召集命令を受けて集まったクラス代表三十名、加えて集合させた全生徒会役員たちを含む約五十名に対し、木本は小泉からの手紙を読んできかせた。みんながその内容を理解したことを確認すると、すぐに作戦会議に入る。
作戦会議とは言っても、すでに木本の頭の中には、これからすることの組み立てができあがっている。だから、各生徒たちに対して即座に指示を出し始めた。
「東校舎は一年が担当、南校舎は二年、そして、西校舎は三年生。それぞれ四階まであるから、一フロアに付き二クラスが担当する。四階を担当する二クラスは屋上のチェックも忘れるな。いいか、フロアの両端から、挟み撃ちにする形で探していくんだぞ。残った各学年の二クラスには、グランドと中庭を担当してもらう。一、二年がグランドで、三年の先輩方には中庭を含む校舎周辺を頼みます」
「音楽室とかの特別教室はどうする? 鍵がないと、中を調べることはできないぞ」
野坂が言うと、分かってる、といった風に木本はうなずく。
「各校舎、そして、中庭とグランドには、それぞれ生徒会役員を担当者として三人ずつ付ける。鍵の借り出し返却は、役員が責任を持って行うこと。他にもなにか指令本部への連絡や依頼があれば、すべてその役員を通じて行ってもらう。目印として、生徒会役員は全員が頭に青ハチマキを巻くことにしよう。順ちゃん、ハチマキは用意できるよな?」
「ええ。生徒会室にあるから、すぐにでも持ってこられるわ」
よし、と木本はうなずく。
「いいか、トイレも忘れるな。ヤツラ、どこに隠れているか分からないからな。それと、捕まえた中学部生徒は、すぐに体育館に連行してきてくれ。それはこちらで管理する」
他にも、いくつかの細かい指示を出してから、最後に木本は言った。
「とにかく、一番の目的は志乃さんと小泉を探し出すこと。他の九十九人の雑魚探しは、それができなかった時のための、言わば保険だ。それから、なんと言っても相手は中学生だ、暴力沙汰だけは絶対に禁止。これを破った者は、俺が直に校長に報告して、絶対に停学処分にしてもらう。みんな今から自分のクラスに戻り、十分間以内で今の話をみんなに伝えてくれ。それが終わったクラスから捜索開始だ。分かったか!」
その場にいた全生徒が大きくうなずく。
それを満足そうに見て取った木本は、顔をキリッとひきしめた。手を水平に振ると同時に号令をかける。
「よし、行けっ!」
各クラスの代表が駆け足でステージから去った後、残った生徒会役員たちに、木本は細かい指示を出し始めた。各校舎、フロア、中庭、グランドごとの三人の担当者を選任し、それぞれの役割を指示する。
「作戦本部への進捗連絡は欠かさず行うこと! 分かっているとは思うが、これで志乃さんを奪還できなかった場合、それは俺たちの完全な敗北を意味する。これまでの苦労は水の泡。聖夜祭は行えない上に、俺たちの面子も丸潰れだ」
ここで木本は、足元にあるダンボールから青ハチマキを取り出した。たった今、順子が生徒会室から持ってきた物である。それをギュッと額にしばった。
それにならって、他の役員たちも額にハチマキを結びつける。
全員がハチマキを付け終わったところで、木本は言った。
「俺たちの力、鼻をたらしたガキ共に見せつけてやるぞ! ここが正念場だ、よろしく頼む。戦闘開始だ、配置につけ!!」
「はいっ!」
役員たちは目に闘志をみなぎらせて、それぞれの配置へと走り去った。
後に残った木本、野坂、順子の三人は、ステージ上に長机と椅子をならべ、臨時作戦統括本部をそこに設置した。そうこうしている間にも、クラス代表からの説明が終わったクラスから、ぞくぞくと体育館を駆け出していく姿が見える。
