順子のかけた校内アナウンスから十分後。校内各所にちらばっていた約八百名の生徒たちは、すべて体育館に戻ってきていた。
マイクを片手にステージに立つ木本は、そんな彼らを前に、志乃を発見した時の状況を詳しく説明した。そして、声を高らかに勝利宣言を行う。
「………というワケで、捕らえた黄ワッペン九十八人。制限時間一分前ぎりぎりで、生徒会の手により小泉を捕らえ、無事志乃さんを救出することができました。よって、この勝負、高等部側の勝利!」
その言葉に、高等部生徒は大歓声を上げた。手を高く振り上げ、隣の生徒と抱き合い、飛び上がって喜びを体全体で表現する生徒たちは、誰もがみな、満足そうに顔を輝かせている。
しばらくして、そのざわめきが少しおさまった頃、木本は再び口を開いた。
「それでは、ここでみんなのお目当て、助け出された志乃さんに登場してもらいましょう」
木本がステージそでに手を伸ばすと、それを合図に、聖母衣装を身にまとった志乃がゆっくりと姿を現した。衣装の長い裾を軽やかに引いて歩き、ステージ中央、木本の横に並び立つ。
その美しさに、会場内のいたるところから、ほうっと感嘆の息がこぼれた。
木本からマイクを手渡された志乃は、その美しい顔に極上の笑みを浮かべる。
「みんな、一生懸命あたしのことを探してくれて、どうもありがとう。みんなのおかげで、無事このステージに立つことができました。色々と心配をかけてごめんなさい。本当にありがとう!」
「わ――――っ、志乃さぁーん!」
「無事で良かったー!」
「お帰りなさーいっ!」
ステージ下からの盛大な拍手と歓声の中、志乃は持っていたマイクを木本に返した。そして、両手でスカートの裾を大きく横に広げ、優雅にお辞儀をしてみせる。
またまた沸き起こる拍手喝さい。
志乃は頭を下げたまま、横に立つ木本の誇らしげな顔を、上目使いにちらりと見た。
「とにかく任せろ。ちゃんと丸く治めてやるから」
体育館二階にあるアナウンス室で、確かに木本は自信満々にそう言った。
でも、一体どうするつもりなんだろう、と志乃は心配せずにはいられない。
さっき木本が言っていたように、このままでは間違いなく、小泉は高等部生徒たちからひどい目に合わされることになる。そして、もちろん、志乃はそうなって欲しくないと思っているのだ。
やっぱり、自分の口からみんなに真実を話して、謝って許してもらった方がいいんじゃないのか。
そんなことを志乃が考えていると、会場に向かって木本は言った。
「それでは、これから聖夜祭を再開したいと思います。でも、その前に」
いったんそこで言葉を切ると、木本は会場内にいる高等部生徒たちをぐるりと見回した。
「ここでちょっと、みなさんにお知らせしておきたいことがあります。今回の中学部との志乃さん争奪戦、実はこれ、あらかじめ聖夜祭の中に組み込まれていたビックリ企画だったんです」
それを聞いた途端、会場内に驚愕の声が響き渡った。
「え―――――――っっ?!」
それは、さっき志乃が姿を現した時の歓声より、何倍も大きい。
隣の志乃も、声は上げないものの目を見開いて木本を見た。が、そこでハッとして、即座にその驚きを胸の奥に隠した。自分はもちろんそのことを知っていた、という顔を会場に向ける。
しかし、会場からは木本を非難する声が上がり始めた。
「おい、ふざけるなよ!」
「あんなに必死になって走り回ったのに!」
「全部、茶番だったのかよ!」
「やるならやるで、知らせといてくれてもよかったんじゃないか?!」
木本はそれらを無視し、平然とした顔で言う。
「確かに、勝っても負けても志乃さんは戻ってくることになっていた。でも、ゲーム結果までができレースだったわけじゃない。俺たち生徒会だって、小泉や志乃さんがどこに隠れているか知らなかったんだから。それに、非難の声を上げる前に、ちょっと考えて欲しい。今回の中学部との対戦、やってみてどうだった? みんな楽しくはなかったか?」
会場内がシーンとなった。
その静けさの中で、誰かがぼそりと言った。
「………確かに、まあ、楽しかったよな」
そのひと言が引き金となり、他の声も上がり出す。
「うん、楽しかった。っていうか、すげぇドキドキした」
「オニごっこなんて、小学生の時以来だもんな」
