あなたに会えたことの幸せ


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 四月末日の校内人気投票日まで、残すところ後一週間である。
 時刻は放課後の五時三十分。
 さすがにこの時間になると、大抵の生徒会役員たちは下校しており、生徒会室には会長の室井亨と副会長の中村一樹の二人だけになっていた。
「あと一週間だな」
「おう」
 はーっと息を吐くと、亨はバンッと足を机の上に投げ出した。
 そんな亨に、一樹はさっき売店で買ってきたジュースを投げる。
「サンキュ」
 受け取ったジュースをカシュッと開けて、ごくりと亨は一口飲んだ。
 学園の一大イベントを前にして、生徒会では、もうあらかたの準備作業を終えていた。
 全生徒に配る投票用紙も用意したし、事前アンケートによる投票予想データもできあがっている。投票後、すぐに劇の練習にはいれるように、脚本のコピー製本も手配済みである。
 それ以外にも、新学期が始まったばかりの学園には他にもなんだかんだと細かい作業があり、ここ数日、生徒会は地獄のような忙しさだったのである。
 そして、今日のこの時間になって、やっと一息つくことができたのだ。
 こった首をコキコキならしながら亨が言った。
「後は投票が終わるのを待つだけだな」
「ああ、それまではちょっとのんびりできそうだ」
「うん。でも、なんだって徹夜までして当日に集計しなけりゃならないんだよ。数日かけてゆっくりやらせてくれりゃいいのに」
 ブツブツ文句を言う亨を見て、一樹は肩をすくめた。
「しかたないよ。みんな早く結果を知りたくて、うずうずしてるんだから」
「だって、生徒会の大変さを考えてみろよ」
「そんなこと、一般生徒は誰も考えたりしないって。実際に生徒会にはいって作業をしてみないことには、この大変さも分からないだろうし」
「あーあ、報われないなぁ、俺たち」
「お前はまだいいさ」
 一樹はぶーたれる。
「なんてったって会長だし、顔だっていいし、人気モンだし、みんなお前のこと知ってるもんな」
「なんだ? やけに褒めるじゃんか、気色悪い。そんなに褒めてもなにもでねーぞ」
「俺だって言いたくないけど、本当のことだからな。それに比べて俺なんて、副会長とはいっても、誰も俺のことなんて知りもしないんだから」
 そして、一樹は飲み終わったジュースの缶をゴミ箱に投げた。
「忙しいばっかりで、彼女を作る暇もないし」
「忙しいことと彼女ができないことは別問題じゃねーの?」
「うるさい」
 中肉中背、どちらかといえば平凡な顔つきの一樹が、ムッとしたように亨の座る椅子にケリを入れた。

 青桐学園高等部、第三十期生徒会長を務める室井亨が学園に入学したのは、高等部からである。
 誰もが憧れる青桐学園ではあったが、亨自身が熱望して入ったわけではない。親、特に父親が熱心に勧めるものだからなんとなく受験し、合格したから入ったまでのことである。
 父親は貸しビル業のオーナーをしているが、元をただせば農家の出身である。親から譲り受けた広い土地の一部を、売ったり、駐車場にしたり、ビルを建てたりしたわけだが、それがうまくいって、それなりに裕福な暮らしをしている。
 そうは言っても、土地の大部分は農地のままであり、今でも米や野菜を作っている。休みの日には家族そろって畑にでることもあるし、親戚も、そのほとんどがお百姓さんだ。
 お金はあっても所詮は農家。
 誰もそんなこと思ってはいないのだけれど、父親の中では、自分が「百姓のせがれ」であることが、ものすごくコンプレックスになっているらしい。
「バカにされてたまるか!」
 そんなわけで、どうしても自分の息子を歴史と風格と品位のある青桐学園に入れたがったのである。それなのに、三人いる息子の内、上の二人は高校卒業後、勉強が嫌いで大学へも行かず、さっさと結婚して農家を継いでしまった。
 当然、最後の望みとばかりに、父親の期待が末息子の亨の肩にかけられた。