腕時計を見ながら野坂が言う。
「残り時間四十分か。なかなか厳しいな」
「そうでもないさ。なんと言っても、高等部生徒は約八百人いるんだ。校舎内の捜査には二十分もあれば充分だし、一番時間がかかるのは、やっぱりグランドだろうな。後半、おまえにも陣頭指揮に立ってもらうかもしれないぞ」
木本が言うと、野坂は嬉しそうな顔をした。
「おう、まかせとけ! 正直、今すぐにでも行きたいくらだからな。俺、こういうドタバタ大好き! なんだかワクワクしちゃうぜ」
「なに言ってんのよ。本当に洋介は楽天家なんだから!」
野坂をにらみつけた順子が、今度は心配そうな顔で溜息をつく。
「志乃さん、大丈夫かしら? 辛い目とかに合わされてないといいけど………。ああ、やっぱりあの時、志乃さんを一人にするんじゃなかった」
「そうだな。でも………志乃さんは大丈夫だと思うよ、きっと」
そう言うと、少し考えてから木本はまた口を開いた。
「今回の件、どう考えても志乃さんは小泉とグルだぞ」
「ええっ?!」
野坂と順子が大きく目を見開く。
「な、なんでそう言えるんだよ?」
「だって、考えてもみろよ。志乃さんに嫌だと言われて、それを無理矢理連れて行くなんてこと、この学園に生徒にできると思うか? しかも、短時間にだぞ。前もって打ち合わせしていたかどうかは分からんが、少なくとも、志乃さんが納得して小泉と行動を共にしていることは間違いない」
むっつり顔の木本の説明を聞いて、野坂と順子は「なるほど、それもそうか」と納得した顔をした。
「アイツ、裏口から志乃さん連れ出したんだよな。うーん、聖夜祭に参加する生徒はみんな体育館に集まってたし、今日は就業式で学校は午前中までだったから、それ以外の生徒は校内に残ってないだろうから………目撃者を探した所で、見つからないだろうな」
腕を組み、考え込みながら野坂は呟く。
「ああ、やっぱりあの時、あたしが志乃さんを一人にしたのがいけなかったんだわ」
落ち込む順子に、木本は言った。
「順ちゃんのせいじゃないよ。それに、一人にしてくれと言って順ちゃんを追い出したことから考えても、やっぱり志乃さんは小泉とグルだとしか思えない」
その時、坂本が木本たちの所に走ってきた。
「全クラス、体育館を出ました。すぐに捕まえられた中坊たちが連行されてくると思います」
報告を終えた坂本は苦笑しながら言う。
「さっき、すっごい怒りまくった小林が来て、小泉見つけたらぶっ殺す、なんてことを息巻きながら飛び出して行きましたよ」
ははは、と野坂が引きつった笑いを見せる。
「まあな、あいつの気持ちも分からんでもないけど。だって、彼女をさらわれたんだ。彼氏としては、黙っちゃいられんだろう」
「でも、そんなことをされては困る」
そう言って、眉間にシワを寄せる木本に順子も同意する。
「そうよ! 流血沙汰は困るわ。学校側に対する、あたしたち生徒会の信用にかかわるもの」
「いや、そうじゃなくて」
不機嫌そうに木本は言った。
「小泉をぶっ殺すのは、この俺だ。小林なんかに譲ってたまるか」
冗談とも思えないその言葉に、一瞬、その場がシーンとした。
恐る恐る順子が言う。
「で、でも、ほら、さっき言ってたじゃない。暴力沙汰は禁止するって。みんなにああ言ったんだから、木本くんも守った方が………」
「職権は乱用するためにある。それに、隠れてやれば、みんなには分からない」
いつもの木本だったら決して言わないようなその言葉に、野坂、順子、坂本の三人はゴクリと唾を飲み込んだ。
