いつも朝の早い内田ではあるが、その日は特に早く起きた。着替えをすませてから階下へと向かい、台所でテキパキと朝の準備を整える。
登校するのは久しぶりのことだった。ほぼ一週間ぶりである。それはつまり、その間ずっと学校の花壇の世話を怠っていたということだ。
ここのところ雨はずっと降っていない。きっと、みんな喉をカラカラにしているはずだ。それに、寂しがっているに違いない。
そんなワケで、その日の内田はいつもより早く家を出ることにしたのである。ゆっくりと時間をかけて植物たちの相手をしてあげようと、そう思ったのだった。元気のない子や枯れてしまった子がいないか、そのチェックだけでも相当な時間がかかると予想する。
そんなこんなで、内田が学校に着いたのは、まだ時計の針が七時をさす前のことだった。倉庫から必要な道具を取り出すと、内田は花壇へと向かい、すぐに作業を開始しした。そして、そのまま植物たちとの満ち足りた時に没頭してしまったのである。
だからなにも知らなかった。
内田が校門を通り抜けたその少し後である七時ぴったり、早朝練習のために一般生徒よりも早めに登校する運動部員狙いの新聞部員たちが、新聞部前部長である小林からの命令で、例の新聞を配り始めたことなど本当にまったく知らなかったのだ。
新聞を読んだ生徒たちは、それはそれは驚いた。
「あの内田の記事?!」
「水谷彩と? マジかよ?!」
「一体いつの間にそんなことになちゃってたのぉ?!」
これまで暗黙の了解でタブーとされてきた内田関係の記事が新聞紙面に載ったことと、その内容が、なんと恋愛に関することだったものだから、もう本当に飛び上がるくらいに驚いたのである。しかも、内田の相手とされているのは、学園でもかなり人気のある女子生徒の内の一人、水谷彩である。
登校する生徒の数が増すにつれて、校内はザワつき始めた。そんな、騒然となった生徒の中に、彩本人も混ざっていたことは言うまでもない。
「ちっ、ちょっとっ、これどういうことなの?!」
予鈴チャイムの鳴るギリギリ前、校門前で新聞を受け取った彩は、目をつり上げて新聞部員に食ってかかった。
「誰! 誰なのよ、この新聞の記事を書いたのは?! こんなのデタラメだわ、訴えてやる!」
彩に制服の襟首をつかまれて、すごい勢いで首を振り回された新聞部員は、ビビリ上がったように泣きそうな顔で言った。
「お、俺も詳しい話は知らないんだよ。昨日の夜、小林さんから電話があったんだ。号外出すから朝早く集まるようにって。だから記事を書いたのは小林さんだと思うんだけど、でも、本当に詳しいことはなにも知らないんだ。俺たちだってこの新聞読んでビックリしたんだから。 なあ、みんな?」
その場にいた数人の新聞部員たちは、みんなコクコクと複雑な顔をしてうなずいた。
「だから、文句があるんだったら小林さんに言ってくれよ。俺らに言われても困るよ」
「言われなくてもそうするわよ!」
その場を足早に立ち去り、彩が小林の教室に向かおうと大股で歩いていたところで、予鈴が校内に鳴り響いた。彩は思わず小さく舌打ちすると、依然不機嫌な顔のまま自分の教室へと体を方向転換したのである。
彩が足を踏み入れた途端、教室内のザワめきがピタリととまった。みんな、伺うような目で彩をこっそりと盗み見ているが、そんなことには目もくれずに自分の席にドカッと腰を下ろした。そして、そこでもう一度新聞に目を通し始める。
『
特大スクープ!!
今年四月、晴れて高等部に上がってきたばかりの一年C組水谷彩ちゃん、学年一のカワイ子ちゃんと誉れ高いあの子に衝撃の彼氏発覚! 野郎共よ泣いて悲しめ!!
彩ちゃんと言えば、中学部ではずっとテニス部に所属していたスポーツ少女。三年生では立派に部のキャプテンをも務めたという、明るく元気で人に好かれるタイプの女の子です。そんな彩ちゃんの気になるお相手とは?!
実はこれまた我が学園の隠れた人気者! 草花をなによりも愛し、中学部に入学してから今に至るまで、学園中の花壇の手入れを一人密かに担ってきた心優しき男の子、別名「花園の王子サマ」こと内田克己くん(17才)なのであります!