「あたし、あんなに真剣に走ったのなんて、久しぶりだったかもしれない」
「中坊捕まえた時は、もう嬉しくてガッツポーズしちゃったぜ」
さっきまで不満を訴えていた生徒たちの顔が、また明るく輝き始めた。
それを満足そうにながめながら、木本は言った。
「仮に、この企画を前もって知らせていた場合、みんなこれほどゲームを楽しむことができただろうか? オニごっこなんてガキ臭いとか言って、真剣に取り組めなかったんじゃないか? 中学部に勝たなければ志乃さんを取り戻せない、そう思ったからこそ、必死になって黄ワッペンを追いかけることができたんじゃないか?」
木本の問いかけに、会場の生徒たちは、黙ってその答えを自分自身に問うている。
「それじゃ、つまらないだろう? 俺たち生徒会は、みんなの一生の記憶に残るような、そんなイベントに今年の聖夜祭をしたかった。でも、みんなに嘘をついたことは本当に悪かったと思う。それは心から謝罪します。すみませんでした」
そう言って、木本は深々と頭を下げた。
頭脳明晰、眉目秀麗、完全無欠の生徒会長、木本の頭を下げた姿など、これまでみんな一度として見たことがない。
ざわついた会場から、即座に木本をフォローする声が上がった。
「お、おい、ちょっとやめてくれよ。頭なんて下げるなよ」
「確かに俺たち、すごく楽しかったよな」
「そーよ。謝る必要なんてない。素晴らしい企画だったわ」
「さすがは敏腕生徒会長!」
口笛やら拍手やらと共に、自分を褒め称える言葉の聞こえる中、木本はゆっくりと頭を上げた。そして、にっこりと微笑む。
「みんな、分かってくれてどうもありがとう。………さて、ここで一つ提案がある。今回がんばってくれた中学部生徒百名、今から再開する聖夜祭の参加を許してあげたいんだけど、どうだろうか?」
「いいぞー」
「ヤツラもよくがんばった!」
木本の提案を受け入れる意味を持つ拍手が、大きく鳴り響いた。
舞台そでから事の展開を見守っていた小泉は、思いがけない成り行きに、えっと驚いて目を見開いた。木本はそんな小泉を手招きで呼び寄せ、自分の左側に立たせる。
「ほら、先輩方にお礼の言葉」
そう言って、木本は小泉にマイクを渡した。
マイクを受け取りながら、小泉が困惑したような顔をする。そもそも小泉は、木本がどんな風に事態を丸くおさめるのか、全く知らされていなかったのである。いや、小泉だけではない。志乃も、生徒会役員たちも、みんな知らなかったのだ。
小泉はちらりと木本の顔を問うように見た。そこには「うまく話を合わせろよ」と書いてあるのが見て取れる。
よし、と気を引きしめて、小泉はぺこりと会場に向かって頭を下げた。
「高等部の先輩方、中学部生徒会長の小泉です。企画だったとは言え、後輩でありながら生意気なことをしてしまったぼくたちを許して下さって、ありがとうございます。しかも、聖夜祭への参加まで認めてもらえるなんて、なんと言ってお礼を言ったらいいのか………。本当にありがとうございます。そして、木本会長、これもすべて、木本会長の企画内容が素晴らしかったおかげだと思います。ありがとうございました」
自分に向かって頭を下げた小泉を、木本は満足そうな顔をして見た。そして、小泉から受け取ったマイクを持つと、すました顔で会場に向かって言った。
「数週間前から話題となっている俺と小泉のホモ疑惑。実はあれも、今回の企画を引き立たせるための仕掛けだったことを、ここに断言しておく。だから、もちろん俺はホモなんかじゃないし、それは小泉にしても同じ。以上、これより聖夜祭を再開する!」
言い終わると、木本は志乃と小泉を引き連れて、さっさとステージそでのカーテンの向こうに下がってしまった。
会場からは、「なんだ、そうだったのか」とか、「すっかりだまされたよな」とか、「木本会長がホモだなんて、おかしいと思ったのよね」とかいう木本の言葉に納得する言葉が、うっすらとではあるが聞こえてくる。
戻ってきた木本を、呆れたような感心顔で野坂は見た。
「相変わらずアメとムチの使い方が上手だよな」
そして、にやりと笑う。
「あそこでおまえが頭を下げるとはなぁ。実はプライド高いくせに、ホント、よくやるよ。計算高いというか、なんと言うか」
「なんとでも言え。でも、約束通り、ちゃんと丸くおさまっただろ?」
