今日は日曜日。野球部の練習は休みだ。
この機を逃すか、と言わんばかりに、俺は電話でマドカを図書館に誘った。
「夏休みの宿題、一緒にやろうぜ!」
「まだ夏休み始まったばかりなのにぃ? いやだー、面倒くさい」
乗り気じゃないマドカの声。でも、俺は負けない。
「早く終わらせたら、後半ゆっくり遊べるじゃないか。な、いいだろ?」
「そんなこと言って、ツヨシったらあたしに宿題写させてもらおうと思ってるんでしょう? ホント、ツヨシったら頭悪いだけじゃなく、性悪な上にダラシがないロクデナシなんだから」
はいはい、もう好きなように言ってくれ。
「言っとくけど、あたしまだ全然やってないよ」
それも予想済みだ。
「う、うん。とにかくさ、一緒にやろう?」
「うーん、どうしようなかぁ?」
もうひと押し!
「俺を助けると思って。な? 俺、マドカがいなけりゃダメなんだよ」
マドカ、しばしの沈黙。
そして言った。
「わかった。ツヨシがそんなに言うんだったら、一緒にやってあげる」
「ホ、ホントか?! やったーっ!」
電話の前で俺は大きくガッツポーズをした。
そして、図書館。
広げた勉強道具の前で、俺はかなり不機嫌になっていた。
なぜなら、そこには俺とマドカ以外の人間も一緒にいたからだ。
まず、俺の隣に座る女、同じクラスの坂本ユキ。
これは、まあ、仕方がないかもしれない。マドカとユキは親友同志だ。図書館での勉強会、マドカがユキを誘ったのも、まあ理解できる。
しかし………。
矢田、なんでおまえがここにいる?! しかも、マドカの隣の席に。
四人が座れる長方形の机に俺たちは座っているんだけど、さっきも言ったように、マドカの隣は矢田。矢田の向かいが俺、俺の隣がユキ。そして、そのユキの向かいがマドカだ。
隣だなんて贅沢は言わない。でも、せめて向かい合わせに座ってくれよ、マドカ。
しかし、この席順はマドカが決めたものだから、文句も言えない。
それにしても。
彼氏であるこの俺を完璧に無視して、マドカと矢田は肩を寄せ合い、とても楽しそうに勉強している。マドカが矢田に質問し、それに矢田が答えているだけなのだが、なんだかとてもいい雰囲気。
そんな光景を目の前で見せられると、俺としては非常に不愉快だ。
隣でおとなしく宿題をしているユキに、俺は小声で訊いた。
「なあ、ユキ、どうして矢田がここにいるんだ?」
「マドカが誘ったの」
ユキの言葉に、嫌な気分が大きく膨らむ俺。
「なんで誘ったのかな、ユキ、知ってる?」
「宿題の分からないところ、教えてもらうって言ってたよ。その………」
ちょっと言いづらそうな顔をするユキに、俺はすぐにピンときた。
「ハッキリ言っていいよ。マドカ、なんて言ってた?」
「う、うん、その……ツヨシはバカでアホでマヌケでトンマ、ついでに童貞だから全く当てにならないって。ツヨシくん、まだ童貞なんだ………?」
憐れむような顔で俺を見るユキ。
カンベンして下さい。そんな目で見られると、返って傷つく。って言うか、そんなことユキに言うなよ、マドカ。
そう、確かに俺はチェリーボーイだ。
それどころか、キスだってしたことない。
だからこそ、この夏休み中になんとかマドカとキスをして、二人の関係をもっと甘い物に発展させようと企んでいたのだ。がんばってマドカを図書館に誘ったのだ。
それなのに、なんでマドカと矢田のイチャイチャする姿を見なきゃならん!
そんな風に、怒りを募らせている俺の横でユキが言った。
「試験勉強を一緒にしてから、なんだか急接近なんだよね。あの二人、なんだかお似合いだと思わない?」
微笑ましく二人を見つめるユキ。
シバくぞ、このアマ。それがマドカの彼氏である俺に言うことか?!
