桜ヶ丘交響曲第2番「聖夜祭」


          9


 最近どうも様子がおかしいなぁ、と、内田は心配そうに里美を見た。自分のすぐ側で、なんだかしょぼくれた顔をした里美が、スコップで花壇の土をつついている。
 どうしたんだろう、と内田は首をかしげる。
 なにか悩みでもあるのだろうか。
 そんなことを内田が思っていると、里美が大きな溜息をついた。
 その顔は、なんだかとても悲しそうに見える。そんな里美の顔を見ているだけで、内田は自分まで悲しくなってしまうのだ。
 数ヶ月前、出会ったばかりの里美はこんなではなかった。
 確かにおとなしい人で、快活なタイプではなかったけれど、でも、野に咲く小さな花のように、とても可憐に微笑んだ。内田が名前を呼び、それに振り向く顔は、いつもそんな笑顔だった。
 そんな里美の笑顔が大好きで、見ているだけで胸がドキドキしてしまって、内田はすごく困った。ただ笑顔を見るだけで、信じられないくらい幸せな気分になれて、それが本当に、あまりにも幸せだったものだから、内田はよく困った。
 内田の大好きなその笑顔を、里美は最近あまり見せてくれない。それどころか、今みたいに大きな溜息をついて、思いつめたような顔をする。
 なにか困ったことでもあるのなら、自分が力になれないだろうか。
 そう思いながらも「どうしたんですか?」のひと言が言えず、ここ数日、内田はずっと悲しい気持ちをその胸に抱えていた。
 今はもう十一月の最後の週。冬の夕方四時過ぎともなると、太陽の位置はかなり低い。夏と比べると考えられないくらい早く陽は沈んでしまう。だから放課後、里美と二人、こうして花壇の手入れをする時間も、日増しに短くなっていた。
 そして、その一緒にいられる短い時間のほとんどを、里美は落ち込んだような、元気のない顔で過ごしているのだ。
 今日こそは、その理由を里美に訊いてみようかと考えて、内田はギュッと手を握った。
(どんな些細なことでも、俺にできることはなんだってやってあげたい。でも、年下の俺なんかがそんな立ち入ったことを訊いたりして、栗原さんが気を悪くしたらどうしよう?! ………とは言っても、やっぱり気になるし)
 なんてことを、内田が一人でモンモンと考えていると、里美がいきなり声をかけてきた。
「ねえ、内田くん?」
 突然のことに、内田は心臓がひっくり返るくらい驚いた。が、なんとか笑顔を作って里美の方を見た。
「な、なんですか?」
「内田くんは好きな人とかって、いる?」
 その好きな人張本人である里美自身からそんなことを質問されて、内田の胸は、もう呼吸が苦しくなるくらい激しく跳ね回った。顔も考えられないくらい真っ赤になる。
「なっ……ど、ど、どうしたんですか、いきなりそんなことっ?!」
 内田のあまりの狼狽ぶりを見て、里美はくすりと小さく笑った。
「ごめんなさいね、急に変なこと訊いたりして」
 そう言うと、里美はまた暗い顔になり、じっと地面を見つめた。
 そんな里美の様子を見て、内田はハッと落ち着きを取り戻す。そして、少し迷った挙句、思い切って里美に訊いてみることにした。
「どうしたんですか、栗原さん。最近………その、なんだか元気がないようですけど」
 ゆっくりと里美が顔を上げた。そして、揺れる瞳で内田を見つめる。
「ごめんね、やっぱり気づいてた? あたしってば、その時の気分がすぐ顔や態度に出ちゃうの。内田くんまで嫌な気分にさせちゃったかな? ホント、ごめんね」
 内田は慌てて首を振った。
「いえっ、そんなことありません! ただ、その………もし悩みとかがあるのなら、俺に話してみてもらえませんか? 俺、全然頼りにならないかもしれないけど、もしかしたら、少しは力になれるかもしれないし……そうじゃなくっても、誰かに話すだけで気持ちが楽になることも、あるかもしれないし」
 必死になって内田がそう言うと、里美も真面目な顔して首をゆっくり横に振った。
