教師なキミに生徒なあたし


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 先生がいなくなった後、あたしはしばらく茫然としてた。
 そして、小さな溜息を一つつくと、さっきまで先生が横になっていた草の上に、ごろりと寝転がった。そのまま、ぼんやりと空をみつめる。
 強すぎもせず、弱すぎもせず、心地よく風が吹いている。空に浮かぶ雲は、ゆっくりゆっくりと、でも確実に少しずつ動いている。
 こんな風に、ぼーっと空をながめたのなんて久しぶり。
「先生、どこに行っちゃったんだろ?」
 ボソリとあたしは呟いた。
 そしてまた、ボーッと空をながめる。
 どこにいるのかは分からないけど、でも、先生が今なにをしているのかは分かる。
 多分、一生懸命に考えているはずだ。
 自分があたしをどう思っているのかを。
 肯定したり、否定したり。それを繰り返しながら、きっと一生懸命に考えてる。真面目に真剣に考えてる。先生ってそんな人。あたしにはそれが分かる。好きな人にことだから、よく分かる。
 そして、その結論が出たら、きっとここに戻って来てくれる。
 このままあたしを置き去りにするほど、先生は無責任でもなければ冷たい人でもない。だから、あたしはここで先生を待っていればいい。
 それにしても。
 あたしは側に誰もいないのをいいことに、おもいっきりニヤついた。
 さっきのキス。それに、その後で先生が言った「よかった」という言葉。
 思い出すだけで、もうキャーとか叫びながら、自分自身を抱きしめたくなってしまう。
 あたしったら、こんなに幸せでいいのかしら?
 だって、先生がヤキモチ焼いてくれたんだもん。もう、どう考えたって、先生はあたしを好きだとしか思えない。
 あのサッカー部の二枚目からの告白。彼を好きな女の子たちがうるさくて、ちょっと面倒なことになったなぁ、と思っていたけれど、なかなかどうして、けっこう役に立ったじゃない。
 そのおかげで、先生にヤキモチ焼いてもらえることになったんだから。先生があたしを好きになってるってことに、気づかせてくれたんだから。逆に感謝したいくらいの気分だわ。
 先生、まだかな。まだ戻ってこないのかな。
 温かい日差しの中で、あたしは大きなあくびを一つする。本当に気持ちのいい風が、あたしの頬をなでていく。
 空を見ながら、あたしはもう一度大きなあくびをした。

