「頼む、ちょっと休ませてくれ」
「男のくせに情けないのね。そんな大きな体してるくせに」
「だって、連続五回目だぜ? さすがの俺だって、バテるっちゅーの!」
「あら、わたしは平気だけど、もっと楽しみましょうよ」
「あんたもスキモノだな。でも、ちょっと休んだ方がいいって」
もちろん、イヤラシイ会話なわけがない。
場所は遊園地のジェットコースター前。
おあつらえの雲一つない快晴の中、約束通り、亨と水樹は初デートで遊園地へ来ていたのである。
初デートでは、亨は遊園地に来ることが多い。なぜかと言うと、相手のことをあまり知らなくても、会話なしで楽しいデートができると決まっているからだ。
付き合う女の子の中には、どちらかと言うと無口なタイプの子もいた。それでも、色々な乗り物に乗ってさえいれば、お互いに楽しい気分になれる。そうこうしている内に段々と打ち解け、次第に会話も弾むようになってくる。
亨と水樹は付き合っている。しかし、これはあくまでもフリで、本当に付き合っているわけではない。
亨と水樹は、お互いのことをほどんど知らなかった。まあ、噂でちょこっと聞いたことがある程度以外には。
そして、どちらかと言うと、二人はあまり気が合う方ではないらしい。
だから、今回のデートも遊園地に決めたのだ。
最初にジェットコースターに乗ろうと誘ったのは亨である。聞けば水樹は、今までに一度もジェットコースターに乗ったことがないと言う。
「嫌だわ。だって、すごく恐いって聞いたことがあるもの」
「大丈夫だって。そんなに恐くないって」
渋る水樹を、半ば強引にジェットコースターに乗せたのである。美人に抱きつかれるのも悪くない、といった軽い気持ちだった。
それが。
「あー、おもしろかった。ねえ、もう一回乗りましょうよ」
ジェットコースターを降りた時の水樹のセリフがこれである。
そして、もう一回、もう一回と、気がづけば五回も連続して乗るハメになったのである。さすがの亨も頭がクラクラしてきた。
「だらしがないのね」
ベンチにへたり込む亨に、水樹が冷たく言う。
「いいわ、あなたはそこで休んでなさいよ。わたし一人で行ってくるから」
「え? あ、ちょっと、おい……」
亨を置いて、水樹はさっさと乗り場へと走って行ってしまった。
「冷てーなー」
そう言って、亨はくすっと笑った。遠目にも、乗り場で順番を待つ水樹の顔が、すごくわくわくしているのが分かる。
こんな水樹を見るのは初めてだった。
学校での水樹は、いつも冷ややかに周囲の人間をにらみつけていた。それが、今日の水樹は別人のように、明るい表情をして楽しそうだ。それに、ちょっとしたことですぐ驚く。
「歩きながら物を食べたのなんて初めて」
と言ってはポップコーンやソフトクリームを美味しそうに食べ、着グルミの遊園地マスコットに抱きついては、嬉しそうに写真に撮られたりした。
「かわいいところもあるんだなぁ。まるで小学生だ」
なんて、亨は思ったりした。
亨にしても新鮮だった。今までにデートした相手で、水樹ほど遊園地で楽しそうに遊んだ相手はいなかった。
「わたし、遊園地に来たのって初めてなの」
園内にあるカフェで、軽い昼食を食べていた時に水樹が言った。
「初めて? ウソだろ?」
「本当よ」
驚く亨に水樹は言った。
まだ姉が生きていた頃、何度か遊園地に来たことがあった気がする。でも、それはあまりにも幼い頃の話で、正直、ほとんど覚えていなかった。現在の水樹の家族は、遊園地にみんなで遊びにくるほど温かい家庭ではない。
それに、友達というものをほとんど持っていない水樹には、仲良しグループで遊園地に遊びに行く、といったこともなかったのだ。
ついでに言えば、これほど美人であるのにも関わらず、今までに異性と付き合ったこともないので、デートで遊園地に来るといったこともなかった。
だから水樹にとって、今日が遊園地初体験だったのである。
「こんなに楽しい所だったなんて、今まで思ってみたこともなかったわ」
無邪気に、そして、本当に楽しそうに水樹は言った。
ここまで喜んでもらえると、亨だった悪い気はしない。それどころか、ものすごく嬉しいし、こっちまで楽しい気持ちになってくる。
