ついに、誰もが待ちに待った投票日がやってきたのである。
生徒会では、各クラスの学級委員長が持ち込んだ投票用紙を相手に大奮闘していた。
一年から三年までの全生徒会役員が二班に別れ、それぞれ男子部門、女子部門の投票結果を集計する。
副会長の中村一樹は、もちろん女子部門の集計グループに入り、それを統率していた。
「水樹さんがジュリエットに決定するのを、誰よりも一番に俺が知るんだ!」
なんてことを言いながら、けっこう楽しげに作業をこなしている。
そして会長室井亨は、男子部門を統率していた。
「あーあ、肩はこるし眠たいし」
ウキウキの一樹に対し、こちらはブツブツ文句を言いながらの開票である。
とはいえ、亨にだって楽しむ気持ちもないではない。
なんと言っても、この作業に関わる生徒会役員たちは、校内で誰よりも早く集計結果を知ることができるのである。それに、徹夜での集計、とは言っているものの、実際は徹夜になるほどの作業量があるわけではない。だから、急げ急げと慌てて作業することもなく、みんなでワイワイやりながら、ジュースを飲んだり菓子を食べたり雑談したりしながらの、言ってみれば生徒会の新年度第一回親睦会、のようなものなのである。
「ちょっと休憩しようぜ」
作業開始から一時間、右手にコーラ、左手にセンベイを持った一樹が、ポンと亨の肩をたたいた。
「やっぱり女子部門は水樹さんがダントツ」
満足そうにニコニコしながら亨にセンベイを差し出す。
「今の段階で、次点に三十票くらいの差をつけてる」
「へー、やっぱすごいな」
もらったセンベイをばりばり食べつつ、関心しながら亨は言った。
「次点は誰なんですか? はい、これ会長のジュース」
「お、サンキュー」
亨の前にジュースを置いたのは、今年度に生徒会に入ったばかりの一年生、宮田俊之である。フワフワの天然パーマに大きな目、小柄で華奢な美少年の俊之は、すでに生徒会のマスコット的存在になっている。
「次点は今のところ横山百合子」
「それも予想通りなんでしょう?」
「まあね。もちろん水樹さんの敵じゃないけど」
「横山百合子さんって、あの色っぽい人ですよね? ふーん、そうかぁ」
「お、俊ちゃんはあの手がタイプ?」
俊之はぱっと顔を赤らめながら首を振る。
「ち、違いますよ」
「いいって、いいって。なんてったって悩殺ボディだからなー」
「違いますって!」
「ほーら、ムキになるところが怪しい」
「もー、会長、一樹先輩になんとか言ってやってくださいよ」
「………」
「会長?」
「………」
声をかけられたのにも気づかず、目の前にあるノートパソコンを見ながら、亨は難しい顔をしてなにか考えている。
そんな亨を見て、一樹と俊之は目を合わせた。
「会長?」
「おい、亨」
一樹に手を肩に置かれ、ハッとしたように亨は顔を上げた。
「え、あ? な、なに?」
「なんだよ、変な顔しちゃって。疲れたのか?」
「い、いや、そういうわけじゃないんだけど」
「体調悪いんだったら、しばらく休んでいた方がいいんじゃないですか?」
心配そうに自分をのぞきこむ俊之の頭に手を置き、亨は笑ってみせた。が、その笑顔は明らかにひきつっている。
「ホント、なんでもないんだ」
「ならいいんですけど」
「このまま少し休んでろよ。なんか顔色よくないぜ?」
「いや、大丈夫だ。それより、そろそろ仕事に戻ろうぜ。先はまだまだ長いぞ。さ、行った、行った」
少し不振そうな顔をしている二人を、亨は自分の周りから追いやった。手元のノートパソコンをチラッと見て、小さくうなる。
現時点までの男子部門の集計結果が、そこにはある。
「まさか……」
亨はブンブン首を振った。
「いや、そんなはずはない!」
とにかく早く作業を終わらせよう。結果が出てみなければ、なにも分からない。
そんなことを考えながら、亨は男子部門の作業をしている仲間のところに戻った。口数も少なく、黙々と作業をこなす。
しかし、時間が進むごとに、亨の顔色はますます青ざめていったのである。
そして、午前三時。
菓子やジュースやコーヒーなんかで、パンパンに腹をふくらませた生徒会役員たちは、なんとか無事にすべてのデータ集計を終えることができたのである。
