■ No Title Life ■

   ジャンケンで勝負



 今日も俺は野球部の練習に明け暮れている。
 しかし、油断してはならない。
 隙あらば俺のシリを見てやろうと、飢えたハイエナのような目をした今西とミドリが、いつもズボンを狙っているからだ。痔ではないと何度言っても、二人は信じてくれない。
 練習の休憩時間、ズボンを下ろされないように地面に座り込んだ俺に、今西が心配そうに声をかけてきた。
「運動した後、すぐに座ったら痔になるって聞いたことあるぞ。大丈夫か、悪化するんじゃないか?」
 余計なお世話だっつーの。
「だから、何度も言ってるけど、俺は痔じゃないって」
「俺のオヤジ、前に痔の手術受けたことがあるんだ。名医らしいんだけど、紹介してやろうか?」
 人の話を聞け、今西。
 俺が大きな溜息ついていると、そこにミドリがやって来た。
「ツヨシ先輩、今日の練習の帰り、買い物に付き合ってくれませんか?」
 いきなりデートのお誘いかよ。しかも、今西の目の前で。
「い、いや、それはちょっと……」
 俺にマドカを裏切るような真似ができるはずがない。俺が言葉を濁してゴニョゴニョ言っていると、隣にいた今西が笑顔で言った。
「俺でよかったら付き合うよ」
「どうしてです? なにか用事でもあるんですか?」
 今西を完璧に無視して俺を見るミドリ。今西はその場に笑顔のまま固まっている。
「いや、ホラ、だって俺、彼女いるし」
「いいじゃないですか、買い物くらい。別にエッチしに行こうって言ってるワケじゃないんですから」
「エ、エッチって……」
 あけっぴろげなミドリの物言いに、俺はつい赤くなってしまう。
 この前、マドカやそのおまけ連中から、やたらと童貞であることをからかわれた俺は、その手の話に過敏に反応してしまうのだ。
「俺だったら、喜んでエッチも付き合うぞ」
 そう言った今西の腹に、ミドリは無言で膝蹴りを食らわせた。
 今西、おまえってホント、バカなヤツ。
 困った俺は、そんな今西をチラリと見てから言った。
「今西も一緒、三人でだったらいいよ」
「ええー? キャプテンも一緒ですかぁ? だったらやめようかな」
 ミドリがあからさまにイヤそうな顔する。
 どうしてそこまで毛嫌いするんだ、ミドリ。って言うか、もう少し他人に対する気づかいを覚えた方がいいぞ。そんなんじゃ、社会に出てから苦労する。
 俺がそんなことを思っていると、少し考えてから、ミドリが渋々言った。
「分かりました。それじゃ、キャプテンも一緒ってことで」
「やったー!」
 歓喜の声を上げ、ガッツポーズで大喜びする今西。
 すごいぞ、今西。えらいぞ、今西。おまえのそのあきらめることを知らない不屈の精神には、心底脱帽させられる。
 まあ、俺とマドカの関係を考えれば、俺にだけはそんなこと思われたくないかも知れんがな。
 そんなわけで練習後、俺たち三人は駅前のショッピングモールへと繰り出した。
「なに買うんだ?」
 俺が訊くと、ミドリは言った。
「実は、これといってあるワケじゃないんですよ。ただ、ツヨシ先輩と歩きたかっただけ」
 そう言って、頬を赤くするミドリはとってもかわいくて、思わず俺はドキッとした。気の強すぎるところはあるが、容姿にしろ性格にしろ、かわいい子なのだ、ミドリは。部員たちからの人気が高いのもうなずける。
 まあ、俺はマドカ一筋だけどね。あんなセリフ、マドカに言われてみたいもんだ。そしたら、もう、死んだっていい。………いや、キスするまでは死ねないか。
「先輩の彼女って、どんな人なんですか?」
 ミドリが質問してきたので、俺は率直に答えた。
「指折りの美少女だ。すっごくカワイイ子だ。最高の彼女だ。ちょっと変わったところがあるけど」
 変な期待を持たせない方がいいという、俺なりの配慮のつもり。
「ふうーん。カワイイってどれくらい? あたしよりもカワイイんですか?」
「そりゃミドリの方が………。やっぱりツヨシの彼女の方がカワイイな、うん」
 そう言った今西の足を、ミドリが思いっきり踏んづけた。足を押さえ、絶叫しながらピョンピョン飛び跳ねる今西。
 今西、おまえってヤツは、どうしようもないバカだな。
 こっそりと溜息をついた俺の目に、辺りの風景に馴染まない異質な物が飛び込んできた。
 あ、あのモヒカン頭は………矢田! その隣には、愛しのマドカの姿も見える。
 驚きのあまり俺が口をパクパクさせていると、俺たちに気付いたマドカが、すこぶる笑顔で寄ってきた。
「あれー? こんな所でなにやってんの?」