今の会話でも分かる通り、木本はかなりブチ切れていた。
そう、冗談じゃない。
あの小泉、かわいい顔してとんでもないことをしてくれる、と木本は奥歯を噛みしめた。
今日の聖夜祭。それは木本にとって、なにがなんでも成功させる必要があるものなのだ。生徒会長という立場からにしろ、一人の男としての立場からにしろ。
だって、里美に告白するかしないかが、この聖夜祭の成功にかかっているのだから。
木本にとって、あの小泉という美少年は、本当に疫病神以外のなにものでもない。
学園中からホモ扱いされるようになったのもヤツのせい。それだけでも許しがたいことなのに、今度は木本から愛する者への告白のチャンスさえも奪おうとしている。
絶対に見つけ出す。ぼこぼこにぶん殴る。
そして、聖夜祭を必ず成功させるのだ。
そうこうしている内に、捕らえられた中学部生徒が、一人、また一人、そして続々と体育館に連れてこられ始めた。小泉からの手紙に書いてあったように、彼ら右腕には黄色いワッペンがつけられている。
黄ワッペンが体育館に連れてこられるたびに、作戦統括本部にはその人数と場所が、担当生徒会役員から報告される。
「二年三組の掃除道具入れから一人見つかりました」
「美術室から三人」
「一階のトイレの個室から四人。下駄箱から二人です」
「職員用の給湯室から一人。あれ、どうやって入ったんだろうな?」
「中庭の木の上から四人。まだ二人ほど逃亡中ですが、すぐに捕まえられると思います」
などなど、様々なところから黄ワッペンは捕らえられてくる。
それらを細かくノートに書き記しながら、木本たち三人は時計とにらめっこを続ける。
「お、おい、今何人捕まえた?」
開始から二十分を過ぎた頃、野坂からノートをのぞきこまれて木本は言った。
「六十人を超えたところだ」
「ペースとしては悪くないな」
「でも、これからが難しくなるんじゃない。時間も迫ってくるし、なかなか捕まえられない人たちって、とんでもないところに隠れているワケでしょう?」
不安そうな順子に、木本はうなずいた。
「確かに、これからが大変だ。段々見つけにくくなってくる。くそっ、小泉はどこに隠れてるんだ?!」
今のところ、小泉の姿を見かけたという報告はない。
というか、小泉は多分、どこかに志乃と二人で身を潜め、そこから動くことなくジッとしているはずだ。大勢の高等部生徒が自分を見つけようと走り回る中、下手に動き回るなんて愚かなことを小泉がするはずない、木本は思う。
どこだ、どこに隠れてる?!
考えながら木本がジリジリしていると、そこに里美が走ってやってきた。
「真ちゃん、志乃さんはまだ見つからないの?」
はぁはぁ言いながらも、心配そうに自分を見つめる里美に、それまで仏頂面だった木本の顔が、ふと穏やかなものになる。
「ああ、残念ながらまだだ。里美も探してくれてるのか?」
「もちろんよ。あたし、がんばって探すから! だから、大変だろうけど真ちゃんもがんばって!」
必死にそう言う里美の姿に、木本は温かい笑みを見せた。そして、里美の背後にちらりと視線を向ける。
そこには、里美を待つ内田の姿があった。
どうやら二人、一緒に黄ワッペンを探しているらしい。
心臓にチクリと針で刺されたような痛みを感じながらも、それを顔には出さずに木本は微笑む。
「ありがとな、里美。でも、あまり無理するんじゃないぞ」
「分かった! じゃあ、また行ってくる」
そう言うと、里美は内田と連れ立って体育館を駆け出して行ったのである。
そんな二人を、木本は複雑な心境で見守った。
その頃、高等部敷地内では。
