内田は焦っていた。
学校の花壇の片隅、用務員のおじさんが道具入れに使っている倉庫の中で、手にした新聞を見ながら大いに焦っていた。
その新聞はもちろん、桜ヶ丘学園高等部にある新聞部が発行した校内新聞で、その新聞の発行部数と売り上げが二年前から劇的に倍増しているなどという豆知識は、この際どうでもいい。
「なんだよ……なんだってアイツこんな記事をっ!!」
恐怖するように体を震わせながら泣きそうになりつつ、内田は再度その新聞に最初から目を通し始めた。
『 特大スクープ!!
今年四月、晴れて高等部に上がってきたばかりの一年C組水谷彩ちゃん、学年一のカワイ子ちゃんと誉れ高いあの子に衝撃の彼氏発覚! 野郎共よ泣いて悲しめ!!
彩ちゃんと言えば、中学部ではずっとテニス部に所属していたスポーツ少女。三年生では立派に部のキャプテンをも務めたという、明るく元気で人に好かれるタイプの女の子です。そんな彩ちゃんの気になるお相手とは?!
実はこれまた我が学園の隠れた人気者! 草花をなによりも愛し、中学部に入学してから今に至るまで、学園中の花壇の手入れを一人密かに担ってきた心優しき男の子、別名「花園の王子サマ」こと内田克己くん(17才)なのであります!
海のように広くて深く、穏やかな性格の内田くん。ちょっぴり頼りなさげなその優しい顔つきも、三年生になった今では随分と男らしくなりました。文句なしの二枚目です。ついでに背だって伸びました。
そんなこんなで快活少女と内気少年。一見アンバランスに見えて、実はこういった組み合わせの方が末永く幸せ続くものです。なので皆さん、余計なちゃちゃなどは絶対に入れず、温かい目で二人を見守っていきましょう! でないと俺が許さねー!!
担当記者:三年(内田の恋を見守り隊)小林 』
読み終えると、涙目になりながら内田は叫んだ。
「こ、こ、小林―っ!!」
新聞をビリビリに破いてやろうかと思ったが、そんな気持ちを内田はなんとか自制した。新聞自体に罪はない。それを作った人間に腹が立つだけだ。
小林は今どこにいるだろう? 新聞部だろうか?
すぐにでも新聞部に向かおうと動き出した足を、内田はハタと止めた。そして考える。
あまり校内をウロウロするのはまずい。そんなことして坂本に会いでもしたら、それこそ大変なことになる。
もし坂本がこの新聞をを読んでいたら、猛烈に怒っているはずなのだ。そう、他でもない自分のことを!
そのことを考えるだけで、内田は今すぐ学校から逃げ出したい衝動に駆られてしまう。
人知れず、内田は大きな溜息をついた。ショボくれた顔でうつむいてしまう。
そしてまた、小林に対する怒りが沸いた。
校内新聞でも紹介されていた通り、もともと内田はおとなしい性格である。怒ることなんて滅多にない。
そんな内田がどうしてこんなに小林のことを怒っているのか。
一つにはもちろん、彩との関係を暴露されたことにある。
そして、もう一つはと言うと。
これまでずっと人には秘密にしていた内田の唯一の趣味、園芸。彩との関係のみならず、この密かな楽しみを暴露されたことが、内田にはもう本当に死にたくなるほど恥ずかしかっし、小林に対する怒りを募らせた。
……だけど。
顔をしかめて内田は新聞を見る。
よく考えたら、この記事のどこにも嘘は書いていないのだ。書かれてあることは、すべてほぼ事実、これじゃ文句だって言うに言えない。
はぁ〜っともう一度、大きな溜息を内田はついた。
結局は、自分が全部悪いのだと内田は思う。こんな記事を書かせる原因を作った自分自身が、なにより最も罪深い。
「俺、どうしたらいいんだろう……?」
そう呟くと、内田はまた大きな溜息をついた。
さて、内田はなにをしでかしたのか? 彩とは本当に付き合っているのか? 坂本の怒りの理由とは?