「よしっ、それじゃ、もっともっと色んな乗り物に乗ろうぜ!」
亨は水樹の手を取って立ち上がらせた。そして、次の乗り物に向かって走った。
握った水樹の手は、とても細くてやわらかく、しなやかだった。
なんとなく、顔が赤くなる。
それに気づかれたくなくて、亨はひたすら前を見て走った。
そして水樹も、初めて男の子に手を握られ、女の子の手とは確かに違う感触と、その力強さに、胸をドキドキさせたのである。
そのドキドキを、決して面には出さなかったけど。
陽が大分傾きかけた頃、二人はやっと遊園地を出た。
「俺トイレに行ってくる。ちょっと待っててくれ」
そう言って、トイレに走る亨の後姿を見つめながら、水樹はゲートの側にあるベンチに座った。さすがに少し疲れたが、でも、嫌な気はしなかった。こんなに体を動かしたのは久しぶりのことである。
「すごく楽しかった。世の中のカップルって、こんな風に遊んでいるものなのね」
なんて考えながら少しボンヤリしていたのか、気がつくと、大学生くらいの男三人が水樹の前に立っていた。下品な笑いを浮かべて自分を見ている。
「彼女、すごい美人だね。一人なの?」
「良かったら俺たちと遊びに行かない?」
馴れ馴れしく話しかけてくる男たちを、水樹はツンと横を向いて無視した。
「あれれ? どうしたの? 恥ずかしいのかな?」
「ねーねー、行こうよー」
品のない顔にいやらしい笑いを浮かべたブサイクな男たちである。中の一人が水樹の手を引っ張った。その手を水樹が振り払う。
「やめてよ」
「そんなこと言わないでさぁ」
「汚い手で触らないで」
途端に男たちの顔が変わった。
「なんだよ、このアマ。ちょっとばかり美人だからって図に乗りやがって」
「いいから来いっつってんだよ!」
三人の中で一番体の大きい男が、強引に水樹の腕を引っ張った。
「は、放してよ」
水樹は抵抗するが、男の力には適わない。
どうしよう!
必死に抵抗しながら、水樹は少し焦りを感じた。学校での水樹は、女王様としてみんなから大切に大切に扱われてきた。だから、今のような目にあったことなど、一度もないのだ。
次第に不安で心がいっぱいになる。
「は、放してったら」
震える声でそう叫んだ時、水樹の腕をつかんでいた男が、急に大きく宙を跳んだ。ニブイ音と共に、男の体はコンクリートの地面に叩きつけられる。
そして、水樹の前に誰かが立ちふさがった。
「大丈夫か?」
亨だった。
吹っ飛んだ男は、亨に横から跳び蹴りを喰らったのである。
青ざめた顔の水樹が無言でうなずくのを見た亨は、残った男二人をすごい形相でにらみつけた。
「俺の彼女になにする気だ?」
相手をにらみながら、亨は静かに言った。
二人は顔を見合わせた後、ニヤニヤ笑いながら少しずつ近寄って来た。
「ピュウー、かっこいいね」
「彼女の前でカッコつけようってか? でも二対一だぜぇ?」
そんな二人を見て、亨はフフンと鼻で笑う。
「やってみる? やめといた方がいいと思うけどな。俺、三歳からずっと空手やってんだよね。もちろん黒帯。去年道場やめたから、破門が怖くてケンカできないってこともない」
そう言って構えてみせた。
「空手」の一言を聞いて、男たちの顔色が変わる。
「こいよ、モテないにいちゃんたち。相手してやってもいいぜ?」
亨が一歩前にでた。びくっと二人が後ろに下がる。年齢は亨の方が下だが、体格的には明らかに亨が二人に勝っている。
しばらくにらみ合った後、動いたのは二人組みの方だった。
「く、くそっ!」
「覚えてろよ!」
お決まりの捨てゼリフを吐くと、二人はまだ倒れたままでいた一人を助け起こし、走って逃げて行ってしまったのである。
ふーっと亨が安堵の息を吐く。そして振り返ると、心配そうに水樹を覗き込んだ。
「大丈夫か?」
水樹は無言でうなずいた。でも、体の震えはまだとまらない。助かったのが、今でもまだ信じられないくらいだ。
「……………」
そんな水樹を見て、亨はかなり困ってしまった。
すごく恐かったのだろう。きっと今まで、あんな目に会ったことなんか一度もないに違いない。これが本当の彼女だったら、すぐに抱きしめて安心させてやるところだけど、自分たちはそういう関係ではない。