 そして亨はというと、農家の仕事はとても立派で大切な仕事だと思っているし、百姓コンプレックスも持っていなかったので、実をいえば青桐学園に行くことは、あまり気が進まなかった。金持ちの坊ちゃん嬢ちゃんばかりがいる学校なんて、なんだか堅苦しくてつまらなそうだと思ったのだ。
 しかし、酒に酔った父親に泣いて懇願されたのと、他に行きたい学校があるわけでもなかったのとで、とりあえず受験だけはしてみるか、と、こうなったのである。
 青桐学園高等部への入学のハードルは高い。その大部分が中学部からの持ち上がりになるので、高等部からの受け入れ枠が少ないのだ。しかも、人気の学校なので、受験生は殺到する。
 絶対に落ちるに決まっている、と思っていたのだが、ふたを開けると合格してしまっていた。
 その時の父親の喜びようといったら。
 親類縁者を集めて、お祝いの宴会を開いたほどである。
 そんなわけで、亨は青桐学園の生徒となったのだ。
 そして一年の時、隣の席になり、お互いに気が合って親友となったのが中村一樹だった。
 一樹は中学部からの持ち上がり組である。
 中学部の頃から生徒会の役員をしていた一樹に誘われて、なんとなく亨も生徒会に入った。
 体は大きくがっしりしていて頼り甲斐があるし、畑仕事で養った根気と忍耐力もある。確かに他の生徒に比べるとガサツなところがないでもないが、裏表がなく、明るく人懐っこい性格が人気を呼び、おまけに、日焼けした精悍な顔がステキ、という女子役員からの後押しもあり、気がつけば生徒会長にまでなっていた。
「お前がやってくれるなら安心だよ」
 青桐学園では、毎年文化祭の後に生徒会執行部の代替わりが行われる。その時に前会長からこう言われ、
「ガラじゃないんだけどなぁ」
と思いながらも、引き受けることになった。
 以来、副会長の一樹やその他の役員たちに助けられ、なんとかここまでやってきた。助けれれたとはいっても、実際は、頭の回転が速く親分肌の亨のテキパキした指示に従い、役員たちは特に大きなトラブルに見舞われることなく、安心して付いてこれたのである。
 この生徒会会長の任期も、残すところわずかとなった。六月の文化祭さえ無事に終われば、晴れてお役御免である。
 残り約二ヶ月、なんとか無事に終わらせたい。
 そしてもちろん、亨はうまくやり通すつもりでいた。

「さて、俺たちもそろそろ帰ろうか」
「そうだな」
 立ち上がった亨は、机の上に投げ出されていた用紙に気づき、何気なく手に取った。
「なに、それ」
 一樹がそれを覗き込む。
「データだよ。投票結果の予想データ」
「それ、女子部門の分?」
「そう」
 なんとなく二人して、そのデータを目で追う。
「ま、今年はこんなデータ、取る必要なかったかもな」
 データから目を離して、亨が言った。
「まあね」
 一樹がそれにうなずく。
「ガチガチの本命がいるもんな。田所水樹女王様。今年はあの人で決まりでしょう」
「でもさ、一時期、変なデータ取れてなかった?」
「ああ、横山百合子だろ? あのセクシーおねぇちゃんね。一瞬だけど、ちょっと票を集めた時期があったよな」
「だろ? なんだったんだろ、あれ」
 亨は首をかしげた。
「金ばらまいて買収でもしたんじゃない?」
 一樹が小ばかにしたように言った。
「そういうことするタイプだって聞いたことあるもん」
「本当かよ。たかが校内の人気投票なのに」
「オドロキだろ? でも、あんなのは水樹さんの敵じゃない。きれいだもんなぁ、水樹さん。彼女以外に今年のジュリエットはありえない!」
「一樹って田所水樹ファンだったっけ?」
「あれ? 言ってなかった? 俺はファンクラブにも入っている筋金入りの水樹ファンだ」
 そう言って、一樹は胸ポケットから一枚のカードを取り出し、亨の目の前に突きつけた。
「ファンクラブ会員カードだって、いつも持ち歩いているくらいだ。えっへん」
 かなり自慢げにそう一樹を、亨はちょっと複雑な顔をして見た。正直言って、ファンクラブなんかに入る人種の気持ちが理解できない。
「そんなに好きなら、ファンクラブ会員になるなんてまどろっこしいことしないで、告白でもなんでもすればいいのに」
