桜ヶ丘交響曲第三番「花園」


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 笑顔の坂本と小林を前に、内田は体を石のように硬直させた。背中には嫌な汗がタラタラ流れる。
「なんか会うの久しぶりだよな、内田。二週間ぶりくらいか?」
「う、うん」
「俺も久し振りー。姿はさ、廊下とかで時々見かけてたけど、顔を合わせて話しするのは久し振りだよな」
「ああ……そ、そうだな」
 交互に親しく話しかけてくる二人に、内田は引きつった笑顔を見せる。
「二人とも、ひ、久し振り」
「しかし、おまえも相変わらず好きだな、土いじり。いつもながらに感心するよ」
 内田が右手に握り締めているシャベルを見た後、手入れの行き届いた花壇をぐるりと見渡してから、なぁ、と坂本は小林に同意を求めた。小林は真面目な顔をして何度も頷く。
「うん、俺もそう思うぜ。今年でもう六年目なんだろ? なかなかできることじゃないよ。うん、本当にすごい」
 そんな風に誉められて、思わず内田は頬を赤らめた。そして、慌てて首を横に振る。
「そ、そんなことないよ。だって、俺は好きでやってるだけだから。俺に言わせれば、坂本の方がよっぽどすごいと思うよ。家の手伝いがんばってて」
「ん? まあなー、俺は一人息子で跡取り息子だからよ。親父のやってるクリーニング店、俺が継ぐしかないっつーか。それに、俺もおまえと同じで、服のクリーニング作業好きなんだよ。地道な作業だけど、なかなかあれで結構面白いんだ。預かり物の汚れていた服が、自分の手でどんどんきれいになっていくところに喜びを感じるんだよね」
 駅前にある桜ヶ丘商店街にあるクリーニング店の看板息子である坂本が、少し照れくさそうに笑って言う。
「商店街気質も俺に合ってるしな。ま、どうせ俺は進学しないで家業を継ぐつもりだから、今の内から修行しておくのも将来のためになるし」
「まあ、つまるところ、おまえら二人ともエライってことなんじゃない?」
 話を聞いていた小林が、二人の肩をポンと叩いた。
「それに比べて俺なんかさー、顔と頭が良くて美人の彼女がいるってこと以外、他にはなんの取り得もないんだもんなー」
 笑いながら胸を張る小林の腹に、坂本が渋い顔をして肘打ちを喰らわせた。
「嫌な感じ丸出し!」
「冗談で言ってるに決まってるだろ? イテーなぁ」
「おまえの場合、全部本当のことだけに冗談にならねーんだよ。そんなこと言ってると、人に嫌われるぞ!」
「大丈夫。性格もいいから人には嫌われませーん」
 にこにこ笑顔でVサインなんかをしてみせる小林を前に、坂本は大きく息を吐きながらガックリと肩を落とした。
「あーあ、まったく神様は不公平だよなー。天は人にニ物を与えないなんて、あんなの大嘘だよ。なあ、内田? おまえもそう思うだろ?」
「本当にそうだな」
 そう言って内田は笑った。そして思う。
 やっぱり坂本や小林といるとすごく楽しい。なんと言っても彼らは自分にとっての一番の友達だ。大切な大切な親友たちだ。
 その親友たちと、内田はここ二週間ずっと話しをしなかった。いや、話しをしなかったどころではない。どちらかと言うと、避けてさえいたのである。
 その避けていた理由を思い出し、内田はどーんと暗い気分になって落ち込んだ。
 自分はこの二人、特に坂本を騙している。というか、言わなければならないことを黙ったままにしてある。
 それはとてもとても重大なことで、黙っていることが裏切っているということにもなりそうなくらい、かなり深刻なことだった。その深刻なこととは、もちろん彩とのことである。
 そうだ。自分はなにを呑気に笑っているんだ。そんな場合じゃないのだ、本当に!
