「なんじゃ、こりゃ!!!」
中村一樹は大声で叫んだ。口の中のご飯つぶがドバッと飛び散る。
場所は教室、昼休み。
手に持っているのは、もちろん、たった今配られたばかりの校内新聞である。
「なんだ、お前も知らなかったのか?」
同じクラスの友人が、意外そうに言う。
一樹は新聞を凝視したまま、コクリと無言でうなずいた。
別に、なんてことのない普通の昼休みだった。
気の合う数人のクラスメートたちと、ランチタイムを楽しんでいた一樹は、ものすごい形相で教室に走りこんできた、同じくクラスメートの沢田に肩を捕まれた。
「お、お、お前、こ、これはどういうことだぁ!?」
錯乱しているかのような沢田の様子に、一樹はちょっとひるんだ。一樹と沢田は同じ水樹ファンとして、それなりに心打ち解ける間柄である。
目を血走らせ、ぜぇーはぁー言いながら、沢田は持っていた紙を一樹に手渡した。そして、それを読んだ途端、一樹は叫んだのである。
「なんじゃ、こりゃ!!!」
記事の内容はもちろん、亨と水樹の恋人宣言であった。
「あのヤロー、どこに隠れてるんだ?!」
弁当なんかそっちのけで、一樹は亨を探し回った。が、見つからない。教室にも、生徒会室にも、トイレだって全部探してみたけれど、亨の姿はどこにもない。
一樹はもう一度、沢田から奪い取ってきた新聞に目を向けた。
「わたしたち、付き合ってるんです」
こんな見出しと共に、愛する水樹さんの隣に写っている亨。
「アイツ、昨日まで全くそんなこと言ってなかったクセに!」
周りを見ると、新聞を見た生徒たちが騒ぎ始めている。
どっかに隠れてやがる!
ってコトは、ここに書かれていることは真実ということじゃないか。
亨は携帯電話を持たない主義である。だから、隠れられると探し回るより他はない。
図書室を探しに行った時、貸し出し窓口で本を返却しようとしていた俊之を偶然見かけて、一樹は声をかけた。
「俊之!」
「あ、一樹先輩こんにちは」
俊之はいつも通り、にこやかに挨拶をする。ということは、多分、まだなにも知らないのだ。
「こんにちは、じゃないよ。お前これ見たか? っていうか、知ってた?」
「どうしたんです、そんなに慌てて?」
そして俊之は、一樹に手渡された新聞を見た途端、持っていた本を床にぶちまけた。
「こ、こ、これって…」
「なぁ、お前知ってた?」
俊之は無言で首を振った。
そしてそのかわいらしい顔は、一樹がびっくりするほど青ざめていたのである。
所変わって、ここは新聞部の部室。
「ごちそーさん」
母親手作りの弁当をゆっくり平らげた亨は、ペットボトルのお茶を飲みながら、満足そうに一息ついた。
「いいですねー、会長は。そんなのんびりしちゃって。いいんですか? 外はすごい大騒ぎになてますよ」
高橋は呆れたように亨を見た。
「いーの、いーの。昼飯くらいゆっくり食わなきゃ。これから地獄の日々が訪れるんだから。それにしても、悪いな、かくまってもらって。他に行くとこなくってな」
亨と水樹の恋宣言的新聞が昼休みに校内にばらまかれることは、前もって分かっていた。というか、そう仕組んだのは、他でもない亨自身である。亨はチャイムが鳴るのと同時に教室を抜け出し、ここ新聞部の部室に逃げ込んでいたのだった。
「ま、確かにここは盲点でしょうね。誰も会長が新聞部にいるなんて思わないだろうし」
「生徒会室はダメだもんな。あそこは一樹がすぐに探しに来るだろうし。ところで、新聞の売れ行きはどうだ?」
「最高っすよ」
にんまりと高橋は笑う。
「過去数年間で最高の売れ行きじゃないかな?」
「そうか。それは俺に感謝してもらわないとな」
「してますよ。だからかくまってるんでしょ。どうするんです? 昼休みはずっとここに隠れているつもりですか?」
少し考えてから亨は言った。
「もう少ししたら、みんなにイジメられに出ていくかな、キリないし。それに」
亨は弁当をかばんにしまいこみながら言った。
「まあ、殺されることはないだろう」
「ですね」
高橋は相槌を打った。
「なんだかんだ言ったって、会長は人気者だから。正直、喫茶店で二人が並んでお茶飲んでる姿、お似合いで見とれちゃいそうでしたもん。ホント、お似合いのカップルですよ」
「そうか?」
実際はカップルでもなんでもない二人である。そんなことを言われても、喜んでいいのか悪いのか。
まあ、そんなことはどうでもいいのだ。
それよりも。
亨が今、一番気になっているのは一樹のことだった。
「怒ってるだろうなぁ…」
それを考えると、普段は元気のいい彼も、少し落ち込んでしまうのだ。本当のことが言えれば、きっとすぐに許してもらえるんだろうけど、でも、それはできない。今回のことは、他言無用だと水樹に言い渡されている。
亨の目から見て、一樹の水樹に対する熱狂振りは異常である。
今までそれをバカにするような態度を取ってきたし、水樹の悪口も散々言ってきた。そんな自分が、実は、ちゃっかり水樹の恋人になっていたと知ったら…。
「怒って当然だよな」
ふうーっと亨はため息をついた。
どう見ても、自分は裏切り者だ。
謝って謝って謝りまくって、それで許してもらえるだろうか?