「そーんなこと、とっくの昔にしたに決まっているだろう」
「…で、フラれたわけだ」
 一樹の話によると、中学部入学式当日、初めて水樹に会った瞬間に一目ぼれしたのだそうだ。頭の中を桜色に染めた一樹は、その場ですぐに水樹を呼び止めて告白し、そしてまた、その場ですぐにフラれてしまったそうである。
「この学園で一番最初に水樹さんにフラれたのは、この俺に違いない」
 なんてことを胸を張って自慢までしている。
 さすがは生徒会きっての行動派。まあ、そこを見込まれて、一樹は副会長の席を手にいれたのであるが。
「それでもまだ、彼女のことが好きなわけ?」
 亨の問いに、一樹はうーんとちょっと考えてから答えた。
「色恋の好きとはちょっと違うかな。なんて言うか、憧れっていうか、崇拝の対象っていうか……」
「すでに宗教だな」
 教祖の格好をした水樹の周りを、たくさんの信者と一緒になって壺と水晶玉を両手に持った一樹が、変な踊りを狂ったように踊っているのを想像した亨は、思わずプッと吹き出した。
「ふんだ。笑いたきゃ笑え」
「す、すまん。別にお前の気持ちを笑ったわけじゃないんだ」
 げらげら笑いながら謝る亨を横目に、一樹はふんっと鼻から息を吐いた。
「いいよ、なんだって。だって俺は幸せなんだもーん」
「だろうな。ある意味羨ましい」
「そう言う亨はどうなんだよ。水樹さんのことキレイだって思わないのか?」
「いや、そりゃもちろんキレイだって思うよ。ちょっとやそっとじゃ出会えないくらいの美人だもんな」
「あ、やっぱりそう思う?」
「まあね」
 嬉しそうな顔をする親友の手前そうは言ったものの、実は亨は水樹に対し、それほど興味を持っていなかった。
 確かに美人である。背も高くてスタイルもいい。
 だけど、ちょっと冷たい感じがするのが、亨には受け入れがたいのだ。
 同じ学年である。時々は廊下ですれ違ったりすることもあるけれど、いつだって凛とした顔をしていて、笑った顔をあまり見たことがない。やっぱり女の子は、いつもにこにこ笑っていて、柔らかい感じの方がいいと思う。
 実際、亨が今までに付き合ってきた女の子は、そんな子ばかりだった。付き合ったといっても、元々が大勢でワイワイやるのが好きな性格なので、そう長く付き合わない内に、いつも別れてしまっていたが。
 ただ別れた後も、彼女たちとはいい友達として、今でも仲良くお付き合いしている。
 そんなことを何度か経験した後、亨は特定の彼女を作るのをやめてしまった。生徒会仲間とつるんだり、男友達と遊んでいる方がよっぽど楽しかったからである。  でも、もし、もし田所水樹から付き合ってくれなんて言われたら俺はどうするかな。
 一樹と学校の門のところで別れた後、家まで二十分の距離を自転車で走りながら、そんなことを亨は考えた。
 もちろんOKするに決まってる。
 性格に多少の問題があったとしても、あれだけの美人だ。それに、ちゃんと彼氏として付き合ったら、自分にだけは特別の笑顔を見せてくれるかもしれない。
 うん、それはぜひ見せてもらいたい。
 と、亨はここまで考えて、ブルンブルンと頭を振った。
「なに考えてんだ、俺。バカバカしい」
 こんなこと考えるなんて、ちょっと一樹に影響されたのかもしれない。
 そうでなくても、最近は生徒会でも、頻繁に水樹のことが話題に上がる。
 そりゃそうだ。
 なんといっても、六月の文化祭を成功させる鍵は、水樹が握っているも同然なのだから。
 今年の文化祭は、去年までのそれとは格が違う。当日は、例年の倍近くの見物人がやってくると予想されている。
 もちろん、美しいジュリエットの衣装をまとった水樹を見るために、である。
 そしてこれには、去年一昨年に青桐高等部を卒業したOBたちも多く含まれている。
 考えてみると、去年と一昨年のジュリエットはかわいそうだった。それぞれ人気投票で一位になった女子生徒が演じたのだが、明らかに彼女たちは容姿において、水樹に劣っていたのである。もしも、演劇に出演する役者は三年生のみ、という決まりがなかったら、絶対に水樹がジュリエットに選ばれていただろう。
