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あの日のことを何度思い出し、何度悔やんだことだろう。
「あのな、美奈。俺、おまえのこと………」
内田が現れなければ、あの言葉の続きが聞けていたはずだった。そうしたら、こんな思いをしなくてもすん
だかもしれない。
想いはどんどん強くなるのに、距離は少しずつ遠くなっていった。美奈と和也が最後に話しをしたのは、も
う三ヶ月も前のことになる。それは偶然下足箱で顔を合わせた時のことだった。
「あ」
和也の後ろ姿を見た美奈は、思わず声を上げた。その声を聞いて、和也が振り返った。
「……………」
「……………」
しばらく無言で見つめ会った後、和也が言った。
「おはよう」
「お、おはよう」
たったこれだけ。
これが二人の交わした最後の言葉となった。
そんなことを思い出しながら全力で突っ走っているうちに、美奈はやっと学校の前の公園に着いた。寒さは
増し、気付かないうちに雪が降り始めている。探るように辺りを見回しながら、美奈は公園の中へと足を進め
た。大きな公園のわりに電灯は一本もなく、辺りは真っ暗でなにも見えない。
携帯電話の画面で確認すると、もう六時を過ぎていた。指定された時間から、すでに二時間も経っている。
「………やっぱり、もう、帰っちゃったのかな」
美奈がそう呟いた時、少し離れた所から声が聞こえた。
「遅い」
声がした方向に、美奈はハッと顔を向けた。
「か、和也?」
そして、その方向に走り寄る。
大中小と並ぶ鉄棒の、その真ん中の辺りに和也は立っていた。和也との距離を一メートルほどあけて、美奈
は立ち止まる。
「………まだいたんだ」
「俺が待っている場所に遅れてくるの、相変わらず得意だな」
無愛想で意地悪な口調が美奈の耳に懐かしく届く。だから美奈も、昔と同じようにキツい口調で言い返した
。
「約束の時間は四時でしょう? バカじゃないの、寒いのに二時間もこんなところで待ってるなんて!」
そして、キッと和也をにらみつける。
「だいたい、あの花束はなんなの?! あれのせいで、今日は散々な目に合ったんだから。おかげで、楽しい
誕生日気分が台無しよ!」
「誕生日おめでとう」
静かな、でもちょっと笑いを含んだ声で和也は言う。それを無視して美奈は言った。
「待ち合わせのカードだって、どうして丸めて奥の方に入れたりするのよ?! あんなの見つけられっこない
じゃないの!」
「賭けだったんだ。今日中に美奈があれを見つけてくれるかどうか」
言いながら、和也は美奈に近づいた。その頭や肩には、うっすらと雪が降り積もっている。この寒さの中、
二時間近くも自分を待ってくれた和也を思い、美奈はなんだか泣きたくなった。それを堪えるために、更に和
也をきつくにらむ。
「冗談じゃないわよ。おかげで家からここまで、ずっと走って来なきゃならなかったんだから。疲れるったら
ありゃしない」
なにかしゃべっていないと涙がこぼれそうだった。だから文句を言い続けた。
「ブーツのかかとも磨り減っちゃったじゃない。どうしてくれるのよ、これ、高かったのに」
「来てくれたら言おうと思ってたんだ」
「みんなからジロジロ見られて、すっごく恥ずかしかったんだから!」
文句を言い続ける美奈を、和也はギュッと抱きしめた。
「それでも来てくれたんだろ?」
もうそれ以上、美奈はなにも言えなくなった。抱きしめられて、言葉を失った美奈の目から涙がポロリとこ
ぼれ落ちた。
「好きだ」
自分を抱く和也の体が冷たくて、美奈は泣きながら、それでも文句を言い続けた。
「こんなに……こんなに体冷やしちゃって、風邪でもひいたら…どうすんのよ」
「好きだ」
そう言う和也の声を耳元で聞きながら、美奈も和也にしがみつく。
「バカじゃないの。…今さら………なに言ってんのよぉ」
そして、声を上げて泣いた。
