桜ヶ丘交響曲第三番「花園」


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 小林の発行した新聞と、自らが行った校内放送のおかげで全てを明るみにした内田はと言うと、その後はもうコソコソすることなく花壇の手入れを行うようになっていた。
 その傍らには、必ずと言っていいほど彩の姿を見ることできる。
 遠目から見ても明るく元気で、いつでも内田になにかを話しかけている彩。そして、手を動かしながらも彩の話しに耳を傾け、優しく微笑みながら相槌を打つ内田の姿を、桜ヶ丘学園の生徒たちはほのぼのとした気持ちで暖かく見守っていたのである。
「ちぇっ、いいなぁ、あいつら」
 三階の窓から顔を出し、そんな二人の様子を見ていた坂本は、不機嫌そうにしかめっ面をした。
 そんな坂本を後ろから見ていた小林がにやにや笑う。
「やっかみか? 情けねーなぁ」
「うるさいっ、うるさいっ」
 振り返った坂本は、ギロリと小林をにらみつけた。
 さてさて、どうして坂本が不機嫌なのかと言うと。
 あの学園中の度肝を抜いた校内放送以来、坂本はウキウキしながら両手を広げて待っていたのである。そう、自分の素晴らしさに感激した女子生徒たちが、黄色い声を上げつつわんさわんさとつめかけてくるのを。
 しかし、世の中そう上手くいくものではない。
 男同士の友情に厚く、そのためになら自分の恋をもあきらめる。そんなかっこいい男を演出したつもりだったのに、女子生徒たちの下した坂本に対する評価は、坂本本人が期待していたものとはかなりかけ離れたものだった。
 つまり、こうである。
 恋よりも男同士の友情を大切にする男。つまり、彼女をそっちのけにしてでも友情守って男友達と遊びふけるようなタイプ、と、彼女たちはそうとらえたのだ。
「ちょっとねー」
「うん、やっぱり彼女を一番に考えてくれなくちゃイヤだよねー」
「そりゃ、友達がいないような男は最低だと思うわよ? でも、いすぎてそっちばっかりっていうのもねー。かまってくれなさそうで、だったら付き合う意味ないじゃん」
「うんうん。やっぱり彼氏とはいつでもベタベタしてたいもん!」
 ってな感じで、どちらかというと敬遠されるようになってしまったのだ。
「ううう、なんでそうなるんだ! ……で、でも、男は違うよな。男だったら、俺のこの素晴らしさを分かってくれるだろう?!」
 叫ぶ坂本であったが、しかし、男子生徒の反応はもっと彼をヘコませるものだった。親友に好きな女を取られた男として、哀れみと嘲りを含んだ同情の目を向けられてしまったのである。
「かわいそうになー、坂本よぉ」
「ま、相手が内田じゃぁ、文句を言う気にもなれんわな」
 もともと友達は多く、恋愛感情抜きであれば女子生徒からも人気のある坂本である。なので、多くの悪友たちからはニヤニヤ笑いとともに、からかわれまくりもした。
「もうおまえには一生彼女なんてできん。すっぱりあきらめろ!」
「つーか、おまえって面食いだったんだな。現実を直視して、もっと適当なとこ狙わないからこんなことになるんだ。この身の程知らずー」
「ホラ、自棄酒ならぬ自棄ジュースだ。おごってやるからいくらでも飲め!」
 無理矢理コーラのペットボトルを口に突っ込まれ、炭酸にむせた坂本は頭から顔からベトベトになり、それをまたみんなに大笑いされた。
「なんなんだーっ! なんでこうなる?!」
 怒り心頭、拳で机をガンガン叩く坂本に、呆れたように小林は言った。
「ホント、バカだなぁ。おまえのキャラクターじゃ、所詮こんなもんだろ? そもそも、本当は彩ちゃんのこと好きだったわけでも、涙を飲んでそれを内田に譲ったわけでもねーんだ。成り行き上のことを利用してモテようとしたおまえが悪い」
 それを聞いた坂本が、ハッとしたように顔を上げる。
「そうだよな。うん、そうだよ! 俺は別に彩ちゃんを好きだったわけでもなんでもないんだ。もうこうなったらそれをバラす。そして、この不名誉な印象を払拭してやる」
 実際、坂本が内田に渡した手紙の内容はラブレターでもなんでもなかったのである。そして、その内容がどんなものだったかというと、小泉が高等部の生徒会に入る気になるよう、親友の彩からそれとなく薦めて欲しい、といったものだった。
 坂本は会う人ごとにそのことを話して聞かせた。しかし、それを聞いた友人たちはというと、
「またまた、そんなすぐにバレる嘘をついちゃってー」
 ってな感じで、誰も本気にしてくれなかった。
 憤慨した坂本は、彩に例の手紙を返してくれるように頼んだ。それを突きつけて、自分の言っていることが嘘ではないことをみんなに証明しようとしたのである。
 が、しかし。
「ごめんなさい。あの手紙、実はもう捨てちゃったんです。これと言って保管しておくほどのものじゃなかったものですから。本当にすみません」
 彩からは申し訳なさそうに頭を下げられてしまった。
 これでもう八方塞がりである。
 それでも坂本はあきらめず、しばらくはみんなに「あれは違うんだ」と説得して回ったが、返ってみんなから生温か〜い目で見られて哀れみをかっただけに終わった。
 そんなワケで、坂本には今もって彼女がおらず、ラブラブな内田と彩の様子を涎を垂らして見詰めるばかりの日々を送っているのだった。
 坂本を慰めるように、小林はその肩をポンと叩いた。
「ま、いいんじゃないか。悪い結果ばかりじゃなかったんだろう?」
「まーな。約束を守って小泉は生徒会に入ってくれることになったし」
