「ったく、あの時はまいったよなー」
場所は学校近くの喫茶店。亨と水樹が高橋の前で交際宣言をした、あの店である。
明日を文化祭に控えた今日、劇の練習も無事に終わり、二人は一息つくためにここに寄ったのである。
二人が想いを通わせてから、もう二週間という時間が流れていた。
「人をストーカー扱いしやがって、あの警官のヤロー」
「なによ、まだそんな昔のことを根に持ってるの?」
うんざりしたように水樹は言った。
「わたしが弁明してあげたから、すぐに放してもらえたじゃないの」
「でも俺は傷ついた」
亨は肩をガックリ首をうなだれて落ち込んでみせた。
「元はと言えば、みーんな水樹が悪いんだよなー。俺のことをストーカーに仕立て上げたりしてさ」
「な、なによ?」
チラッと亨は上目遣いに水樹を見た。
「あの時のこと、まだ謝ってもらってない。だよな?」
うっと水樹は身構える。
そんな水樹を見て、亨はニヤリと笑った。
「今度雨が降った時、相合傘して町中を歩いてくれる? ピッタリくっついて」
「ばっ…!」
思わず叫びそうになった水樹は、慌てて自分の口を押さえた。そして、声を殺して言う。
「バカ言わないで。そんな恥ずかしいこと、誰ができるっていうのよ」
「えー? 世の中のカップルはみんなやってるぜ?」
口をとがらせて亨は言う。
「なぁ、いいじゃんか、それくらい。やろうぜ? なあ」
子供のようにダダをこねる亨の前で、水樹は額を押さえながらため息をついた。
「なんで、そんなことしたがるのよ!」
「だって、みんなに見せびらかしたいんだ。俺の彼女はこんなにステキなんだって。俺が今、どんなに水樹が好きで、どんなに幸せな気持ちなのか、みんなに見せびらかしたいんだ」
「……………」
「なぁ、ダメか?」
水樹は顔を赤らめながらコホンと一つ咳払いをした。
「い、一回だけなら…」
「ヤッター」
大はしゃぎする亨の前に、店のマスターがコーヒーのおかわりを持ってきた。
「相変わらず仲がいいね」
にこにこしながらマスターは言う。
「そう、俺たちすっごく仲がいいんだ。な、水樹?」
臆面もなくそう言う亨の足を、水樹は真っ赤になりながらテーブルの下で蹴る。
「いて、なにすんだよ。ったく、本当にテレ屋さんだなぁ、水樹は」
「ステキな彼女がいて、幸せモンだね、室井くんは」
「そ、俺、すっごく幸せなんだ!」
水樹は本当に怒った顔で亨をにらみ付けた。
が、こんなバカバカしい会話を、迷惑そうに怒ってみせがならも、実は内心、すごく嬉しく思っている自分を、水樹は少し情けないと思った。氷の女王が聞いてあきれる。
でも、幸せなのだ。
いいじゃないか!
でも、やっぱりまだまだ素直にはなれなくて、嬉しければ嬉しいだけ、怒った顔をして亨をにらみつける。
そのことを知っているのかいないのか、亨はいつでもありのままの水樹を受け入れた。
幸せだった。本当に幸せだった。
ただ、ここに亨と座っているだけど、涙が出そうなくらい幸せだった。
それに今、水樹を悩ます問題は、なに一つ残っていない。
亨と互いの気持ちを確かめ合った翌日、水樹は中庭でバッタリ百合子に出くわした。
とっさに水樹は謝ろうと思った。
今となっては、亨と別れるなんて水樹にはできるはずもない。でも、約束は約束だ。土下座でもなんでもして、百合子に許してもらおうと思ったのだ。
「あ、あの百合子、ちょっと話があるんだけど…」
「あら水樹、ちょうど良かった。あたしもあんだに話があるのよ」
水樹の心臓がビクンと跳ね上がった。
「ちょっと、ここで待っててくれる?」
百合子はそう言うと、心臓をドックンドックン言わせる水樹を置いて、校舎へと入って行った。
話ってなにかしら? やっぱり、約束通り亨と別れろって、そう言われるのかしら?
そんなことを思っている水樹の前に百合子が再び現れた時、なぜか宗太郎が一緒だった。
「やあ、水樹」
そこぶる上機嫌で宗太郎が言った。
「あの、話って?」
「実はあたしたち、本当に付き合うことになったのよ」
にっこり微笑んで百合子は言った。よく見ると、二人は腕を組んでいる。
「……え?」
「だって、宗クンってステキなんだもの」
宗クン?
「優しいしカッコイイしおしゃれだし。そりゃ室井くんもカッコイイけど、でも、やっぱり宗クンが一番だわ!」
「やだな、百合チャンたら」
百合チャン?