「あーあ、損な役を引き受けちまったなぁ…」
「なにか言いました?」
不思議そうに自分を見る高橋に、亨は首を振った。
「なんでもない。それより、そろそろ行くわ」
「がんばって下さいね。命があったら、また会いましょう」
「嫌なこと言うなよ」
亨は苦笑しながら高橋に手を振り、新聞部を出たのである。
そして。
その後、放課後になって生徒会室に逃げ込むまで、見た目にも精神的にもボロボロになるほど、亨はみんなからいたぶられまくったのである。
質問攻めにあったり、文句を言われたりしたのは当たり前。その他にも、殴られたり、髪の毛を引っ張られたり、誰だか分からないが、後ろから跳び蹴りしてきたヤツもいた。トイレ掃除で使う雑巾を、びしょ濡れのまま投げてきたヤツまでいたのだ。お陰で今、亨は体操着姿である。
まあ、そんなことをしてきた連中の大半は、前回、人気投票で一位になった時と同じく、ほとんどが亨の友達だったので、亨も笑いながらそれに対抗したり、逃げまくったりしていたのだ。
でも、中には真剣に水樹に好意を持っていたり、ファンクラブの連中なんかもいたりして、その時は、亨も真面目な顔で「ごめんな」なんて謝ったりしたのである。
本来なら、亨はそんなキャラクターではない。
「俺が誰と付き合おうが、俺の勝手だ。他人に文句を言われる筋合いはない!」
これくらいのことは言ってのけたのだろうけど、今回、亨はあくまでも水樹の恋人のフリをしているに過ぎない。みんなを騙している後ろめたさもあって、素直に頭を下げまくったのである。
こんな風に、いつもの自分とは違う行動を取ったりしていたもんだから、放課後になる頃には、本当にもう、グッタリしてしまっていたのである。
更に、やっと逃げ込んだ生徒会室でも、みんなから質問されたり羨ましがられたりイビラレたりしたのだが、ただ二人だけ、亨の側に近寄ろうともしない者がいた。
一樹と俊之である。
顔を見た途端、
「どういうことじゃーっ!」
なんて言いながら騒ぎ立てると思っていた一樹が、全く近寄って来ない。っていうか、完全に無視されている。何気なく近寄っていっても、さらりとかわされ、また距離をとられてしまう。
そして俊之は、なんだか思いつめたような顔をしていたかと思うと、途中で体調が悪いとか言って帰ってしまった。
あーあ。
結局、一樹に一言も口をきいてもらえないまま、その日の生徒会での仕事は終わってしまったのである。
みんなが生徒会室を出ようをする中、亨は思い切って一樹を呼び止めた。
「あ、あのさ、一樹」
一樹はギロリと亨をにらんだ。
「なんだよ?」
「すまん」
亨は体が直角になるくらい頭を下げた。
「なんのことだか分からない」
二人だけになってしまった生徒会室で、一樹の声が冷たく響く。
「だから、その、田所水樹のことで…。ホント、ごめん」
亨はもう一度頭を下げた。
許してもらわなければならない。土下座してでも、なんででも、とにかく許してもらわなければ。だって、一番の親友なのだから。
「俺が悪かった。ごめん、本当にごめん!!」
「あ・の・さー」
一樹がイライラしたように言った。
「悪かったってなに? なにに対してお前は悪かったって思ってんの?」
「だ、だから、俺がお前に内緒で田所水樹と付き合っていたことだよ。お前がすっごく水樹ファンなこと知ってたのに、それなのに俺…」
ちらっと亨は顔を上げて一樹を見た。一樹はにっこり笑う。そして、言った。
「お前とは絶交」
ドアを開けて生徒会室を出て行こうとする一樹の肩を、亨は必死でつかんだ。
「待ってくれよ、一樹!」
「……………」
「なあ、一樹ってば、おいっ」
一樹が振り向いた。
「俺は怒っている」
「分かってるよ、だから謝ってるんじゃないか」
「お前は分かってない。全然、分かってない」
一樹は大きなため息をついた。
「俺はね、俺は、お前が水樹さんと付き合っていたことを怒っているわけじゃないんだ」
「?」