 誰もが口に出さないまでも同じことを思っていて、そんな雰囲気のなかで上演された「ロミオとジュリエット」は、実にシラケタものになってしまったのだ。
 だから今年、やっと水樹のジュリエットが見れる、というわけで、OBたちが押し寄せることは決まりきっていることだった。
 事実、四月に入ってからというもの、
「期待しているからな」
とか、
「がんばれよ、絶対に観に来るから」
とか言って、わざわざプレッシャーをかけに生徒会室にやって来るOBもいるくらいだ。
 とにかく、がんばらなければならない。
 そして、これをうまくやり通すことができさえすれば、敏腕会長として青桐高等部生徒会に亨の名を残すこともできる。苦労して会長職をやっているのだ。どうせだったら、偉大な会長として名を残すことぐらいはしたい、と亨は思う。
 すでに陽が落ちて暗くなった道を、決意も新たに闘志を燃やしながら走っている内、気がつけば家に帰り着いていた。
 自転車を車庫に置いて玄関のドアを開けた亨を、エプロン姿の母親が出迎える。
「お帰りー。今日も遅かったね。大変だ、生徒会長さんも」
「まあね。でも、明日からはちょっと早く帰れるかな」
「ごはんできてるから。早く上行って着替えておいで」
「へーい」
 言われた通りに着替えをすましてリビングに行くと、上の兄、憲正がソファーでテレビを見ていた。
「あれ? 珍しいじゃん、兄貴。義姉さんと自慢の息子はどうしたんだ?」
「実家に里帰り。自分でメシ作るの面倒くさいから食べにきた。今日はオヤジ、宴会でいないらしいからな」
 いかにも農家です、といった感じの日焼けした浅黒い肌の憲正は、さわやかにと笑った。
 憲正と亨は仲がいい。子供の頃からであるが、兄は九歳も年の離れた弟をかわいがり、なんだかんだと面倒をみてきたのである。
「亨は憲正に育てられたようなもんね」
 などと母親が言うくらいだ。
 しかし、父親とはあまりうまくいっていない。憲正が大学へ行かず農家になることを決意してからであるが、それ以来、盆や正月などの年間行事の時以外に、父親のいるこの家に憲正がやってくることはほとんどない。
「里帰りだなんて、なにかあったのか?」
 母親が用意してくれた夕食をモリモリ食べながら亨は言う。
「浮気がバレたとか?」
 へらへら笑いながらそう言う弟の頭を、憲正はゴンとたたいた。
「バカ言うな。ちょっと孫の顔見せに行っただけだよ」
「なーんだ、つまんねーの」
「それがわざわざかわいい弟の顔を見に来てやった、この兄に言う言葉か」
「よく言うよ。メシ食いにきただけのくせに」
 笑いながら、憲正は亨の向かいの椅子に腰を下ろした。
「毎日遅いんだって? ……そっか、青桐といえば、人気投票の時期か」
「よく知ってるなぁ」
「俺も高校生の時、文化祭にジュリエットを見に行ってたクチだからな」
「兄貴って、けっこうミーハーだったんだ」
「大抵の男はみんなそうしてたさ。お前はあそこの生徒だから分からないかもしれないけど、青桐っていったら、やっぱりみんなの憧れの学校だったからな」
 なんとなく昔を思い出すようにしてそう言う憲正を見て、亨はくすっと笑った。
 大きな体に引き締まった筋肉、日焼けした顔で気持ちのよい笑顔を見せる憲正は、実は昔、それなりに名の通った不良だった。髪を金髪に染め、単車を乗り回し、周囲の人間を凄味のきいた鋭い視線で威嚇しまくっていたことなど、今の憲正を見る限り想像もできない。
 それが今じゃ、愛妻家で子煩悩のパパであり、毎日畑に出ては汗水流して働いている。
 この兄を見るたび、人は変わるもんだなぁ、と亨は思うのだ。
 そして、自分の将来について考えさせられる。
「あのさぁ、兄貴」
「なんだ?」
「まだオヤジにもオフクロにも言ってないんだけど」
 そう言って、亨はちらっと台所で洗い物をしている母親を見た。
「俺、大学は青桐じゃないところに行こうか、と思ってるんだ」
「ふーん、そうなんだ。でも、なんで? そのまま大学に上がった方が楽なんじゃないのか?」