「そんなに褒められるとテレるじゃないか。例え全部本当のことだとしても」
そして宗太郎は、ものすごく申し訳なさそうな顔をして水樹を見た。
「そういう訳で、僕たちの婚約の件、なかったことにしてもらいたいんだ」
「え?」
「いや、なにも言わないでくれ、水樹。君には本当にかわいそうなことをしたと思ってる。でも、僕のことを想ってくれるなら、どうか笑って祝福して欲しいんだ」
なかば哀れむような目で水樹を見た宗太郎は、ガシッと百合子を抱きしめた。
「僕たち、愛し合っているんだ!」
「そうよ、水樹。あたしたち愛し合ってるの! 恨むなら、あたしを恨んでも構わないわ。でも、あたしたちのことは認めて欲しいの」
「ああ、百合チャン!」
「宗クンッ!」
そして、二人だけの世界に入って、お互いを熱い視線で見詰め合っている。
「い、いや、その、お…お幸せに」
ぼう然としていた水樹だったが、なんとかそれだけ言うと、急いでその場を逃げ出したのである。
なんだったんだ、あれは?
一人になったところで、水樹はハァッと大きく息を吐いた。
「とにかく、問題は解決したってこと…よね?」
それにしても、あんな訳の分からない小芝居なんか見せられて、以前の水樹だったらブチ切れていたことだろう。でも、今の水樹は違った。好きな人がいて、周りが見えなくなる気持ちが、よく分かる。
お幸せに。
いまの水樹には、心の底からそう言える。そう言えるように、亨にかえてもらったから。
そして、悩める美少年、俊之はと言うと…。
あの日、水樹を追いかけて店を飛び出して行った亨の後を、もちろん、俊之も追いかけたのだ。
そして。
あーあ、もう、仕方がないじゃないか!
あんな、人通りの多い駅前で、亨が声を張り上げて「水樹が好きだ〜!」なんて叫んでいるのを見てしまったのだ。しかも、その後の熱い抱擁シーンまで。
あきらめる以外に、どうしろっちゅーの!
「会長、そんなに水樹さんのことが好きなんですか?」
今回はやたらと張り切って、らしくない態度をとったりしたが、元々、俊之は温厚で優しくて控えめな、おとなしいタイプである。
ガックリと肩を落として家に帰ると、一晩中泣き明かすことで、亨に対する想いを断ち切ったのである。
「会長以上にステキな恋人を作ってやる!」
なんて心に誓いながら。
そんなこんなで亨と水樹は、数々の問題をすべて解決し、今、サイコーに幸せなのだった。
「来年、絶対に一緒の大学に行こうな」
甘く、鳥肌が立ちそうなほど嬉しいセリフを、亨はささやく。
「あら、あなたのために志望校を変えたりしないわよ。一緒に行きたいのなら、あなたがわたしの行きたい大学に志望を変更してよね」
「いやー、楽しい同棲生活が始まると思うと、ヤル気がでるなー」
「同棲なんてするわけないでしょ!」
なんて水樹は言い返しながら、実はこっそり、嬉しくて胸をムズムズさせたりしているのだ。
まあ、唯一、残っている問題と言えば、明日の文化祭劇くらいのものだろう。
「今日の最終稽古を見る限り、デキは上々。大成功間違いない」
ロミオ役の亨の代わりに総監督を努めた一樹は、ホクホクしながらそう言っていた。
劇の仕上がりもさることながら、なんといってもジュリエットを演じるのは絶世の美女と名高い水樹である。それに、今回のロミオとジュリエットを演じる二人が、本当の恋人同士だという話題性もあり、明日はきっと、満員御礼となるに違いない。
そして、スーパー無欠の生徒会長の亨と、完全無欠の氷の女王である水樹が、どんなことであれ失敗するなんてありえないのだった。
明日の劇は、青桐学園始まって以来の大成功を収めることとなる。
ロミオが死んでいると勘違いし、自殺した水樹ジュリエット。そのジュリエットに亨ロミオが舞台上で本当にキスしてしまい、怒り狂った水樹ジュリエットが、死んでいるという設定を無視してロミオを思いっきりぶん殴る、という結末になることを、まだこの時、水樹は知らない。
お陰で、悲劇のはずの「ロミオとジュリエット」が大喜劇として幕を下ろし、青桐学園の伝説として語り継がれることになるのだ。
多分その後、水樹は怒った顔をしながらも、結局は亨を許してしまうのだろう。
そして、来年の春、二人が同じ大学のキャンパスを歩くことになるのかどうかは、ご想像に……おまかせする。
おわり
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