 小林と楽しそうに話している坂本に、内田はちらりと視線を向けた。
 二週間前に起こった彩とのやり取りと、そして現在の自分と彼女との関係。
 もしかしたら、今すぐにでも坂本に話した方がいいのかもしれない。これ以上、坂本に秘密を持っていたくない。
 でも、だけど。
 話を聞いた坂本が怒ってしまったらどうしよう。友達をやめるなんて言われてしまったらどうしよう。
 それを考えると、どうしても内田には話し出すことができなかった。
 考えれば考えるほど、気分は暗くなっていく。
「……………」
 ああ、もうこの世から消えてなくなりたい。
 と、そんなことを思いつめていた内田に、坂本が声をかけた。
「ところでさ、内田。あの手紙どうなった?」
 ビクリ、と内田の体が震え上がった。
 きた。遂にきた!
 一番恐れていたことを質問されて、内田の心臓が止まりそうになったのは言うまでもない。
「いや、あの、その……実は……」
 口ごもりながらも、一瞬の間に内田は考える。真実を坂本に伝えるべきか。それとももうしばらく黙っておくべきか。
 今の状態から考えると、黙っていても事態が好転することは有り得なさそうに思える。それに、今を適当に誤魔化したとしても、いつかは本当のことを言わなければならない日が絶対に来る。
 だったら、今言っておいた方がいい。
 内田はグッと両手を固く握った。
 そして、勇気を振り絞って口を開いた。
「あ、あのな、坂本。実は―――――」
「ちょっと待てよ、坂本ぉ。そんなの聞かなくったって分かるだろう?」
 とその時、小林が二人の間に割って入った。
「内田にそんなことできるわけないじゃないか。こいつの性格考えろよ。見ろ、こんなに困った顔しちゃってさー」
 そして、片方の眉をつり上げて坂本をにらんだ。
「かわいそうじゃないか!」
 言われた坂本は苦笑いしながら頭をかく。
「ああ、俺が悪かったよ」
 坂本は伺うように内田の顔をのぞき見た。
「あの手紙だけどさ、まだ渡せてないんだろ? それを気にして、ずっと俺んトコに遊びに来れなかったんだよな? ホント、悪いことしたよ。ごめんな」
 そう言うと、坂本はぺこりと頭を下げた。
「おまえが知らない人と話したりするの苦手なの分かってたのにさ。俺、友達思いじゃなかった。ごめんな? 許せ、このとーり!」
 今度は手まですり合わせて、坂本はまた頭を下げた。
 焦ったのは内田である。まさか、こんな展開になるとは思ってもみなかった。
 だって、謝らなければならないのは自分の方なのに! 手紙をちゃんと渡せなかったどころか、自分でも不本意ながらワケの分からない状況に落ち込んで、気がつけば坂本の好きな子と既に二週間も交際を続けているなんてバカッタレは自分の方なのに!
 そんな自分に坂本が謝っている。しかも、頭まで下げて!
