桜ヶ丘交響曲第三番「花園」


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「それじゃ、よろしく頼んだぜ!」
 坂本からバンと背中を叩かれて、内田は弱々しい笑みをみせた。
「う、うん、でも、すぐに渡せるかどうか分からないよ。俺にだって心の準備がいるし。本当に苦手なんだから、こういうの」
「分かってるって。でも、できるだけ早く頼むな」
 笑顔で手を振りながら自分の教室へと帰っていく坂本の背中に、内田は大きく溜息をつく。そして、預かった手紙に目を向けてみた。
 この手紙を坂本の好きな子に渡す。
 よく考えてみたら、大変なことを引き受けてしまったかもしれないと内田は思う。そもそも、男にしては恥ずかしいくらいの人見知りなのだから、それも仕方ない。ついでに口ベタだったりなんかもする。
 しかし、引き受けてしまったものは仕方ない。というか、坂本のために自分にできるだけの協力をしてあげたい。
 というわけでその日の昼休み、行動力など皆無の内田には珍しく、早速坂本の好きになった女の子、水谷彩という子の教室へと偵察に出かけてみた。
 彩は二学年下の一年生。同じ校舎の一階下に、目指す彩の教室はあった。
 内田は何気なさをよそおい、教室の前の行ったり来たりを何度も何度も繰り返す。その都度教室内をチラリとのぞき見るのであるが、考えて見れば、それで目的の彼女が見つかるわけがない。
 名前以外には、顔がすっごくかわいいということしか知らないし、そもそも、今教室内に彼女がいるかどうかも分からないのだ。そして勿論、そのことを彩のクラスメートたちに問う勇気など、内田は持ち合わせてるはずもなく、結局、その偵察は徒労となった。
 そのままスゴスゴと自分の教室に戻った内田は、午後の授業中、教科書ノートそっちのけで色々と今後のことを考えた。
 どうやって手紙を渡せばいいか。それが一番の問題である。
 本人を特定場所に呼び出し、直接手渡しするか。……いや、それは無理だ。まず、どうやって相手を呼び出したらいいか分からない。
 では、人に頼んで渡してもらうというのはどうだろう。―――――いやいや、問題外だ。これは坂本から預かった大切な手紙、ラブレター。それを他人に渡すなんてこと、できるわけがない。
 では、どうすれば?
 散々頭を悩ませた挙句、内田は一つの案を思いついた。ラブレターを相手に渡す方法としては、古くから使いつくされているあの方法!
 そう、つまり、下駄箱の中に手紙を忍ばせることにしたのである。それならば、相手と顔を合わせなくていい。確実に本人の手に渡るかどうか、陰でこっそり監視してさえいればいいのだ。
 よしっ、とばかりに内田は手を強く握り締めた。
 方法さえ決まれば、善は急げである。
 放課後になるとすぐに教室を飛び出し、内田はすぐさま靴置き場にやってきた。人が来ない内に、と急いで彩の下駄箱を探し始める。
 そして、そこでハタとあることに気づき、内田はガックリと肩を落とした。
「ああ、俺ってやっぱりバカだ……」
 桜ヶ丘では、下駄箱はクラスごと、出席番号順に置き場所を決められている。そして、そこには使用者の名前はなく、出席番号が書かれているのみだ。
 そう、出席番号が分からなければ、下駄箱の場所を探すことはできないのである。
 あーあ、と内田は情けない顔を広げた手の平で覆った。そして、そのまま考える。
「……………」
 しかし、どうしたらいいか思いつかない。
 とにかく、今日はもうどうにもできない。明日にでも、出席番号を調べて出直そう。うん、そうしよう。
 でも、どうやって出席番号を調べればいいのか………。
 なかなか思うように上手くいかない。いい考えは浮かばない。
「はぁ」
 意気消沈してしまった内田は、溜息をついた拍子についうっかり持っていた手紙を落としてしまった。それを拾おうと、慌ててしゃがみ込んで手をのばす。