「頼りにならないなんて、そんなこと全然ないよ。それどころか、あたしは内田くんといると、とてもホッとした気持ちになれるの。なんだかもう、大昔からの親友みたい。ごめんね、勝手なこと言っちゃって」
 そう言ってくれた里美に、内田はまた赤くなる。
「と、とんでもないっ。俺の方こそ、そんな風に言ってもらえるなんて、とても光栄です!」
「ありがとう」
 そして、しばらく考えるような素振りを見せていた里美が、思い切ったように口を開いた。
「………そうね。内田くんに話を聞いてもらおうかな? 一人で悩んでいてもどうにもならないし。それに内田くんの言う通り、話を聞いてもらえるだけで、気持ちが楽になるかもね」
 やった。やっと栗原さんの役に立てる、と内田は歓喜に胸を震わせた。そして、次に聞かされた里美の言葉に、ドーンと奈落の底に突き落とされることになる。
「実はね、あたし、好きな人がいるの」
 里美はほんのり頬を赤く染めた。
「その人は本当に素敵な人で、顔だってカッコイイし、頭だってすっごくいいの。なにをやってもダメなあたしのことを、いつでもどんな時でも守ってくれて………まるで、物語に出てくる騎士みたいな人。あたし、その人のことが、小さな子供の頃からずっと好きだった」
 そこで言葉を切ると、里美は悲しそうに笑った。
「あたしがちょっと前から元気がなかったのは、その人に好きな人がいるかも知れないって、そう悩んでいたからなの………」
「………そ、そうなんですか」
 すでに内田の頭の中は真っ白で……というか、もうショックと悲しみのあまり大混乱を起こしていたのだけれど、なんとか内田は踏ん張った。
 今ここで、悲しい顔をするワケにはいかない。
 自分の気持ちを、今ここで里美に知られるワケにはいかない。
 そんなことになれば、今度は自分が里美に悲しい思いをさせてしまう。
 だから、必死に平静をよそおって内田は言った。涙が出るほど辛かったけど、我慢した。
「それで、どうだったんですか? やっぱりその人には好きな人がいたんですか?」
 少しうつむいたまま、里美はゆっくり首を振る。
「分からない。それどころか、最近になって大変なことが分かったの」
「大変なこと?」
「その人、もしかしたら同性愛者なのかもしれない」
 言った里美は、今にも泣きそうな顔になった。
 それに対し、内田は驚いた顔になる。
「ど、同性愛、ですか?」
「そう。簡単に言うと、ホモなのよ、ホモ。女より、男の方が好きなんだって」
 里美はまた、悲しそうに大きな溜息をついた。
「もう、どうにもならなくなっちゃった。例えあたしが美容整形して世界一の美人になったとしても、その人には好きになってもらえない。だって、あたしは女だもの。もう、どうにもならないわ」
 大きな瞳に涙を溜める里美を、内田は複雑な顔をして見た。そして、遠慮がちに言う。
「あ、あの、違っていたらごめんなさい。栗原さんの好きな人って、もしかして、木本会長なんじゃありませんか?」
 里美が大きく目を見開く。
「ど、どうして分かったの?! 内田くんって、もしかしてエスパー?!」
「い、いえ、それは違いますけど………」
 新聞部が発行している校内新聞に、内田は毎回目を通すことにしている。本当のこというと、校内の噂話なんてあんまり興味がない。
 そんな内田に、
「おまえはちょっと学園内のことにウトすぎっ! ほら、これでも読んで、もっと色々なことに興味持て!」
 なんてことを言いながら、小林は自分たちが発行した新聞を、毎回持ってきては内田に読ませるのだ。だから今、校内を騒がしている木本会長ホモ疑惑騒動のことを、内田もよく知っていたのである。
 カッコよくって頭がよくて、それでいてホモ。
 そんな人間、この学園中を探し回ったところで、木本会長以外にいるはずがない。というか、彼以外に考えられない。
 目を白黒させながら、自分を驚愕の表情で見つめる里美に、内田は言った。
