Fain day or Rainy day?


          8


 水樹と目が合った亨は、あまりの驚きでなにも言えず、目を見開いたままその場に固まってしまった。
 どうしてここに水樹がいるんだろう?!
 そして、次の瞬間、喜びのあまりその顔をパッと輝かせた。
 三日ぶりに会う水樹。その姿はやはり周囲にいるどんな女子大生よりも美しく光り輝いていて、いや、そんなことよりも、久しぶりに愛する水樹に会えた喜びに、もうどうしようもなく胸が弾み体中が喜びに満ちあふれてしまったのである。
 だものだから、自分の今の状況なんてまったく考えられず、両腕を同学部の女の子たちと組んだまま、思いっきりニヤケてしまったのだ。
 ああ、やっぱり俺は水樹が好きだ、なんてことを痛感しながら。
 そして、それを目の辺りにした水樹はと言うと。

 なんなんの? なんなのよ?! あんなにデレデレと鼻の下をのばして! 女の子たちと嬉しそうに腕を組んでニヤケるあの姿はなんなのよ?!

 やっぱり自分の予想は当たっていたと、怒りと悲しみで頭を爆発させそうになっていたのである。
 亨はもう自分のことなんて好きじゃないのよ。だから、三日間も帰ってこなかったのよ。あんな風に周囲に女の子をはべらせてイチャつく姿を、わざと自分に見せ付けているのよ、と、一瞬の内に怒り心頭、そう結論づけてしまった。
 ………悔しい。あまりにも悔しい!
 だからもう、せめてもの意地と思って、にっこりと美しく微笑んで見せてやったのである。
 亨の前で、そう、自分を捨てようとしている男の前で、取り乱したりはしたくない。こんなことはなんでもないと、余裕の姿を見せてやりたい。
 水樹は自分にできる最高級の美しい微笑みをその顔に浮かべたまま、ゆっくりと亨に近づいた。胸を張り、姿勢を伸ばして堂々と。
 そして、その美しい微笑をキープしたまま、亨に声をかけた。
「亨」
 一方。
 そんな水樹の光り輝く笑顔を見て、亨はますます喜びに胸を震えさせていた。
 この水樹の笑顔。きっと自分のことを許してくれたに違いない! だから、わざわざこんな所まで来てくれたんだ。迎えに来てくれたんだ!
 あああっ、水樹っ、本当にありがとう!!!
 感動のあまり胸をジーンとさせていた亨は、だから次に言った水樹の言葉を聞いて、その意味が飲み込めずに笑顔のマヌケ面で問い返した。
「へ?」
 水樹は笑顔のまま、もう一度同じ台詞を繰り返す。
「確か、あの部屋はあなたの名義で借りていたものだったわよね? だからわたし、今日中にあそこを出ていくわ。これから帰ってすぐに準備するから、あなたはできるだけゆっくり帰って来てちょうだい。多分、もう二度と会うこともないわね。それじゃ、さよなら」
「…出て行く? ………もう二度と???」
 それを聞いた亨は、たっぷり時間をかけてその言葉の意味を頭の中で整理した。そして、サーッと音をたてて頭から血の気を引かせたのである。
 そんでもって、叫んだ。
「え――――――――――――――っっっっ???????!」
 気にせず水樹は踵を返し、スタスタとその場を去って行く。
 残された亨は、顔を蒼白にしてその場で凍りついた。
「ねえ、今の人誰? 室井くんの彼女?」
「すっごい美人。あんなの初めて見たー!」
「あ、でも、今のって別れ話よね? だったら、今はもうフリーってこと?」
「あたし、彼女立候補しちゃおっかなぁ、なんてね」
「それにしても、本当にきれいな人。あんな人とアッサリ別れることができるなんて、さすがは室井くん」
 周りにいる女たちが、口々に亨の心をえぐるような言葉を浴びせてくる。そんな彼女たちをゆっくりと見回した後、亨は自分の両腕に視線を下ろした。両方ともしっかりと女の子たちと腕組んでいて、しかも、それは彼女たちの豊かな胸に思いっきり食い込んでいる。まさに両手に花。
 っていうかこの状況、ハーレムの王様みたい、俺。