 その内田の手の上に、誰かの手が重なった。突然のことに驚いた内田は、急いで手を引き、顔を上げる。
 そこには、見たことのない女の子の顔。しかも、すごーくカワイイ。
 内田が動揺のあまり赤面して口をパクパクさせていると、相手の少女もポッと頬を赤らめた。
「す、すみません」
 そして、恥ずかしそうな顔をする。
 そこで内田はハッと我に返った。魚みたいに口をパクパクさせている場合ではない。少女を凝視していた目を慌てて反らす。
「こ、こっちこそゴメン。落とした手紙、拾ってくれようとしたんだよね。どうもありがとう」
 慌ててそう言い、手紙を拾おうと再度手を伸ばしながら、内田は少女にチラリと目を向けた。
 そうしたら。
 その少女がなぜか驚いた顔をしているのである。元々大きめの目を更に大きく見開き、そして、その視線は床に向けられている。
 どうしたんだろうと不思議に思った内田は、その少女の視線を追って目を下に向けてみた。そこには、坂本から預かった手紙が落ちている。しかも、「水谷彩様」という宛名が書いてある面を上にして。
「あ!」
 いくら自分の手紙ではないとはいえ、人に見られるのはちょっとマズイ。
 そう思った内田が急いで手紙を掴み取り、それを制服の下に隠そうとすると、そんな内田の腕を少女がつかんだ。驚いた内田が少女の顔に視線を走らすと、なぜか少女は顔を真っ赤にしていて、心なしか嬉しそうに顔を輝かせて見える。
「な、なに?」
 なんだかもう、理解不能な今の状態に、内田の頭はパニック寸前である。
 そんなテンパリ状態の内田に、その少女が聞いてきた。
「……それってラブレターですか?」
 いきなりそんな質問をされて、それに答える義務はない。それに、もし答えるにしても「いや、違うよ」と誤魔化すのが普通である。が、テンパっている内田は素直に正直にうなずいてしまった。
「う、うん」
 その返事を聞いた途端、いきなり少女が内田に抱きついてきたのだ。
「うわっ! ……え? ……えぇ?」
 なにがなんだか分からずに、内田は目を白黒させながら言葉にならない声を発する。
 そんなことには気にもとめず、少女は嬉しそうに内田に抱きついたまま、溢れんばかりの笑顔で言った。
「嬉しい! 内田さんがあたしにラブレターをくれるなんて!」
 なんのことだか分からない内田である。それよりもなによりも、この抱きつき状態をなんとかしたい。
「あっ、あのっ、ちょっと悪いんだけどっ……その…少し離れてくれない、かな?」
 言われた少女はハッとし、次の瞬間には顔を真っ赤にして内田から飛びのいた。
「や、やだ、あたしったら……すみません。嬉しかったもんだから、つい……」
「いや、その、いいんだ、は…はははは」
 全然よくはないのだか、やっと少女が離れてくれたことにホッとしながら、意味なく笑ってみせる内田に少女は言った。
「でも、本当に嘘みたい。内田さんがあたしのこと好きだったなんて」
「はははは………は?」
 笑顔のまま、内田の動きが止まる。
 相手の少女は頬をばら色に染め、はにかむような表情をみせた。そして、つぶらな瞳をきらめかせながら言ったのである。
「あたし……あたしも実は、ずっと前から内田さんのことが好きだったんです」
「……………」
 ――――な、なに言ってんの、この人? と内田が驚く暇もない。
 その少女がまた、ジャンプするように内田に抱きついてきたのである。
 もちろん内田はワケが分からず、慌てふためく以外にない。
 なんとか彼女を自分からひっぺがそうとして、しかし、服のどこをつかんだらいいのか迷っていた内田は、半パニックの中、そこで初めて「ある推理」を頭に浮かばせた。
 落とした坂本のラブレター。
 そのラブレターの宛名に書かれた「水谷彩」という名前。
 あたしにラブレターくれるなんて、とういうさっきの少女の発言。
 内田の額をつつーっと冷汗が流れ落ちる。