「それはそうなんだけど。でも、やっぱり大学は自分が行きたいと思ったところに行きたいんだ」
 高校受験の時、亨が青桐学園を選んだのは自分の希望ではない。他に行きたい学校があったわけでもないが、どちらかと言うと、父親の気持ちをくんで行ってやった、という感じだ。
「青桐じゃ嫌なのか?」
「嫌ってわけじゃないさ。真面目で頭の固いヤツラばっかりいるって思ってたのが、実際に行ってみるとそうでもなくて、いい友達もできたしそれなりに楽しくやってる。でも、やっぱりなんか違うんだよな。大学はもっと、なんていうのかな、普通っぽいところに行きたいんだ」
「いいんじゃないか、自分の好きにすれば」
「そうなんだけど、オヤジがうるさいかなぁと思って」
「あんなクソオヤジのことなんて気にすることないって。お前の人生なんだ、好きにしていいに決まってるだろ」
「そ、そりゃ俺だって、オヤジになに言われたって好きにするつもりだよ。でも、グチグチ文句言われると思うとなぁ、なんかゲンナリしちゃって」
 亨は大きなため息をついた。
 そんな弟を見て、憲正は小さく笑った。結局コイツは優しいんだよな、と思う。
 自分と変わらないくらい図体はデカいし、態度はガサツで品なんかない。自分勝手で強引なところもあるが、それでもやはり優しいのだ。
 親の気持ちを知っていて、それを間単に切り捨てることができないタイプなのである。
 だからこそ、兄であるこの俺が亨の気持ちを後押しして味方になってやらなくてはならない。亨だって、そうして欲しくて相談してきたのだから。
「そんなの無視すればいいんだよ」
「うーん」
「最初はブツブツ言うかもしれないけど、それも時間がたてばなくなるって。さっきも言ったけど、お前の人生なんだから、お前の好きにすればいいんだよ」
「うん、そうだ。やっぱり、そうだよな!」
 亨は顔を輝かせた。
「よし! こうなれば、早く文化祭を無事に終わらせて生徒会長を引退して、俺は受験生になって勉強するぞ」
「おう、がんばれ!」
 憲正は亨の頭をくしゃっとなでた。
「ちなみにどこの大学に行くつもりなんだ?」
「東大」
 一瞬、二人の間に沈黙が走る。
「………は?」
 何度か瞬きをしてから、憲正はもう一度問うた。
「どこの大学に行くって?」
「だから東大」
 平然と亨は答える。
「東大って、あの東大か?」
「そう、あの東大。東京大学」
「……お前ねー」
 憲正はガックリ肩を落とした。
「あそこは行きたいからって行けるところじゃないだろう。そんなの頭の悪い俺だって知ってるぞ。やっぱりお前、青桐の大学部に行った方がいいんじゃないのか?」
「いーや、絶対に東大に行くんだ。大丈夫、なんとかなるって」
「なるかっつーの!」
 しかし亨は不敵に笑う。
「俺さ、こう見えても頭いいんだぜ。たいてい成績は学年でトップ」
「……トッ!」
「プなんだ、すげーだろ?」
 箸でプロッコリーをもてあそびながら、平然とそんなことを言う弟を見て、憲正は大きく目を見開いたまま、しばらくなにも言えなかった。
「……だ、だって今まで、そんなことオフクロに聞いたことないぜ?」
「ウチの親、俺の成績なんて全く気にしてないもんな。青桐に行ってるってだけで大満足。成績表を見せろって言われたこともないし。だから知らないんじゃねーの? 息子が賢いってこと」
「…そ、そうなんだ」
「兄貴も嬉しいだろ? 頭のいい弟を持って」
 考えてみれば、コイツは青桐高等部の入学試験に合格したのだ。受験志望者が多い割りに受け入れ枠が少なく、合格するのは至難の業、なんてことはみんなが知っていることである。しかし、思い出そうとしてみても、受験前に亨が必死になって勉強していたという記憶はない。
 うーん、こいつは本当にスゴイのかも。
 なんてことを考えつつ、今までとはちょっと違った目で亨を見ながら憲正はつぶやいた。
「とんびが鷹を産んだってわけか」
「そーゆうこと」
 亨はにっこりと笑い、ブロッコリーを口に投げ込んだ。




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