「くぉらー、待てーっ!!」
「待てと言われて待てるワケないじゃないですかーっ!」
なんてことを大声で叫びながらの追いかけっこが、至る所で繰り広げられていた。
逃げる方も必死なら、捕まえる方も必死である。
暴力の御法度令が出ているため、表立っての殴り合いなどは起こっていない。しかし、逃げる黄ワッペンの足を引っ掛けてすっ転ばすとか、捕まえられてもがく黄ワッペンを、逃げないようにという理由をつけて、柔道の技でギリギリと絞め上げる、といった程度のことであれば、頻繁に起こっていたのである。
「へへへ、どうだ、高等部のお兄様の力、思い知ったか」
「イテテテテ、こ、降参です。もう逃げませんから、ゆ、許してーっ!」
しかし、ま、なかなか楽しそうではある。
階段の手すりを使って猛スピードで滑り降りた黄ワッペンが、勢い止まらずそのまま床に頭を打ち付けて気絶。心配した数人の高等部生徒が、慌てて医務室に担ぎこむ、なんてこともあった。
もちろん、女子生徒たちも負けてはいない。
「ちょっと、アンタ、そんな短いスカートで全力疾走したら、後ろからパンツ丸見えよ!」
「そういう先輩こそ、パンツ丸見えですよ。ホラ、先輩の後ろから、目の色変えて男の先輩たちが追ってきてますよー」
「きゃああああ!」
などと、男子生徒とはまたちょっと違った形で、女子生徒は追いかけっこに色を添えていたりなんかした。
とにかく、どちらも真剣。
しかし、そこにはなんとも言えない胸躍る楽しい雰囲気が満ちていて、時間が経つごとに、追う方にも追われる方にも、堪えきらない笑顔が浮かび始めた。
自分たちでも気がつかない内に、すべての生徒が童心に返り、この壮大なオニごっこを心から楽しんでいたのである。
しかし、その一方。
捕まえた黄ワッペンと時間の管理をしている作戦統括本部では、時間が経つごとに重苦しい雰囲気が立ち込めてきていた。
「残り時間十分を切ったぞ。あと何人捕まえてない生徒がいるんだっ!」
野坂の絶叫に、順子がノートを見ながら答える。
「今のところ全部で八十七人。残り十二人よ!」
「ええーっ、まだそんなにいるのかよ?! これって、かなりヤバイんじゃねーの。なあ、木本!」
それには返事をせず、木本は眉間にシワを寄せた怒り顔のまま、捕らえた黄ワッペンを黙ってにらみつけていた。
そう、ヤバイ。思いっきり形勢不利である。
このままでは、時間内に九十九人の黄ワッペン全員を捕まえられないかもしれない。それに、相変わらず小泉を見かけたという報告もゼロだ。
「野坂、そろそろおまえにも出てもらわないといけない頃かもな」
木本が呟くようにそう言い、野坂が顔を輝かせて立ち上がった時である。
ドカドカと大きな足音をたてて、五、六人の高等部男子学生軍団が体育館に入ってきた。彼らはかなりの数の黄ワッペンを、引きずるようにして連れている。
「尾崎さん!」
木本、野坂、順子の三人は、その集団の中心にいる男、慶田志乃ファンクラブ会長である三年の尾崎の元に急いで駆け寄った。
「よう、木本」
上背があり、横にも肉がたっぷりついた巨漢の尾崎は、その細く鋭い目で木本をにらみながらも、口元だけでニヤリと笑った。尾崎と共に体育館に入って来たその他の男子学生たちは、ファンクラブの主要メンバーたちである。
「ほらよ、これだけ捕まえてきてやったぜ」
尾崎たちの捕まえてきた黄ワッペンの人数を数えた順子が、歓喜の声を上げた。
「すごーい、十人もいる!」
「助かりますよ、尾崎さん」
木本が笑顔で礼を言うと、尾崎はふんと鼻を鳴らした。