 ……………………誤解だ、水樹。

 亨は慌てて彼女たちの腕から自分の腕を引き抜いた。そして、水樹を追いかけて走り出す。
 水樹の姿を追い求め、駅へと向かって走りながら亨は考える。
 誕生日に襲い掛かって家を飛び出し、それ以来三日振りに会った水樹。もしかすると、水樹は許してくれようとしていたのかもしれない。それで、わざわざ大学にまで出向いてくれたのかもしれない。
 それなのに、三日ぶりに会った自分は両手に女の子をはべらかし、それは水樹の目にはとても不潔で不誠実で不愉快なものに映ったに違いない。
「でも違うんだ。違うんだよ、水樹!」
 この三日間というもの、亨は本当に心から反省したのだ。女の子となんかほんの少しだって仲良くしてないし、逆に、自分の中にある水樹への深い愛を再確認したくらいである。
 それを、なんとしてでも分かってもらわなければならない。そう、なんとしてでも。
 このままじゃ、死んでも死にきれたもんじゃない!
 そんなことを思いながら必死になって走っている内に、亨はやっと水樹の後ろ姿を目に捉えることができた。そのまま猛ダッシュで駆け寄り、後ろから水樹をさらうように抱きかかえると、人通りを一気に走り抜ける。
「ちっ、ちょっと、なんなのよ?!」
 驚いた水樹が目を白黒させながら手足をバタバタさせるが、亨はそれを無視してキョロキョロしながら走り続ける。
「え……と、公園は?! どっか静かな所は?」
「ちょっと亨! なにするのよ、下ろしてこの人さらいっ!! 大声出すわよ!」
「うるせー、そんなことかまっていられるか!」
 水樹を抱えたまま走っていた亨は、やっとのことで視界の隅に小さな公園を見つけた。大急ぎでそこに駆け込む。そして、そこでやっと水樹を下におろした。
 地面に足をつけた途端、水樹は眉をつり上げて亨をにらみつける。
「一体どういうつもりなの?!」
 そんなことにはおかまいなく、亨は肩で荒く息をつきながら、いきなり水樹に抱きついた。
「水樹、俺の話を聞いてくれ! 俺は水樹が好きだ。他の女のことなんかどうでもいい。それでも俺と別れるって言うのか?!」
 水樹は怖い顔をしたままなにも答えない。
「俺は絶対に嫌だぞ。絶対に水樹とは別れない! そりゃ、この前の夜は悪いことをした。でも、この三日間本当に心から反省した。もう二度とあんなことはしない。水樹の嫌がることは決してしない。それでも俺と別れるっていうのか?! だとしたら……」
「……だとしたら?」
 冷たい水樹の声が、亨の耳に響いた。
 亨は抱きついていた水樹の体から自分の体を離すと、正面から覗き込むようにして水樹の乾いた視線に自分の視線を合わせた。そして、真剣な顔をして言う。
「だったら俺は、今この場で舌を噛んで死んでやる。もう生きていたって仕方がない。だからもう死ぬ。死んでせめて、水樹の心の中に一生住み着いてやる! 俺がこの場で自殺したら、いくら水樹でも俺のことを忘れられないだろう?! 俺はそれでも本望だ!!」
 鬼気迫る勢いの亨。すごい気迫である。
「どんなんだ、水樹。それでもいいのか?!」
 そんな亨の言葉を、驚愕したように目を見開いて水樹は聞いている。
 やがてボソリと言った。
「それは……困るわね。わたしを恨んで死なれるのは、それは困るわ」
 そして、その瞳を縁取る長いまつ毛を伏せ、口元に軽く握った手をあてると、いきなりクスクス笑いだしたのである。そう、とても嬉しく、楽しそうに。
 それを見た亨はカッとして叫んだ。
「なっ、なに笑ってるんだよ! 俺は本気だぞ?! 死ぬって言ったら死んでやるんだからな!」
 それを聞いてなお、水樹は目じりの笑い涙を指で拭いながら笑い続ける。
「わ、分かってるわよ、そんなこと。だってあなたの目、真剣だもの。でも……でもね、それがおかしくてたまらないの」
「?」
 亨は怪訝そうな顔で、笑う水樹を見た。
「どういうことだ? 俺が死ぬのがそんなに楽しいのか?」
 笑いながら水樹は首を振る。
「水樹?」
 そこでやっと水樹は笑いをおさめると、これまでと違った穏やかな顔を亨に向けた。
「違うわ、そうじゃない」
「じゃあ、どういうことなんだ?」
「わたしが笑ったのは、あなたがわたしと同じことを考えたことがおかしかったから」
「同じこと?」
 ゆっくりと静かに水樹はうなずいた。
「これから家に帰って身の回りを整理したら、わたしも死のうと思っていたの。面当て自殺っていうの? それをしてやろうと思っていたの。だって、生きていたって仕方ないもの。亨と一緒に生きていけないのなら、生きていたって仕方ない。……そう思ったから」
 唖然とした顔を亨はする。
「………本当に……?」
 コクンと水樹はうなずく。
