「水樹ちゃん、最近すごくキレイになったみたい」
水樹と亨が付き合い始めて、一週間が経っていた。
突然、幼馴染の由香にそんなことを言われて、水樹はちょっと小首をかしげた。
人に容姿を褒められることには慣れている。でも、今更ながら、幼馴染でクラスも一緒の由香が、そんなことを言う理由が分からない。
「どうしたのよ、突然」
「だって、この頃の水樹ちゃん、本当にキレイなんだもん。もちろん今までもキレイだったけど、でも、なんか、ちょっと違うみたい。よく笑うようになったし」
「そうそう、わたしもそう思ってたの。水樹さん、最近よく笑うようになったわ」
一緒にいた、他の取り巻き連中も言う。
「とてもステキで、思わず見とれちゃう」
「顔つきも、なんだか優しくなったみたい」
「前よりも、もっと美しくなったわ」
「男の子たちも、そう言ってたわよ。わたし聞いたもの」
水樹の耳元で、こっそり由香がささやいた。
「やっぱり会長さんのせいかな」
水樹は思わず赤くなった。
「そ、そんなことないわよ」
「でも、女の子は恋をするとキレイになるって、よく言うよ」
「違うわよ」
「あ、水樹ちゃん赤くなってる」
「いい加減にして」
「いいじゃない。だって、本当なんだもの」
「……由香!」
お得意の冷たい視線で、水樹は由香をにらみつけた。同時に、周りでキャピキャピ言ってる取り巻き連中をも、同じ視線で威嚇する。
「それ以上言ったら、本気で怒るわよ」
由香と他の女の子たちは、ゴクリと唾を飲んだ。
「じ、冗談よ、水樹ちゃん。……あ、そうだ、わたしトイレに行ってこよっと」
慌てて立ち上がった由香に続いて、他の女の子たちも立ち上がった。
「わ、わたしもトイレ」
「わたしも行くわ」
そして、あっという間に水樹の周りには人がいなくなってしまった。
一人になってホッとしたところで、水樹は少し考えて不機嫌になった。
恋をするとキレイになる? 笑うようになった?
バカバカしい。
だって、そんなはずないじゃない。
だって自分は、恋なんかしていないのだから。
確かに亨とは付き合っている。昨日なんて家にまで上がり込み、亨の母親手作りの夕食までご馳走になったりなんかした。
でも、本当に付き合っているわけではないのだ。
これは、あくまでも「フリ」である。
だから、自分がキレイになったりするばずがない。
「顔つきが優しくなった?」
水樹は自分の顔を両手で触ってみた。
そして、ぶんぶんと首を振る。
「有り得ないわ!」
自分でも気がつかない内に大きな声が出たらしく、クラスの生徒たちの目がいっせいに水樹に集まった。水樹はそれを無言の冷たい視線で跳ね返した。みんなは慌てて目を逸らす。
優しくなっただなんて、とんでもない。それどころか、最近の水樹はイライラしっぱなしだった。
亨との関係を由香たちから茶化されるのにもイライラするし、亨に好意を持つ女の子たちから、敵意を持った目で見られるのにもイライラする。
そして、亨と一緒にいる時、相手のペースに乗せられて、いつもの自分とは違う行動をとってしまう自分にも、ホントーにどうしようもなくイライラしてしまうのだ。
イライラしすぎて、もう、色々なことが面倒になってきた。
全部、亨のせいだ。いや違う、亨との恋人ごっこのせいなのだ。つまり、元を正せば宗太郎のせいなのである。
宗太郎をなんとかしなければ。
アイツさえあきらめてくれれば、こんな恋人ごっこなんて今すぐにでもやめてしまって、元通りの平穏な生活に戻れるのに。
今日は木曜日なので劇の練習はない。亨も生徒会でも会長としての仕事をすることになっている。だから水樹は、宗太郎のことを憎々しく思いながら、家に帰ろうと教室を出て、下駄箱へと向かったのである。
そしてそこで、横山百合子にばったり会ってしまった。無視して行こうとする水樹を、百合子が呼び止めた。
「ちょっと話があるんだけど」
「なに?」
「ここではちょっと。中庭に行かない?」
いつもとは、ちょっと雰囲気の違う百合子である。面倒だと思いながらも、水樹は百合子と一緒に中庭へ行ってみることにした。