でも、他にどうやって安心させてやったらいいのか分からない。
しばらく困ったように見ていた亨は、おずおずと、そっと優しく水樹を抱きしめた。
「ごめんな」
優しく両腕で包み込み、耳元で静かにささやく。
「あんたみたいな美人を、あんな所で一人にした俺のせいだ。ほんと、ゴメン。ゴメンな」
水樹は抵抗せず、そのまま亨に抱きしめられていた。
男の人に、こんな風に抱きしめられたのは初めてだった。父親にさえ一度もない。
すごく温かだった。とても安心できた。
体の震えがとまった。
「空手をやってたの?」
帰りの電車の中でそう聞くと、亨は笑いながら言った。
「ああ、あれはウソ」
「ウソ?」
「俺、体がデカいだろ? そう言って適当に構えてみせると、大抵のヤツは信じちゃうんだよな」
ぺろっと舌を出す亨を見て、水樹は呆れたように言った。
「もし、あの二人が襲い掛かってきたら、どうするつもりだったの?」
「その場合はケンカになっただろうけど、でも、負けなかったと思うぜ? ケンカは得意な方だから。体力には自信あるし。それに、あの二人、いかにも弱そうだったしな」
「一番強そうなのは、最初に跳び蹴りで伸びちゃったものね」
「そうそう」
そう言った後、亨は真面目な顔で水樹に深々と頭を下げた。
「ごめん、本当に悪かった。恐かっただろ? 全部俺の責任だ」
「……………」
水樹は亨から目を背けた。
あなたのせいじゃない、と心の中では思っていた。でも、それが言葉に出てこない。自分の素直じゃない性格を、忌々しく感じる。考えてみれば、ありがとう、の一言さえまだ言っていなかった。
「あんなんじゃ、恋人役失格ね」
亨から目を逸らしたまま、水樹は言った。感謝の言葉を口にしたいのに、なぜかこんな言葉しか出てこない。
「これからは、もっとしっかりしてくれないと困るわ」
「おう、がんばるぜ!」
水樹の言葉に反論もせず、亨は頭をかきながら二カッと笑った。
ますます募る罪悪感。
結局そのまま「ありがとう」の一言が言えないまま、二人の初デートは終了したのである。
休みが明けて月曜日。
学校では亨と水樹の遊園地デートのことで持ちきりだった。
二人が行った遊園地は、この辺の若者が良く使う、デートスポットの内の一つである。青桐の生徒たちの中にも、昨日遊園地に遊びに行っていた者がいたらしく、二人のデート姿を見かけたもものが、けっこういたのだ。
「なんと言ってもお似合いのカップルでしょう?」
「人目を引くんだよね」
「すごく仲良さそうだったもんな」
「水樹さんのあんなに楽しそうな顔を見たの初めて」
とかなんとか。
それとは別に、もちろん亨に対するイジメも続いていたのだ。
放課後、第一回目の劇の練習を終えた後、立ち寄ったファーストフード店でジュースを飲みながら亨は言った。
「すごいんだぜ。朝来たら下駄箱の中に、十通以上も手紙が入ってるんだ」
「ラブレターかなにか?」
水樹の答えに、亨はブンブン首を振った。
「バカとか死ねとか、そんな感じの手紙ばっか。脅迫状みたいなのもあったなぁ」
「脅迫状?」
「水樹さんと別れなければ殺してやる、とかさ」
「それは…ちょっと恐いわね」
「まあね。でも、ある程度は予想してたことだし。それに、手紙送ってきたヤツらだって、本気じゃないだろうから、ま、気にすることないさ。でも、生ゴミが入れてあったのにはまいったなぁ。ははは、もう、臭いのなんのって」
「……………」
恋人役を頼んだ時には、そんなことなど考えてもみなかった水樹である。自分の恋人のフリをすることが、思っていた以上に大変だということに、今初めて気がついた。
そうは言っても、水樹だって今日は色々なことがあったのだ。
やはり同じように、亨に想いを寄せる女の子たちから、数通の手紙をもらったし、目の前で泣かれたりもした。
水樹が思っていた以上に、亨は学校で人気者であるらしい。
一緒に廊下を歩いたりしていると、色々な人が亨に声をかけてくる。同級生やら下級生やら教師やら。水樹と一緒だから、相手も遠慮してすぐに行ってしまうのではあるが、それにしても、すごい数である。もし水樹が一緒でなければ、もっと多くの人間が話しかけてきていたに違いない。