同じようににやりと笑った木本を、尊敬のまなざしで見ながら小泉は目を潤ませる。
「元からあった企画ってことにするなんて、ぼく、考え付きもしませんでした。しかも、ちゃんとそれをみんなに納得させた上に、あんな風に褒めてもらえるなんて………。やっぱり木本さんはすごいです! 同じことをぼくがやったって、きっと許してもらえずに半殺しにされてましたよ」
木本は笑った。
「そんな熱のこもった目で俺を見るなよ。やっと、ホモ疑惑も解消したっているのに」
そんな木本に、志乃も輝く笑顔を向けた。
「でも、本当にすごかった。短期間にあんな案を思いつくなんて、やっぱりすごいのね、木本くんは! どんどんみんなを説得していくところなんて、隣で見ていて、かっこよすぎて鳥肌が立ちそうだったわ。みんな、魔法をかけられたみたいに納得しちゃって」
それを聞いて、木本は素直に嬉しそうな顔をした。
「そんな風に志乃さんに褒めてもらえるなんて、とても光栄です。でも、今言ったようなこと、小林の前で言っちゃダメですよ。俺、あいつに殺されますからね」
志乃は困ったような、嬉しいような、複雑な顔をして頬を赤く染めた。木本は楽しそうに微笑む。
「よし、それじゃ、さっそく聖夜祭を開始しよう。体育館を使わせてもらえるのは最長七時まで、あと一時間しかない。本当だったら、六時には終わっているはずだったんだ。予定していた催し物の大部分を削るぞ!」
野坂や順子、他の役員と相談しながら、聖夜祭の進行手順に、木本は大慌てで修正を加えていく。そして、それを粗方決め終わると、すぐに関係者たちに号令をかけ、聖夜祭を開始したのである。
新たに組みなおした聖夜祭の内容は、志乃を中心としたキャンドルサービス、次には合唱部と一緒に賛美歌を歌い、最後に立食パーティーと名した雑談会アンド親睦会を行う………と、当初予定していたものよりも、かなりシンプルな物になってしまった。
しかし、すでにオニごっこにより満足気分を大いに味わった参加者たちから、不満の声が上がることはない。キャンドルサービスでは炎の中に浮かび上がる志乃に感嘆の息を吐き、賛美歌をムード満点に歌い上げ、心から聖夜祭を楽しんでいるようだった。もちろん、百名の中学部生徒たちも一緒にである。
そして、最後の立食パーティー。
会場に並べていた椅子をすべて片付け、二台で一列とした長椅子を、みんなで協力して縦方向にずらりと三列、幅を開けて設置した。その上にジュースやお菓子、ケーキなどを等間隔に並べ置く。
中学部の参加によりケーキの数が足りなくなったが、高等部男子学生の中には甘い物が苦手な生徒も多く、その分のケーキを中学部女子生徒にまわして事無きを得た。そういった手配をも、木本たち生徒会は正確かつ迅速に行ったので、そう時間をかけることなくパーティーの準備は整ったのである。
パーティーが始まると、すぐに生徒たちは楽しげな会話に花を咲かせ始めた。この時になってやっと生徒会の面々にも、他の生徒たちに混じってリラックスタイムを味わう余裕ができたのである。
パーティ開始からしばらくして、木本が一人の男子生徒をステージ上に上げた。
「はい、ちょっと注目。こちら、中学部一年の谷田部くん。最後まで我々高等部が捕まえることができなかった、唯一の中学部生徒だ。ある意味、今回の戦いでの優勝者と言える。みんな、彼に惜しみない拍手!」
沸き起こる拍手喝さいの中、小柄でホヤッとした顔の矢田部は、テレくさそうに頭をかいた。
谷田部が言うところによると、彼はステージ下にある椅子置き場に、ひっそりと身を隠していたらしい。聖夜祭の準備で、生徒会役員が会場内に椅子を並べ終わったのが午後二時。その頃にステージ下にこっそり忍び込み、以後、暗闇の中でじっと息を潜めていたそうなのだ。
「退屈だったし、昨日の夜は寝るのが遅かったから、俺、途中で眠っちゃったんです。だから、聖夜祭が始まったのも、オニごっこが開始されたのも、全然気がつきませんでした」
マイクを持った矢田部が恥ずかしそうにそう言うと、会場内に大きな笑いが起こった。
その後、矢田部は歩くたびに色々な生徒から褒められたり、笑い混じりの皮肉を言われたりしながら、残り少ない聖夜祭を楽しく満喫しているようだった。すっかり学園の有名人である。