「やった、やったー。やっぱり水樹さんが一等賞だ!」
ギャーギャーわめきながら、一樹が狂喜乱舞している。そんな浮かれきった副会長と、共に女子部門のデータ集計を行った数人の役員たちの、安堵した姿がそこにはある。
そして、その隣では、男子部門を担当したグループが、なんだか妙な雰囲気に包まれていた。
ひとしきり騒ぎまくった後、やっとそのことに気づいた一樹が言った。
「なんだ? どうしたんだ? そっちも作業終わったんだろ?」
見ると、青ざめた享が、少し怒ったような顔をして手元の集計結果をにらみつけている。それに反し、その他の役員は、笑い出したいのを必死で抑えている、といったようなニヤニヤ顔で自分たちの会長を見ているのだ。
「なあ、どうしたんだ?」
なんだか話しかけづらい雰囲気の亨を避け、その隣でにこにこしている俊之の耳元で、一樹は小さくささやいた。
「なにかあったのか?」
「ふふ、実はですねー」
俊之がウキウキしながら言いかけた時、しかめっつらをした亨が、持っていた用紙を一樹の顔に無言で押し付けた。
用紙には男子部門のランキングが書かれてある。
「なんだよ、ったく………はぁ?」
それに目を向けた一樹は、途端に驚きの表情になり、データと亨の顔を交互に食い入るように見た。
そして、ブーッと噴出す。
それまで笑いたいのを我慢していた他の役員たちも、それを皮切りに大声を上げて笑い出したのである。
なんと、男子部門の第一位は、我らが会長、室井亨その人だったのである。
ひとしきりみんなに笑われた後、亨はバンッと机をたたいた。
「冗談じゃないぞ!」
男らしい眉を吊り上げて、亨は叫んだ。
「ロミオなんて、絶対に嫌だ!」
そして、まだ床の上で転げ周りながら笑っている一樹に、ケリをいれた。
「あんなピラピラした仮装行列みたいなカッコして、舞台に立つなんて冗談じゃない!」
いつもは冷静で、頼りになる我らが生徒会長が、珍しくパニックを起こしながら叫びまくっている。
「でも会長、投票で一位になったってことは、それだけ人気があるってことで、それはそれですごいことじゃないですか」
そんな亨を慰めようと、俊之は優しく微笑んでみせる。
「僕、尊敬しちゃうなー。すごいですよ」
「そうだよ。もっと喜べばいいじゃないか」
やっと床から起き上がった一樹も、制服についたほこりを払いながら言う。
「それに、ロミオをやるってことは、水樹さんの相手役をするってことじゃないか。それを嫌だなんて贅沢な。俺なんか代わって欲しいくらいだよ」
そーだ、そーだ、と他からも声が上がる。
「水樹さんとラブシーンできるなんて、羨ましい」
「会長、ラッキーじゃないですか」
「変な服着るなんてこと、たいしたことじゃないですよ」
「俺だって代わって欲しい!」
「代わって欲しいヤツがいたら、いくらでも代わってやるよ!」
吐き捨てるようにそう言った亨は、その場にいる生徒会役員たちみんなを見回し、両手を合わせて頭を下げた。
「頼む、なかったことにしてくれ。人気投票結果を張り出す時、俺の名前は載せないでくれ、頼む!」
政治家だったら罪になりそうなことを言いながら、真面目に頭を下げている会長を見て、役員たちはニヤニヤ笑う。
実を言えば、今回のこの結果、なんとなくだがみんなが予想していたことなのである。
大きいが均整のとれた体と日焼けした浅黒い肌、それに男らしくハンサムなこの生徒会長は、実はなかなかの人気モンであることをみんな知っていたのである。どんと構えていて頼りになるし、話をしても気さくで楽しい。
それに、本当のところ、生徒会の役員はそのほとんどが、男子部門の投票で自分たちの尊敬する会長に、一票いれていたのである。
それには、次点の山崎宗太郎という男が嫌いだ、という理由もある。
代々政治家の家系の山崎宗太郎は、女子には優しく紳士的だが、男子の前では高圧的でイヤミで意地悪。さらには、キザなところもあって鼻持ちならないヤツなのだ。女子からの人気は高いが男子からの人気は最低。
こんなヤツを一位にしてなるものか。
そんなこんなで、誰もがみんな「もしかしたら会長が一位になるかも」と、口にださないまでも思っていたのである。
