あなたに会えたことの幸せ


          6


「率直に言うわ。わたしとお付き合いして欲しいの」
「はぁ?」
 亨は顔をしかめた。
 なに言ってんだ、この女は?
 今日は、六月の文化祭で上演される演劇「ロミオとジュリエット」に出演するキャストを集めての、初ミーティングの日である。集合時間まで、後三十分という慌ただしい中、亨は突然やって来た水樹に、人気のない中庭に連れ出された。
 そして、訳の分からないことを言われているのである。
 黙っている亨に、水樹はまた同じことを言った。
「わたしとお付き合いして欲しいのよ」
「言ってることの意味が分からない」
 ムスッとした顔で亨は言った。
 今から始まるミーティングで、亨は水樹のジュリエット降板をみんなに公表するつもりである。会議の終了後、そのことはあっと言う間に全校生徒に広まり、亨には恐怖の日々が訪れるのだ。そのことだけでも頭が痛いのに、いったい、なんなんだ。
 お付き合いして欲しい、だと?
 自分で思っているよりもお人好しなところもあって、昨日はまんまとやられてしまった。ストーカーに仕立てられ、警官に連行されるという屈辱を受けた。が、腐っても青桐学園高等部の生徒会長、室井亨である。大きな体は鍛えられていて体力には自身があるし、ドンとかまえて頼りになる性格の彼は、学校でもかなりの人気者である。顔も良ければ頭だっていい。
 同じ人間に、そう何度もだまされてやるわけにはいかんのだ。
 つい昨日、自分を警察にしょっぴかせた張本人から、「付き合って」なんて言われて、「はい、そうですか」などと答えられるわけがない。
「今度はなにをたくらんでるんだ?」
 水樹はそんな亨を見て、口元だけで小さく笑った。
「実は、ジュリエットをやってもいいと思っているの」
「なに?」
「その交換条件として、あなたに、このわたしとお付き合いして欲しいのよ」
 亨は二・三度ぱちぱちと瞬きをした。
「どういうことだ?」
 水樹は手短に、昨日の出来事を話し出した。
 宗太郎と婚約させられそうなこと、婚約なんて絶対にしたくないこと、断る理由が必要なこと。
「あれだけしつこく追い回したくらいだもの、あなたはわたしにジュリエットをしてもらわないと困るんでしょう?」
「まあ、そりゃ……」
「ジュリエット役は引き受けるわ。やるからには、真面目にやることも約束する。その代わりの条件として、あなたにわたしの彼氏のフリをして欲しいの。しかも、かなり本格的に」
 亨はちょっと首をかしげた。
「彼氏のフリねぇ。でも、なんで?」
 そんな亨を、水樹は前に生徒会室でしたように、頭のてっぺんから足のつま先まで舐めるように見た。
「わたしに彼氏がいて、しかも、そのことを学校のみんなが知っているとしたらどうかしら? そんな状態で、婚約なんてできると思う?」
「うーん、そうだな。山崎の両親がそのことを知ったら、他に好きなヤツがいる女と、かわいい息子を婚約させたいとは思わないだろうな」
「でしょ」
「でも、俺でなくてもいいんじゃないか? あんたのファンに頼んだら、喜んで引き受ける人間が五万といるぜ?」
「いいえ、あなたでなければだめなのよ」
 きっぱりと水樹が言った。
「なんで?」
「あなたは人気投票で、宗太郎に勝った唯一の男だわ。相手はあの宗太郎だもの。相手がその辺にいる普通の男だったら、きっと黙って引き下がりはしないと思うの」
「山崎か…」
 亨は指であごを撫でながら言った。
「あいつもあんたと同じくらい、性格悪そうだもんな」
 そんな亨の皮肉をさらりと聞き流して、水樹は言った。
「どう? 取引する?」
 うーん、と亨は腕を組んで考えた。
 確かに、水樹にジュリエットはしてもらいたい。でないと、亨は生徒会長として、みんなから猛烈な非難を受けることになる。きっとボコボコにやられるだろう。
 でもそれは、水樹と付き合っても同じじゃないのか? 