「やっ、やめてくれよ、坂本! そんな、俺なんかに頭なんか下げないでくれ!」
 あたふたしながら内田が言うと、坂本はゆっくりと顔を上げた。が、その顔はものすごく申し訳なさそうである。
「でも、ずっと気にしてたんだろ?」
「う…うん。それは、まあ……」
 坂本は大きな溜息をついた。
「ホント、ごめんなぁ。あの手紙の件、もういいから忘れてくれ。後は俺が自分でなんとかするから」
 ギクリと内田は体を震わせる。
「自分でなんとかするって、どうするつもりなんだ?」
「そりゃ、おまえ。ここはやっぱり男らしく、ガツンと正面から告白するしかないだろう!」
「最初っからそうすればよかったんだ。大体、おまえが好きな子の前で緊張するってガラか?」
 小林からそう言われ、坂本はバツが悪そうに笑ってみせた。
「本当にそうだよな。ハハ、面目ない」
「だけどさ、もし本気でテンパッてどうしようもないようだったら、俺が伝えてやるぜ? 俺、そういうの全然平気だからさ」
「それができるなら、最初っからおまえに頼んでるさ。つーか、おまえには死んでも頼まん!」
「なに言ってんだよ。俺には愛する彼女がいるんだから、別におまえの好きなった子を取ったりしないぜ?」
「おまえにその気がなくっても、相手がその気になってしまうんだよ。あー、なんか言ってて腹が立ってきた! おまえなんかこうしてやる!」
 言うと同時に坂本は小林に飛び掛り、プロレス技をかけ始めた。
「うわっ、なにすんだ、痛いっ!!」
「この世のモテない男たちを代表した怒りの鉄拳だ。神妙に受け取りやがれ!」
「冗談だろ。やめろって! あ、マジで痛い!!」
 そんな坂本と小林のじゃれ合う姿を見ながら、内田は硬直したまま冷汗と油汗を垂れ流していた。
 だって、どう考えてもヤバイ展開である。
 このままでは坂本が彩に告白してしまう。そうしたら、坂本がフラれてしまうことは目に見えていた。なぜならば、彩は今内田と交際しているのだから。
 それにもっと困ることは、坂本が彩と接触した時に、話の流れから内田との交際のことを坂本に話してしまうことである。
 ダメだ。坂本を彩に近づけてはならない! それだけは絶対に困る!!
 いつかはバレてしまうにしても、それは自分の口からでなければなあらない。そして、その時には事情をちゃんと坂本に説明したい。好きで付き合っているわけでわないことを、きちんと坂本に理解してもらわなければならないから。
 ただ、今はまだ本当のことを坂本に言う勇気がないし、できれば一日も早く彩に本当のことを話して、坂本には気づかれない状態で事を丸くおさめようと思っているからまだ話せないけど、でも、とにかくバレるのだったら自分の口からバラしたい。
「ち、ちょっと待ってくれよ、坂本!」
「あん?」
 坂本は小林にチョークスリーパーをかけたまま、内田の方を振り返った。
「なんだ? どうした内田? 小林に同情してるなら、そんなモンは無用だぞ?」
「いや、そうじゃなくて……」
 少し躊躇った末、内田はキッと顔を上げて坂本に言った。
「あの手紙の件、やっぱり俺に任せてくれないか?!」
「え?」
「え?」
 坂本と小林がピタリと同時に動きを止めた。
「どういうことだ? だって嫌だろう? そういうことするの」
 小林にかけていた技をはずすと、坂本は少し途惑ったように内田を見る。
「気持ちは嬉しいけど、無理しなくていいんだぜ?」
「いや、無理とかじゃなくて、ぜひそうさせて欲しいんだ!」
 そうじゃないと困るのだ。  内田は坂本の肩を掴むと、必死になって頭を下げた。
「俺に最後までやらせてくれ。これまでモタモタしてて申し訳なかったけど、今度は絶対にがんばるから! なあ、頼むよ!!」
 まさに鬼気迫る勢い。というか、切羽詰った様子の迫力ある内田からの訴えに、最初は途惑っていた坂本も、いつしかその顔に笑みを浮かべて嬉しそうな表情をした。