 そう、そうなのだ。
「約束は約束ですからね。どうやら彩は幸せになったみたいだし、ぼく、生徒会に入りますよ。坂本さん、がんばってくれましたもんね。―――自分を犠牲にしてまで(苦笑)」
 その小泉のバカにしたような笑いには腹が立ったものの、坂本の念願だった小泉の生徒会入りは、まあ、なんとか果たされたのである。
 とは言っても。
「来年生徒会長をやるかどうかは分かりませんからね。っていうか、多分やらないと思います。中学部ではさんざん表舞台で苦労させられましたもん。高等部では裏方に徹っすることにします。それでもいいですか?」
 渋々ながらも、坂本はうなずいたのである。
「仕方ねーな。でも、来年会長やるヤツのサポートは頼むぜ?」
「はいはい。分かってます」
 そんな小泉とのやり取りを思い出しながら、坂本は大きなため息をついた。
「目的は達せられたし、良かったと言えば良かったんだけど、でも、なんか割りに合わないような気がすんだよなー。彼女は当分できそうもないし。あーあ」
 しょんぼりする坂本を慰めるように、小林が優しく言う。
「大丈夫だって、心配すんな。その内に絶対おまえに似合いの素敵な彼女ができるって」
「ホントか?! 本当にそう思うか、小林!」
 肩をつかみ、すがるような目で自分を見ている坂本に、小林はエヘッと笑ってみせた。
「すまん。慰めようと思って適当なこと言っちゃった」
「……てめぇ、ぶっ殺すぞ? ああ、俺ってばなんてかわいそうなんだ。こんなにがんばっているのに、女たちからは嫌われ、心無い男友達からはバカにされ。神様ってば本当に不公平だ」
 坂本はがっくりと肩を落とした。そんな坂本の首に、小林は腕をまきつけてぐいっと自分の方に引き寄せた。そして、頭をぐりぐりと撫でる。
「まあまあ、そんなに落ち込むなよ。さっきも言ったけど、今回のこと、そう悪いことばっかじゃなかっただろ? ん?」
「まあな。結局のところ、小泉は生徒会に確保することはできたわけだし。それに……」
 それに、内田の幸せそうな顔も見れたしな。
 声には出さず、坂本は心の中でそう呟いた。
 その心の声が聞こえたかのように、小林は窓の外に顔を出してこう言った。
「よかったな」
 その視線の先には、内田の彩、二人の微笑ましい姿がある。
「うん」
 同じように、坂本も窓の外の二人を見つめる。
 その顔は本当に嬉しそうで、それを横目で盗み見た小林は、なんでこんないいヤツに彼女ができないんだろうなぁ、とこっそり首をひねった。もし自分が女だったら、絶対に坂本に惚れてる。
 ああ、でも。と小林は小さく笑った。
 もし自分が女だったら、やっぱりこいつの良さに気づかずに、他のヤツに惚れるんだろうなと思った。男が惚れるタイプの男、それが坂本である。そして、このタイプの男というのは、えてして女にはモテないことが多いのだ。女にはこの手の男のよさは分からない。
 理不尽ではあるが、それが現実。
「さーてと。そろそろ帰ろうぜ? 腹減ったから、どっかでなにか食って帰ろう。今日は俺がおごるからさ」
 小林からの突然の提案に、坂本は目を丸くする。
「奢ってくれるのか? なんで? あー、おまえもしかして、俺になんか頼みごととかあるんじゃないか?」
 疑いの目で自分をみる坂本に、小林はにっこりとした気持ちのよい笑顔を見せる。
「心配しなくても別に下心なんてねーよ。親友のために骨を折ったおまえへの、俺からのご褒美だ。ありがたく思え」
 途端に坂本が満面の笑顔になる。
「そうか? 悪いなぁ。へへ、そういうことなら遠慮なくガツガツ食わせてもらうことにしようかな」
「おう、どんどん食え。でもその前に、ひとつだけ言っておかなけりゃならないことがある」
「なんだ?」
「俺、今月は金欠なんだ。金貸してくれ」
 笑顔の小林を前に、坂本はものすごーく嫌な顔をした。
「なんだよ。結局は俺の金じゃないか!」
「ちゃんと後で返すからさ。細かいこと気にしないで、さ、行こう行こう!」
 納得いかない顔の坂本の腕をとり、小林は楽しそうに笑いながらそれを引っ張った。
「なんだかなー。絶対に返せよ」
「はいはい」
「どうも疑わしいなぁ。おまえ、実は俺に奢らせる気なんじゃないの?」
「失礼なこと言うヤツだなー。そんなに言うなら奢らないぞ!」
「俺の金だろーが!」
「友達疑うなんて最低だぞ!」
「疑わせるおまえが悪いんだよ!」
 二人はぎゃあぎゃあ言いながら、それでも仲良く肩を並べて教室を後にした。
 
 春も終わりに近い、うららかな昼下がりの出来事である。

 花壇に植えられた無数のひまわりたちは、蕾をはちきれんばかりに膨らませ、咲き誇れる日の到来を今か今かと待ち構えている。
 これまで内田だけの「秘密の花園」だったこの花壇。でも、今ではもう秘密でもなんでもない。
 内田の趣味が周知の事実となったせいか、「自分たちにも手伝わせてください」と言って女子生徒が連れ立ってやってくることもあれば、たまに男子生徒までもが来てくれたりもするようになった。園芸部発足の話しも、多くの生徒たちの要望により、生徒会で具体化されているという。
 だから来年、内田が高等部を卒業した後も、この学園の花壇はずっと花園であり続ける。四季を通じて美しい花々を咲かせ、見る生徒たちの心を和ます花園であり続ける。

 そう、いつまでもずっと…。




       おわり




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