放課後の中庭には、ほとんど人がいない。
前を歩いていた百合子が振り返った。
「前にあんたから提案されたことについてなんだけど」
決まり悪そうに視線を逸らしたまま、百合子が言う。水樹がなんのことだか分からずに首をかしげた。
「なんのこと?」
「だから、アレよ。ほら、ジュリエットの…」
「ジュリエット? はっきり言ってくれなくちゃ分からないわ」
「だからっ! 三回まわってワンって言ったらジュリエット役を交代してくれるって言った…アレよ」
最後の方は聞き取れないほど小さな声で百合子は言った。
「アレをやろうかと思っているんだけど」
すごく言いにくそうに百合子は言った。
「はぁ?」
水樹は思わず絶句した。
「……あなた、まだジュリエットに未練があるの?」
呆れてそう言う水樹を、百合子はすごい目でにらみながら叫んだ。
「そうよ、悪かったわね! どうなの、やれば代わってくれるの、くれないの!?」
どう見ても、百合子は本気である。ちょっと頭がおかしいんじゃないか、と思う。
しかし…困った。
確かに以前、百合子にそんなことを言ったことがある。でもあれば、百合子をからかうために言っただけなのだ。それにあの時は、どっちにしろジュリエットを辞退するつもりでいた。
でも、今は亨との約束がある。水樹はジュリエットを百合子に譲ることはできないのだ。
それにしても、どうしてそこまで百合子がジュリエットに固執するのか、それが理解できない。
「ねえ、どうして…」
その時、ガサリと音がして、突然、後ろの茂みから亨が現れた。
「亨!?」
「よう、水樹。こんな所でなにやって…と」
亨は、水樹と百合子のただならぬ雰囲気を感じとって、ちょっとバツの悪い顔をした。
「ごめん、まずいところに来ちゃったかな? 廊下を歩いていたら姿を見かけたんで、ちょっと寄ってみたんだけど、横山さんと一緒だったとは気づかなくって」
「いえ、別に悪いってわけじゃ…」
言いながら、水樹は何気なく百合子を振り返った。真っ赤になって、亨を見つめている百合子の顔がそこにはある。水樹は言葉をとめた。
カンはいい方である。すぐにピンときた。
だから、すぐに亨の方を見て言ったのだ。
「そうなの、今ちょっと込み入った話をしていたの。悪いけど、外してくれない?」
「分かった、悪かったな」
そう言うと、亨はすぐに元来た方へと戻っていった。
亨の気配が完全に消えてしまうと、水樹は百合子を見て言った。
「あなた、もしかして亨のことが好きなんじゃない? だから、ジュリエット役をやりたいの?」
亨を見る、百合子のあの熱い目。絶対にそうに決まってる。
しばらく気まずそうにうつむいていた百合子だったが、やがて顔を上げると水樹をにらみながら言った。
「そうよ、悪い? わたしは室井くんのことが好きなの!」
「……………」
複雑な気持ちで、水樹は百合子をみつめた。そんな水樹の態度を、自分をバカにして見下していると勘違いした百合子が、吐き捨てるように言った。
「笑いたければ、笑えばいいわ。どうせわたしは、人気投票であんたに勝てず、好きな人まであんたにとられた負け犬よ!」
「笑ったりなんかしないけど……ああ、だから、あんな裏工作までして人気投票で一位になりたかったのね?」
「そうよ。だって、男子部門の人気投票で室井くんが一番になるって、わたしには分かっていたもの。なるに違いないって思っていたもの。だから、わたしがジュリエットをやりたかったのよ」
そうだったのか、と思いながら、水樹はなんだか嫌な気分になってきた。なぜだか分からないが、亨のことを好きだと言う百合子を見ていて、すごく嫌な気分になってしまった。
そんな気分を振り払うように、水樹はいつものように意地悪く百合子に言った。
「それはおあいにく様ね。でも、亨が好きなのはわたしなの」
「分かってるわよ! だから、せめて劇の中だけでも室井くんの恋人になりたかったんじゃない! でも…」
はーっと百合子は息を吐いた。