「あの時のこと、もう怒ってないのか? 俺、ひどいことをしたのに。無理矢理……しかも、誕生日の夜に」
「怒ってないわ。実を言うと、あの夜にだって怒っていなかった」
「それってどういう……」
 水樹は途惑うように視線を落とし、下唇を噛んだ。そのまま黙り込む。
「水樹?」
 亨に話の先を促されると、決意したように手を強く握って水樹は顔を上げた。そして言う。
「あの時、わたしも亨とそういうことをしたいと思っていたの。そういう関係になってもいいって……あの時、本当はわたし、そう思っていたの」
「……………」
 ポカーンとした顔を亨はした。
「そ、それって本当のことか?」
 恥ずかしそうに、ただ黙って水樹はうなずいた。
「だって、あの時すごく嫌そうだったじゃないか?」
「そ、それは」
 真っ赤になって水樹は亨から目を反らす。
「恥ずかしかったからよ。それに、やっぱりちょっと怖かったし」
「本当に俺のこと怒ってないのか?」
「怒ってないわ」
「それじゃ、さっきのあれは? 門のところで! 俺、あれを聞いて、もう心底ビビリ上がったんだぜ?」
「あれは……」
 水樹は肩をすくめた。そして、申し訳なさそうに言う。
「あの時は、亨が大学の女の子たちと仲良くする姿に、ちょっと冷静さを失ってしまったのよ。三日間ほとんど寝てなかったものだから、頭の回転が鈍くなっていたみたい。亨のことが信じられず、捨てられてしまうのだと思った。だから悔しかったし悲しかったからあんなことを……。ごめんなさい、あれは本心じゃないわ」
「それって……つまり……嫉妬したってことか?」
?」
「……ええ、恥ずかしいけど、そうみたい」
 少しずつ亨の顔に歓喜の笑顔が満ちて行く。
 やがて亨は、感極まったように強く水樹を抱きしめた。
「俺は世界一の幸せ者だ。こんないい女に嫉妬してもらえるなんて」
「こんないい女に嫉妬させるなんて、楽には死ねないわよ、あなた、きっと」
 冗談っぽく笑ってそう言いながら、水樹も亨の背中に腕を回した。
 楽しそうに亨は笑う。
「それでもいいや、だって俺、今こんなに幸せなんだから。あ、でも、三日間ほとんど寝てないっていうのは? なにかあったのか?」
「……誰のせいだと思ってるのよ」
 心配そうに自分をのぞき込む亨の胸に、水樹はコツンと額をつけた。
「亨が帰ってくるのをずっと待っていたんじゃない。いつ帰って来るか分からないから、帰って来た時には絶対に起きていたかったから、だから、寝ずにずっと待っていたの」
 亨の頬が赤く染まる。そして、水樹を抱きしめる腕の力を少し強めた。
「ごめんな。でも、怖くて帰れなかったんだ。あんなことしでかして、水樹すっごく怒ってると思ってたから。ホントにゴメン」
「ん。それはもういいの。わたしも悪かったんだから。それより、この三日間どこにいたの? 女友達の所なんて言ったら、その時は本気で今後のこと考えるわよ?」
 ジロリと下から見上げると、亨はクスリと小さく笑った。
「また嫉妬か? 俺も男冥利につきるな」
「誤魔化さないでちゃんと言いなさい」
 水樹の頬を亨は両手で優しく包んだ。
「男友達の家に泊まってた」
 そして、水樹の唇に自分のそれを重ね合わせる。
 久し振りに唇から感じる相手の体温を、二人は心ゆくまで堪能し合った。
 やがて唇を離すと、亨は言った。
「嘘じゃねーぜ? なんなら今すぐその友達の家に行ってもいいよ。ちゃんと証明してくれるから」
 強くたくましい亨の腕の中、水樹は小さく首を振る。
「いい。それよりも、早く家に帰りたい。三日ぶりにあの家にいる亨が見たい。早く……二人きりになりたい」
 そして、熱っぽく潤んだ瞳で亨を見上げた。
 その目がなにを告げているのか亨にはすぐに分かって……。
 黙り込んだまま、亨は顔を赤面させた。
 そして、次の瞬間には水樹の腕をぐいっと引っ張り、駅に向かって駆け出していたのである。
「ちっ、ちょっと亨、腕が痛い!」
 引きずられるようにしながら水樹は叫ぶが、しかし亨は真剣な顔で走り続ける。
「早く帰ろう! 急いで帰ろう! 水樹の気が変わる前に!!」
 そのあまりにも真剣でガムシャラな様子に、水樹はつい笑わずにはいられない。しかし、それを必死でおさえると、足を踏ん張って亨の手から自分の腕を振り解いた。
 驚いて振り返った亨に、水樹はコホンと咳払いを一つすると、含み笑いを噛みしめながらもテレ恥ずかしそうに言った。
「大丈夫よ。気持ちは変えないわ。もう、ちゃんと決めたもの」
 そんな水樹をまじまじと見た後、亨はまたも水樹の腕をつかんで走り始める。
「それならそれで、やっぱり早く帰りたい!」
 水樹は久しぶりに、声をたてて心から笑った。