 学校内外にかなりのファンを持つ水樹である。その彼氏になったりすれば、嫉妬に狂った男共に、どんな暴挙にでられるか分かったもんじゃない。
 どっちにしても同じことか。
 亨はちらりと水樹を見た。
 平然とした態度をしているが、話を聞いた限り、かなり切羽詰った状況だろう。
 嫌な女ではあるが、高校三年生で親が決めた相手と無理やり婚約させられるなんて、ちょっとかわいそうな気もする。
 しかも、相手はあの山崎宗太郎だ。
 宗太郎のことで、亨はいい噂を耳にしたことがない。家柄と顔だけはいいが、性格は最悪で女にだらしがない。群がってくる女の子たちに、手当たり次第に手をつけているということは、男子生徒の間では有名な話である。
 しばらく悩んでから、亨は言った。
「分かった、取引しよう」
「そう」
 少しホッしたような顔を水樹はした。
「ただし、こっちにだって条件がある」
「条件?」
「まず、俺たちの交際は、あんたが俺を好きになったことから始まったことにする」 「……………」
「そして、校内新聞に、俺をいじめるやつは許さないとか、そういうことをされると悲しいとか、そういった感じのコメントを載せること。でないと、俺の身がもたない。きっと誰かに殺される」
「殺される? どうして?」
 不思議そうにしている水樹を見て、亨は呆れたように言った。
「あんだ、自分がどれだけ男に対して影響力を持っているか知らないのか? とにかく、そうしてくれ。でないと無理だ」
「分かったわ」
 水樹はうなずいた。
「そんなこと、なんでもないもの」
「それじゃ、契約成立だな」
 亨はにやりと笑って手を出した。
「そうね、契約成立」
 水樹も同じように笑ってその手を握る。
 亨は腕時計を見た。
「ミーティングが始まる時間だ。では、仲良く一緒に行くとするか。なあ、ハニー?」
「もちろんよ、ダーリン」
 二人は仲良く(見えるように)会議室へと歩き出した。

 会議室では、ほとんどの男たちの視線は、水樹一人に釘付けになっていた。
 同じクラスにでもならない限り、この学園の女王水樹と、こんな狭い部屋で一緒にいられることなんて、めったにない。しかも、今後約一ヶ月間、同じ劇に出演する仲間として、共に活動するのである。
 会議室に来る途中に亨と軽く打ち合わせした結果、この会議中に二人の関係を公表することは、取り合えずやめておくことにした。新聞部に特ダネとして提供し、明日の新聞で大々的に公表する方がインパクトがある、との亨の意見である。
 会議室に集まったのは、生徒会執行部と劇の出演メンバー、それから細かい指導をしてくれる演劇部数人である。
 全員の自己紹介を終えた後、それぞれに脚本が配られた。
 水樹から少し離れたところに、横山百合子が座っている。時々、すごい目つきで自分をにらんでいる百合子に気づいていたが、水樹はそれを無視していた。
 百合子が考えた、人気投票で一位になるためのバカげた計画はもちろん失敗し、彼女は女子部門二位としてこの会議に参加している。
 そして、山崎宗太郎も、この会議に参加していた。
 宗太郎も、百合子と同じく男子部門二位としての参加である。一位になった亨を、呪い殺さんばかりの勢いでにらみつける合間に、時々、水樹に気持ち悪い視線を送ってくる。
 もちろん、水樹はこれも無視していた。
「というわけで」
 劇に主役として出演する亨に代わって、総監督を務めることになった副会長の一樹が、全員を見回しながら言った。
「練習は週に三度で月水金、四時から五時半まで二階の小ホールで行います。さっき配った予定表に基づいて練習するので、自分の役の練習日でない日は集まる必要はありません。オフの日は、それぞれセリフ覚えに専念して下さい」
 こんな説明を、水樹は上の空で聞いていた。
 会議の終了後、今後の行動について、亨と詳しい打ち合わせすることになっている。見た目には分からないが、水樹はそのことで頭がいっぱいだった。
 自分の恋人のフリを亨がOKしてくれて、水樹はかなりホッとした。
 断られる可能性も高かった。その場合、誰か別の人間に頼むつもりでいたけれど、正直、水樹には他にそんなことを頼める人間がいなかったのである。