そんな美奈抱く腕に、和也は更に力を入れる。そして、とろけるような甘い声で言うのだ。
「好きだ」
美奈は泣きながら、その言葉に聞き惚れた。
「好きだ」
何度も何度も和也は言う。それがあまりにも幸せで、和也の腕の力が心地よくて、美奈はそっと目を閉じた
。
「あたしも和也のことが好き」
閉じた目から、涙がどんどん流れ落ちる。
「ずっと………ずっと、寂しかったんだからー!」
そう叫ぶと、美奈はわんわん泣いた。
「ごめんな。美奈、ごめんな」
「…うん………うん……」
「ごめんな」
慰めてくれる和也の言葉が嬉しくて、美奈は泣き続けた。
そんな美奈を、和也は優しく抱きしめる。
雪の振る寒い夜なのに、二人の心はこれ以上ないほど温かだった。
「何時間でも待つつもりだった」
公園からの帰り道、和也は言った。
「思ったより早く来てくれて、ちょっとホッとしたよ」
「ごめんね。でも、これでも一生懸命走ってきたの」
分かってる、と和也は笑った。そして言う。
「内田のやつ、命拾いしたな」
「え、なにが?」
不思議そうに首を傾げる美奈に、和也はにやりと笑ってみせた。
「もし公園で美奈にフラれたら、内田のことボコボコに殴ってやるつもりだった」
美奈は笑った。そして、言う。
「でも、一発くらいは殴ってもいいかもね」
二人で肩を寄せ合って笑った。
結局、翌日から三日間、和也は高熱で寝込んでしまうことになった。真冬の公園で、二時間も美奈を待って
突っ立っていたのだから、それも当たり前である。
もちろん、美奈は毎日和也のお見舞いに行った。
「和也は頭いいくせに、そういうところバカなのよね」
額に熱さましを貼り、息苦しそうにフーフー言っている和也に、美奈は笑いながら言った。
「あんな寒い所でボンヤリ突っ立ってたら、風邪ひくのは当たり前でしょう?」
そんな美奈に、恨めしそうな目を和也は向ける。
「おまえなぁ、俺は病人だぞ。もっと優しい言葉がかけられんのか?」
「だって、ホントのことだもん」
「もういいから帰れよ。風邪がうつるぞ」
プイとそっぽを向く和也を見て、美奈はくすくす笑う。
「よーし、それじゃあ、とっておき。病気が早く治るおまじないをしてあげる」
「おまじない?」
怪訝そうに顔を向けた和也の唇に、美奈は自分の唇を重ね合わせた。和也の目がまん丸になる。
「バッ、バカッ! 本当にうつっちまうぞ」
「平気平気、大丈夫よ。あたし、健康だけは自信があるんだから」
にこにこ顔でガッツポーズをした美奈だったが、結局その翌日、熱を出して寝込んでしまうことになる。そ
の見舞いのため、今度は熱の下がった和也が美奈の家に通ったことは、言うまでもない。
そして今、試験前の図書室では、また美奈と和也の勉強する姿が見られるようになった。
「この三ヶ月間、ずっと勉強サボッてただろ!」
腕を組み、眉をつり上げて和也は美奈をにらみつける。
「ちゃんとやっとけよ。ったくもう、これまでの苦労が水の泡だ」
「だって、一人じゃどうやって勉強していいか分からないんだもん」
「いいか、ちゃんと家に帰ってからも勉強するんだぞ。よし、今日は宿題を出してやる。ここからここまでに
載ってる問題、全部解いてこい。明日答え合わせするからな!」
「ええー、冗談でしょう?」
「冗談なもんか! 最低限、三ヶ月前のレベルまで戻れるようにガンバルんだぞ、いいか!!」
そんな風にビシバシしごく和也を恨めしそうに見ながらも、やっぱり美奈は和也が好きだったし、和也にし
ても、ま、言うまでもないが、美奈に骨抜きになっていたりなんかするわけだ。
そんな二人のことを、
「やっぱりあいつらって仲がいいよなぁ」
と、周囲の学生たちが温かく見守っていることなど、二人は気付きもしない。
寒い冬が終わり、温かい春が訪れようとしていた。
おわり
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