海のように広くて深く、穏やかな性格の内田くん。ちょっぴり頼りなさげなその優しい顔つきも、三年生になった今では随分と男らしくなりました。文句なしの二枚目です。ついでに背だって伸びました。
そんなこんなで快活少女と内気少年。一見アンバランスに見えて、実はこういった組み合わせの方が末永く幸せ続くものです。なので皆さん、余計なちゃちゃなどは絶対に入れず、温かい目で二人を見守っていきましょう!
担当記者:三年小林 』
この新聞に書いてあること。確かにそれは全くのデタラメではない。そう、それが四日前のことであるならば。
しかし、すでに内田と彩の関係は終わっている。それに、そもそも付き合っていたと言ったって、それは全部彩の勘違いから始まったことで、本当の意味で二人は付き合っていたわけではないのだ。
こんな新聞を発行されて誰が迷惑するか。もちろん、それは内田に決まっている。だから彩は怒っていたのである。自分のせいで、また内田に迷惑をかけてしまった。
そしてさらに、どうして新聞部は、今回に限って内田に関することを記事にしたのだろうと怒りが増す。
そりゃ、内田と自分の交際記事はかなりのスクープとなる。新聞部がそれをネタにして売上げを図ろうとしたのも、まあ理解できる。しかし、そこにわざわざ内田の趣味のことまで書かなくったっていいだろうに。花壇の手入れのことを、内田がどれだけ秘密にしたがっているか、新聞部だって知っているだろうに!
そんなことを考えながら、怒りをさらに募らせていた彩に、クラスの男子生徒がおずおずと声をかけてきた。
「あ、あのさぁ、水谷? この記事に書いてあることって本当な……」
「デタラメに決まってるでしょう!!」
即座に彩は怒鳴った。男子生徒はビクリと体を振るわせる。
「内田さんとあたしが付き合うなんて、そんなことがあるはずないじゃない?! バカなこと訊かないで!」
「……そ、そうだよなぁ、ははは。お、おかしいとは思ってたんだ」
ものすごく引きつった笑顔でそう言うと、男子生徒は震え上がりながら他生徒の中に駆け戻った。
彩は立ち上がると、クラスメートたちをぐるりと見回しながら言った。
「この新聞ひどるぎるわ。内田さんの花壇でのことを記事にするなんて! この学園には内田さんに関する暗黙のルールがあったはずよ。それなのに、こんな……。内田さんがどんなに傷ついていることか。みんなはどう思う?! これって許されることなの?!」
有無を言わせぬ気迫こもった彩からの問いかけに、生徒たちは無言のままに首を横にブンブン振る。それを見て、彩は満足そうにうなずいた。
「でしょう?! だからあたし、昼休みにこれ書いた張本人のところに抗議しに行くの。絶対絶対許さないんだから!」
彩がそういい終わった時、本鈴とともに担任教師が教室に入ってきた。教室の各所で立っていた生徒たちが、急いで自分の席に駆け戻る。その顔には、一様にホッとしたような色が浮かんで見えた。
担任はすぐにクラスの異様な雰囲気に気づいたようで、ちょっと首をかしげながら教壇に立った。
「なんだ、おまえら。今日はヤケにおとなしいな? おいおい、今日の夜は予定があるんだから、ガラでもないことされて雨になると困るぞー?」
「……………」
いつもならここで、「予定ってデーとですかぁ?」なんて笑いながらの野次が生徒たちから飛んでくるのであるが、なぜだか今日は無反応である。
二十代半ばとまだ若く、生徒からも「友達みたいに気軽に話しができる」となかなか人気のそのクラス担任は、ちょっとシラケた顔をしながら教室内を見回した。そして、彩の上でその視線をとめると、にこっと楽しそうな笑顔を見せた。
「おお、水谷! 校内新聞読んだぞ。全然知らなかったよ。おまえ、あの内田と付き合って…」
ギロリ、とすごい形相した彩が担任をにらみつけた。怒りに燃えた二つの大きな目は、その話題を口にするなと、無言で語っている。
「――――――ええ…っと、ゴホン、それじゃあ今から小テストを始めまーす」
かなり不自然に担任は話題を変えた。そして、頭の中で考える。
俺、水谷に嫌われるようなこと、なにかしたっけかなぁ。いつもは明るく元気でかわいい水谷が、なんだか今日はちょっと恐い……。
もちろん、担任に罪はない。しかし、確かに彩は怒っていた。ものすごく怒っていたのである。
そして、その日の昼休み。
内田は午前中の授業で使用した教科書とノートをカバンにしまい込みながら、ドキンドキんと不安に脈動する心臓を、必死に落ち着かせようとしていた。
この昼休み、昨夜の決意通りに坂本にすべてを告白しようと、そう思っていたのだ。