それはこの先読めば分かる。
ことの起こりは一ヶ月前、高等部入学式から二週間ばかり経った、うららかな春の日にまでさかのぼる。
1
内田の朝は早い。
いつも大体五時前には目を覚まし、着替えを済ませてから二階にある自室を出る。そして、洗面所で顔を洗ってさっぱりすると、台所に向かって朝食の準備に取り掛かるのだ。
両親の起床は六時なので、それまでにすべての準備を終わらせてしまう。
内田は一人っ子である。なので、両親の愛を一心に受けて甘やかされて育った……かというと、実はそうでもない。
結婚後も働いていた母親は、妊娠しても仕事をやめずに産休を取って出産し、その後もまたすぐ職場に復帰した。毎日朝早くに家を出て、帰って来るのは夜遅い。
そんな状態の中、乳飲み子だった内田がどう育ったかというと、そこには両親が結婚した直後から同居していた、父方の祖母の存在がある。
ミルクの準備からオムツ替え、散歩にお風呂に夜鳴きの世話と、そのすべてが祖母の手によって行われたのである。
優しくて強く、時には厳しく叱ってくれる祖母のことが、内田は大好きだった。心の内では色々と思うところもあっただろうが、内田は祖母の口から両親に対する非難の言葉を聞いたことがない。
「克ちゃんのお父さんとお母さんはね、克ちゃんのためにがんばってお仕事してるのよ。克ちゃんのことが好きで好きでたまらないんだって。だから、あまり遊んでもらえなくても許してやって、ね?」
これが祖母の口癖だった。
お陰で内田は、滅多に遊びに連れて行ってくれることのなかった両親のことを、憎んだり嫌ったりすることなく大きくなれた。変に性格が歪むことなく真っ直ぐに成長できたのは、ひとえに祖母からの教育と深い愛情があったからである。
お祖母ちゃんっ子だった内田は、たくさんのことを祖母から学び、影響を受けた。取り分け最も影響を受けたのは、他を思いやる優しい心だろうか。
蚊やゴキブリを殺す時でさえ、祖母は悲しい顔で小さく呟くように言っていた。
「ごめんね、あんたたちが悪いわけじゃないんだけどねぇ。本当にごめんね」
小さな庭に植えられた植物たちの世話も、祖母は毎日欠かさずに行っていた。いつもいつも、なにかを話しかけながら水をまく。夏などは、病気の時でも花壇の水やりを欠かさなかった。
「だって、植物は口がきけないだろう? だから、なにを思っているかをこっちがちゃんと察してあげなくちゃ。植物だって人間と同じ、生きているんだからね。生き物を育てるってことは、とても責任の重いことなんだよ」
そんな祖母の姿を見て育った内田は、いつしか庭の水やりを手伝うようになった。祖母と同じように、いつもなにかを語りかけながらその作業を行う。人に言えない悩みなども、植物たちには話すことができた。誰かに話しを聞いてもらうだけで、不思議とストレスは解消する。
少しおとなしすぎる傾向はあったが、しかし、心優しく思いやりのある子供に、内田はすくすくと成長していったのである。
小学三年生の時に祖母が亡くなって以降も、内田は優しさを損なうことなく成長し続けた。大好きだった祖母の言葉は、すべて忘れることなく心の宝箱に保管されている。
一人になってからも、内田は植物たちの世話をやめなかった。そうすることが祖母の遺言であるような気がしていた。それに、いつしか植物たちとの時間を持つことは、内田にとってなくてはならない大切なものになっていた。
こうして、園芸大好き少年が誕生したのである。
さて。
朝食の準備と自分の弁当を作った内田が、庭の草むしりを始めてしばらく経った時、起きてきた母親から声をかけられた。
「おはよう、克己」
「あ、おはよう、お母さん」
内田は作業の手を止めると、すぐに家に入って手を洗い、ダイニングテーブルの前に腰を下ろした。既に父親も席についていて、互いに「おはよう」とにこやかな挨拶を交わす。
我が子が用意してくれた朝食をそれぞれの食器につぎ分けると、母親も食卓についた。三人一緒に「いただきます」と合掌する。
「あら、今日のお味噌汁変わってる。オクラを入れたの? おいしーわ」
目を丸くする母親に、内田は胸を張って答えた。
「昨日、八百屋のおじさんに教えてもらったんだ。ネバネバした感じがなかなかいいでしょう?」