「ありがとう! ありがとな、内田! おまえ、そんなにまで俺のためになろうと必死になってくれて……。俺は、俺は感動したぜ!」
 感極まった様子の坂本は、内田をぎゅっと抱きしめた。
「おまえに全部任せるぜ!!」
「ほ、本当に?」
「ああ!」
「ありがとう、坂本!」  互いに強く抱きしめ合う内田と坂本の体を、呆れ顔の小林ががばっと引き離す。
「はいはい、気持ち悪いから野郎同士で抱き合うのはその辺にしといてくれ」
「なんだよ、小林。おまえノリが悪いなー」
 坂本が文句を言うが、小林はそれを無視して内田に話しかける。
「本当に無理してるんじゃないんだな?」
「うん。俺がそうさせて欲しいんだ」
「……そっか」
 小林が笑顔で内田の背中をバンと叩いた。
「よっしゃ、がんばれよ!」
「ありがとう」
 その時、ホームルームの始まる五分前を知らせる予鈴が校内に鳴り響いた。
「えっ、もうそんな時間?」
 慌てて内田は時計を見た。
「急いで片づけをしなくっちゃ! 二人は先に教室に戻った方がいいよ」
「手伝うぜ。皆でさっさと片付けちまおう」
「そうだよ。なに言ってんだ、水臭い」
「いいよ。遅れると大変だ。道具はそんなにたくさんあるわけじゃないし、俺一人で平気だから。さ、早く」
「そうか?」
 坂本と小林は目を合わせた。そして頷く。
「それじゃ悪いけど、先に行かせてもらうな」
「また今度な」
「うん。また今度!」
 歩きかけた坂本が、足を止め、内田の方を振り返った。そして言う。
「内田。なにか俺に言っておきたいこととかないか?」
 一瞬、胸のつまるような思いをしながらも、内田はそれにこう答えた。
「いや、なにもないよ」
「………そうか。ならいいんだ。変なこと言ってごめんな」
 坂本は手を振りながら、小林と二人校舎へと入っていった。内田も手を振りながら、笑顔でそれを見送る。
 そして、二人が完全に見えなくなった途端、力尽きたようにその場に座り込んだのである。
「ど、ど、どうしよう……」
―――俺に任せてくれないか?!
―――最後までやらせてくれ。
 坂本と彩を接触させないために、ついあんなことを言ってしまった。なんてことだ。
 そして、苦し紛れに自分がそう言った時に坂本が見せた、あの嬉しそうな顔。
 自分に対し、絶対の信頼と友情の念をよせてくれている坂本のあの顔を見た時、内田の心はひどく痛んだ。
 自分は最低だと内田は思う。だって、あんないいヤツを……最高の友達をだましているのだから。
 こうなったら、なんとしても坂本の恋を成就させなければならない。そうする意外に罪滅ぼしする方法はない。
 だけど、どうすればいいんだろう。内田は大きな溜息をついた。
 いや、やるべきことは分かっている。彩に本当のことを言い、坂本から預かった手紙を彼女に渡す。そして、坂本がどんなにいいヤツなのかを彩に話して聞かせる。
 ただそれだけのことだ。
 その「ただそれだけのこと」を、内田はこの二週間ずっとできずにいたのだ。やらなきゃやらなきゃと思っていながらも、ずっとできなかったのだ。そして時間だけがダラダラと流れ、気がつけば二週間が過ぎていた。
 しかし、もう今度という今度は決着をつけなければならない。もう友を裏切りたくはない。悶々と胸を痛める日々に終止符を打つのだ。
 そう堅く決心すると、内田は憔悴しきった様子で、花壇の手入れに使った道具を片付け始めた。

 そして、そんな内田の様子を、校舎に入った坂本と小林は窓からこっそり眺めていたのである。
「かなり焦ってる感じだな。いいのか、アレ?」
 小林から問われ、坂本は腕を組んで大きく頷いた。
「焦ってもらわにゃ困る! いい加減のんびりしすぎだ!」
「とは言ってもよ、ちょっと追い詰めすぎじゃねーのか?」
 かわいそうにな、と呟く小林を、坂本はギロリとにらみつけた。
「いいんだよ。あいつにはあれくらいハッパかけといた方が。あのまま放っといたら、きっと一年たってもあのままだぞ」