そして、内田はこの時点まで、校内に自分たちのことが書かれた新聞が発行され、ほぼ全生徒がそれを目にしていることなど、まったく知らなかったのである。声をかけづらかったのか、クラスメートの誰一人として、そのことを内田に教えてくれる者はいなかった。
ただ時々、好奇心に満ちた目で内田をこっそり盗み見たりはするが、内田がそれに気づきそうになると、慌てて目を反らしてそ知らぬフリをした。他クラスの生徒たちも、内田の教室の前を通り過ぎる時は、必ずチラリと中をのぞきこむ。
ちょっと感のいい人間だったら、いつもとは少し違う周囲の雰囲気に気づいたことだろう。しかし、内田はそういったことには疎い方だったし、それに、気持ちは坂本への告白に飛んでいたので、幸か不幸か、自分を取り巻く異様な空気には全く気づかずにいたのだった。
よし、と内田は昼食も取らずに立ち上がった。決心が鈍らない内に坂本に会おうと思ったのだ。
これからの展開を想像しただけで、内田の口に胃から苦いものが上がってくる。しかし、ここでくじけるワケにはいかないのだ。
緊張しながらも勇気をふりしぼり、教室を出た内田が廊下を少し歩いた時である。
「あれ?」
廊下の隅にぐしゃぐしゃに丸められて落ちている紙を見つけた。親切心から内田はその紙を拾い上げた。ゴミならゴミ箱に捨ててあげようと思ったからだ。
念のため、本当に捨てていい物かどうかを確かめに、内田はその紙をきれいに広げてみた。そこで、内田の体は一瞬にして氷ついたのだ。
そう、それは例の新聞だったのである。
「な、なんだ、これ……?」
記事を目にした途端、内田の体がブルブルと震えた。
内田って俺? 花園の王子さま? 温かい目で見守りましょう?!
新聞から顔を上げると、周囲にいた生徒たちが、複雑な顔をして自分を見つめている。
内田は顔を真っ赤にすると、全速力でその場を走って逃げだした。
無我夢中で走ってたどり着いた先は、花壇の道具を入れてある倉庫の中。そこで一人になった内田は、握り締めていた新聞にもう一度じっくり目を通してみた。
「……………ウソだろう?」
内田の目の前は真っ暗になった。
せっかく決心したのに! 坂本に本当のことを話そうと決心したのに!
それなのに、その前にこの新聞にすべてを暴露されてしまった。自分の口から、坂本に伝えることができなかった。
坂本はすでにこの新聞を読んでいるだろう。情報通の坂本のことだから、それは間違いないように思える。今彼がなにを思っているのかを想像するだけで、内田の体に大きな震えが走った。と同時に、こんな新聞を作った小林に対する怒りが募る。
が、しかし、ここに書かれてあることがデタラメではない以上、小林を責めることはできないのである。すべては自分が悪い。記事が悪いのではなく、こんな記事を書かれる原因を作った自分が一番悪いのだ。
それは分かっているけれど、でも友達なんだから、事前にひと言連絡をくれても良かったんじゃないか、と内田は思わずにはいられない。そうしてくれていたら、すでに自分たちが別れていることを話し、新聞の発行をとめてもらうことも可能だったかもしれないのに。
とは言え、今さらそんなことを思ったところでなにも始まらない。だって、現に新聞は発行されてしまったのだから。
となると、今一番重要なのは、やっぱり坂本のことである。
「坂本、怒ってるかな……?」
いや、怒っているのならまだいい。
この新聞を読むことにより坂本が知った事実。そう、彼は親友から裏切られ、同時に失恋もしてしまったのだ。その二重の心の痛みを抱え、坂本は悲しんでいるかもしれない。落ち込んでいるかもしれない。
それを考えると、内田は自分が許せなくて、本気で泣きたくなってきてしまった。
それに話はそれだけに止まらない。
彩は? 彩はどうしてる?
新聞に書いてあることと異なり、実際のところ内田と彩は数日前に別れている。言ってみれば、内田が彩をフッたのだ。それなのにこんな新聞を発行されて………。
もしかすると、少しは薄れてきていたかもしれない失恋の苦しみが、またぶり返しているかもしれない。
でも待てよ。
ふと内田は、彩と別れた時のことを思い出した。
内田の家から立ち去り際、坂本からラブレターにどう返事をするのかを問うた内田に、彩は「お受けします」とそう言っていた。そのことを坂本に伝えるように頼まれていたが、その後また熱が上がって学校を休んでしまったので、内田はまだそれを坂本に伝えてはいない。
あれ? ってことは、今度は自分が失恋してしまった立場になるのか?