 今西がいてくれてよかった。そうじゃなかったら、浮気と勘違いされていたかもしれない。そう思いながら、俺もマドカに笑顔を向けた。
「いや、実はさぁ……」
 そんな俺の横を、マドカはスタスタと通り過ぎる。そして、ミドリの前で立ち止まった。
「ミドリ、買い物?」
「うん、マドカちゃんも?」
 って、おまえら知り合いかよ?!
 恐る恐る俺は訊いた。
「あ、あのぉ〜、お二人はどういったご関係で?」
「あれ、ツヨシいたの?」
 相変わらず、つれないマドカのセリフ。
「う、うん、実はいたんだ。それより、二人は知り合いなのか?」
「相変わらずのアホッタレだな、ツヨシ。この前イトコ同士だと言っただろう。でも、会えて嬉しいぞ」
 侮蔑の言葉を吐きながら、嬉しそうに俺の肩に手をかけてくる矢田。
 おまえ、やっぱりホモだろう。
 俺が何気に矢田の手を肩からはらっていると、ミドリが言った。
「あたしとマドカちゃんとリュウちゃん、三人ともイトコ同士なんですよ、先輩」
 えぇ―――――っ!!
 驚きのあまり、俺はなにも言えなくなった。
 そ、そう言われてみれば、この三人には共通点がある。容姿の整っているところとか、性格がちょっと変わっているところとか。ああ、血のつながりって恐ろしい。
 そう言えば、リュウちゃんって矢田のことだろうけど、あいつの名前なんだったけ? そのまんま、リュウ、なのか?
 素朴な疑問が沸いたので、俺は矢田に訊いてみた。
「矢田の名前って、なんだっけ?」
「そんなに俺の名前が知りたいのか、ツヨシ。これだから男前は困る。でも、ホモはお断りだぞ」
 だから、ホモじゃねえっつーの。
 俺と矢田を見ながらミドリが叫んだ。
「ええーっ! 先輩って、ホモだったんですか?!」
「そう、ホモだったの」
 平然と答えるマドカ。
「超キモーイ! あ、そうか。だから痔なんだ」
「ツヨシ痔なの?! うわー、最低、大嫌い!」
 そして二人、汚い物を見るような目で俺を見る。
 カンベンしてくれ。俺はホモでもなければ痔でもありません!
 俺がガックリと肩を落としていると、矢田が俺の後ろを指差して言った。
「で、あそこで飛び跳ねているのはツヨシの知り合いか?」
 俺が振り返った先には、ミドリに踏みつけられた足を抑え、いまだにピョンピョン飛び跳ねている今西の姿がある。
「いえ、赤の他人です」
 俺はにっこり笑って答えた。
「ところで、マドカはここでなにやってるんだ?」
 矢田と二人で、という言葉は、あえて飲み込んだ。
「あたしも買い物。お料理してるようにでも見えた? ホント、バカね、ツヨシは」
「頭は帽子かぶるためにあるんじゃないんだぞ、ツヨシ」
 マドカと矢田、二人で俺を愚弄しながら楽しそうに高笑いする。
 いいよ、もう。好きなように言ってくれ。
 俺はへこたれずに笑顔で言った。
「言ってくれれば、俺が付き合ったのに」
「だって、ツヨシは練習で忙しそうだったから。だから矢田くんを誘ったの」
 誘うんならユキにしろよ、マドカ。
 そんな俺たちの会話を聞いていたミドリが、驚いたように言う。
「ねえ、もしかして、ツヨシ先輩の彼女ってマドカちゃんだったんですか?」
「うん」
 きっぱりと肯定した俺の返事を聞いて、ミドリはマドカに言った。
「マドカちゃん、あたしに先輩譲ってくれない? あたし、先輩のことが好きなの」
「えー、どうしようかなぁ」
 迷うなよ、マドカ。きっぱり断ってくれ。
 そんなマドカに、ミドリはポケットからなにかを取り出し、手渡した。
「ほら、このチロルチョコと交換」
「えー、どうしよう。すごく迷っちゃう!」
 だから、迷うなよ、マドカ。
「チロルチョコなら俺も持ってる」
 そう言って、矢田もポケットからチロルチョコを取り出した。
「だから、俺にも権利があるはずだ」
 権利ってなんだよ、俺は物か? しかも、チロルチョコ一個の価値しかないのか?
 つーか矢田、おまえやっぱりホモだろう?
「うーん、じゃあ、こうしない? 三人でジャンケンして、勝った人の物にするっていうのはどう?」
 マドカの発案に、残りの二人は納得したようにうなずく。
 そして、三人のジャンケンが始まった。
 俺を完全に無視して。


 結局、その後三十分くらい三人はジャンケンし続けたが、ずっとアイコで勝負はつかなかった。だから俺の所有権は、まだマドカが持っているらしい。
 ホッとした反面、とても悲しい気持ちになった。

 俺、今後どうなっちゃうんだろう………。





     つづく


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