「もう時間がねーだろう。あと何人残ってんだ?」
「尾崎さんたちのおかげで、捕らえた黄ワッペンの数は九十七人になりました。残り二人です」
その時、また一人の黄ワッペンを付けた中学部生徒が、数人の高等部生徒たちに取り囲まれながら体育館に入ってきた。
「………これで、残り一人か」
少し考えるような素振りを見せた後、尾崎は木本に言った。
「そろそろ頃合じゃねーか?」
それだけの言葉で意味を察したのか、木本は尾崎に即答した。
「いえ、だめです。それは許せません」
無表情に自分を見る木本を、尾崎はジロリとにらみつける。
「そうは言っても、もう残り十分ねえんだぞ。こうなったらもう、今いる中坊の誰かを脅してでも、志乃の居場所を吐かせるしか手はねえだろう?!」
「それをやったら、俺たちの負けになります」
「試合に負けて勝負に勝つ、っていう言葉もあるだろうが」
「俺は試合にも勝負にも勝つつもりでいるんです」
そこまで言って、木本はにっこりと尾崎に笑顔を見せた。
「志乃さんの安否を心配しているのなら、それは大丈夫だと断言できます。志乃さんは安全ですから、それは信じて下さい」
自信満々にそう言った木本をにらみつけていた尾崎が、ふーっと息を吐いた。
「もし、志乃にかすり傷一つでもあった日にゃ、中学部共々おまえのことも許さんからな」
「分かってます。とにかく、ぎりぎりまで粘らせて下さい」
「……………」
尾崎は振り返ると、後ろに控えていたファンクラブメンバーたちに号令をかけた。
「よしっ、俺らはまた中坊どもを探しに行くぞ。残り十分だ、急げ!」
そうやって、尾崎たちは来た時と同じように、また足音をドスドスいわせながら体育館を駆け出して行った。
それまで、遠巻きに木本と尾崎のやり取りを見ていた野坂が、体を震わせながら木本に近寄ってきた。
「ひえー、すごい迫力。やっぱ怖いなぁ、尾崎さんは。でも、大丈夫か? もし時間内に志乃さん見つけられなかったら、こりゃ本当に大変なことになるぞ」
「まあな。でも、あそこで引いてくれたということは、尾崎さんはそれだけ俺を信頼してくれているってことだ。そこは光栄に思わなきゃならないだろうな。それに、尾崎さんの言動は、すべて志乃さんを思ってのことだから、まあ、それも無理ないことだし。それよりも…」
木本は静かに目を閉じ、頭をフル回転させ始めた。
小泉、ヤツはどこにいる?
そんな木本の周りに、校内各所にちらばっていた生徒会役員たちが、仕事を終えて戻ってきた。
残り黄ワッペンはただ一人。作戦統括本部との連絡係としての務めは、すでにこの時点では不必要である。生徒会役員がいなくとも、黄ワッペンを捕まえた生徒は、すぐに体育館に連れて来るに違いない。
自分が心から信頼することのできる配下、生徒会役員たちに向かって木本は言った。
「闇雲に走り回ったところで、小泉と志乃さんは見つからない。みんな、頭を使って考えるんだ。きっと、どこかに盲点がある。ここはあり得ない、と思っている場所。そこに小泉と志乃さんはいる!」
木本からの命を受けて、役員たちは首をひねって考え出した。
再び木本も目を閉じて、志乃が連れ去られた前後のことを、つぶさに思い出し始めた。
ステージそでで一人になった志乃。鍵が開いていた裏口ドア。ライトダウンした会場内。そして、残されていた小泉からの手紙。
どこだ。俺が小泉だったら、どこに隠れる? 最も盲点となる場所はどこだ。
「……………」
時間だけがどんどん過ぎていく。残り時間は五分を切った。
俺だったらどこに………俺だったら、どこに志乃さんを隠す? 俺だったら………?