 ……………それって、つまり、もしかして。

 急いで少女の両肩をつかんで突き放すと、その顔を正面から見据えながら恐る恐る訊いた。
「水谷彩……さん?」
 少女は満面の笑みでそれに答える。
「はい、なんですか、内田さん!」
 内田の顔から完全に血の気が引いた。もはや、卒倒寸前である。
 この目の前にいる少女こそ、探し求めていた水谷彩、その人だったのである。


 その夜、内田は自分の部屋の机に両肘をつき、頭を抱えて水谷彩とのその後の展開を思い出しながら、ダラダラと冷汗を流し続けた。
「ああ、本当に夢みたい!」
 光輝く幸せに満ちた笑顔で、彩は息もつかずにまくし立てるように言った。
「自分がずっと片想いしている相手がいて、実はその人も自分を好きでいてくれてたなんて、そんな都合のいい話、ドラマや漫画の中しか起こらないって思ってたけど、まさかそれが自分の身に起こるなんて! ああ、もう本当に信じられない! 内田さんもそう思いませんか?」
「……ああ、うん……まあ、そうだ…ね……」
 引きつりまくりの笑顔で内田がそう答えると、彩は嬉しそうにウフッと笑った。そして、なにかを思いついたように、内田の手元に視線を移す。
「さっきのラブレター……」
 呟くようにそう言って、少し考える素振りをする。そして、また顔を赤く染めて媚びるような目をして彩は内田を見た。
「二人の気持ちも通じ合ったことだし、もう必要のないものかもしれないけど、でも、せっかく内田さんがあたしのために書いてくれものだから、あたし、やっぱりそのラブレター、もらってもいいですか?」
 咄嗟に内田は、ラブレターを持つ手を背中に回した。
「い、いやっ、その、これは…!」
「ね、お願いします。あたし、本当にそれが欲しいんです。だって、内田さんがあたしのために、あたしのためだけに書いてくれたラブレターなんだもの!」
 そして、夢見がちに頬をポッと赤らめる。
「あたしたちの想いが通じ合うきっかけになってくれた、そのラブレター。一生の記念になる大切な手紙です。ぜひ、それをあたしに下さい。お願いします」
「えっ、でも、だって………やっぱりマズイよ」
 顔を蒼白にして、異様なほど汗をだらだら流しながら、内田は首をブンブンと振った。
 だって、これは違うのだ!
 手の中にあるこのラブレターは、内田の書いたものではない。坂本が書いたラブレターなのだ。坂本が、彩のために書いたラブレターなのだ。
 だから当然、中に書かれてあることが彩の期待しているものとは全然違う。
 内田はヤバイと思った。このラブレターを、内田が書いた物と少しも疑わずに思い込んでいる彩に見せるのは、非常にマズイとそう思った。
 だから言ったのだ。
「や、やっぱりダメだよ。これはあげられない!」
「えぇ〜? いいじゃないですかぁ」
「い、いや、もう、本当にそれだけは勘弁してくれないかな?」
 本気で困っている様子の内田を見て、彩はくすりと笑った。
「……分かりました。残念だけど、あきらめます。内田さんのこと、困らせたくないもの」
 内田は心からホッとした。そして、この彩っていう子はいい子だなぁ、とシミジミ思ったのである。
 ――――――で。
 その時のことを今になって思い出してみて、内田は頭を抱えているのである。
 あの時なんで手紙を彩に渡さなかったのだろう?! なんで彩の勘違いをその場で正してやらなかったんだろう?!
 そして、なにより。

 なんで俺、あの子と付き合うことになっちゃったんだろう?!

 そう、結局内田は彩のペースに乗せられたまま話は進み、気がつくと二人はめでたくお付き合いを始めることになってしまったのだ。
 これってかなりまずいことである。
 だって、彩は坂本の好きな子なのだ。そんな子と内田が付き合っていいワケがない。それに、そもそも内田は彩を好きでもなんでもない。今日初めて会ったのだし、それに、内田にはちゃんと好きな人がいるのだから。
 大体、どうして彩が自分なんかを好きなのか、内田には不思議でたまらない。
 だって、自分は学校でも地味で目立たないちっぽけな存在なのに。本当に本当に不思議だった。世の中には奇特な人間がいるものだなぁ、なんてことを考えてみる。
 まあ、今はそんなことはどうでもいいとして、とにかく、早いところ彩に本当のことを話さなければならない。でなければ、坂本に合わす顔がない!
 確かに坂本が惚れるだけのことはあり、彩はかなりかわいい子だった。目はくりくりで明るく輝き、髪は後ろの高い位置で一つに束ねられ、彩が動くたびにサラリと揺れる。その表情と体全体から元気なパワーが溢れていて、内田にはちょっと眩しすぎて引いてしまう。彩はそんな子だった。
 そんなだったものから、つい言いそびれてしまったのだ。
 その元気パワーに圧倒されたこともさることながら、本当に本気で喜んでいる彩に真実を告げ、その顔を悲しみに曇らせることが内田には躊躇われたのである。もしかしたら泣かせてしまうかも、と、そう思っただけで内田は口を開くことができなくなった。
 つまりは内田の優しさが、完全に裏目にでてしまったというワケだ。
 しかし、冷静になった今になって考えると、はっきり言って、彩のことを思いやる余裕は内田にはない。下手をすると、大激怒の末、坂本から縁を切られてしまうことだってあり得るような事態なのだ。
「そ……それだけは嫌だ。絶対に困る!」
 明日は絶対に本当のことを言おう。そして、改めて坂本から預かった手紙を彩に渡すのだ。
 内田はそんな固い決意を胸に、でもやっぱりなんだか気が重くて、何度も何度も大きな溜息をつきまくったのである。