 いつも冷たい視線でガードを固めている水樹には、友達と言える人間がほとんどいない。女子なら取り巻き連中もいるが、それが男子ともなると、皆無と言っていいほどいないのである。
 それに比べて。
 水樹はチラリと亨に目を向けた。
 この会議室に入ってからというもの、亨は男女問わず、ずっと誰かと楽しそうに話をしている。自分から話しかけることもあれば、話しかけられることもある。
 まるで、ここにいる全員と顔見知りであるかのようだ。
 進行役を務めているのは一樹であるのにも関わらず、ムードメーカーが亨であることに水樹は気づき、ちょっと関心した。生徒会長なのだから、当たり前と言えばそれまでなのだけれど、どうやらこの室井亨という男、望む望まない関係なく、自分の周りに人を集める才能を持っているらしい。
「すごく人気があるのよ。かっこいいし、おもしろいし、頼りになるし。女の子にもモテるけど、男の子にも人気があって、いつも楽しそうにみんなでワイワイやってる」
 前に由香が言っていた言葉を思い出す。
 なるほどね、と水樹は思った。
 どうやら由香の言っていたことは本当らしい。
 そんなことを考えている内、自分が思っていたよりも長く亨を凝視していたらしく、フイにこっちを向いた亨とバッチリ目が合った。
 日に焼けた気持ちの良い笑顔で、亨がニコッと笑う。プイっと水樹は目をそらした。そうした後で、そんなことする必要がなかったことを思い出す。
「だって、わたしたちは恋人同士なんだもの」
 気を悪くしたかしら、なんて思いながら亨の方を見てみると、すでに亨は隣に座る女の子と楽しそうにしていた。
「……………」
 なんとなく、ムッとした。
 とにかく、亨は恋人のフリをしてくれる相手として、申し分ないようだ。これなら宗太郎も、案外あっさりとあきらめてくれるかもしれない。
 思い出したように宗太郎を見てみると、相変わらず亨をすごい目つきでにらんでいた。
「執念深そうね」
 人に気づかれないように、水樹は小さくため息をもらした。


 会議の終了後、水樹は学校を出て、亨に指定されていた喫茶店に向かった。
 店はすぐに分かった。
 学校からそれほど遠くはないけれど、学生が入るような店ではなく、こじんまりとしてお洒落な、大人向けの店である。店の中には、カウンターとテーブルが三席しかない。
 水樹は一番奥にあるテーブル席に腰を下ろした。頬杖をつき、なんとなく窓の外を眺める。
「待ち合わせですか?」
 品のいい初老のマスターが、水をテーブルに置きながら笑顔で言った。
「はい」
「青桐の生徒さんかな?」
「ええ、そうです」
「懐かしいなぁ、わたしの孫もそこの生徒だったんだよ。もう卒業してしまったけどね」
 にこにこしながらそう言うマスターを見て、感じのいい人だな、と水樹は思った。
「ご注文は?」
「あ、コーヒーお願いします。アメリカンで」
「承知しました」
 そして、運ばれてきたコーヒーを一口飲み、なかなか来ない相手に水樹がイライラし始めた頃、やっと亨が店に現れたのである。
 連れを一人従えて。


 さて、遅れてきた亨がなにをしていたかというと。
 会議終了後、生徒会の面々に見つからないようにこっそり部屋を抜け出し、新聞部へと急いだのである。
「あれぇ、会長、こんな所に来るなんて珍しい。会議はもう終わったんですか?」
 のほほんとそう言う高橋の腕をつかみ、廊下へと連れ出す。そして、小声で言った。
「特ダネがある」
「へ?」
「しかも、超がつく特ダネだ。知りたいか?」
「そりゃ知りたいですけど…。で、どんなことです?」
「田所水樹に恋人発覚」
「えーっ!」
 高橋が飛び上がる。
「誰なんですか!?」
「もっと詳しいことが知りたかったら、黙って俺について来い。どうする、来るか?」 「そ、そりゃもちろん行きますよ!」
「よし」
 そうやって、新聞部高橋を水樹の待つ喫茶店へと連れて来たのである。
 店内で自分たちを待っていたのが水樹だと知って、高橋は目を白黒させた。
「か、会長、これってどういう…」
「まあ、落ち着けって。とにかく座れよ」
 そう言うと、亨は当たり前のように水樹の隣に座った。自分の向かいの席に座るように、視線で高橋を促す。
「どういうことなんですか?」
 亨と水樹の二人に忙しく視線を動かしながら、高橋が言った。