知らぬは亨本人と、いつも水樹のことで頭がいっぱいの、一樹くらいのものだった。
だからもちろん、亨の懇願はアッサリと却下され、早朝の生徒会室前の廊下には、「一位:室井亨」の名が堂々と張り出されてしまったのである。
亨がガックリと肩を落として落ち込んだのは、言うまでもない。
そして放課後。
その日一日、友達や教師から褒められたり、妬まれたり、羨ましがられたり、茶化されたりした亨は、グッタリと疲れはてて、生徒会室のドアを開けたのである。
そしてそこで、新たな事件が勃発し、亨は今日二度目のパニックに陥っていた。
「そ、そんなこと言われても、困るんだよ!」
「でも、もう決めたことだから」
焦る亨とは対象的に、目の前の少女は平然とした顔で、きっぱりとそう言う。
他の生徒会役員たちは、黙ってことの成り行きを見守っている。
「理由は? せめて理由を教えてくれよ!」
「そんなこと、あなたに言う必要なんてないわ」
亨は頭をかきむしった。
「そんなんじゃ、みんなが納得しない!」
「それはそちらの都合でしょう? わたしには関係ないわね。とにかく…」
慌てふためく亨のことなど気にもとめず、少女ははっきりと断言した。
「わたし、ジュリエットを辞退するから」
さて、話は三十分前にさかのぼる。
なんとか無事に一日を終えた亨は、足早に生徒会室に逃げ込んだ。のんびり廊下を歩きでもしようもんなら、水樹ファンにとっ捕まってどんな目に合わされるか分からない。
「ったく、今日一日で何度殴られたり蹴られたりしたことか」
会長席にドスンと座り、腕を組んで亨はグチたれた。
「俺がなにしたって言うんだ! 川口のヤロー、三度も殴りやがって!」
「あいつは水樹さんのファンクラブの副会長だからなぁ」
思い出すように一樹が言う。
「数学の田中なんて、一時間中、俺にばっかり問題解かせるんだ」
へえっと俊之が声を上げた。
「水樹さんって教師にも人気があるんだ。さっすがぁ」
「さっすがぁ、じゃねえよ。俺の身にもなってくれ」
「まあまあ、みんな羨ましいんだよ。なんてったって、水樹さん相手にロミオがやれるんだからな。それぐらいのこと、ガマンしろよ。俺だって、正直、殴りたいぐらいだ」
慰めてくれながらも指をポキポキならす、冗談とも本気ともいえない一樹の顔を見て、亨はあわてて両手を上げた。
「おいおい、カンベンしてくれよ」
「いや、カンベンならねー。やっぱり一発殴らせろ」
「ひゃー」
生徒会室を走り回る二人を見て、俊之は楽しそうににこにこ笑っている。
「俊、笑ってないで助けろ!」
一樹にポカスカ殴られながら、亨は叫び声を上げた。
実際、今日は本当に大変だったのである。
なんといっても、学校中水樹ファンだらけである。休み時間になるたびに、学校中の男たち(と亨には思えた)がやって来ては、殴る蹴るの暴行を加えていくのだ。
「早退しようかな」
と、亨が真剣に考えたくらいである。
とは言っても本当のところ、殴る蹴るした人間はみんな亨の顔見知りばかりで、冗談でそうやっていたにすぎない。さすがは人気者の生徒会長、みんなだって、あいつなら仕方ないなぁ、なんて思いながら、亨をからかって遊んでいただけなのだ。
亨にだってそれくらいのことは分かっている。
だから最初のうちは、笑いながらみんなからの攻撃を甘んじて受けていたのである。
しかし、数が数である。中には冗談ながらに本気で殴ってくるヤツもいる。
次第に命の危険を感じた亨は、ボロボロの体を引きずって、命からがら生徒会室に逃げ込んだのである。
そしてまた、ここでも一樹に殴られているのだ。
ついに堪忍袋の緒を切らして、亨は叫んだ。
「俺、ロミオを降りる!」
えっ、と瞬間、生徒会室がシーンとなる。
「そんなことできるのか?」
殴る手を止めて、一樹もまじまじと亨の顔を覗き込んだ。
「そんなこと知るか! とにかく俺はロミオなんてやらない、辞退する!」
「そんな前例あるのかな?」
一樹は生徒会室を見回すが、さあ、と役員たちも首をかしげるばかりである。
「前例なんて俺が作ってやる。とにかく、もう、絶対に嫌だ!」
ゼーハー言いながら亨が叫んだ時、生徒会室のドアがガチャリと開いた。