「うん、コリャ美味い」
向かいの父親もうなずいた。
「同じネバネバでも、この前の納豆味噌汁よりはよっぽど美味いよ」
「あら、あたしは納豆も美味しかったわよ」
母親が言うと、父親は顔をしかめた。
「俺はもともと納豆が苦手だからなぁ」
「でもお父さん、納豆をご飯に直接ぶっかけるよりは食べやすいだろ?」
笑いながら内田が言うと、父親は少し考えてからそれに答えた。
「まあ、そうだな。でも、できれば味噌汁に納豆は入れないで欲しい。せっかく克己が作ってくれるんだ、素直に美味しく食べたいものな」
「だめだめ。健康のためにも、好き嫌いなくなんでも食べなきゃ」
「なんだか、あなたの方が子供みたいね」
母親に言われ、父親は頭をかきながら苦笑いした。
「あ、そうだ!」
なにかを思い出したように母親が手を叩いた。
「昨日言い忘れてたんだけど、あたし、今度課長に昇格できそうなの!」
「そりゃ、すごいな!」
「おめでとう、お母さん!」
嬉しそうに母親は笑う。
「これも二人の協力のおかげだわ。感謝してます」
「協力って言っても、俺はなにもしてないけどな。がんばってるのは克己だろ?」
「そう言えばそうね。……よし、日頃の感謝をこめて、克己になにかプレゼントしてあげる。なにがいい? 欲しい物ある?」
内田は目を輝かせた。
「ホントにいいの? やった! 実は、新しくいい土が販売されたらしくて、使ってみたいと思ってたんだ。植物の発育がすごく良くなるんだって」
それを聞いた両親が、顔を合わせて苦笑する。
「ホント、克己は変わってるわ」
「これもおばあちゃんの影響だな。でも、ゲームねだられるよりはよっぽどマシか」
「マシどころか、百倍いいわよ。よし、分かったわ。その欲しいって土、買ってあげる。ついでに肥料もつけようかな」
「わぁ、ありがとう、お母さん!」
喜ぶ内田を前に、感慨深げな顔を母親はした。
「克己がこんないい子に育ってくれたのも、すべておばあちゃんのお陰ね」
「母親というか、ほとんど両親代わりだったもんな、オフクロ」
しみじみと言う父親の向かいで、大好きだった祖母に両親が感謝する姿を嬉しく思った内田が、にっこりと笑顔を見せる。
「ってことは、お母さんの昇進も、元を正せばおばあちゃんのお陰ってことだね」
「そういうことになるわねぇ」
「なるなぁ」
三人は和室にある仏壇に顔を向けると、誰からともなく同時に合掌して目を閉じた。そこには勿論、亡くなった祖父母の位牌がおさめられている。
「さっ、急がないとみんな遅れるわよ!」
母親の声とともに、三人は慌てて食事を口にかきこんだ。そして、歯をみがいたり髭を剃ったり服を着替えたりして後、揃って家を出たのである。
「それじゃあ克己、悪いけど今日も遅くなると思うから、よろしく頼むわね」
「うん。お父さんもお母さんも仕事がんばって」
「おまえも勉強がんばれよ」
電車に乗る父親とバスに乗る母親、そして、徒歩で学校に通う内田たち三人は、それぞれ違う道を歩き始めたのである。
ちなみに、今の時点で時刻は七時。
朝のホームルームが八時半に始まる内田には、まだかなり時間に余裕がある。ゆっくり歩いても、内田の家から桜ヶ丘学園まで二十分ほどしかかからないのだから。
それなのに、どうして内田がこんなに早く出かけるかというと、それは勿論、学校の花壇の世話をするためなのである。
内田は私立桜ヶ丘学園に中学部から入園した。
既に祖母は亡くなっていたが、その頃にはすっかり園芸好きの少年になっていた内田である。もし園芸部があるのであれば、ぜひとも入部したいと思っていた。
が、残念ながら園芸部はなかった。しかし、桜ヶ丘の広大な敷地内には、いたるところに花壇がある。誰かが世話をしていることは間違いない。
「用務員のおじさんじゃねーの?」
同じクラスで偶然席が隣同士になり、世話好きでなにかと面倒を見てくれる坂本という明るい笑顔の少年に内田は相談してみた。それで、返ってきた答えがこれである。
「大きな木の枝切りとかは業者に委託してっかもしれないけど、でも、簡単なことは用務員がやってるんじゃないか? なに? 用務員に話を聞きたいって? よし、俺が一緒に行ってやるよ!」