 どれくらい経った頃だろうか、とあたしはゆっくりと目を覚ました。
 どうやら、ノンビリ空を見ている内に眠ちゃったみたい。寝起きでボンヤリとした顔のまま、ふと隣を見たあたしは、驚いて勢いよく体を起こした。
 すぐ隣に、先生が座っている。
「せ、先生?!」
「ああ、目が覚めたのか?」
 先生があたしを見て、にこりと笑った。
「先生、いつの間に戻って来てたの?!」
「うーん、三十分前くらいかな? だめだぞ、若い女の子がこんなところで寝ちゃあ。変な男に襲われでもしたら、どうするんだ?」
「だ、だって、退屈だったもんだから、つい………」
 言いながら、あたしは顔を赤らめた。だって、三十分もずっと先生に寝顔見られてたなんて、さすがのあたしもちょっぴり恥ずかしい。
 その恥ずかしさをごまかすため、あたしは先生を怒ったような顔で見た。
「先生が悪いのよ。なかなか戻ってこないから!」
「ごめん。でも、待っててくれてるなんて、思わなかったから」
「待ってるに決まってるじゃない。だって、先生は絶対に戻ってくるって分かってたもの」
「………そっか」
 そして、先生は黙り込んだ。
 そんな先生の隣で座ったまま、あたしも黙ってゆっくりとした川の流れを見つめていた。先生がなにか言ってきてくれるのを、じっと待つことしか今のあたしにはできない。
 お天気のいい土曜日の河原では、小さな子供をつれた親子連れの散歩している姿を、よく見かけることができる。そういう親子連れは、誰もが例外なくみんな幸せそうに見えて、結婚願望の強くないあたしでさえ、早く結婚して子供が欲しい、なんてことを考えてしまう。
 そして、もちろん、そんな幸せな家庭を一緒に作りたい相手と言えば………。
 ふと隣の先生を見ると、先生もあたしを見ていたらしくて目が合っちゃった。先生はにこやかに微笑んでいる。
「な、なに?」
「いや、ちょっと意外だなぁと思って。知佳、さっきからずっと子供見てただろ? 子供、好きなんだ?」
 あたしが親子連れを見てたの、どうやらずっと先生に見られてたみたい。
「意外って、それちょっと失礼じゃない?」
「ごめんごめん。でも、なんかそう思ったから。子供、好きなのか?」
「実を言うと、あんまり好きじゃない」
 ペロリと舌を出し、あたしは肩をすくめた。そんなあたしを見て、先生が不思議そうな顔をする。
「そうなのか? でも、さっきはすごくニコニコしながら子供を見てたぞ?」
 それは子供を見てたんじゃなくて、家族を見てたのよ。先生があたしのダンナ様になってくれたら、すごく素敵だろうな、なんて想像しながら。
 確かに先生は、あまり強そうでもなければ、頼りがいのありそうなタイプでもない。でも、きっと優しいダンナ様になると思う。奥さんや子供を温かく包んでくれる、とても優しいダンナ様に。
「先生、キスして」
 いきなりそう言うと、先生が驚いた顔してあたしを見た。
「な、なに言い出すんだ、急にっ?!」
「だってー、あたしのこと好きだって、ちゃんと分かったんでしょう? だから戻ってきたんでしょう? だったらいいじゃない。ホラ、早くぅ〜」
 このまま先生がなにか言ってくれるのを待っていたら、日が暮れてしまいそう。もう、これ以上は待ってられない。
 あたしは、自分の顔を先生の顔に近づけた。
 先生は赤い顔して慌てふためきながら、あたしの顔を手で遠くに押しのける。
「待て、ちょっと待て!」
「なによー」
 恨みがましい目をして、あたしは先生を見た。
「まだ素直に自分の気持ちを受け入れられないの? もう、いい加減に観念しなさいよ。先生は間違いなくあたしのことが好きなんだから!」
「いや、そのぉ、取り合えず、そろそろ家に戻らないか?」
「また、そんなこと言ってごまかそうとして!」
「いや、そういうワケじゃなくて………」
「もういいわよ!」
 あたしは怒って立ち上がった。
「明日また来るから。その時までに気持ちを整理しておいて! 分かった?!」
「おい、ちょっと待てよ」
「ふんっ」
 どうしてそんなに、あたしを好きだと認めるのを嫌がるの? このまま先生の側にいると、怒りを通り越して悲しくなってしまいそう。
 困った顔の先生を無視して、あたしは帰り仕度を始めた。そして、腰を屈めてバスケットを取ろうとした時。
「あ……れ?」
 場所は河原の斜面。バランスを崩したあたしの体がグラリと揺れた。そして、そのまま斜面の下、川が待ち受けている方に向かって、体がゆっくりと傾いていく。
「キ、キャーッ!」
「あ、危ない!」
 バランスを取り直そうとブンブン動かしていたあたしの腕を、先生がつかんだ。だけど、それはなんの助けにもならずに、二人の体は斜面を転がり始める。
 視界がグルグル回る。
 あたしは怖くなってギュッと目を閉じた。