そして、志乃も聖母衣装のまま、色々な生徒たちとの会話を楽しんでいた。ただ、あまりにたくさんの生徒たちが押しかけてくるため、脇には警護役として、尾崎を含むファンクラブのメンバーたちが陣取っていたりするのだが。
そのすぐ近くでは、暴れる小林を坂本が苦笑しながら羽交い絞めにしていた。再会の喜びと安堵感から、志乃を抱きしめに行こうとする小林を、「そんなことしたら、みんなにバレるだろ!」とか言いながら、坂本が止めているらしい。
小泉は、その少女のような容姿からか、特に高等部女子生徒からの人気が高く、「かわいい」とか「お人形さんみたい」とか言われ、よしよしとかわいがられている。慣れているのか、小泉は始終愛想のいいニコニコ顔である。
その他、楽しげに盛り上がる生徒たちの会話の中心は、やはり志乃のこと、オニごっこのこと、このたびの生徒会の手腕のこと、であるらしい。
オニごっこでは熾烈を極めた戦いを繰り広げた高等部と中学部ではある。が、逆にそのことが、「互いを良きライバルと認めた戦友同士」といったような認識を両者に持たせ、敵対していたのがウソのように、今ではもうすっかり打ち解けている。
「なかなかいい感じで盛り上がってるんじゃない? これはもう、大成功と言っていいんじゃねーか?」
そんな生徒たちの楽しそうな様子を見ながら、ジュースを片手に嬉しそうに野坂が言うと、順子もにっこり笑顔でそれにうなずいた。
「そうね。これは桜ヶ丘の歴史に残る大成功って言えるんじゃない」
「みんなでがんばったかいがあるよな。木本のやつも喜んでるだろう。………って、あれ? 木本はどこに行った?」
キョロキョロする野坂の隣で、順子も背伸びして会場中を見回す。
「どこに行ったのかしら? さっきまではその辺りにいたと思うんだけど………」
二人は目を合わせ、不思議そうに首を傾げた。
その頃、木本がどこにいたかというと。
会場をこっそり抜け出し、中庭にいたのである。
「こんな所に来ちゃって大丈夫なの? 真ちゃん、忙しいんじゃない?」
「いや、平気だろ。後はもう、足りなくなった食べ物と飲み物の補充をするくらいだから」
心配そうに自分に問いかける里美に、木本は優しく微笑んだ。
立食パーティーでみんなが雑談に持ち上がる中、木本は周囲に気づかれないように、こっそり里美を外に誘ったのである。
「里美、ちょっと話しがあるんだけど、いいかな?」
「……………うん、いいよ」
小声で木本から耳打ちされ、少し不思議そうな顔をしながらも、里美はにっこり笑顔でついてきた。
十二月の後半。空気の澄み渡る冬の高い空に太陽の面影は全くなく、空には星が美しく瞬いている。
中庭には、その中心に一本だけ電燈が灯っていて、それが木本と里美に淡い光を供給してくれていた。
「それで、話ってなあに?」
「うん、実は………」
あどけない顔をして自分を見上げる小柄の里美を前に、さすがの木本も言葉につまった。
聖夜祭は成功した。それこそ、木本の想像以上に。
もちろん、それは小泉のおかげと言えないこともないが、小泉が投げてきた爆弾を上手くラケットで打ち返し、さらにはその爆弾を花火に変えて豪快に花開かせたところは、木本の手腕だと言えるところである。
だから木本は、告白することにした。
自分の気持ちを伝えるために、この中庭に里美を誘ったのである。
しかし、いざとなると、やはり躊躇してしまう。
もしかしたら、告白しない方がいいのではないか。告白せずに黙って身を引いた方が、里美のためになるのではないか。少し距離の離れたところから、温かく里美と内田の二人を見守っることの方が最良の選択になるのではないか。
そんな考えが頭をよぎる。
「どうしたの?」
鈍感な里美も、滅多に見られない困惑顔の木本に気づいたのか、少し不安そうな様子を見せた。
(真ちゃん、女の子はとっても弱いものだから、いつも男の子が守ってあげないといけないのよ)
亡き母親の口癖が、頭の中でこだまする。
木本は大きく息を吸い込んだ。
やっぱり言いたい。ダメなのは分かっていても、きちんと自分の気持ちを伝えたい。たとえそれが里美を悲しませることになるとしても、言わずにはいられない。
ごめん、母さん。俺、約束守れそうもない――――――。
意を決して木本は言った。
「あのな、里美。俺、おまえのことが好きだ」
キョトン、と里美は瞬きをする。