「ちぃーっす、新聞部でーす。取材にきましたー」
カメラを首から提げ、明るく手を振りながら入ってきた新聞部二年の高橋は、いつもとは違う生徒会室の雰囲気に目をパチクリさせた。
「なにかあったんですか?」
「高橋、お前ちょうどいい時に来たな。実は俺、ロミオを辞…うわっ」
生徒会のみんなから、亨は押さえつけられた。
「どうしたんです?」
高橋のその問いに、にっこり笑って一樹が答える。
「いーや、なんにも」
「ふーん、まあ、いいや。今日はロミオさまに取材に来ましたー。どうです、人気投票一位になった感想は? 水樹さんの恋人役ゲットですよ、嬉しいでしょう?」
「あのなー、俺はロミオなんて…モガ」
亨の口をふさぎながら、一樹が小声でささやく。
「あいつは新聞部員だぞ? 辞退するにしても、しないにしても、今ヤツに知られたら事が大げさになる。とりあえず、適当に返事しとけ。分かったか?」
亨は渋々コクリとうなずいた。それを確認して、やっと一樹が手を放す。
自由になった亨は、フーッと息を吐いて、そして高橋に言った。
「ロミオ? そりゃもちろん、嬉しいさ」
チラッと横目で一樹を見ると、それでよし、とその目が言っているのが分かる。
「そりゃそうですよねー」
高橋は勝手にどこからか椅子を持ってきて、ドスンとそれに腰を下ろした。
「なんてったって、相手はわが学園の女王様だもの。会長、今日は大変だったでしょう?」
「そうなんだよなー、もう、まいったよ」
誰と誰から殴られたとか、廊下を歩いていたら気づかない内に「スケベ」と書いた紙を背中に張られた、とかいう亨のグチを、高橋は笑いながら聞いている。
高橋は、暇さえあれば生徒会室に遊びにくる、言わば常連の内の一人である。
「特ダネは生徒会室に落ちている」
なんてことを言いながらやって来るのだが、本当はただの暇つぶし。生徒会室のお茶やらお菓子やらを目当てに、楽しくおしゃべりしにきているだけである。
生徒会側も、相手が新聞部であるということは気になるが、高橋の人懐っこさを気に入っているし、なにより学園中の噂を握っている高橋と話をするのは楽しい。
ある意味、仲間として受け入れているのだ。
そんなわけで、取材と言って入って来たものの、高橋はいつものように生徒会の気の合う仲間たちと他愛もない雑談をして楽しんでいたのである。
その時、また生徒会室のドアが開いた。
高橋とゲラゲラ笑いながら話していた亨は、それにまったく気づいていなかったが、自分のそでを引っ張る俊之の緊張したような顔を見て、ふと視線をドアに向けた。
「おや、まあ、これは……」
生徒会室の和やかな雰囲気が、一瞬にして張り詰めた。横を見ると、一樹が体をコチンコチンにして直立不動のまま、真っ赤な顔をしている。
入って来たのは、氷の女王こと田所水樹その人だったのである。
自分に集まるいくつもの視線を完全に無視して、水樹はスタスタと生徒会室の中央に歩いて来た。
「生徒会長はどなたかしら?」
容姿に劣らず澄んだきれいな声だな、と亨は思った。
「俺だけど」
そして、立ち上がる。
そんな亨を、頭のてっぺんから足の先まで、値踏みするように水樹は見た。
嫌な感じ、と、うっすらと笑顔を見せたままで亨は思った。
そして言う。
「こんなむさくるしい所に、なんの御用でしょうか、女王様?」
その物言いに、形のいい眉をほんの微かに水樹はよせる。
「よ、よ、よかったら、これに座って下さい」
慌てふためきながら椅子を差し出す一樹に、水樹はにこりともせずに言った。
「結構よ、すぐに終わる用事だから」
無下に断った水樹の態度に、ますます不快感を募らせながら、亨は椅子に腰を下ろした。そして、頬杖をついて水樹を見上げる。
「で、用事って?」
「単刀直入に言うわ。わたし、ジュリエットを辞退したいの。いえ、するの」
「え――――っ!!!」
その場にいたすべての人間が叫んだ。
亨も思わず立ち上がる。
「ジ、ジュリエットを………辞退?」
「ええ。話はそれだけ。じゃあ」
まったく表情を変えないままそう言って、さっさと生徒会室を出て行こうとする水樹の腕を、亨はつかんだ。
頭が少し混乱する。それはさっき俺が言ったセリフじゃなかったか?