 家に帰りついた二人は、取り合えずソファーに座り込んだ。そのままひと言もしゃべることなく、視線さえも合わせずに体を硬くこわばらせる。がしかし、心臓だけはバックンバックンうるさいくらいに跳ね上がっていた。
「あー」
 やがて、コホンと咳払いして亨が言った。
「シャワー浴びてくれば? それとも後がいい?」
 なんだかそれが、自分たちがこれからしようとしていることをやけに生々しく連想させてくれて、水樹はボッと赤くなる。 「わ、わたしは後でいいわ。亨から先にどうぞっ!」
「そうか。うん、じゃあ、俺から先に使わせてもらう」
 そう言うと立ち上がり、バスルームへと向かった亨は、途中で一度だけ振り向いた。そして、ビシッと水樹を指さして言う。
「逃げたりしないよな?」
「に、逃げたりなんかしないわ」
 驚いて背筋を伸ばすと、プルプルと水樹は首を振った。
 少し考えてから亨は言う。
「本当に? ……もし、水樹が嫌なんだったら、俺のことは気にせずにそう言ってくれていいんだぜ? 俺は……その、いつまでだって待つから」
 そう言った亨の顔は、なんだか少し切なそうで、自分を気づかってくれるその気持ちが嬉しくて、そんな亨がやっぱりとても大好きで、水樹の胸はキュンと高鳴った。
「ありがとう。でも、本当に大丈夫。わたしも亨と同じ気持ちだから。これまでよりも、もっと亨と深い関係になりたいと思うから」
 水樹のその言葉を聞くと、亨は感動したように目を数回シパシパ瞬かせ、そのままなにも言わずにバスルームへと消えていった。
 そう、もう体裁を気にして嫌がるフリなんてしない。だって、こんなに亨が好きだから。だから、亨に抱かれたいと水樹は思った。他の誰でもない。亨だけに、今まで他人に見せたことのない自分のすべてを見てもらいたい。
 そして、それを受け入れてもらいたい。
 確かに、怖いという気持ちがまったくないワケではない。でも、きっと亨は優しくしてくれるはずだ。どこかの国のお姫さまに接するかのように、優しく、愛情を持って接してくれるに違いない。
 それが分かっているから、怖いけれども不安ではなかった。
 窓の外では陽が沈み、空は薄暗く夜の帳を下ろし始めている。
 水樹はゆっくりソファーに背をもたれかけると、大きく息を吐いて心静かに目を閉じた。