「俺が怒っているのは、お前がそのことを俺に内緒にしていたことだよ。俺たち親友だろ? 気にしないで、言ってくれれば良かったんだ。お前が水樹さんと付き合っていることを知って、確かに俺はショックを受けた。でも、それを理由に、お前と友達でいることをやめたりなんかしない」
「……一樹」
「俺が怒っているのは、お前が俺を信じてくれなかったことだ」
亨はシパシパ何度か瞬きをした。ガラにもなく、ジーンとしてしまったのである。
「俺たちのこと、許してくれるのか?」
「許すも許さないも、そんなこと俺が決めることじゃないだろ? そりゃ羨ましくてコンチクショーと思う気持ちはあるけど、でも、お前にだったら仕方がない。水樹さんは見る目がある。お前に惚れるなんてな」
言った後でテレてしまったらしく、一樹はわざと怒った顔で言った。
「水樹さんを大切にしろよ。泣かせたりしたら、俺が承知しないからな」
「……お前、いいやつだな。お前みたいな親友を持てて、俺は幸せモンだ。俺が女だったら、絶対にお前の彼女になるのになぁ」
「お前にそんなこと言われても、嬉しくもなんともないや」
ちぇっと一樹が肩をすくめる。亨は笑った。
「笑ってる場合じゃないぞ」
「なにが?」
「俊之のこと」
「ああ、アイツも怒ってたみたいだったな。でも、なんでだろう?」
「うーん」
ちょっと首をかしげて考えた後、一樹は誰もいないのに声をひそめた。
「実はアイツ、水樹さんのこと好きだったみたいなんだ」
「えーっ!」
亨はちょっと驚いた。今まで俊之がそんな素振りを見せたことなど、一度もなかったからだ。
「ほ、本当かよ」
「う…ん。実は今日、なにも知らなかった俊に、俺が例の新聞を見せたんだ。そしたらアイツ、すっごく青ざめちゃって。ワナワナ震えたりしてたんだ。俺、ちょっとビックリしちゃってさぁ。それからだよ、俊の様子が変なのは」
「……………」
「間違いない。俊はぜったに水樹さんが好きだったんだ。しかも、俺みたいにファンだっていうんじゃなく、ホントに、ホントーに好きだったんじゃないかな」
「そうか、それで俺のこと避けてたんだ」
「しかも、体調悪いなんて言って、途中で帰っっちゃったし」
なんとなく、二人して黙り込む。
今年の四月、中学部から高等部へ上がったのと同時に、俊之は生徒会に入ってきた。目が大きく、女の子みたいにかわいらしい俊之は、気が利いて愛想も良く、あっと言う間に生徒会のマスコット的存在になってしまった。
亨にしても、「会長、会長」と仔犬のようになついてくる俊之をかわいく思い、特に目をかけてきたのである。二年後の生徒会長は、間違いなく俊之だと思っているくらいだ。
「かわいそうなことしちまったなぁ」
「でも、そっとしとくしかないよ」
一樹が言った。亨もそれにうなずく。
「ヘタに謝るのも変だし。自分で立ち直ってくれるのを待つしかないよな」
「そうだな。なにも気づかないフリして、今まで通りに接するしかない、か」
「だよな」
今日になって、何十回目かのため息を亨はついた。
まったく、本当に、水樹の存在を恨めしく思ってしまう。まあ、恋人のフリを引き受けたのは自分なのだから、仕方がないと言えば仕方がない。だけど、初日の今日だけで、これだけの騒動があったのだ。今後、どんなことが起こるのか。
早まったことをしたかも、と亨はちょっと後悔したのである。
そして、こちらは俊之。
体調が悪いと言って、生徒会を早目に引き上げた俊之は、家に帰り着くと、部屋に閉じこもって布団の中でシクシク泣いていたのである。
「まさか、会長と水樹さんが付き合ってたなんて……」
一樹が沢田から奪い、俊之が一樹からもらった校内新聞を、俊之は布団の中で広げた。
そこには、幸せそうに微笑む、亨と水樹の姿がある。
「ずっとずっと好きだったのに」
好きになったのは中学部にいた時だった。高等部の文化祭に遊びに行った時、偶然見かけて一目ぼれしたのである。それからは、ことあるごとに理由をつけては高等部へと足を向け、気づかれないように熱い視線を送り続けていたのだ。
やっと高等部に入学した時の嬉しさといったら!