ってなワケで、その日の放課後、二人は用務員室に出かけて行っておじさんに話を聞かせてもらったのである。
結果は坂本が予想した通りだった。年に二度、業者による大掛かりな手入れが入るには入るが、それ以外の日常的花壇の世話は、すべて目の前にいる六十才を過ぎたおじさん一人が行っていたのだ。
その場ですぐ、内田は自分にも作業の手伝いをさせて欲しいと願い入れた。そして、それは快く承諾してもらえたのである。
そんなわけで、内田は学校の花壇の手入れを行う権利を、めでたく手に入れた。
男のくせに土いじりが好きだなんて知られるのが恥ずかしくて、朝早くや放課後、みんなには内緒でこっそり作業に従事することにした。坂本にも、他の人には黙っててくれるように頼んだ。
それから五年。
内田は今でも花壇の手入れを一人で続けている。今となっては、それは内田の生活の一部、もはやライフワークとまでなってしまっているのだ。
途中の数ヶ月ほど、一人の先輩女生徒が内田を手伝ってくれていた時期もあるが、今ではそれももう終わったことである。
ちなみに、いまだに学園のみんなにこの趣味のことは内緒になっているのだが、実はそう思っているのは内田本人だけだったりなんかする。実際のところ、もうほとんどの生徒や教師たちが、内田の日々の努力のことを知っているのだった。
まあ、それも仕方がないだろう。
いくら隠れてやっているとはいえ、一人の少年が五年以上も毎日花壇の側をウロウロしているのだ。それにみんなが気づかないはずがない。しかし、内田の内気な性格を知っていて、更に内田自身がそのことを隠したがっていることをも知っている桜ヶ丘の生徒たちは、あえて気づいていないフリをし続けていた。
陰でこっそり「花園の王子サマ」なんてあだ名をつけ、温かい目で見守っていたのである。
そんなワケで、その日も朝早くに学校に到着した内田は、いつもの通り花壇の草むしりやら水やりやらの日課をこなして後、心穏やかに自分のクラスへと戻ったのである。
そうしたら、教室の内田の席の前に坂本が待っていた。
「ようっ、朝のお勤めご苦労さん」
去年は同じクラスだったが、今年は別のクラスになってしまった二人である。内田は坂本の姿を見た途端、嬉しそうに顔を輝かせた。
「ああ、坂本、おはよう!」
おとなしく内気な性格の内田には、友達があまりいない。いや、桜ヶ丘に入園してすでに五年。その間に顔見知りはかなり増えたが、胸を張って友と呼べる人間は数えるほどしかいないのだ。
坂本はその一握りしかいない友の内の一人であり、そして、その中でも筆頭に名前が上がる内田の大切な大切な友達だった。
今年になって坂本とクラスが別れたことを、内田がどれだけ悲しんだことか。
しかも、高等部卒業後は進学希望の内田に対し、坂本は就職希望である。そのせいで、二人のクラスは校舎さえも別々になってしまい、どちらがか相手のクラスにわざわざ足を運ばない限りは、学校でも滅多に顔を合わせられなくなっていた。
とはいえ、二人はかなり頻繁に互いの教室を行き来している。しかし、朝から顔を合わすなんてことは本当に珍しく、坂本の姿を見た内田が、喜びのあまり顔を輝かせたのも当然と言えた。
「どうしたんだ? 俺になにか用?」
喜々として内田が訊くと、いつも明るいはずの坂本が、珍しく微妙な顔をしてうなずいた。
「うん、実はさ、折り入っておまえに頼みがあるんだ。ここじゃなんだから、ちょっと…」
腕を引っ張ると、坂本はそのまま内田を廊下へと連れ出した。いつもとは違った親友の様子に、内田は首を傾げながら心配そうに坂本を見る。
「どうしたんだよ。坂本が俺に頼み事なんて珍しい」
いつもなら、頼み事をするのは自分の専売特許な内田である。生徒会執行部に所属していて、自分とは比べものにならないくらい行動力も判断力も決断力もある坂本からの頼み事なんて、それは一体どんなことなんだと多少不安に思いながらも内田は言った。
「俺でできることだったらどんなことでもするよ。言ってみてよ」
「ありがたい、おまえならそう言ってくれると思ってたぜ!」
安堵したように言うと、坂本は声を低くして内田の耳元でささやいた。