だって、坂本は彩のことが好きで、彩はそんな坂本との付き合いをOKするつもりでいる。
内田は手に持っている新聞をじっとながめた。
それじゃあつまり、この新聞に書かれてあることは誤りであったと新聞部が訂正してくれれば、それですべては丸くおさまるのか?
いやしかし、別れ際の彩の表情や態度を思い出す限り、彩が本当に好きなのはやはり自分ではないかと内田は思う。しかし、もしかしたらそれは彩を好きなことに気づいた自分の願望なだけで、すでに彩の気持ちは次の恋へと向いているのかもしれない。
内田は頭を抱えこんだ。もうなにがなんだかサッパリ分からない。
「取り合えず俺は、今からなにをどうしたらいいんだろう……?」
ヘナヘナと力なく、内田はその場にへたり込んだ。
さて、そんな感じで内田が倉庫に隠れて頭を混乱させていた頃。
坂本は内田の教室を訪れていた。ぐるりと室内を見回し、そこに目的の人物の姿がないことに気づく。
「ようっ、おまえら内田知らない?」
誰とでも仲がよく、誰とでも友達の坂本である。すぐに一人の女子生徒が返事を返してきてくれた。
「さっき、なんだかすごく神妙な顔をして出てったわよ」
「ふう〜ん、どこ行ったんだろうなぁ?」
無事に新聞も発行されたことだし、これでやっと事の真相を内田に問いつめることができる。そうはりきっていた坂本ではあるが、当の内田がいないのでは話にならない。
頭をボリボリかき、どうしよっかな、なんて考えていた時、ピンポンパンポーンという校内放送の始まるチャイムが頭の上から流れてきた。
そして、スピーカー聞こえてきた女子生徒の声に、坂本のみならず、桜ヶ丘の生徒のほとんどがハッとして顔をスピーカーの方に向けた。
『桜ヶ丘のみなさん、こんにちは! わたしは高等部一年の水谷彩です。今日新聞部から発行された新聞記事について、みなさんに聞いて欲しいことがあります。あの新聞に書かれてあったこと、あれは全部デタラメなんですっ!!』
坂本は思わず、その場で目を点にした。
そしてもちろん、内田も同じ放送を倉庫の中で聞いていたのである。
さて、さかのぼること十五分ほど前。
昼休みの教室の片隅、いつも通り小泉と一緒に昼食を取っていた彩は、まだ弁当の中身が半分くらい残っているのに、ふたをしめてテキパキと片付け始めた。
それを見ていた小泉が、仕方ないなぁ、といった顔を彩に向けた。
「ねえ、本当にこれから小林さんの所に抗議に行くつもり?」
「当たり前でしょう!」
彩は目をつりあげてそれに答えた。
「だって、こんなの絶対に許せないもの! それに、一分でも早くこの記事の訂正をしてもらわなきゃ、みんなが誤解したままになっちゃうでしょう!」
「ん…、まあ、それはそうなんだけどね」
「とにかく、あたし行ってくるから!」
言うと彩は立ち上がり、呆れ顔の小泉をその場に残すと、駆け足で教室から出ていったのである。そして、まっすぐに小林の教室へと向かった。
がしかし、そこに小林の姿はない。
「小林? あいつだったら新聞部じゃないか? いや、もしかしたら生徒会室かも。あ、でも、坂本のところかもしれないな。やっぱり誰か他の友達のところかも。アイツ、学校中に知り合いがいるから、いなくなると探し出すのが大変なんだよなー」
小林のクラスの男子生徒が、笑いながらそう言った。
まったくもう、と彩は歯軋りをする。
頭をペコリと下げてその場を離れると、彩は教えてもらった通り、まずは新聞部の部室に足を向けて見た。小林が見つかるまで、片っ端から校内を探し回るしかない。
彩は部室のドアの前に着くと、ドアノブに手をかけて回してみた。カチャリとドアが開いた。鍵がかけられていないのだ。誰かがきっと中にいる。
そして、ドアを静かに開けて中をのぞいて見た彩は、キリッと眉をつり上げた。ビンゴ。そこには小林がいたのである。
「小林さんっ!」
「うわぁっ?!」
突然後ろから声をかけられて驚きを隠せない小林に、怒りを露にした彩がズンズンとつめよった。
「今朝発行された新聞、あれ、一体どういうことなんですか?! あんなのデタラメじゃないですか! なにを考えているんですか?! あまりにひどすぎます! 誤報だったってこと、今すぐみんなに伝えて謝って下さい! さあ、いますぐ!!」