「恋人発覚っていうのはガセですか?」
「まさか」
 亨はにっこり笑った。
「つまり」
 そう言って、亨はぐいっと水樹の肩を自分に引き寄せた。
「俺がその恋人ってワケ」
 高橋は立ち上がった。
「えええええーっっ!!!!!」
 亨は急いであ立ち上がると、高橋の口を押さえた。
「バカ、声が大きい。他のお客さんに迷惑だろーが!」
 高橋がおとなしくなったのを確認してから、亨は手を離した。そして、にやっと笑いながら腰を下ろす。
「驚いたか?」
 高橋も、力が抜けたようにへなへなと椅子に座る。
「……マジっすか?」
「マジだ。なっ」
 透の視線を受けて、水樹はうなずいた。
「本当よ。わたしたち、お付き合いしているの」
「し、信じられない」
 放心したようにつぶやく高橋に、ぐいっと顔を近づけて亨は言った。
「信じられなくても本当なんだ。で、お前を呼んだのは他でもない。このことを大々的に記事にして欲しいんだ」
 不思議そうな顔を高橋がする。
「どうしてですか? 内緒で付き合っていた方が、面倒が起こらなくていいような気がするけど」
「コソコソするのは俺の性に合わない。それに、俺という素晴らしい彼氏がいると分かったら、うじゃうじゃいる水樹ファンだって、少しは数が減るかもしれないだろ? 俺にしたって、自分の彼女が他の男に、やたらめったら好きだ好きだ言われるのは気分悪いし。ここはドーンと公表しちまった方が、なにかと都合がいいと思って」
「なるほど、そういう考え方もあるか」
 少し考えてから高橋は言った。
「でも、大変ですよ。ファンの中には、荒っぽいことする連中もいるかもしれないし」
「大丈夫。二人の愛の力で、どんなことでも乗り越えてみせるさ。な、水樹」
「ええ」
 水樹は顔を引きつらせながらも、がんばって笑顔で答えた。
 よくも、まあ、ここまでぺらぺらとハッタリをかませるものだと、呆れながらも感心してしまう。
「ちなみに、告白はどちらから? やっぱり会長から?」
「まっさかぁ、俺が水樹のこと、あんまり良く思っていなかったの知ってるだろう? もちろんコイツからだよ」
 親指で水樹を指差しながら、亨は言った。
 ムッとしたが、水樹は堪えた
「俺も迷ったんだけど、あんまり熱心に言ってくれるし、それにこれだけの美人だろ? これを断れる男なんていないよな」
 はっはっはっ、とご機嫌に笑う亨の横で、水樹は青筋を立てながらも、懸命に怒りを自制していた。
 な、なんでこんな言われ方しなければならないのよ!
 プライドが傷づくどころの騒ぎじゃない。
 しかし、ここまできたら、亨の演技に合わせるしかないではないか。後で覚えていろよ、なんて思いながらも、水樹は高橋に言った。
「記事を発表する時、わたしからのコメントも載せて欲しいの。亨のことをいじめないでって。わたしのことを好きだと思ってくれている人たちが、わたしの好きになった人にひどいことするなんて、そんな悲しいことってないわ。ね、そう思うでしょう? だから、そんなことはやめて欲しいとわたしが言ってるって。ね、お願いできるかしら?」
 とびっきりの切ない表情で高橋を見る。
 そんな水樹に見つめられた高橋は、真っ赤になって言った。
「分かりました。絶対に載せます。約束します!」
 赤い顔のまま、高橋はドンと胸をたたいた。
「用件はそれだけだ。さ、早く学校に戻って記事を書いてくれよ」
「会長たちはどうするんですか?」
「バッカだなぁ。俺たちはこのままデートするに決まってるだろう? あ、それから、新聞の発表は昼休みにしてくれよな」
「どうしてです?」
「朝から発表されると、俺の身がもたん。水樹ファンたちは恐ろしいからな」
 高橋は立ち上がってからニヤリと笑った。
「それくらいガマンしなきゃ。なんてったって、我が学園の女王様を手に入れた果報者なんですから。でも、ま、分かりました。発表は昼休みにします」
 亨と水樹も立ち上がった。
「頼んだぞ」
「よろしくね」
「はい、それじゃこれで失礼します」
 高橋はペコリと頭を下げると、急いで学校へと戻っていった。
 高橋の後ろ姿が完全に見えなくなるのを確認して、二人はホッと腰を下ろしたのである。
 その途端、水樹が亨にくってかかった。
「ちょっと、さっきのアレはなんなのよ!」
