さて、初デートの最後に二人がキスしたのかどうかはさておき。
翌日知子が登校し、自分の教室に一歩足を踏み入れた途端、いきなり聞こえてきた大きな破裂音のような耳をつく音と、それと同時にふりかかってきた細い紙テープやら紙ふぶきやらに驚いて、知子は腰を抜かしそうになってしまった。
「な、なに?!」
見ると、すべてのクラスメートたちがそこに集まっていて、鳴らし終えたクラッカーやら紙ふぶきの入った袋やらを手に持ち、笑顔で知子を迎えていた。
「どっ、どういうこと?!」
なにがなんだか分からずに知子が面食らっていると、その集団の中から美香が出てきて知子に抱きついてきた。
「おめでとー、知子! ついに北見先輩と付き合うことになったんだって?」
いきなりそんなことを言われて、知子は火がついたように真っ赤になった。
「や、やだ、美香ったら、そんな大声で言わないでよ! っていうか、どうしてそのこと知ってるの?!」
美香はにっこり笑う。
「テレなくていいって。今さら隠そうとしなくても、もうみんな知ってんだから。ねえ、みんな?」
周囲のクラスメートたちは、したり顔で一斉にうなずいた。
恥ずかしさと驚きにめまいを感じながら知子は叫ふ。
「だからっ、なんで知ってんのよ?!」
「実はね」
と話し出した美香の説明によると、つい十分ほど前に教室に現れた北見から、知子と北見、二人の交際開始発表があったそうなのである。
「ってなワケで、俺と知ちゃん、昨日めであたくお互いの愛情を確認し合い、今後仲良く付き合っていくことになったから。この教室のみんなには色々と心配かけちゃったからね。一応、報告しとくよ」
それを聞いた知子のクラスメートたちからは、北見に対する惜しみない賞賛と労いの拍手が送られたそうなのである。涙もろい女の子の中には、つい涙ぐんでまでして北見の幸せを喜んだ者もいたという。
その拍手がやっと鳴り止んだ頃、北見は持ってきた二つの袋をクラスの代表として美香に手渡した。
「みんなからも、ぜひ知ちゃんにおめでとうを言ってあげて欲しい。場の演出に、ホラ、これ使ってよ」
その袋に入っていたのが、大量のパーティクラッカーと、紙を細かく刻んで作った紙ふぶきだったのである。
「ぜひ、みんなで盛大に知ちゃんを祝ってあげてよ。頼んだからね」
満面の笑顔でそう言って、手を振りながら教室を出て行こうとした北見を美香が呼び止めた。
「あれ、先輩は行っちゃうんですか? 知子が来たら、みんなと一緒にクラッカー鳴らしましょうよ」
「俺もそうしたいところなんだけで、この喜びを報告しなきゃならない友達がまだたくさんいるんだよ。だから、ごめんね」
「そっかー、残念」
そして北見が教室を出て行った後、クラスの皆は手にクラッカーか紙ふぶきを持ったまま、知子が現れるのを今か今かと待っていたのである。
そして。
「パーン、って派手にお祝いしてあげたってワケ。知子、あんたってばホントに幸せ者。こんな気づかいのできる彼氏をゲットできてさー」
しかし、その話を聞いた知子はというと、なんとも複雑な気持ちである。
だって、そんな学校中のみんなに吹聴して回らなくても……。
お陰でその日、知ってる人はもちろんのこと全然知らない人からまで、知子は廊下を歩くたびごとに「おめでとー」だの「お幸せに」だのと言われ続け、恥ずかしくて顔を赤くし通しだったのである。
まあ、そうは言っても、たくさんの人から祝福されること自体は、文句なくとても嬉しいことではあったのだけれど。
そして、知子の教室を出た北見はと言えば、ありとあらゆる限りの場所で自分の幸福を語りまくっていたのだ。職員室から、更には校長室にまで出向いた辺り、そこはそれ、少し変わってると言われる北見ならではの行動である。