「校内新聞を読んだんです。そこに木本会長の記事が書いてあったから、もしかしたらと思って」
 ああ、里美が納得した顔をする。
「そうか、そうよね。あの新聞、みんな読んでるのよね。バカね、あたしったら。内田くんのことエスパーだと思ったりして」
 そして、恥ずかしそうに顔を赤らめて里美は言った。
「そう、あたしが好きな人って、あの生徒会長の木本真二……真ちゃんなの。でも、完璧に失恋だわ。だって、あたしは男にはなれないもの」
 里美はポロリと涙を流した。
 しかし、そんな里美よりも、内田の方がもっと悲しい顔をしていた。
 目の前で自分の好きな人が泣いている。
 失恋したと言って泣いている。
 変な趣味を持つ自分を色眼鏡で見ることなく、普通に優しく接してくれて、さらには花壇の手入れまで手伝ってくれる。
 内田はそんな里美が好きだった。
 里美の笑顔が大好きだった。
 だから里美には、いつでも笑っていて欲しい。できることなら、世界一幸せになってもらいたい。
 内田は意を決して言った。
「木本会長がホモだなんて、そんなこと本当かどうか分かりませんよ。ウチの新聞部の発行する新聞に書いていることなんて、ほとんどがデタラメに決まってます」
 涙を目に浮かべたまま、里美は顔を上げた。
「で、でも……」
「だいたい、あの木本会長がホモだなんて考えられませんよ。確かに、会長は今まで女の人と付き合ったことがなかったかもしれないけど、でも、それと同じように、男と付き合ったって話も聞いたことないし。やっぱりウソですよ、あんな記事」
 にっこりと機嫌よく、里美を安心させるような笑顔を内田は見せた。
 そんな笑顔の内田が言うことを聞いて、里美もちょっと考える素振りをみせる。
「………そうかな? 本当にウソかなぁ?」
 大きく内田はうなずいた。
「ウソに決まってます。だから、元気出して下さいよ、栗原さん」
 内田の言葉を聞いて、里美は少し表情を明るくした。でも、やぱり完全には信じられずにいるのか、不安そうな思案顔である。
「でも、もし本当だったら? あたしはどうすればいいんだろう? ………内田くんだったらどう? 内田くんがあたしの立場ならどうする?」
「俺だったら………」
 自分を見つめる里美の目。その目には純粋な信頼の色が浮かんでいる。
 だから内田は言った。自分の思ったことを、真面目な顔で里美を正面に見据えながら言った。
「もし俺の好きな人が同性愛者だったら、それでも俺はその人のことが好きだから、その人に幸せになってもらいたいから………だから、その人を応援します。その人に笑顔でいてもらいたいから、心からその人の恋を応援します」
「……内田くん…」
 内田はにこっと笑った。
「でも、絶対に木本会長はホモなんかじゃないと思いますよ。だから、栗原さんもがんばって下さいね。俺、応援してますから」
 この時、里美がもうちょっとカンの鋭いタイプであれば、内田の言葉の裏に隠された想いに気づいたかもしれない。
 しかし、里美は超がつくほど鈍感だった。
「そっか………。なんだか内田くんの話を聞いていて、少し元気が出たみたい。そうよね、そういう考え方もあるのよね。好きな人に幸せになってもらいたいから応援する、か」
 何度も何度も感心したようにうなずくと、今日、初めての心からの笑顔を里美はその顔に浮かべた。そして、こんなことを言ったのである。
「そんな風に温かく見守ってもらえるなんて、内田くんに好かれる人って、きっと世界一の幸せ者だと思うなあ」
 内田は微笑んだ。
 心では泣いていたけれど、顔だけはこれ以上ないってほど温かく、そして優しく微笑んだ。

 内田の短く淡い初恋は終わった。



 そんなことがあった数日後、高等部は学期末試験準備期間に入った。
 試験準備期間、つまり、試験第一日目よりきっかり一週間前になると、すべての部活動はその活動を休止し、生徒たちは来たる試験へ向けての勉強に励まなくてはならなくなる。それは、生徒会とても例外ではない。
