してやって」
「そうか。童貞のツヨシには、ちょっと刺激が強すぎたかもしれないな、アッハッハ」
アッハッハ、じゃねーよ!
俺は憤慨しながらバタンと大きな音をたて、リビングを後にした。
部屋に着いた俺は、ジャージから普段着に着替えると、大きな溜息をつきながらベッドに横になった。
まったく、俺の周囲にはロクな人間がいやしない。
なんてことを思いながら天井を見ていると、階下から破廉恥な声や物音が薄っすら聞こえてきた。もう、カンベンしてれよ。
俺はステレオのボリュームを大きくして、聞き飽きたCDを大音量で聞き始めた。
「あーあ、マドカ、今頃なにやってんだろうなぁ」
呟いてみたが、CDの音に邪魔されて自分の声も聞こえない。
イライラしている内に、俺は気がつくと眠ってしまっていた。
夢の中で、俺はズボンを下ろそうと追いかけてくる今西から、必死になって逃げていた。そんな今西にミドリの蹴りが炸裂する。俺がミドリに礼を言おうとすると、今度はミドリが俺のズボンを狙って追いかけてきた。そんな俺たちを見て、腕を組んだマドカと矢田がゲラゲラ笑っている。
そこでハッと目を覚ました俺は、驚きのあまり髪の毛を逆立てた。姉貴が俺の顔を覗き込んでいるのだ。
「な、なにやってんだよ、姉貴! 人の部屋に勝手に入り込んで?!」
叫んでみたが、相変わらずステレオから流れる大音量のせいで、俺の声はかき消される。
俺は急いでステレオのストップボタンを押した。
「あんた、よくあんな騒音の中で眠れるわね。頭腐ってんじゃない?」
いきなり俺をバカにする言葉を吐く姉貴。
誰のせいだと思ってるんだよ、おまえらのせいだろう?!
さすがに姉貴はスッポンポンじゃなかった。と言っても、ブラジャーとパンツだけのアラレモナイ姿ではあるが。
「い、いや、練習で疲れてたから、つい眠っちゃったみたいだ。ところで姉貴、俺になにか用かよ。シュウちゃん、帰ったのか?」
「うん、今仕事に戻ったとこ」
ホッと俺は息をつく。これでやっと、破廉恥な音に悩まされずにすむ。
「で、姉貴は俺の部屋でなにやってんだ?」
「お母さんから電話があって、今日遅くなるって。だから、あたしが夕飯作るの。なにか食べたいものがあるか聞きにきたんだけど、そしたらツヨシがすごい騒音の中で倒れてるじゃない?! あたし、死んでるのかと思ってビックリしてさぁ」
とか言って、姉貴はゲラゲラ笑う。いや、そこは笑っちゃいかんだろ。
「危うく葬儀屋呼ぶとこだったわよ。ったく、驚かせるんじゃないわよ」
姉貴はにっこり笑いながら、俺にビンタを食らわせた。あまりの衝撃に気を失いそうになる俺。
「で、なにが食べたいの?」
その言葉に、朦朧となっていた俺はハッとわれに返る。そして、血の気を失った。
姉貴の作るメシ………。
俺は以前にも一度だけ、姉貴にメシを作ってもらったことがある。チャーハンだった。
プロのようにはいかないだろうが、素人が作っても、まあ、それほど失敗もしないメニューだと思う。
しかし、姉貴の作ったチャーハンは、俺の想像を絶するものだった。
卵が入っていた。まあ、これはいい。普通のことだ。
しかし、他の具がすごかった。
イチゴ、みかん、納豆、きゅうり、クリームチーズ、そして、トッピングとしてチョコチップが飾られていた。
食べたら死ぬ、そう俺は直感した。
そんな俺に、姉貴はにっこり笑顔で言った。
「さ、食べて、ツヨシ。残したらぶっ飛ばすわよ?」
いやがらせかよ、姉貴。それとも、マジで作ってこれなのか?
そんな質問しようものなら殺される。俺は震える手でスプーンを持つと、こみ上げる吐き気と戦いながら、そのチャーハンもどきを完食した。
その後、三日間も下痢に苦しめられた。
その時のことを思い出すだけで、俺の額から滝のように汗が流れ始める。俺はヒクつきながらも笑顔で言った。
「お、俺は卵かけご飯でいいよ。あんまり腹減ってないし、姉貴に手間かけさせるのも悪いしさ」
「いやだー、もう、ツヨシったら、そんなカワイイこと言ってくれて」
俺に猛烈ビンタをかましながら、姉貴は嬉しそうに言った。そのあまりの勢いに、またもや気を失いそうになる俺。
「本当にいいの? 遠慮しなくていいのよぉ?」
「い、いえ、本当に卵かけご飯でいいです」
「分かった。じゃあ、できたら呼ぶね」
ご機嫌で部屋を出て行った姉貴の後ろ姿を見ながら、俺は安堵の息をついた。
数時間後、姉貴が作ってくれた卵かけご飯を前に、俺は体を震わせながら茫然としてしまっていた。
卵かけご飯………。
白いご飯の上に生卵がかけられている。そこまでは普通だ。
しかし。
なぜケチャップをかけるんだ、姉貴。卵かけご飯と言えば、醤油に決まっているだろう!
「さ、食べて食べて。残したらぶっ飛ばすわよ?」
この前と同じように、にっこり笑顔の姉貴。
ものすごい脱力感と恐怖を感じながらも、俺はお茶碗の中身を箸でかき混ぜ始めた。ま、ご飯に卵にケチャップ、少し変わったオムライスと思えば食べられないこともないだろう。
そう思って、姉貴風卵かけご飯を一口食べた俺は、あまりの衝撃に魂が体から抜けそうになった。
体中に嫌な汗をかきながら、俺は作り笑顔で姉貴に訊いた。
「姉貴、もしかしてこれ、隠し味とかきかせてくれてる?」
「よく分かったわね、ツヨシ」
超ご機嫌の姉貴の笑顔。
「あんた、スポーツやってて体力いるし、栄養つけてあげようと思って、ハチミツ入れといてあげたのよ。それから、ヴィーダーインゼリーも少々」
「ハチミツにヴィーダーインゼリーか………ははは、気を使ってくれてありがとな、姉貴」
俺は涙目になりながら、笑顔でその卵かけご飯もどきを完食した。
死ぬかと思った。三途の川が見えた気がした。
シュウちゃん、この女のどこがいいんだ。俺には理解不可能だ。
つーか、早く嫁にもらってやってくれよ、シュウちゃん。
俺のために、頼む!
つづく
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