しかし、頭もよければ性格もよく、教師からの受けもいい北見の幸せを、職員室の面々が温かく笑顔で(苦笑交じりではあったが)喜んだのであった。
そんな北見が最後に報告に行ったのは小百合のところである。もちろん、小百合も申し分なく北見からの吉報を聞いて喜んでくれた。
「よかったわね、おめでとう!」
「ありがとう。俺、すっごく幸せ。これも小百合が色々と相談にのってくれたりしたお陰だよ」
「あたしはなんにもしてないわ。北見くんの努力の成果よ」
「ま、それも言えるけど」
恥ずかしげもなく幸せオーラ全開の北見を見ながら、小百合は大きな溜息をついた。
「あーあ、完全に北見くんに先を越されちゃったわね。あたしも早く彼氏が欲しいなぁ。ねえ、誰か紹介してよ」
「悪いけど、小百合の好みに合うようなダメ男、今のところ心当たりがないんだよね。でも、見つけたらすぐに小百合に知らせるよ」
「頼んだわよ!」
「任せとけって。………ところでさぁ」
北見はうかがうように小百合を見た。
「来週の金曜の夜辺り、学校泊まりの天体観測やらない?」
「そりゃかまわないけど。前回やってからかなり時間たつし。でも、なんで急に?」
首を傾げる小百合に、えへへ、と北見は笑ってみせる。
「夜の学校をしっとり二人でお散歩デートっていうのも、なかなかいいんじゃないかなぁって思ってさ」
小百合は呆れたような顔を北見に向けた。
「それって職権の乱用。公私混同はしないんじゃなかったかしら?」
「そうだったんだけどさ。いやー、ホント、恋に狂った男は恐いな。なにしでかすことやら」
困ったように言いながらも、やっぱり笑顔の北見を見て、小百合はその美しい顔をしかめて言った。
「ノロケちゃってなによ! あーあ、本気で彼氏が欲しくなってきたわ、あたし」
「ダメ男あきらめて、適当なところで手を打ったら?」
「他人事だと思って適当なこと言わないの! 好みじゃない人と付き合ったって、どうせ長続きしないのは目に見えてるわよ。こうなったらあたし、絶対に世界一のダメ男を見つけてみせる!」
手を堅く握り、闘志に燃える小百合である。
さすがは北見の一番の親友なだけはある。小百合もかなり変わった人間だったりするのだ。
それはともかく、北見の心はすでに来週の天体観測のことに飛んでいた。
きっと、これまでで一番楽しい天体観測になるに違いない。季節的に、空では春と夏、両方の星座が見える時期である。
「望遠鏡、点検しておかなきゃな」
あの高性能望遠鏡を目当てにして、知子がこの高梨高校に入学したことを北見は知っている。そして、そのお陰で自分たちは出会うことができたのだ。
言ってみれば、あの望遠鏡こそ北見と知子の縁結びに一役かってくれたということになる。
今日は部活がない日だけど、放課後は天文部の部室に行こうと北見は思った。そして、心をこめて丁寧にみがいてあげるのだ。
「夏の星座かぁ……となると白鳥座のアルビオレを知ちゃんに見せてあげないとな」
その時には、かの星が二重星であることを知子に教えてあげよう。そして、二人仲良く肩を寄せ合って、望遠鏡を覗き込むのもなかなかいい。
そんなことを思いながら、北見は小百合に別れを告げて自分の教室へと戻っていった。
その後、校長からも「おめでとう」なんて言われた知子が「やりすぎですよ!」と怒り狂い、しばらく口をきいてくれなくなることを、この時の北見はまだ知らない。
でもきっと、すぐに知子は北見を許してしまうことになる。
きっとそうなる。
だって、北見は知子を笑顔にするための魔法の力を持っているのだから。
それはなにものにも変えがたい、温かい浸透圧―――――。
おわり
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