「いいか、絶対に人には言わないでくれよ。実は俺、好きな子ができてさ。その子との仲をおまえに取り持って欲しいんだ」
内田は目を丸くして飛び上がった。
「そっ、そんなことできないよ! ……って、その子って俺の知り合いか? 自慢じゃないけど、俺、女の子に知り合いなんて全然いないよ!!」
坂本は平然と答える。
「いや、多分おまえの知らない子だと思う」
「無理、絶対に無理だよ! そんなこと、寄りにも寄ってどうして俺なんかに頼むんだよ?! 坂本だったら、他にいくらでも頼める相手がいるだろう、友達いっぱいいるんだから!」
「いや、俺だってこんなことを頼めるのはおまえか小林くらいしかいない。ほら、この手紙を本人に直接渡すだけでいいから。な、頼むよ!」
坂本は無理矢理内田に白い封筒を手渡した。言わずもがな、それがラブレターであることが、少し鈍めの内田にだって分かる。
蒼白になりながら、内田はその封筒をつき返した。
「だったら、小林に頼めばいいじゃないか。俺なんかより、よっぽど上手くやってくれるよ!」
「そんなのダメに決まってるじゃないか」
坂本は顔をしかめた。
「小林なんかに頼んで、彼女があいつに惚れでもしたらどうする?! そんな危険な橋が渡れるかよ」
それって、俺にならその子が惚れるわけないと、そう言いたいのか坂本???
なんてことを内田は思ったが口には出さなかった。確かに坂本の言う通り、小林というのはすこぶるつきの男前で、性格も良ければ頭だってとびきり良く、男が男に惚れこむタイプというか、そんなかっこいいヤツなのだ。学園でもかなりの人気者である。
なので、坂本の言いたいこともまあ分かる。いくら坂本と小林が親友とも言える間柄だとは言え、確かに小林には頼めないだろう。いや、頼みたくないといったところか。
ちなみに、内田はその小林とも、かなり親しい関係を保っている。親友の親友はやっぱり親友、ってなわけで、二年前に坂本から紹介されて以来、これまた数少ない内田の友人の一人として、ずっと小林とは懇意にしている。
まあ、そんなことは置いといて。
「あ、あのさ、だったらやっぱり自分で渡した方がいいんじゃないか? そもそも、どうしてこんな大切なことを人に頼むんだよ? いつものおまえだったら、絶対に自分で渡すはずだろう?」
内田からの質問に、坂本はテレくさそうに顔を赤らめながら答えた。
「それがさぁ、その俺の好きになった子、本当にすごくカワイイ子なんだ。その子の前に立つと、俺、恥ずかしながら胸がドキドキしちゃって、なにも言えなくなっちゃうんだよ」
そして、手を合わせて頭を下げる。
「だから、頼む! このとーりだ、内田!! この手紙、おまえから彼女に渡してくれよ。一生のお願いだ、頼む!」
「……………」
必死な様子の坂本に、もはや内田は嫌とは言えなくなってしまった。
坂本はいいヤツだ。友達の少ない内田がなんとかこれまでやってこれたのは、坂本の存在があったからだと言っても過言ではない。今まで何度も力を貸してもらったし、心の支えにもなってもらった。本当に心から大切な友達だった。
その坂本が、自分なんかに頭を下げてまでして頼み事をしてきている。これを断るなんてこと、内田にできるはずがなかった。
逆に、自分なんかで役に立てるのであれば、こっちから頭を下げてでも協力させてもらいたい、と、そんな気持ちにさえ内田はなった。
「……分かったよ、坂本。分かったから、俺に頭なんて下げないでくれよ」
「え、それじゃ…」
頭を上げた坂本が、その顔を期待に輝かせた。
「渡してくれるのか、これ?!」
小さく笑いながら内田はうなずく。
「渡すだけでいいんだな?」
「うん、それでいい! 後のことは、手紙にちゃんと書いてあるから」
「本当に渡すだけだぞ? 他はなんにもできないからな」
「うん、うん、十分だよ! ありがとう、内田!」
感極まったように、坂本が内田に抱きついた。
「ありがとう、恩に着るぜ!!」
というわけで、内田はその手紙、つまりはラブレターを、坂本の好きな女の子に渡す役目を仰せつかったのである。
これが波乱の幕開けだった。
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