 この試験準備期間に入ると、木本と里美が一緒に勉強することは、桜ヶ丘中学部入学してからの恒例事項になっている。
 勉強開始時刻は夜の七時。それまでに、少し早めの夕食を済ませてどちらかの部屋に集まると、二人はそのまま十一時くらいまで、ただひたすらに勉強するのである。
 とは言っても、それは里美に関してのみ言えること。
 常日頃から授業の予習復習を欠かすことがなく、その都度しっかりそれらを頭に叩き込んでいる木本にしてみれば、試験前だからと言って、特にあせって勉強するなんてことは全く必要のないことなのだ。することと言えば、覚えていることに間違いや勘違いがないかのチェックをするくらいである。
 だから、二人で一緒に行う勉強時間、木本は里美の家庭教師に徹することができる。
 これまでの木本にとって、この試験準備期間とは、里美の成績を少しでもよくしなければならないという義務感からきた、まあ仕事のようなものだった。
 そして、里美にとっては、もう天国にでもいるかのような幸せに満ちた時間である。なんと言っても、大好きな木本を独り占めすることができる。自分だけを見ていてもらえる。しかも、毎日何時間も。
 しかし、今回はなにかがちょっと違った。
 なんだか二人の間に、異様な緊張感が漂っているのである。
 木本にしてみれば、里美に内田との関係を訊きたい。あの新聞を見て、里美がどう思っているのかを知りたい。でも、なにか訊きにくいというか、訊くのが怖いというか、そんな思いで頭の中がいっぱいになっている。
 そして里美は、木本が志乃のことを本当はどう思っているのかを知りたい。ホモっていう噂は本当なのかを確認したい。そう思っていながらも、なんだかそれは訊いてはいけないことのような気がして、どうしても口に出せずにいる。
 まあ言ってみれば、二人とも同じような理由から、心ここにあらず、といった状態でいるワケなのだ。  そんな風に二人が一緒に勉強をするようになって、すでに五日が過ぎている。二人の中のやりきれない思いは、もはや最高潮になっていた。
 ここにきて、もうガマンできずに先に動いたのは、思考回路が単純な里美の方だった。
 今日の勉強場所は里美の部屋である。どちらかと言うと少女趣味なその部屋は、淡いピンクで部屋全体がコーディネートされていて、ベッドの枕元には、たくさんのヌイグルミたちがお行儀よく座っている。
 ついさっき、
「ちょっと休憩でもしたら?」
 と言って母親がもってきてくれた紅茶とサンドウィッチを前に、里美は思い切って口を開いた。今いる場所が自分の部屋なせいか、なんとかその勇気が出せた。
「ねえ、真ちゃん、聖夜祭の準備はうまくいってるの?」
 とはいえ、ズバリと核心に触れることはせず、遠まわしなところから話を始める。
「ああ、うまくいってるよ」
 紅茶を飲んでいた木本が、ふと里美に目を向けた。もしかすると、この数日間で二人がまともに目を合わせたのは、これが初めてかもしれない。
 胸をドキドキ言わせながらも、必死の作り笑顔で里美は言った。
「志乃さんはどう? やっぱりキレイ? 衣装はもうできあがったの?」
 木本が嬉しそうな顔をする。
「試験準備期間に入る前日に、なんとか衣装はできあがったよ。それがまたすごくてな。志乃さんが着るっていうんで手芸部がはりきっちゃってさ、すごい手の込んだ刺繍入りになってるんだ」
「ふ、ふぅーん。試着はしてみたの?」
「もちろん。一部の人間の前でお披露目してもらったんだけど、見た瞬間、その場にいた全員から感嘆の息がこぼれたよ。いやー、本当にきれいだった。聖母っていうよりは、地上に降り立った女神、みたいな感じだったなぁ」
 思い出すようにそう言いながら、木本は顔をほころばせる。
「へ、へぇ、そうなんだ。あたしも見たかったなぁ」