「ち、ちょっと待ってくれよ」
「なにかしら?」
やんわりと亨の手を振りほどきながら、でも、明らかに不機嫌そうにそう言う水樹を見て、思わず亨は舌打ちしそうになった。が、怒鳴りたいのをガマンして、努めて冷静に亨は言った。
「どういうことなのか説明して欲しい」
「どういうこともなにも、わたしはジュリエットをしたくない。ただそれだけよ」
「ただそれだけって…。そんなこと言われても困るんだよ」
「でも、もう決めたことだから」
「理由は? せめて、もっとちゃんとした理由を教えてくれよ!」
「そんなこと、あなたにいう必要ないと思うわ」
カチーンときて亨は怒鳴った。
「みんな、あんたのジュリエットを楽しみにしてんだぜ? だからあんたに一票入れたんだろーが。それなのに、そんなアッサリと辞退なんて。そんなんじゃみんなが納得するわけねーだろ!」
「そして、生徒会、とくに会長のあなたがみんなに攻められるというわけね?」
怒鳴る亨をものともせず、水樹は涼しく笑った。
「つまり、それはそちらの都合でしょう? わたしには関係ないわね。とにかく…」
一呼吸をおき、少し楽しそうに亨を見ながら、水樹ははっきりと断言した。
「わたし、ジュリエットを辞退するから」
そして、唖然とするその場の人間を気にもとめず、長い髪をなびかせながら、さっさと行ってしまったのである。
あまりのことに、水樹が去った後もしばらくの間、亨はバカみたいにその場に立ちすくんでいた。そして、視界の隅っこに、高橋がこそこそ生徒会室を出て行こうとする姿に気づいて、ハッとわれに返って叫んだ。
「みんな、高橋を取り押さえろ!」
高橋がうひゃっと飛び上がる。
他の生徒会役員たちも、まるで一時停止を解除されたように、いっせいに動き出して高橋をとっ捕まえに走った。
「は、放せーっ」
あっという間に羽交い絞めにされて、ジタバタ騒ぐ高橋を上から見下ろしながら、亨は怒ったような顔で言った。
「記事にするな」
「だ、だって、こんな特ダネめったにな…」
い、と続けようとした高橋は、いつもと違って真剣な亨の表情に気づいて押し黙った。
「そんなこと記事にされたら、学校中がパニックになる」
ムスッと亨は言う。
「どっちにしろ、その内バレることじゃないですか」
「説得する。とにかく田所水樹を説得するしかない」
亨の後方から、おそるおそる俊之が言った。
「でも、聞き耳持たないって感じでしたけど」
「それでもやるしかない。劇の稽古開始まで一週間ある。それまでに、なんとか説得してみる。いや、するしかない」
「誰がやるんだ? 一致団結、みんなでやるか?」
一樹の問いに、亨は首を振った。
「みんなでやっても意味がないだろう。それに、この一週間、生徒会だって暇なわけじゃない。だから、俺がやる。会長だもんな、俺の責任だ」
「もし、それでダメだった時は?」
「その時は」
高橋を放すように目で合図を送り、手を貸して高橋を立ち上がらせてやりながら、亨は言った。
「好きにしろ。新聞記事にでもなんでもすればいい」
「でもなー、ホント、こんな特ダネなかなかあるもんじゃないし、みんなにだって知る権利はあるし…」
ガンッと横にあった棚を、亨は拳で殴りつけた。そして、ビクンと震える高橋に笑顔で言う。
「約束、してくれるよな?」
「り、了解しましたっ!」
高橋は亨に向かって敬礼すると、慌てて生徒会室を飛び出していった。
ふうっと一息ついて、亨は会長席に腰を下ろした。
とんでもないことになった、と思う。
説得に応じてもらえず、本当に田所水樹がジュリエットを降りた場合、今日の騒ぎどころじゃない、マジでみんなに殺されるかもしれない。それにOBだって、どんな報復にでてくるか分かったもんじゃない。
期限は一週間。
それまでに、土下座でもなんでもして、田所水樹に考え直してもらうしかない。
そうしないと、俺の命がない。
そんなことを考えている内、だんだん亨は腹が立ってきた。
どうして俺がこんな目にあわなくてはならないんだ、チクショー!
あの女!
あの女のせいだ!!
水樹と直接話しをしたのは、亨は今日が初めてだった。確かに、今までに色々な噂を耳にしてきた。冷たいだとかワガママだとか性格悪いとか。それが全部本当のことだったということが、今日、あの短い時間だけでよーく分かった。分からせてもらった。
あの意地の悪い冷ややかな目。
思い出しただけでも頭にくる!
さすがの一樹だって、あれを目の前で見たからには、百年の恋も冷めただろう。
そんなことを思っていた亨の耳に、隣に立つ一樹の独り言が聞こえてきた。
「やっぱり美人には、高慢でワガママがよく似合うなぁ。ステキだったなぁ、水樹さん」
亨はがっくり肩を落とした。
亨のロミオ辞退の話なんて、どっかにすっとんでしまっていた。
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