「アレって?」
「とぼけないで! わたしが熱心にあなたに言い寄ったよか、なんとか。よくもあんなデタラメが言えたわね!」
「だって、仕方ないだろー」
 亨は自分のコーヒーを持って、水樹の向かいの席に移動した。
「ああでも、言わなけりゃ高橋は納得しないし。それに、あんたの方が俺を好きになったことにするっていうのは、最初から約束だっただろ?」
「それにしたって、あんな言い方しなくったって……!」
「まあ、いいじゃないか。うまくいったんだし」
 平然とそう言う亨を、水樹は思いっきりにらみつけた。
「新聞部をここに連れて来るなんて、一言も言ってなかったじゃない!」
「ああ、それは悪かった。急に思いついたモンだから」
 亨はコーヒーをまた一口飲んだ。
「明日は金曜日だろ? 土日は学校が休みだから、記事の発表にはうってつけだったんだ。月曜日なんかに発表されたら、俺がきついからな」
「勝手に決めないでよ!」
 怒り狂う水樹をまじまじと見ながら、亨は真面目な顔で言った。
「言わせてもらうけど、今回の取引、俺のほうに歩があるってことを忘れてもらっちゃ困る」
「どういう意味よ」
「俺は、あんたがジュリエットを降りても、あんたの彼氏になっても、どっちにしろ同じ運命だ。みんなにボコボコにされることに変わりはない。でも、あんたは違うだろ?」
 どうだ、という目で亨は水樹を見た。
「あんたは俺に彼氏役を引き受けてもらえなかったら、かなり困ったことになったはずだ。なんてったって、人生がかかってるんだからな。どうせ、他に頼めるヤツなんて、いないんだろ?」
「……………」
「とにかく、俺のやりたいようにさせてもらう。俺には俺の都合があるんだ。もちろん、あんたに悪いようなことはしない」
 く、くやしぃっ!
 水樹は怒りを隠して亨を見た。
 だけど、なにも言い返せない。
 亨の言っていることは、全部本当のことだ。
 それにしても、と水樹は思った。
 マヌケだと思っていたこの生徒会長、思ったより、いや、かなり知恵が働くらしい。完全に、自分の方が立場が弱くなってしまった。
 人選ミスだったかも、と思わないでもないが、今更後悔しても、もう遅い。
「分かったわ、あなたに任せる」
 しぶしぶながら水樹はそう言った。
「よし。それじゃ、今後の打ち合わせといこうか。俺はどうすればいい?」
「あなたには、完璧にわたしの恋人のフリをしてもらいたいの。デートなんかもしなければならないし。宗太郎のことだもの、興信所に頼んでわたしたちのことを調べるくらいのこと、し兼ねないわ」
「興信所!」
 ピューと亨が小さく口笛を吹いた。
「そこまでするかね」
「分からないけど、少なくとも、本人が後をつけて来るくらいのことはするでしょう」
「厄介な相手に好かれたもんだ。美人も大変だな」
 亨の茶化しを無視して、水樹は続けた。
「今後の展開によっては、わたしの両親にも紹介することにもなるかもしれない。とにかく、本当の彼氏としてわたしと接して欲しいの。それから、絶対に他の人には内緒にしておいて。どこからバレるか分からないから」
「……分かった。やれるだけやってみよう」
 すこし考えるようにして、亨は言った。
「本当の恋人同士、か。じゃあ、生徒会の仕事もあるから毎日はムリだけど、劇の練習がある日は、必ず家まで送っていくよ。それから休日のデートだな。よし、今度の日曜日にデートしよう」
「も、もうデートするの?」
「付き合い初めのカップルは、とにかくデートばかりしてるもんだ。よし、決まり。日曜日は初デートだ。いいな」
 相手の勢いに飲まれたまま、水樹は黙ってうなずいた。
 超モテモテの割りに、水樹は今まで異性と付き合ったことはない。だから、恋人同士がどんなことをしているかなど、ほとんどと言っていいほど知らなかった。
 デート、か。
 なんだか少しおもしろそう。
 ワクワクする気持ちを亨に見透かされないよう、水樹は高飛車に言ってみた。
「うまくやってよ。失敗は許さないわ」
「まかせとけって」
 亨は自信有り気に笑った。


 こうして、二人の恋人ごっこはスタートすることとなったのである マル




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