 そんな水樹とは対照的に、シャワーの下に身をさらす亨は、頭に血が昇りすぎて卒倒してしまいそうなほどテンパッていた。
 ついにっ、ついにこの日がやってきたぁっ!!
 付き合い始めてから一年以上。ついに愛する水樹をこの胸に抱く日が訪れようとしている。正直、今でもまだその事実が信じられないくらいである。
 これから起こることを想像するだけで、なんだか膝がガクガクいってしまう。胸はさっきからバクバクバクバクいい続けているし、男である自分の方が怖くて体が震えそうである。
「情けないなぁ、俺。これじゃまるで、童貞坊主の初体験時みたいじゃないか。ちくしょうっ」
 落ち着きを取りもどすために、いつもより時間を丁寧にすみずみまで丹念に体を洗った。そして、やっとバスルームを出たと思ったら、今度は体をバスタオルで拭きながら余計なことを色々と考える。
「このままバスタオルだけ腰に巻いて出て行っていいのかな。いや、それじゃ水樹を変に警戒させてしまうかも。でも、パジャマに着替えるってのも変だよなぁ。うーん、どうしたらいいんだ?」
 散々悩んだ末、男は度胸、とばかりにバスタオル一枚で脱衣室を出た。そして、ソファーに腰掛けている水樹に向かって声をかける。
「水樹、あがったぞー。次どうぞ……って、あれ?」
 そこで亨は黙り込んだ。
 ソファーに深く腰掛けて座り込んでいる水樹。顔を近づけ、そんな水樹をマジマジと見る。
 そして、亨は思わず顔をこわばらせたのである。
 柔らかいソファーの背もたれに体を預けたまま、水樹は眠っていたのだ。
 ――――――――っておい、ウソだろう?!
 ここまで来て、これほどまでに期待させておいて、これはあんまりである。
 水樹を揺り起こそうと肩にのばした手を、一瞬の間をおいて亨は引っ込めた。そして、やれやれ、と苦笑しながら静かに水樹の寝顔を見つめる。
 規則正しい呼吸。安らかな寝顔の水樹はいつもより幼く見える。
 そう言えば、三日間ほとんど寝ていないと言っていた。
 自分の帰りを待ち続け、ずっと起きていてくれた水樹。今やっと、心から安心して眠ることができたのに違いない。
 そう思うと、とても水樹を起こす気にはなれなかった。
 しばらく水樹の寝顔に見入っていた亨は、立ち上がると、細心の注意を払って水樹を静かに抱きかかえた。そして、そのまま水樹の部屋へと連れて行く。
 これまで一度として本人の許可なく入ったことのない水樹の部屋ではあるが、今日は許してくれるだろう。
 亨は水樹をベッドに寝かせると、またしばらくそのまま水樹の寝顔に見惚れていた。
 本当言うと、大声を上げて頭をかきむしりながら地団駄踏みたいくらいに残念なのではある。が、今は水樹を寝かせてあげたい。
「急ぐ必要なんてない。時間はたっぷりあるんだから。明日でも明後日でも、俺たちにはいくらだって未来がある」
 自分に言い聞かせるようにそう呟くと、亨はそっと水樹の額にキスをした。

 が、果たしてそう上手くいくものだろうか?


 明後日からは大学も休みになり、楽しい夏休みが始まろうとしている。
 その夏休み、ひと騒動が起きることなど、この時まだ亨は知らない。
 そして、やっぱりあの時、水樹を叩き起こしてでもヤルことヤッておくんだったと、後に亨は後悔しまくることになるのだが、これもまた先の話である。

 その話は、またいずれ――――――――――――






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