改めて、目の前にいる亨をじっくり見てみる。
確かにカッコイイかもしれない。日に焼けた顔で時々見せる笑顔は、実に爽やかだ。身長は高くガッシリした体つきで、女の子にしては長身の水樹が横に並んでも、まったく見劣りしない。
そして。
さっきから、別のテーブルにいる高校生くらいの女の子たちが、チラチラと亨を見ているのに水樹は気づいていた。
「あなた、モテるのね」
「なんだよ、急に?」
ビックリしたように亨が言う。
「あんたにそんなこと言われると、なんだかイヤミ言われてる気分だ」
「だって、さっきからずっと、女の子たちがあなたのこと見てるわよ。あ、ホラ、また見た。今度は違うテーブルの子だわ」
「あんたのこと見てるんじゃない? すごい美人がいるなぁって。少なくとも、男はみんなあんたを見てるぜ。俺、すごい勢いで睨まれてるもん。このやろー、あんな美人手に入れやがって、ってな感じでさ」
「そういう男の子たちがわたしの性格知ったら、きっとガッカリするでしょうね。みんな、見かけだけでしか人を判断していないんだもの」
「そんなの、俺を見てる女の子たちだって同じだろ?」
呆れたように亨は言った。
「同じ?」
そうかしら、と水樹は思う。
確かに水樹は美人である。それも、そこぶるつきの、だ。しかし、性格の悪さもそれに負けていない。だから水樹に憧れの目を向ける人たちは皆、その美しい容貌だけを目的に水樹に好意をよせる。
でも、亨の場合は違うのではないか。
確かに亨もかっこいい。背が高く体格もガッシリしているので、特に人目を引く。でも、亨の場合はそれだけじゃない。ちょっと様子を見ているだけで、性格の良さも伝わってくるのだ。
ちょっと前、水樹にジュリエット役を頼むために追い掛け回していた頃に持っていた印象と、今の亨に対する印象は少し違うものになっていた。
学校ではかなりの人気者である。実際、一緒に話をしていると、色々な話題を持ち出してくれて楽しいし、だから退屈もしない。二人きりでいても、間が持たないなんてことはない。ガサツなところもあるけれど、優しいし、気も使ってくれているのもなんとなく分かる。
そしてなにより、自分自身に対してとても素直だ。ここが、水樹と一番違うところである。
ここ数日、ほんの少しの間一緒にいただけで、水樹には、亨がどうして人気者なのか分かるような気がした。
でも、水樹は違う。
もし水樹が、人並み以上の顔立ちをしていなければ、誰も近付きさえしないのではないか?
そんなことを考えていたら、不思議そうに亨が声をかけてきた。
「どうしたんだ、ぼーっとして」
「い、いえ、なんでもないの。ただ、こんなお店に来たの初めてなものだから、ちょっと物珍しくて」
「なんだ、ファーストフード店も初めてなのか?」
楽しそうに亨は言った。
「初めてづくしだな。遊園地といい、ファーストフード店といい。どうですか、ご感想は?」
「そうね……」
周りを見回しながら水樹は言った。
「いろんな人がいるのね。でも、やっぱり学生が多いのかしら?」
「安いからなぁ。友達とのおしゃべりには、こういう店が一番なのさ。長時間居座っても追い出されないし。バイトに行く前の腹ごしらえしてるヤツもいるんじゃないかな」
なんてことないように亨は言う。
でも水樹は、なんだか自分がなにも知らない子供のような気がしてきて、なんとなく落ち込んでしまった。
亨と付き合い始めてまだ数日しか経っていないのに、初体験したことがたくさんある。きっと、まだまだたくさん水樹の知らないことはあるのだろう。
でもそれは、他の人たちにとっては当たり前のことなのに違いない。
美人で頭が良くてお金持ちで、ずっとみんなからチヤホヤされてきた。その状態に疑問を持ったことなんてなかった。
でも、もしかしたら、わたしは世間知らずで常識知らずの、ただの箱入り娘だったのかもしれない。
プライドが高く、今まで周囲の人間たちをバカにしたような目で見てきた水樹である。そんなことを考えただけで、なんだか頭痛がしてきた。