いきなり現れた彩にマシンガンのように攻め立てられ、さすがの小林ビックリ仰天してしまった。しかし、すぐに状況を飲み込むと、いまだに文句を言い立てている彩の口を制した。
「いやいや、ちょっと待ってくれよ。きみ、水谷彩ちゃんだろ? 誤報だって言うけど、その根拠はどこにある? 俺、きみと内田が毎日放課後にデートしてたの知ってんだぜ? あれを見る限り、どう考えたったきみらは付き合ってるじゃないか」
「そ、それは……」
放課後デートのことを切り出されて、彩もちょっとたじろいだ。が、これくらいのことで引き下がるはずがない。
「あ、あれはデートじゃありません」
「若い男女が毎日公園で何時間もおしゃべりしていながら、それがデートじゃないって言われてもね。そんなの納得できるわけないだろ?」
「でも、本当に違うんです」
「じゃあ、なにしてたっていうんだ? 納得いくように説明してもらおうじゃない。ホラ、聞いてやるから言ってみな?」
彩は悔しそうに下唇を噛みしめた。
その様子を見て、なんか俺ってホントに悪役みたい、と小林は心の中で苦笑する。
内田の本心、つまり彼が本当は誰を好きなのかは小林にも分からない。しかし、坂本から色々と話を聞いているので、これまでの経緯はほぼ正確に理解していた。だから、どうして彩が自分に抗議しにここに来たのか、その理由はちゃんと分かっていたのである。内田を思いやる心ゆえであることを、小林はちゃんと知っていた。
しかし、だからと言って「はい、そうですか」とすんなり彩の言うことをきいてあげるわけにもいかない。今回の新聞発行、これは坂本からの依頼であると同時に、内田のために良かれと思って小林自身が納得して行ったことなのである。
彩の気持ちも分かるが、しかし、せめて坂本が内田の本心を聞き出すまでは、記事の訂正を行うことはできない。
悔しそうに自分をにらみつける彩に、小林は言った。
「なにも言えないの? だったら記事の訂正はできないな」
「そんなっ! だって、あたし本人が違うって言ってるんですよ?!」
「それが嘘じゃないってどうして言える? とにかく、こっちにはデート目撃っていう証拠があるんだ。記事の訂正はしないよ」
「どうあってもですか?!」
「どうあっても、だね」
しばらくの間、二人は無言でにらみあった。
やがて。
「うわぁ―――――んっ!」
「!!」
彩はその場にしゃがみ込むと、大声を上げて泣き始めた。小林はあんぐりと口を開ける。
おいおい、カンベンしてくれよ。チクショウ、坂本のやつ、全部おまえのせいだからな!
心の中でそう毒づきながら、小林は困った顔で彩をみつめた。
目の前で年下の女の子に泣かれるのは辛い。しかも、泣かせたのは他でもない自分自身である。
本来の小林は、女の子を泣かせたりなんか絶対にしない男だった。今回だって、好きで泣かせたわけではない。
泣いている彩を見ていると、かわいそうでたまらなくなるし、非常に胸が痛むのだ。
しかし、泣かせたのが自分である以上、慰めることもできやしない。
そんな風に、なんともやりきれない気持ちでモンモンとしている小林を前に、まるで責めるように彩はワンワン泣き続けた。とは言っても、彩は別に小林を困らせようとして泣いていたのではない。自分自身が情けなくて泣いていたのである。
自分のせいで内田に迷惑をかけてしまった。そして、それに対して自分はなんの対処もできない。
それが悔しくて悲しくて、つい涙がこぼれてしまったのだ。
しかし、大声を張り上げて泣きながらも、彩は考えていた。
どうすればいいだろう。どうすれば、みんなの誤解を解き、これ以上内田に迷惑をかけずにすむようになるだろう。なにかいい手はないだろうか。
そこでハタと彩は思い立った。
そうだ!
ピタリと泣き止むと同時に、彩は立ち上がった。
小林が少し驚いたように、腰を屈めて彩の顔をのぞきこむ。
「あの…大丈夫?」
それを無視して小林に背を向けると、彩はいきなり走り出した。
そうだ、あの手がある。
あの方法なら、学園中のみんなの誤解を一気に解くことができるじゃないか。
目指す場所に向かって一目散に彩は走った。
彩が向かっている場所は放送室。そう、彼女がこれからしようとしていることは、放送室の占拠、および、その場所の無許可使用だったのである。
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