「もういいわ。バレてしまっては仕方がないものね。どうせ、役を代わってくれる気なんて、もうないんでしょう?」
「それは…」
水樹は頭をフル回転させた。そして、百合子の姿をマジマジと見つめた。
人気投票で二位になった百合子である。当然、顔は整っている。更に、体つきは色っぽく、男に好かれるタイプだ。
もしかしたら、百合子は使えるかもしれない。
「ねえ、百合子。ちょっと相談なんだけど」
「なによ」
「なにも聞かずに、黙ってわたしの言うことをやってくれたら、ジュリエットは代わってやれないけど、その代わり、あなたのために亨と別れてもやってもいいわ」
「え、ホ、ホント?」
百合子は目を輝かせた。
「なにをすればいいの?」
「山崎宗太郎、知ってる?」
「ああ、あの顔はいいけど性格の悪い男ね。知ってるわ。親が政治家とかいう、アイツでしょ?」
百合子も宗太郎のことを良くは思っていないらしい。言葉の端々から、それがうかがえる。
「そう。その宗太郎を誘惑してもらいたいの。そして、あなたのことを好きにならせて欲しいのよ」
不思議そうに百合子は顔をしかめた。
「なんでそんなことを?」
「なにも聞かないって約束よ」
水樹は百合子をにらんだ。
「わ、分かってるわよ。それだけ?」
「それだけよ。うまくやれる?」
「分からないけど、とにかくやってみるわ。成功したら、本当に室井くんと別れてくれるのね?」
「え…ええ。約束するわ」
もし宗太郎が百合子のことを好きになったら、問題はすべて解決するはずだ。婚約話は御破算になるだろうし、亨と付き合う理由もなくなる。
元通りの平穏な生活に戻れるのだ。
でも、なんだろう?
なぜだか胸がチクリと痛んだ。それに、この嫌な気分はなんだろう?
「とにかく、頼んだわよ」
「ええ、やってみる。あんたのためにじゃなく、あたしのために!」
亨を好きだという気持ちのために、どんなことでもやろうという意気込みの百合子。そんな百合子を見ていて、水樹の胸の痛みと嫌な気分が大きくなった。
自分の胸に手を置いてみると、心臓がすごい速さで波打っているのが分かる。
「なんだって言うのよ!」
水樹は小さな声で叫んだ。
どうして胸が痛むのか、どうして嫌な気分になるのかが、自分でも分からない。そしてまた、そんな自分にイライラする。
そんな嫌な気分を振り払うように、水樹は軽く首を振った。もう考えるのはやめた。考えれば考えるほど、ますます嫌な気分になってくる。
とにかく、百合子にはがんばって欲しい。百合子さえがんばってくれれば、すべての問題は解決するのだ。
まだ残る胸の痛みを無視して、水樹は下駄箱へと向かった。
「どういうことだろう?」
水樹と百合子がいなくなると、彼女たちがいたすぐ側の植え込みの影から、ひょっこり俊之が顔を出した。下唇を噛み、愛らしい大きな目を細めて首をかしげる。
トイレに行くと言って生徒会室を出た亨を追いかけて、ここまで付いて来てしまった俊之である。しかし、水樹たちの会話が気になって、お目当ての亨が帰った後も盗み聞きを続けてしまった。
「宗太郎、つまり山崎さんが横山さんを好きになったら、会長と別れるって言ってたけど? うーん」
よく意味が分からない。でも、一つだけハッキリ分かったことがある。
それは、田所水樹は会長のことが好きではないということだ。そうでなければ、百合子のために会長と別れてやるなんて、そんな話になるわけがない。
「かわいそうな会長。やっぱりあの女にだまされてるんだ」
でも、どうしたらいいんだろう?
今聞いた話を会長にチクれば話は早い。でも、それじゃ俊之が盗み聞きしていたこともバレてしまう。それは、あまりよろしくない。
しばらく考えてから俊之はうなずいた。
とりあえず、横山百合子にがんぱってもらって、会長と水樹に別れてもらおう。
そのこと自体は、俊之にしても大歓迎だ。
でも、横山百合子が失敗して、二人の関係がまだ長く続きそうな場合、その時は仕方がない。今の話を会長に話そう。うまく話せば盗み聞きしたことはごまかせるかもしれない。
そして、傷ついた会長をぼくが優しく慰めるんだ!