もう帰りましょう、と言いかけた時、亨が水樹の少し後ろの方を見ながら、急に素っ頓狂な声を上げた。
「あ、兄貴!」
「兄貴?」
水樹は振り返って後ろを見た。
するとそこには、亨とどこかよく似た二十代後半の男の人が、ニコニコしながら立っていた。
「よう、亨」
「どうしたんだ、兄貴。こんな所で」
「用があってブラついてたらお前を見かけたんで、ちょっと寄ってみた」
「一人か?」
亨のの兄、憲正はうなずいた。そして、ニヤニヤ笑う。
「それにしても、いつの間に彼女ができたんだ?」
「余計なお世話だ」
そこで亨は、水樹を無視して兄と会話していたことに気づいて、慌てて水樹に言った。
「これ、ウチの兄貴」
「はじめまして。ウチの愚弟がお世話になってます」
「こ、こちらこそ。田所水樹です」
差し出された憲正の手を握りながら、水樹は頭を下げた。
「水樹ちゃんかぁ、かわいい名前だなぁ。それに、すっごい美人。亨、お前うまくやったなぁ」
「ちょっ、なに言ってんだよ」
何気なく自分の隣の席に腰を下ろした憲正に、真っ赤になった亨が叫んだ。
「なに座り込んでんだよ。用があるんだだったら、早く行けよ」
「いいじゃないか、そんなに邪険にしなくても。あ、もしかしてお邪魔だった? ねえ、水樹ちゃん」
「いえ、そんなこと…」
「ホラ、水樹ちゃんもああ言ってる。いいじゃないか、たまには」
「良くないって」
「なんだよ、冷たいな。でもね、水樹ちゃん。コイツこう見えて、けっこう優しいんだよ。態度がガサツなのも、そのテレ隠しだったりするんだ」
明らかに、弟をからかって遊んでいる憲正に、水樹はくすっと笑って答えた。
「ええ、分かります」
憲正は嬉しそうにニッコリした。
「良かったな、亨。お前のこと、ちゃんと分かってくれる彼女で」
「もー、いい加減にしろよ」
いかにも恥ずかしそうに亨は叫ぶ。
「だいたい、用ってなんなんだ?」
憲正は周りをキョロキョロ見てから声をひそめた。
「内緒だぞ。実はもうすぐ結婚記念日なんだ。それで、こっそりプレゼントを用意しようと思って、それを選びに来たんだ」
「へぇ、そうだったんだ」
「カミさんには絶対に内緒だぞ。びっくりさせるんだから」
ウキウキしたように憲正は言った。
そんなこんなで、しばらく三人で楽しく話をすることになったのである。時間にして三十分ほど。意味はないけど、それなりに楽しい会話をした後、別れる間際に憲正は言った。
「バカな弟だけど、よろしく頼むね、水樹ちゃん」
弟を想う、優しい兄の目だった。
「そんなこと。お世話になっているのはわたしの方です」
慌ててそう言った水樹を嬉しそうに見た後、憲正は亨の頭をパシッと叩いた。
「いい彼女だな、この果報者!」
「いてっ!」
「じゃあな、ちゃんと送って帰るんだぞ」
そして、小声で言う。
「変なことするんじゃねーぞ」
「するかっ!」
憲正は笑った。
「じゃあまたね、水樹ちゃん」
そう言って、憲正は手を振りながら人込みの中に消えていった。そして、その憲正の後姿が完全に見えなくなってから、二人は歩き出した。
「ごめんな、お節介な兄貴で」
恥ずかしそうに赤い顔で、亨は言った。
「いいお兄さんじゃない」
「そっかぁ?」
「弟想いの、優しいお兄さんだわ」
そう言ってから、水樹は憲正と自分の兄とを比べてみた。
兄とは最近、ほとんど話しらしい話をしていない。水樹にとって兄とは、いてもいなくてもどうでもいい存在だった。
無口で無愛想な兄。
もし兄が憲正みたいな人だったら、自分はもっと違った人間になっていのではないだろうか?
「どうした?」
急に無口になった水樹を、心配そうに亨が覗き込んだ。
「ううん、なんでもないの」
さり気ない心遣いを、ごく自然にできる亨。
人に優しくされることが、こんなに気持ちのいいことだったなんて、水樹は今まで知らなかった。
人からの好意や優しさを、今まで当たり前と思っていた自分に気がついた。
そして、ちょっぴり、自分自身が嫌いになった。
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