 しばらくすると、あたしの体の回転が止まった。目を閉じたまま確認してみたけど、体のどこも、そうたいして痛くない。ホッとしながら、あたしは恐る恐る目を開けた。
 そしたら、目の前に先生の顔が。
 どうやらあたし、先生に抱きかかえられたまま、斜面を下まで転がり落ちたみたい。だから、かなりの距離を転がり落ちたのに、どこも痛くないんだ。
「う、痛…つう………」
 あたしを抱いていた手を離し、自分の頭を片手で押さえて先生がうなる。
「先生、大丈夫っ?!」
 あたしは起き上がると、急いで先生をのぞきこんだ。
「……あ、うん、なんとか……」
 そんなことを言いながらも、先生の顔は苦痛にゆがんでいる。
 守ってくれたんだ。先生があたしを守ってくれたんだ。
 それを嬉しいと思う反面、あたしはもう、自分のドジさが情けなくなったのと、先生のことが心配な気持ちで、もう頭の中がグチャグチャになってしまった。
「…ふ…先生、ご、ごめんなさい」
 そして、あたしの目から涙が溢れ出した。
 顔をグシャグシャにして泣いているあたしに気づいて、先生が目を見開く。
「ど、どうしたんだ? どこか痛いのか?! 怪我したのか? ご、ごめん、俺が非力なばっかりに、ちゃんと支えられなくて!」
 先生の声を聞きながら、あたしは無言で首を振る。
 違う。そうじゃない。
 どうして先生はそんなに優しいの? だって、あたしはこれまで、先生に迷惑ばかりかけてきたのに。無理矢理キスして脅迫して、嫌がる先生に交際を強引に押し付けたりしてきたのに。
 そんな先生の優しさが、あたしを自己嫌悪に陥らせた。どうしようもなく、やるせない気持ちで心がいっぱいになる。
「ごめんなさい……本当にごめんなさい」
「知佳――――?」
「あたし、分かってたのに………先生に迷惑かけてるだけだって、困らせてるだけだってちゃんと分かってたのに………でも、本当に好きだったから、先生のことが好きだったから」
「……………」
「好きになってもらいたかったから、だから先生の気持ちも考えずにまとわりついて」
「知佳」
「挙句の果てに、こんな痛い思いまでさせちゃって……本当にごめんなさい!」
「おい、知佳――――」
「でも、もうやめる。こんな自分勝手なあたし、先生のこと好きになる資格ない。ごめんなさい。先生にまとわりつくの、もうやめるから」
「あのな、知佳、俺の話しを聞……」
「でも、本当に先生のことが好きだったの。でも、もうやめるから……先生のこと好きでいるの、もうやめるから!」
「ちょっと待っ……ああ、もうっ」
「怪我までさせちゃって、本当にごめ――――え?」
 泣きながら話し続けてたあたしは、言葉を失って目を見開いた。唇に触れる、温かいその感触。
 先生の唇があたしの唇をふさいでた。
 うそ。
 あたし、先生にキスされてる。
 しばらくすると、先生の唇があたしの唇から離れた。そして、今起こったことを信じられずに茫然としているあたしを、先生がにらむ。
「まったく、全然人の話を聞こうとしないんだから!」
 そして、大きな溜息をついた。
「せん…せい……?」
「もう降参だよ」
 降参? 降参ってなに?
 先生がなにを言っているのか、あたしには分からない。
「なに? どういう………」
「もう、降参だ。今はっきり分かった。俺、知佳のことが好きなんだ」
 ………今、なんて言った?
「知佳が怪我したかもしれないと思ったら、すごく辛かった。泣いている顔を見て、すごく悲しくなった。俺にまとわりつくのやめるって言われた時、すごくあせった。そして………」
 コホンと咳払いをしてから先生が言った。
「今キスした時、すごく気持ちよかった」
 そして、真っ赤になった顔をあたしからそらす。
 これは夢? 先生の言葉、今の状況、そのすべてが信じられない。
「せ、先生?」
 あたしは先生のシャツの袖を引っ張った。
 顔をそむけたまま、先生が横目でちらりとあたしを見る。
「なんだ?」
「もう一度キスして」
「ええっ?!」
 あせった顔の先生に、あたしは真面目な顔してつめよった。
「お願い。なんだかあたし、夢みたいで信じられなくて……。ちゃんと実感したいの。だから、お願い」
 懇願するように言ったあたしを、先生が困ったような思案顔でしばらく見つめる。
 そして、言った。
「信じてくれていいから」
 あたしの両肩を、先生の手が優しくつかむ。
 ドキドキと高鳴るあたしの胸の鼓動。
 あたしはそっと目を閉じた。そんなあたしの唇に、先生の唇が重なり合う。
 人をいたわるような優しいキス。先生の性格がにじみ出ているような温かくて甘いキス。
 あたしにとって、今日という日が人生最良の日になった瞬間だった。