「ま、それはそうかもしれないけど。―――で、俺はどうすればいい?」
 少し考えてから坂本は答える。
「そうだな……一週間。いや、あと二週間経っても状況に進展が見られなかった場合、今回のことを新聞にすっぱ抜いてくれ」
「二週間かぁ。まあ、妥当な線か。内田のことだ。結局またなにもできないまま時間だけが過ぎる可能性も高いしな。でも」
 小林はチラリと横目で坂本を見る。
「なんか俺、悪役っぽくないか? 内田から恨まれちまう。あーあ、損な役回りだよなー」
「まあ、そう言うな。これも全部あいつのためになることなんだから」
「よく言うぜ。一番はおまえのためだろう?」
「なに言ってるかなー? 俺のためじゃなくて、この桜ヶ丘高等部のためだ。この愛すべき我らが母校のタ・メ・だ・よ!」
 そう言った後、坂本は窓からまた内田の姿を盗み見た。
「それに、今回の試練は絶対にあいつのためにもなる。いつまでも狭いカラの中に閉じこもってちゃダメなんだ。あんなんじゃ、社会に出てから苦労するのは目に見えてる。それに、終わった恋も早く忘れた方がいい」
 小林は肩をすくめる。
「そこは俺、個人の自由のような気がするけどな。まあ、いい。とにかく俺はおまえに協力するから。でも、一個貸しだぞ?」
 嫌な顔を坂本はする。
「ケチなこと言うなよ。友達思いはおまえの売りの一つだろ?」
「おまえほどじゃねーよ」
 互いを肘でつつき合いながら、二人は楽しそうに笑い合った。

 なんだかよく分からないが、とにかくなにか企んでいそうな二人の会話である。
 がしかし、二人とも正真正銘友達思いの性格のいい少年だし、それにかなり機転のきく賢い子たちである。内田に意地悪しようだとか、ちょっと困らせてやろうだとか、そういうことを目的に行動しているワケではないことだけは確かなので、どうかこの先安心して読み進めて欲しい。


 とはいえ。
 坂本の言うところの「ハッパ」をかけられた当の内田にしてみれば、そんな安心なんてしてられるような状況ではなく、とにかく焦って焦って焦りまくっていた。
 だからその日は放課後になると、いつもより早目に花壇作業を終わらせて、急いで彩との待ち合わせ場所の公園に向かったのである。
 しかし、だからと言って彩がいつもより早く公園に現れるはずもなく、内田は一人ベンチに腰かけると、彩が来てからのことを頭の中でシュミレーションしまくっていた。
 言う。とにかく言う!
 会ってしばらく関係ない話とかをすると、また言いづらくなってしまう。だから、彩がここに来たら開口一番本当のことを話し、坂本から預かった手紙を渡すのだ。
 制服の上着の内ポケットには、もうここ二週間ずっと坂本の手紙が入りっぱなしになっている。
 渡す。なにがなんでも絶対に渡す。
 真実を知った彩は悲しむかもしれないけど、泣いてしまうかもしれないけど、もうそんなことを気にしている場合じゃない。
 場合じゃないのだけれど………。
 やはりそれを想像すると、内田の胸はチクリと痛んだ。いつも明るく楽しそうに笑っている彩の悲しみに暮れた泣き顔を無意識に想像してしまい、それでまた胸が激しく痛んだ。
「……もしかすると、だましてたってことで憎まれちゃうかもしれないな…」
 小さくそう呟いた途端、なんだか胸まで苦しくなってきた。思わずその胸を手で押さえる。
 今日は彩が来なければいいのに。
 内田はそう思った。
 そうしたら、今日は言わずにすむのに。
 用事があるとか体調が悪いとかの理由で、今日は来なければいいのに。
 そんなことを思う内田は、その時点ですでに逃げに入っているのだけれど、本人はそのことに気づいていない。ある意味、ダメ人間である。
 しかし、そんな内田の願いも空しく、やはり彩は公園に現れたのである。
 のんびり歩いて来た彩であったが、内田の姿を見つけると、溢れんばかりの笑顔をその愛らしい顔に浮かべて駆け寄ってきた。そして、当たり前のように内田の隣に腰を下ろしながら、驚いたように問いかける。