嬉しくて、嬉しくて、もう、毎日が楽しくてしかたなかった。
それなのに。
もう、失恋してしまったのだ。
しかも。
しかも相手は……。
「あんな性格ブス女なんかにィ!!!」
ワーッと泣き崩れた俊之が好きな相手とは、水樹ではなく、亨の方だったのである。
俊之はもともと、男色趣味なわけではない。電車の中で男に痴漢にあったりしたこともあって、どちらかと言えば、その手の人種を毛嫌いしていた。それが証拠に、ちゃんと女の子相手に初恋もすませてある。
自分が男を好きになったことに、俊之自身が一番驚いていた。「もしかして、僕って変態なのかしら」なんて怯えた時期もある。
しかし、「同姓に特別な好意を持つことは、思春期の若者にはよくあることである。時期がくれあば、また元通り異性に目が向くようになる」となにかの本で読んでからは、ホッと胸を撫で下ろし、逆にこの状態を楽しもうという気になったのである。
かっこよくて、優しくて、頭が良くて、頼りになる会長。好きで好きでたまらない。だから、高等部に入るとすぐに、生徒会役員にもなった。少しでも一緒にいたかったからだ。
日々の甲斐甲斐しい努力もあって、会長も自分のことを気に入ってくれた。よくかわいがってくれるようになった。
もしかしたら、好きになってもらえるかも…。
なんて思っていた矢先の、今回のカップル宣言である。
ついこの間までは、会長だって水樹の悪口を言っていたはずなのに、一体どうしてこんなことになったのだろう。
しばらくして、俊之はむくっと体を起こした。
「きっと会長は騙されているんだ。そうだ、そうに違いない!」
だから、助けてあげなくちゃ。僕が、この僕が!
魔女の呪縛から解かれた会長は、きっと僕に感謝するに違いない。
「ありがとう、俊之。お前のお陰で目が覚めたよ」
「そんな、会長。気にしないで下さい」
「優しいんだな、俊之は」
暖かく広い胸の中に自分を抱きしめる会長。
そんな妄想をウットリ夢見た俊之は、ぎゅっと手を握って決心した。
「あんなカップル、ぶち壊してやる!」
普段は優しく温厚な俊之だったが、やると決めたことはトコトンやるタイプである。
俊之は闘志に燃えていた。
そしてもう一人。
水樹と亨のことを知り、気も狂わんばかりに怒り狂っている男がいた。
言わずと知れた宗太郎である。
「どういうことだ、これはっ!」
宗太郎は持っていた校内新聞を破り捨てた。
「僕の水樹が、あんな、僕に勝るところなんてなに一つない男と付き合っているなんて。どうして、なぜなんだ!?」
しばらくもがき苦しんでから、ハッと宗太郎は気がついた。
「まさか、僕と婚約したくないがための偽装なのでは?」
そうでなくては、婚約を申し入れた翌日に、こんなタイミング良くカップル宣言なんてするはずがない。
しかし、そんなことまでして、水樹が自分との婚約から逃れようとする理由が見つからない。宗太郎は、世の中のすべての女は自分に夢中になると信じきっているのである。
「もしかしたら、水樹はあの男に弱味でも握られているのかもしれない。それで嫌々ながらも脅迫されて付き合っているのかも」
そうだ、それならば納得がいく。
「もしそうだとしたら、とんでもない話だ。室井のヤツめ、許せない!」
自分だって同じような状況で婚約を申し込んだことになど、全く気づかない宗太郎である。
とにかく、ちょっと調べてみなければ。
長めの前髪をかき上げながら、宗太郎は思った。
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