「うん。あたしも真ちゃんのことが好きだけど………それがどうかしたの?」
「――――――いや、そういう意味じゃなくて」
「?」
溜めていた息を、はーっと木本は吐き出した。
気温はかなり冷え込んできていて、吐く息は白い。それなのに、なぜか握った手に変な汗が溜まるのだ。
今のことは、言わない方がいいぞ、という神様から俺への警告なのか、なんてことを考えずにはいられない。でも、ここまできて、もう後には引けない。
もう一度、木本は大きく息を吸い込んだ。
「俺、里美のことが好きなんだ。……その、幼なじみとしてではなく、特別な意味で。一人の女の子として、里美が好きなんだ」
「え…………?」
里美の目が大きく見開いた。そこには驚愕の色が浮かんでいるのが見て取れる。そして、微かな困惑の色も。
「驚かせてごめん。でも、どうしても言わずにはいられなかった。俺、物心ついた小さい頃から、ずっと里美のことが好きだった」
「…真ちゃん………」
木本は視線を地面に落とした。
もし、今が昼間でもっと明るかったなら、里美が真っ赤になって喜びに顔を輝かせたのが木本にも分かっただろう。でも、あいにく辺りは薄暗かったし、木本も里美から視線をそらしていたものだから、それに気づくことはできなかった。
木本の目には、茫然として目を見開く里美の姿が、告白されたことにとまどい、ただひたすら困惑しているだけに見えたのである。
しかし、実際はどうだったかと言うと。
里美はもう、驚きと嬉しさのあまり、頭が真っ白になっていたのだ。
頭が良くて顔もかっこよくて、いつでも自分を守ってくれた大好きな幼なじみ。ずっと好きで、でも高嶺の花のような存在で、側にいられるだけで幸せだった。
そんな木本からの告白に、トロくさい里美が茫然としてなにも言えなくなったのも仕方ない。
夢みたい、と、ドキドキしながら里美がなにか言おうと口を開きかけた時である。木本が優しく微笑みながら言った。
「里美と内田のことなら知ってる。付き合ってるんだろ? すごくお似合いだと思うよ。だから、それを邪魔するつもりはないんだ。ただ、自分の気持ちを伝えたかっただけで」
それを聞いて、里美の頭はまた混乱した。
内田と自分が付き合っている? なんのこと?
「あ、あのね、真ちゃん。あたしと内田くんとは別に……」
「いいんだ、里美。隠さなくても。アイツ、かなりいいヤツみたいだし、俺も安心して身を引けるよ」
「いや、そうじゃなくって………」
「きっと内田だったら、里美のことを守ってくれる。優しく思いやりを持って、里美を守ってくれると思う。よかったな、里美。俺、里美には誰よりも幸せになってもらいたいから。だから、本当によかったと思ってる」
そこで一息つくと、また木本は言った。
「話はそれだけだ。それじゃ、俺、体育館に戻るよ。………その、悪いけど、先に走っていかせてもらうな」
そう言って、走り出そうと後ろを向いた木本の背中に、里美は抱きついた。
「ま、待って! お願い、ちょっと待って!」
「里美?」
驚いた顔の木本と目が合う。
「あたし、内田くんと付き合ってなんかいない! そりゃ、仲のいい友達ではあるけど、でも、それだけなの。あたしが好きなのは内田くんじゃない!」
「え、でも、だって………」
とまどったような木本だったが、振り返り、膝を曲げて里美と視線の高さを合わせると、そこで温かい笑顔を見せた。
「優しいんだな、里美は。でも、俺は大丈夫だから、そんなウソはついてくれなくていい。心配するな、ちゃんと二人のことを祝福して………」
「違うっ、そうじゃないの!」
里美は叫ぶように言った。
「どうして分かってくれないの?! これまではどんなことでも、あたしの言うことは信じてくれたり理解してくれてたのに、どうしてこのことだけは信じてくれないの?! あたし、内田くんと付き合ってなんかいない! だって――――」
里美は地面の上にしゃがみこむと、両手で顔をおおってわんわん泣いた。
「だって、あたしが好きなのは真ちゃんなんだから。ずっとずっと、真ちゃんだけが好きだったんだから!」
「里美………」
木本は地面にひざをつけると、里美の肩に手を置いた。すっかり冷えついたその肩は、里美の嗚咽に合わせて大きく揺れている。