 日の傾きかけた河原の土手を、あたしと先生は肩を寄せ合って歩いた。
「あのな、知佳。俺のこと、好きか?」
「うん、もちろんよ」
 突然の質問に、なにをいまさら、なんて思いながらあたしが答えると、それを聞いた先生が言った。
「俺も知佳が好きだ。でも、いいか、だからと言って、俺たちの関係は今までと同じ、なんの変わりもないからな」
 え、とあたしは驚く。
「それ、どういうこと?」
「だって、やっぱりマズイだろう? 教師と生徒という関係で、これまで以上の付き合いをするのは」
 先生は真面目な顔をして言ったけど、あたしは納得できない。だって、やっと両想いになれたのに。 「いいじゃないの。言わなければ、誰にもバレないことなんだし」
「いや、ダメだ。やっぱり、ケジメってものがある。せめて、知佳が高校を卒業するまでは、絶対にダメだ!」
 きっぱり言い張る先生。
 はぁーっとあたしは溜息をつく。
 本当に、もう、超がつくほどの真面目人間なんだから、先生は。
 でも、そういうところも好きなんだけどね。
「分かった。でも、今まで通りってことは、キスはしてもいいんでしょう?」
 そう聞くと、先生はちょっと困った顔をした。
「キスは………それも、本当はダメなんだろうけど……」
「けど?」
「キスくらいしなきゃ、俺の身がもたない。俺は男だし、もう立派な大人だ。本当言うと、今すぐにでも知佳のことを押し倒したい気分なんだから」
 言ってから、先生が情けない顔をする。
 あたしは嬉しくて、先生の腕に自分の腕をからませた。
「あたしは別にいいんだけどなぁ、押し倒してもらっても」
 小悪魔的に微笑んでそう言うと、先生は困った顔をしてあたしから目をそらした。
「誘惑しないでくれ。これでも、ホント、理性むき出しにしてガマンしようとしてるんだぞ」
 あたしは笑った。そんな真面目な先生を見て、心から先生が好きだと思って、嬉しくて笑った。
 まあ、それもいいかもしれない。
 どうせ、卒業まで一年もないんだし。このまま先生と、もう少しほのぼのカップルを続けるのも、それはそれで楽しそう。
 そう思いながら、あたしは先生の肩に頭をちょこんとつけた。
 昨日までの先生だったら、きっと大慌てであたしから腕を引き抜こうとしたはず。
 でも、もう先生は迷惑がらない。
 今はそれだけで充分かな、と思う。
 あまり欲張っちゃダメだと思う。
「先生、大好き」
 そう言うと、オレンジ色に輝く太陽の中で、先生は言ってくれた。
「俺もだよ」
 今はもう、それだけで充分に幸せ。
 そして、この想いはきっと変わらない。あたしが高校を卒業する頃になっても、きっと変わらない。
「早く高校を卒業したいなぁ」
 あたしが呟くと、
「俺の方が、その思いは強いと思うぞ」
 先生も呟くようにそう言った。


 楽しみは、先に延ばした方が喜びが増すもんね。
 来年の今頃、自分たちがどういう付き合いをしているかを想像して、あたしは少し頬を赤らめた。

 とても幸せだった。


    おわり




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