「よし、それがいい! そうしよう!」
俊之は百合子が去って行った方に向かって手を合わせた。
「がんばって下さいね、横山さん。・・・ぼくのためにも」
さて、生徒会室に戻った亨は、ボーッとした顔で会長椅子に座った。
「うーん、まずいなぁ、これは」
そんな独り言を聞いて、一樹が亨の顔を覗き込んだ。
「どうしたんだよ、ボンヤリして? なにか困ったことでも?」
「困ったっていうか……うん、そう、俺は困ってるんだ」
「なんだよ、どうしたんだ」
「水樹なんだけど」
「えっ、水樹さんがどうかしたのか!?」
すごい勢いで亨に詰め寄る一樹を見もせず、相変わらずボーッとした顔で亨は言った。
「なんか、かわいいんだよなぁ」
途端に一樹が手に持っていたファイルで、亨の頭をぶん殴った。
「いってぇ、なにすんだ!」
「それはこっちのセリフだ。俺の前でノロケるな、バカ!」
そして、ちょっと不思議そうな顔で一樹は言った。
「今更だろ、そんなこと。突然どうしたのさ?」
うーん、と腕を組んで考え込んでから、亨はハァッとため息をついた。
「いや、なんでもない」
だって、これは一樹には言えないことなのだ。
亨と水樹は付き合っている。でもこれは、あくまでも「フリ」であって、本当の恋人同士なわけではない。
そんな恋人ごっこを二人が始めて一週間になる。そして、水樹と遊園地で遊んだり、放課後にデートしたりしている間に、なんとなく、なんとなく水樹のことが気になり始めたのだ。
なんと言っても、あの美貌である。会う度に見とれてしまう。
それに、色々なことを初めて体験する時の、あの、水樹の楽しそうな顔。子供みたいに無邪気で、すごく、すごーくカワイイのだ。
昨日なんて、おせっかい兄貴の余計なおしゃべりのせいで、夕食に水樹を招くことになった。
「すごくきれいなお嬢さんらしいじゃない。いい、絶対に家に連れてくるのよ! 考えてみれば、アンタ今までに彼女を家に連れてきたことないじゃない。いいこと、絶対よ!」
「えー、やだよ、そんなの…」
「連れてこなかったら、しばらくゴハン抜きにするからね!」
「えーっ!」
そんなこと言ったって、本当の恋人同士じゃないんだから来てくれるわけねーだろ、なんて思いながらも、一応、水樹を誘ってみた。
絶対に断られると思っていた。
「冗談じゃないわよ。なんでわたしがあんたなんかの家で食事なんかしなければならないのよ」
ぐらいのことは言われるかと思っていたのに、意外にも、水樹は案外すんなり招待を受けてくれたのである。
「え、来てくれるのか?」
水樹はぶっきらぼうに言った。
「わたしのせいで食事抜きにさせられたら、後でどんな文句を言われるか分からないもの。あなた、言いかねないものね」
「なんだよ、そんなことしねーよ」
「ま、色々迷惑かけてるし…それに、楽しみにしてくださっているお母様に悪いじゃない」
最後のセリフを、少し恥ずかしそうに水樹は言った。とはいえ、他の人では気づかない程度の変化である。でも、亨は気づいた。優しいところもあるんだなぁ、とにっこり笑う。
「助かるぜ。ウチのオフクロ、料理は得意だからな。期待しててくれよ!」
というわけで、水樹は室井宅にやってきたのである。
最初はどうなることかと思った。
母親の料理の腕は確かだが、作る料理は所帯染みた家庭料理である。お嬢様の水樹の口に合わないのではないか、なんて気にしたりした。
でも水樹は、本当に美味しそうに料理を食べた。亨が思っていた以上に母親との会話も弾み、とても楽しそうにしていた。母親もご満悦である。
そして、あっと言う間に二時間が過ぎたのだ。
「お母様、今日は馳走さまでした。本当に美味しかったです」
「あらまあ、あんなもので良かったら、いつでもまた食べに来てちょうだい」
玄関でペコリと頭を下げた水樹に、母親は満面の笑みを浮かべた。そして、ちょっと寂しそうに言った。
「ホント、待ってるから。絶対にまた遊びにきてね、水樹ちゃん」
「はい、ありがとうございます」
「亨、ちゃんと水樹ちゃんを家まで送り届けるのよ」
「へいへい、分かってます。それじゃ、行ってくるから」
そうして二人は室井家を後にしたのである。