ああ、確かに二人はお似合いだ。美少女のマドカに、男前の矢田。容姿的には、二人はとてもつり合っている。ただし、矢田がモヒカンでさえなけりゃーな。
それにしても、二人は本当にいい雰囲気だ。と言っても、はしゃぎながら質問するマドカに、矢田は相変わらずの無表情で答えているだけなのだが。
そのの無表情が、かえって俺のカンにさわる。
俺が矢田の立場なら、もう天にも昇る心地でにこにこ笑顔になっているはずだ。チクショウ、矢田め、もっと嬉しそうにしやがれ。
俺なんて、あんな風にマドカと楽しく会話してもらえることも少ないっていうのに。
ああ、なんだか泣けてくる。
嫉妬のあまり、俺は呪い殺さん勢いで矢田をにらんだ。
そんな俺の視線に気付いた矢田が、ズレたメガネを直しながら、ちょっとテレくさそうに言った。
「そ、そんな熱い目で俺を見るなよ、ツヨシ。ホモはお断りだぞ」
誰がホモやねん。
「きゃー、禁断の恋?! ツヨシ、がんばって!」
歓喜の声をあげるマドカに、俺はがっくり肩を落とす。マドカ、おまえって………。
しかし、落ち込んでばかりもいられない。
気を取り直して俺は言った。
「なあ、席替えしない?」
「えー? なんでぇ?」
不満そうな顔のマドカ。やめてくれ、これ以上俺を落ち込ませるのは。
「ほ、ほら、マドカさっきからずっと矢田に迷惑かけっぱなしだろ? 矢田だって自分の宿題あるだろうし、今度は俺がマドカに教えてやるよ」
「そっかー。それもそうだね」
申しわけなさそうな顔で、マドカが矢田を見る。
「ごめんね、矢田くん。迷惑だった?」
「いや、全然」
キッパリと否定する矢田。
テメー、マジでぶっ殺すぞ、このモヒカン野郎。
俺の気も知らず、ホッとしたようにマドカが言った。
「よかったぁ。ほら、いいんだって。ホント、ツヨシは心配性なんだから。そんなんだから、いつまでたっても童貞なのよ」
大声で言わないで下さい、そんなこと。
俺をちらりと見てから矢田が言った。
「バカな上に童貞か………最悪だな」
「最悪ね」
隣のユキも、ふふっと笑う。
おまえら全員、張り倒すぞ?!
「でも、俺に対する気づかいは嬉しいぞ、ツヨシ」
そう言って、矢田が少しテレくさそうに、自分の手を俺の手の上に添えてきた。
気色悪い。おまえこそ、ホモなんじゃないか?
俺は急いで矢田の手の下から自分の手を引き抜いた。
結局、それからもマドカと矢田は仲良く勉強し続け、そんな二人を俺はヨダレを垂れ流さんばかりに羨ましそうに眺め、そんな俺の横では黙々とユキが勉強していた。
そんな状態が、五時の図書館閉館まで続いた。
図書館から外に出た俺は即座に言った。
「マドカ、家まで送ってくよ」
これでやっと二人きりになれる。そして、憧れのファーストキスだ。
ウキウキしながら言う俺に、マドカがきっぱりと言った。
「いい、矢田くんに送ってもらうから」
な、なんで――――っ?!
ガクーンと口を大きく開けた俺に、矢田が言った。
「礼はいいぞ、ツヨシ。家が近所だからついでだ」
「家が近所だなんて、なんで知ってるんだ?!」
ま、まさか、二人はもう互いの家を行き来する仲なのか。
くらくらしながら俺が言うと、マドカがにっこり笑って言った。
「だって、あたしたちイトコ同士だもん」
「えぇ――――っ?!」
「そうだったの?!」
ユキも驚いた顔してる。
「あれ、言ってなかったっけ?」
聞いてません、そんなこと。
呆気にとられた俺が無言で首をブンブン振ると、うふっとマドカは笑った。
「言い忘れてたみたい。まあ、学校では他人のフリすることにしてるし」
「他人のフリって、どうして?」
矢田がモヒカンだからか?
「別に、意味はないけど、なんとなく」
「そ、そうだったんだ………」
しかし、となると、不思議に思って俺は訊いた。
「イトコなのに、どうして矢田くん、なんて他人行儀な呼び方するんだ?」
「だってー、ツヨシに悪いかなって思って。もちろん、家ではちゃんと名前で呼ぶけど、学校とか友達の前では苗字で呼ぶことにしたの。あたしが名前で呼ぶ男の子は、やっぱり彼氏であるツヨシだけの方がいいかな、って」
光り輝くマドカの笑顔。
俺のこと、ちゃんと特別に思ってくれてたんだ。
「マ、マドカ………ぐすっ」
感極まり、俺はその場で号泣し始めた。
恥ずかしい、とか言って、三人は俺を置いてさっさと帰っていく。ポツンと一人残された俺は、ムッとしながらも、そのまましばらく泣き続けた。
なんだか今日は、怒りと衝撃と感動の一日だった。
結局キスはできなかったけど、でも、マドカのあんな嬉しい言葉を聞くことができて、もう俺の胸はいっぱいだ。
大好きだぞ、マドカ。
いつか絶対キスしてやる!
つづく
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