ハッと木本は目を開いた。そして、呟く。
「あそこだ………」
「なに、どうした?」
その呟きを聞いた野坂の問いを無視して、木本はもう一度呟いた。
「そうだ、あそこだ。あそこしかない。俺が小泉でも………そうだ、あそこに隠れる!」
「どうしたの?! どこか思いついたの?!」
順子の問いかけが聞こえたのか聞こえなかったのか、木本は走り出した。慌てて生徒会役員たちも、その後を追う。
残り時間は三分。
木本が思う場所に小泉がいなければ、これでアウト決定だ。次の場所を探す時間は、もう残っていない。
バカだな俺は、と木本は思う。
冷静になって考えれば、すぐに思いつく場所だったのに。
地団駄踏みたくなるような気持ちを抑え、木本は走った。
走って、走って、階段を駆け上がって、そして―――――。
バンッ、と勢いよく一つのドアを開けた。
肩で息をつく木本の目に、聖母衣装のままの志乃と小泉の姿が飛び込んでくる。
木本を見た途端、小泉はにこっと笑った。
「えへっ、見つかっちゃった」
「木本くん、ごめんねぇ〜」
心底申し訳なさそうに、両手を合わせて志乃が頭を下げる。
木本の後ろからは、野坂、順子に続いて生徒会役員たちが、その狭い部屋の中に入り込んできた。
「あっ、志乃さん!」
「こ、こんな所に隠れてたのか!」
二人が潜んでいた場所。
そこは、ステージそでの二階にある小部屋。そう、今回の騒動が勃発する前に木本や野坂がいた、あの放送機材の置いてあるアナウンス室だったのである。
荒かった息が落ちつくと、木本は眉をつり上げ、口を真一文字にぎゅっと結んだまま小泉に歩み寄った。そして、小泉の目の前までくると、そこで足を止めた。木本の握った拳は、怒りのためか小刻みに震えている。
そのただならぬ雰囲気に、その場にいた誰もがみんな固唾を飲んだ。
しかし、小泉だけは相変わらずの明るい笑顔である。
「もっと早く見つかるかなぁって思ってたけど、けっこうギリギリでしたね。ぼくって割と優秀でしょう?」
その様子は、大好きなご主人様に褒めてもらいたくて、ぷりぷり尻尾を振る仔犬のようである。
「小泉、おまえ………おまえってヤツは………」
そんな小泉を、木本は憎々しげにらんだ。――――――かと思うと、いきなりプッと吹きだしたのである。
腹を押さえ、反対の手で小泉の肩をばんばん叩きながら、木本は笑った。
「お…おまえって、本当にすごいな。ぷっ、や、やられたよ、ホント。あはははは」
なんだか、もう、腹の底から笑いがこみ上げてくる。
志乃が見つかったことによる安堵感と、たった一人の中学部生徒から、自分たち高等部生徒がこれほど踊らされたことの滑稽さ。
探して探して、約八百人が校内を駆けずり回って探していた張本人は、実はこんなに自分たちの近くにいたなんて。
これが笑わずにいられるか!
一瞬、唖然としていた他の生徒会役員たちも、木本の笑いに誘われたように、声を上げて笑い出した。みんなで小泉の周りに集まり、背中を叩いたり、頭を撫で回したりしながら大いに笑う。
「やられたよなー」
「ホント、よくやったよ」
「まさか、こんな所に隠れていたなんて、思いもしなかったよなー。やられた、やられた」
そんな高等部生徒会を前に、小泉は照れくさそうに頬を染めて頭をかいた。
ひとしきり笑った後、木本は笑い涙を指でふきながら時計を見た。
「たった今、五時半になった」
そして、自信と誇りと達成感に満ちた顔で小泉に言う。
「ゲームセット、だな」
「はい、ぼくたちの負けです。約束通り、志乃さんはお返しします」
きらきら輝く大きな瞳で木本を見つめながら、小泉は微笑む。
「ぼく、木本さんだったら絶対に見つけてくれると思ってました。きっと、ぼくのことを探し出してくれるって、信じてました」
「ばーか。俺が探していたのはおまえじゃない、志乃さんだ」
笑いながら木本から額を指で突かれ、小泉はかわいらしく舌を出す。
「でも、一体いつの間にここに入り込んだんだ?」
首を傾げる野坂の質問に、小泉ではなく、木本が答えた。
「俺がステージで、各クラスの代表と全生徒会役員に、事態の詳しい説明と細かい指示出ししていた時。そうだろ?」
木本の視線を受けて、小泉はにっこりうなずいた。