ガマンしきれずに、木本は里美を抱きしめた。泣いている里美がかわいそうで、冷たい体を少しでも温めたくて、里美のことがどうにもならないくらい好きで、木本は里美を抱きしめた。
「本当に、内田とはなんでもないのか?」
里美は泣きながら、うんうんうなずく。そんな里美を、木本はこれまでよりも強く抱きしめた。
「俺、里美のことが好きだ」
顔を覆っていた手をはずし、里美が泣き顔を木本に向ける。
「あたしも、あたしも真ちゃんが好き。ずっとずっと、真ちゃんだけが好きだったの」
「……………里美」
二人が出会ったのは赤ちゃんの頃。その頃から、ずっとお互いを想い続けてきた二人の心が、今やっと通じ合った。
木本は里美のアゴに指をかけた。里美は静かに目を閉じる。
そして、木本がキスするために里美に唇に自分の顔を近づけた時。
パン、パン、パーンと甲高い音がなり響き、それを同時に紙テープと紙ふぶきが辺りに飛び散った。
「きゃっ!」
「な、なんだ?!」
呆気にとられた二人が振り返ると、そこには――――。
鳴らし終えたパーティー用クラッカーを手に持った野坂と順子、他にも大勢の桜ヶ丘生徒たちが、ニコニコ顔で拍手しながら立っていたのである。
「よかったなぁ、木本。おめでとう!」
握った拳の親指を突きたて、片目をつぶって野坂は言う。
「ホント、よかったわね、里美ちゃん!」
順子も満面の笑顔である。
目を点にしたままの木本が言った。
「お、おまえら………みんな、なんでここに? 一体いつから?」
「パーティーの途中でおまえがいないのに気づいてさぁ、見かけたヤツがいないか聞いてまわったんだよ。そしたら、ホラ、おまえは今日の主役の一人だろ? なんだか大騒ぎになちゃってさー」
野坂の言葉に、順子が付け加える。
「それで、みんなで探すことになったのよ。で、探しているウチにここに来て二人を見つけたのはいいんだけど……その、お取り込み中だったものだから、出るに出られなくなちゃって」
えへへ、と申し訳なさそうに順子は笑う。
「だから、みんなして温かくおまえらを見守っていた、と、まあこういうワケだ」
そう言ってから、野坂は木本に近づいた。そして、耳元で小さくささやく。
「俺のクラッカー、絶妙のタイミングだったろ? いくらおまえでも、ファーストキスのシーンをみんなには公開したくないだろうと思ってな。どうだ、俺に感謝しろよ?」
にやりと笑った野坂を見た後、木本は視線を里美に移した。
真っ赤になった里美は、恥ずかしそうな顔で木本の袖をぎゅっと握っている。
木本はくすりと笑った。
そして、すくっと立ち上がるとみんなに不適な笑顔を見せた。
「そんなワケで、俺たち二人は付き合うことになった。今後、里美にちょっかい出すヤツがいたら、その時は俺が許さんからな。みんな、覚えておくように!」
胸を張って堂々とそう宣言した木本の言葉に、みんなはワーッと歓声を上げる。
木本はチラリと腕時計を見ると、里美に手を貸して立ち上がらせてから、もう一度、みんなに向かって言った。
「そろそろ聖夜祭もお開きの時間だ。みんな、急いで体育館に戻るように! 会場の片づけを始めるぞ! 走れ!」
みんなが体育館に向かって走る中、木本も里美と並び、時々二人で視線を合わせて微笑み合いながら、幸せ気分で胸をいっぱいにしながら走った。
そして、その後の会場片付けの指導を、これまでになく熱を入れてテキパキと効率よく行ったのである。
そりゃそうだ。
だって、片づけが終わって家に帰れば、里美と二人っきりで過ごすラブラブのクリスマスが木本を待っているのである。これで熱を入れるなって方が無理な相談なのだ。
そして、もちろん、さっきのキスシーンの続きを、木本はハリキッテするつもりでいる。
「こらーっ、そこ! 遊んでないで、さっさと椅子を片付けろ!」
気を抜くと、ついニヤケそうになってしまう顔を必死で引きしめながら、少しでも早く家に帰れるように、木本は猛烈にがんばったのである。
空には満天の星。
雪は降らず、どうやらホワイトクリスマスにはなりそうもない空模様である。しかし、サンタクロースは一足早く、木本にクリスマスプレゼントを運んでくれたらしかった。
そう、とても素晴らしいプレゼントを。
つづく
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