 それとちょうど同じ頃。
 風呂上り、鏡の前で濡れた髪にドライヤーをあてながら、彩はもうルンルン笑顔で鼻歌なんかを歌っていた。
 だって、こんな夢みたいな話があるだろうか?!
 彩が内田の存在を知ったのは、桜ヶ丘学園中学部に入園して後、三ヶ月ほど経った頃だった。
「学園中の花壇をね、一人で世話してる男の先輩がいるんだって」
 そんな噂を聞いた彩は、世の中には変わった人もいるもんだ、と単純にそう思っただけだった。普段、学校の花壇になんてそう目を止めるものではない。花は好きだが、それは花束の花であって、花壇に咲いている花ではない。
 そんな彩ではあったが、その年の夏、花壇に咲く花に対する少し見下すような考え方を、一変させられてしまったのである。
 学校中の至る所で花開いた向日葵たち。
 その名の通り、桜ヶ丘学園内にはたくさんの桜の木が植えられており、近隣では名所と言われるほど春にはそれが一斉に花開く。学園中が、いや、空気さえもが桜の淡いピンクに染まり、学園関係者のみならず、近隣住人の心までもを清らかに慰める。
 憧れていて、絶対に入園すると決めていた桜ヶ丘学園。彩もその年初めて、学園内でその桜の中に立ち、桜吹雪に身をゆだね、胸をちょっとキュンとさせるといった特権をその手にしていた。
 桜を見ると、そのあまりの美しさになぜか胸が痛くなる。なぜだか分からないが、切なさが胸にこみ上げてきて、涙さえもが流れそうになる。
 しかし、それと比べて向日葵はどうだろう。
 まるで、学園中に黄色の雪が降ったかのような向日葵たち。まっすぐに立ち、その大輪の花を太陽に向けて咲き誇るその姿には、物言えぬ植物たちの生に対する喜びの感情が、まるで空気を伝って自分に染み込んでくるような、そんな圧倒的パワーがあった。
 どんなに嫌なことがあっても、見ているだけで元気を分けてもらえそうな、そんな光輝く向日葵を目にした彩は、その時初めて、この向日葵を育てた人間に興味を持ったのである。
 どんな人なんだろう。
 聞けばその人は中学部の三年生で、名前を内田というらしい。黒縁眼鏡のよく似合う、とても大人しくて内向的な性格をした人なのだそうだ。早朝や放課後、毎日欠かすことなく一人で花壇の手入れをしているらしい。
 彩は行動派である。性格も明るく活発だし、スポーツだって大好きだ。だから、桜ヶ丘に入ってすぐにテニス部にも入部した。そんな彩だから、臆することなく部の先輩から内田情報をかき集め、すぐに内田のいる教室までその姿を見に行った。
「……………」
 そこで見た内田は、彩のイメージしていたのとはちょっと違っていた。とても優しそうで、柔らかい感じのする控え目なタイプ。そこまでは彩のイメージと同じである。
 違っていたのは、その容姿だった。ぶっちゃけ、もっと変な顔の人だと思っていたのである。オタクっぽいというか、キモイ系というか……。小太りかもしれない、とまで彩は思っていたのである。
 それが、実際の内田はそうではなかった。
 温かみのある笑顔をさりげなく浮かべるその顔は、覇気はないながらも端整に整っていて、どちらかと言うと「カッコイイ」と分類されるものであった。あれでもっと男らしいムードを持っていたら、もう文句なしの二枚目である。
 驚いた。本当に驚いた。
 そして、その瞬間に彩は恋に落ちたのである。フォールインラブ。言葉にするとやけに陳腐だが、しかし、まさに彩にとってその日は運命の時となったのである。
 そして、自分が恋をしていることに気づいた彩は、すぐに内田に告白しようと思った。かなり直情的である。
 でも、告白はできなかった。
 桜ヶ丘学園内には内田に関して、絶対不可侵な暗黙のルールがある。
 それは、
『内田が毎日花壇の手入れをしていることを、実はみんなが知っていると彼に気づかせてはいけない。口に出すことなど言語道断、そういった素振りを見せることさえ禁止!』
 というものだった。