「どうしたの、内田さん! 今日はいつもより早いんじゃない?!」
「ああ、うん。……実は大切な話があっ」
「なんか、すっごく嬉しーっ!!」
 内田の声は、彩の発した歓喜の声にかきけされた。
「だってだって、今までずっとあたしの方が先に来ていて、内田さんが来るのを今か今かって待ってるばっかりだったんだけど、今日は内田さんの方があたしを待っててくれてたなんて! 公園の入り口で内田さんの姿を見た時、夢じゃないかと思っちゃった! うわーん、感激! 好きな人に待っててもらうことって、こんなに嬉しいことだなんて今まで知らなかった! ありがとう、内田さん!」
 いつもながらマシンガン的にそう言うと、彩は内田の腕に抱きついた。
「あたし幸せーっ! 内田さんのこと好きになってよかった。本当によかった!」
 そんな喜びの気持ちを全身から発しながら、彩はすりすりと頬を内田の腕にこすりつける。
「……………」
 内田のこめかみに汗が流れる。
 もうダメだった。
 こんな彩を見て、本当のことなんて言えるわけはない。
 逆に内田は、これほどまでに自分を好きだと言ってくれる彩を見ていて、感動さえもしてしまったくらいである。
 まるで子供のように無邪気な彩。そして、その明るい笑顔。
 彼女にしがみつかれている腕がほんのりと熱い。
 その時、どこから来たのか小型犬が尻尾をプリプリふりながら、二人の足元にじゃれ付いてきた。
「いやーん、かっわいいー!」
 内田の腕から手を離すと、彩はその茶色い毛をした愛らしい小型犬を抱き上げた。犬は嬉しそうにキャンと鳴く。
「飼い主とはぐれたのかな?」
 犬の首輪とそれにつながったリールを見ながら内田がそう呟いた時、六十代後半くらいの品のよい老婦人が、息を切らせながら小走りに二人の元に駆け寄ってきた。
「まあまあ、ごめんなさいね。ウチのヨーちゃんがご迷惑をかけてしまって」
 老婦人の声を聞くと、その犬―――ヨーちゃん―――は彩の手を離れ、ピョンとその老婦人の胸の中にジャンプした。
「いいえ。かわいくて人懐っこいワンちゃんですね。ヨーちゃんって言うんですか?」
「ええ、そうなの」
 愛情のたっぷりこもった目で老婦人はヨーちゃん見ながら、毛のフワフワした小さな頭を数度撫でた。そして、内田と彩の二人を見ながら笑顔で言う。
「わたし、毎日この時間にこの子の散歩をさせているのだけど、いつもこの公園であなたたちを見かけるわ。とても仲がよさそうで、見ているだけで微笑ましくて心が温かくなるの。素敵なカップルね」
 彩はとても嬉しそうに、満面の笑顔で大きく頷いた。
「ええ、そうなんです。あたしたち、とってもとっても仲がいいんです」
「うふふ。とってもとってもお似合いよ」
 老婦人はにこっと楽しそうに微笑むと、「それじゃ」と軽く頭を下げ、ヨーちゃんと一緒にまた散歩コースへと戻っていった。
 その後ろ姿を見つめながら彩が言う。
「なんか、今日は嬉しいことがいっぱい! 内田さんから待っててもらえたり、知らない人からお似合いだって言われたり」
 きらきらした目を彩は内田に向けた。
「全然関係のない赤の他人から見ても、あたしたちって仲がよくてお似合いに見えるのね。えへへ、なんか超ハッピー! ねえ、内田さん、そう思わない?」
「……う、うん。そうだね」
 はしゃぐ彩の隣で、内田は複雑な顔をした。
 それは、彩の意見に同意できなかったからではない。
 逆に、同意できたからこそそんな顔をしてしまったのだ。
 さっきの老婦人にお似合いだと言われた時、内田も嬉しいと思ってしまった。そんな自分の気持ちを、内田ははっきりと自覚してしまったのである。

 もしかしたら、俺………。

 彩のことが好きなのかもしれない。と、この時初めて内田はそんなことを思った。





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