「はい。あの時、この部屋からやっと人がいなくなりましたから。それまでは、ステージそでにある木箱の中に隠れていたんです。運が悪ければすぐに見つかるかも、とは思っていたんですけど、でも、なんとか見つからずにすみました。後はずっとこの部屋です」
順子が情けない顔をして肩をすくめた。
「目に見える範囲だけは簡単に探したんだけど、さすがに箱の中までは確認しなかったわ。あーあ、なんたる不覚」
そんな順子を野坂がかばう。
「順子だけのせいじゃないよ。俺たちの誰も、この箱の中に志乃さんがいるなんてこと、あの時はまったく考えなかったんだから。だって、絶対に外に連れて逃げてるって思い込んでたからな」
他の生徒会役員たちも、うんうんとうなずいた。
「さて、と」
にやりと笑って木本は小泉を見た。
「このままだとおまえ、高等部の生徒たちからボロボロにされるぞ? どうするつもりだ?」
「どうするって………」
小泉は肩をすくめた。
「仕方ないですね。そうされるだけのことをしちゃったんですから、甘んじて受けるつもりです。最初からその覚悟でしたし」
そう言って、弱々しい笑みを浮かべる小泉を、フォローするように志乃が言う。
「あ、あたしも悪かったの。だから、あたしからみんなに謝ってみる。小泉くんから相談された時、あたしが嫌だって言ってたら、こんなことにはならなかったんだもの。もしかしたら、あたしから謝ればみんな許してくれるかもしれないし」
「ありがとうございます。でも、いいんです。自分がやったことの責任は、ちゃんと自分で取ります」
そんな志乃と小泉のやり取りを、感心そうに見ていた木本が言った。
「俺がなんとかしてやるよ」
えっ、と小泉が驚いた顔をして木本を見る。
「で、でも、なんとかするってどうやって?」
なにか楽しいことを思いついたような、そんな表情を木本はしている。
「まあ、任せておけ。俺の頭は、こういう時によく働くようにできているからな。それに、俺の都合もあることだし。とにかく、任せろ。ちゃんと丸く治めてやるから。でも………」
木本はイタズラっぽい視線を志乃に向けた。
「尾崎さんと小林のフォローは、志乃さん自身に頼みますよ。特に小林。小泉のこと、見つけたらぶっ殺すなんてことを言っていたそうですから」
そう言って木本が片目を閉じて見せると、志乃は恥ずかしそうに赤くなった。
「うん、分かった。あの二人には、ちゃんとあたしから説明する」
それを横で聞いていた小泉が、木本に耳打ちする。
「ファンクラブ会長の尾崎さんは分かるけど、でも、小林さんって? ………ああ、もしかして、今年、高等部に編入してきた、あの新聞部の小林さんですか? それが志乃さんとどういう関係………あっ!」
小泉はなにかに気づいたように驚いた顔をした。
「もしかして、志乃さんと小林さんって、そういう関係だったんですか?!」
信じられない、といった顔で目を白黒させる小泉を見て、木本は苦笑いする
「まったく、おまえはホント、余計なところにまで頭が回りすぎて困る。いいか、誰にも言うなよ。これは桜ヶ丘学園のトップシークレットだからな。もし誰かにしゃべったりしてみろ。その時は………」
「その時は………?」
ゴクリ、と小泉が唾を飲み込む。
木本はにやっと笑った。
「その時は、おまえのこと本気で嫌いになるからな」
一瞬にして、小泉は顔を青ざめさせた。
「ぜ、ぜ、絶対に言いませんっ!」
その場にいた小泉以外の全員が、声を上げて笑った。
「わ、笑いごとじゃありませんよー! 木本さんに嫌われたら、ぼく、もう生きていく気力をなくしちゃいますっ!」
泣きそうになりながらそう言う小泉の頭を、木本は笑いながらポンと撫でた。そして、順子を見て言う。
「よし、順ちゃん。校内アナウンスを頼む。志乃さんを時間内に発見したことの通達、それから、全生徒、すぐに体育館に戻ってくるように。聖夜祭、再開するぞ!」
「了解」
順子はみんなに口の前で人差し指を立ててみせてから、マイクのスイッチを入れた。
そんなわけで、まあ、色々とすったもんだはあったものの、中学部対高等部のオニごっこは、高等部側勝利の形で幕を下ろしたのである。
つづく
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