 これはすべて、内田の内向的な性格を尊重し、彼が今後も心置きなく花壇作業に従事できるようにとの配慮からできた、学園生徒たちの優しい気持ちだった。勿論このルールには、生徒だけでなく教師たちでさえも従っている。
 聞いた話では、もし教師がこのルールを破った場合、数ヶ月の減棒処分に課せられるらしい。真偽の程は確かではないが、噂では理事長命令なのだそうである。
 まあ、これはいい。これはいいのだが、実はこの暗黙のルール、女生徒だけに適用されるもう一つの別ルールが存在していた。
『内田を好きになっても告白してはいけない』
 と、これがそのルールである。
 どうしてそんなルールができあがったのか。
 地味で目立たなくてパッとしないと、自分のことををそう思い込んでいる内田。もし大量の女生徒が彼に告白しまくった場合、いくらなんでもその理由を考えるだろう。そして、いずれ自分が学園でも指折りの有名人であることに気づく。
 そうなってはまずい。
 なので桜ヶ丘の女生徒は、どんなに内田に想いを寄せようと告白することはできず、皆もんもんと心の奥底で彼を想い続ける日々を過ごしていたのである。
 そして、彩もその仲間入りをすることになったというワケだ。
 あれから三年。
 彩はひたすら内田だけを想って過ごしてきた。
 そのかわいらしい容姿と、明るく元気で人好きする性格から、彩は男子生徒によくモテた。付き合ってくれと告白されたことだって何度もある。でも、それは全部片っ端から断ってきた。直情型の彩は、人を好きになる心も一途そのものだったのである。
 そう、この三年間というもの、ずっと内田だけを想い続けてきたのである。
 好きで好きで大好きで、でも想いを伝えることができなくて、切ない夜を過ごしたことも何度もある。
 好きにならなければよかったなんて、そんなことを思ったことはない。話しすらしたことのない内田のことを考えるだけで、それだけで彩は毎日が楽しかった。この想いが伝わる日がこないことが分かっていてさえ、それでも彩は内田が好きだった。
「いい加減、もうあきらめたら? だって、バカみたいじゃない。短い青春無駄にしてるよ。せっかく彩はかわいいのに」
 男女の枠を超えた大親友、同級生で生徒会役員の小泉からは、三年間、何度もそんなことを言われてきた。
 しかし、その度に彩は首を横に振った。
「そんなの無理よ。だって、こんなに内田さんが好きなんだもん。それに、これはあきらめようと思ってあきらめられるようなものじゃないでしょう? そういうの、あんたなら他の誰よりもよく分かるんじゃない?」
 小泉には、男を好きになってあっさりフラれたという前科がある。はっきりそう言われなくても、彩がその時のことを言っていることが分かった小泉は、どう見てもボーイッシュな女の子にしか見えないかわいらしい顔を、わざとらしく思いっきりしかめてみせた。
「はいはい。どうせぼくにはよく分かりますよーだ! ……ま、いいけどね。彩がそれでいいんだったら。なにか力になれることがあったら、ちゃんと言ってよね。できる限りのことは協力するからさ」
「そう言ってくれるだけで充分よ。ありがとね!」
 笑顔でそう言った彩を見て、小泉はやはり少し心配そうな色を、その瞳の奥に滲ませた。
 まあ、そんなこんなで、とにかく彩はずっと内田が好きだった。告白することも許されず、明るい性格でありながら、それでもやはり胸を痛めて深いため息をついた日も、本当言うと何度だってある。
 それが!
 内田も自分を好きでいてくれたなんて!
 ついつい彩が鏡の前でにやけてしまうのも、それもまあ仕方ないことなのだ。
 三年間あきらめずに想い続けていて、本当に良かった。彩はシミジミそう思った。
 そして、明日からの楽しいラブラブライフを想像して、心から幸せを感じたのである。


 まさか、それがすべて勘違いであるとは露知らずに。




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