並んで歩きながら、亨は水樹に言った。
「ありがとな。オフクロ、すごく楽しそうだった」
「いいお母様ね。気さくで優しくて楽しくて。羨ましいわ」
「そうか? どこにでもいる普通のおばさんだけど。でも、今日は本当にご機嫌だったな。ホラ、俺んち三人とも男だろ? 娘ってのに憧れてんだよな、オフクロ。兄貴たちがオヤジと折り合いが悪いから、義姉さんたちはあまり家に来ないし。ホント、助かったよ」
「わたしも楽しかったわ。お料理も美味しかったし。……わたしの母はお料理をしない人なの。ここ数年、母の手料理なんて食べたこともないわ。ま、作ってもらいたいとも思わないけど。お友達の奥様連中と遊びまわるのに夢中で、一日顔を会わさないことなんて、珍しくもないくらいよ」
なんてことないように水樹は言ったが、亨はなんとも言えない気分になった。それに、水樹が自分のことを話すのは珍しい。亨は黙って水樹の話すのを聞き続けた。
「父は父で愛人宅に入り浸りだし。たまに顔を会わせたと思ったら、婚約しろ、だものね。わたしは自分の家が大嫌い。だから絶対に遠くの大学に入学して家を出るの。宗太郎と婚約なんて、冗談じゃないわ」
一気にまくしたてるように話した水樹は、そこで黙り込んだ。
「そっか」
亨は小さくつぶやいた。多分、水樹は同情して欲しくて今の話をしたのではないだろう。だから、あえて亨はなにも言わないことにした。そして多分、水樹は人に同情されてもいいくらい自分がかわいそうだということにも、気づいてないに違いない。
隣を歩く水樹の細い体が、なんだかとても儚げに思えた。思わず、水樹を抱きしめてあげたくなった自分に気がついて、亨は慌てて手を引っ込めた。
それっきり、二人はしばらく無言で歩き続けたのである。
それが、昨日の夜のことだった。
それ以来、更に水樹のことが気になりだした亨は、モンモンとした気持ちを抱えていたのである。
遊園地で水樹を抱きしめた時の、あの感触を思い出しただけで、体が少し熱くなる。
さっきなんて、水樹の姿を見かけただけで、ノコノコついて中庭にまで行ってしまった。
「マズイよなぁ。本当に好きになりました、なんて契約違反だよなー」
亨は一樹に気づかれないように、こっそりとため息をついた。
「こいつめーっ、こいつめーっ!!」
宗太郎は、にこやかに笑う亨の写真に釘で傷をつけながら叫んだ。
水樹と亨の付き合いが発覚してすぐ、宗太郎はパパに頼んで興信所に二人の捜査を依頼した。
それ以来、二日おきに届く報告書の内容ときたら、もう、腸が煮えくり返るようなものばかりで、どれをとってみても二人のラブラブぶりを疑う余地はない物ばかりである。
しかも、報告書に添えられてくる写真といえば、遊園地前で二人が抱き合っているのとか、仲良く亨の家から寄り添って出てくる二人の姿だとか、そういった更に宗太郎をイライラさせるものばかりなのだ。
「うおーっ、なぜなんだ、水樹ぃーっ!」
頭を抱えて絶叫していた宗太郎は、ハッとして顔を上げた。
「まさか、僕にやきもち焼かせるためにワザとこんなことを……?」
宗太郎はニヤリと笑った。
「イヤだなぁ、水樹ったら。ホント、やることがおちゃめなんだから」
普通に考えれば、そんなことは有り得ない。でも、その方が自分の自尊心が満足するため、あえて宗太郎は「僕にやきもちを焼かせるために、あえて水樹は好きでもない男と付き合っている」という考えに固執することにした。
今のところ、まだ両親には水樹に彼氏がいる、ということを告げていない。言ってしまえば、婚約の件はすぐに破談になってしまう。そうするには、宗太郎にはまだ水樹に対する未練があった。
それに、もし水樹との婚約が破談になるとしても、水樹からフラれるのではなく、自分が水樹をフッた、という形をとらなければプライドが許さない。
とりあえず、もう少し水樹たちの様子をうかがうことにしよう。
「でも、きっと僕のところに戻ってきてくれるよね、水樹」
そう言って、水樹の写真にヨダレがつくほどキスした後、その写真を枕元に置いて就寝したのである。
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