 ひたすら志乃を褒めまくる木本を前に、里美は引きつった笑顔を見せ、一瞬、躊躇しながらも思い切って訊いてみた。
「志乃さんのこと、好き?」
 楽しそうな笑顔のまま、木本は答える。
「ああ、もちろん好きだよ。里美だってそうだろう? 彼女のことを嫌いな人間がいるのなら、ぜひ会ってみたいくらいだよ」
「そ、そうよね………」
 心の中で、里美は大きな溜息をついた。
 違う。聞きたかったのは、そういうことじゃない。恋愛感情としての「好きかどうか」が聞きたかったのに。
 なんだかガックリと体から力が抜けた。
 これ以上、質問を続ける気力が里美にはもうない。
 ホモ疑惑の件は、また日を改めて質問しようと思い、里美は疲労感を体中に感じながら紅茶に手をのばした。
 一方、木本はというと。
 なんだか久しぶりに、里美と楽しく普通会話することができた気がして、かなり気分をよくしていた。それに、今話をした感じでは、里美の様子はこれまでのそれと、なんら変わったところがない。
 もしかして、里美はあの新聞を読んでいないのだろうか、と木本は思った。それはあり得る。里美は校内の噂に敏感な方ではない。どちらかと言うと、無頓着と言えるくらいだ。
 そんなことを考えながらサンドウィッチをかじっていた木本は、よしっ、と顔を上げた。
 例のホモ疑惑の件、今ここで里美にはっきりと否定しておこう。
 仮に、里美がそのことを知らないのだとしても、いつ耳に入るか分からない。だったら尚更、先に自分の口から否定しておいた方がいい、と木本はそう思ったのだ。
 サンドウィッチを食べ終え、紅茶を一口すすった木本は、気を落ち着かせて冷静に、ゆっくりと言った。
「なあ、里美? ここ最近、新聞部が発行した校内新聞の号外、読んだか?」
 うつむき加減でサンドウィッチを食べていた里美は、ハッとしたように顔を上げた。その様子から、里美があの新聞に目を通していることに、木本は気づく。
 ということは、里美はあの噂を知っていながら、それでもいつもと変わらない様子で自分と接してくれていたことになる。
 木本はそれが嬉しかった。
 里美はあんな記事を信じたりしなかったに違いない。
「あれに書かれていたことなんだけど………」
「あれのことはいいの」
 言いかけた木本の言葉を、里美がさえぎった。
 え、と少し驚いた木本の前で、里美がにっこり笑う。
「あたし、全然気にしてないから」
 そう言う里美の笑顔は、無理しているのでもなく、作っているのでもなく、心からのものに木本には思えた。
 だから、木本は思った。
 やっぱり里美は違う。俺のことをちゃんと理解してくれている。あんなデタラメな記事を信じて、俺を勝手にホモ扱いするバカッタレ共とは大違いだ、と、そう思って木本は嬉しかった。本当に嬉しかった。
 そんな風に、感動と嬉しさで胸を震わせている木本に、優しい笑顔の里美は言う。
「あたし、全然気にしてないから。真ちゃんがホモでも、そんなこと全然気にしない。だって、真ちゃんは、真ちゃんだもの。例え世界中の人が真ちゃんを白い目で見たとしても、あたしはそんなことはしない」
「……………」
 はい?
 木本はその場で笑顔のまま固まった。
 それにかまわず、里美は懸命にしゃべり続ける。
「あたしは真ちゃんのことを応援するよ。だって、あたしは真ちゃんが大好きだから。真ちゃんが女の子より男の子のことが好きでも、そんなことは全然かまわない。ホントよ、あたしはいつだって真ちゃんの味方だから。ずっと応援し続けるから。それだけは、絶対に忘れないで」
 最初の笑顔はどこかへ吹っ飛び、後半、もう真剣な顔して必死にそう言った里美は、そこで一呼吸あけた。下を向いて、大きく息を吐く。
 数日前、内田に恋の悩みを相談してよかった。おかげで今、心から木本を応援する言葉を言えた。
 そんなことを思った後、里美は顔を上げ、なんとも慈悲深く温かい笑顔を木本に向けた。
「でも、欲を言えば、もっと早くあたしには打ち明けて欲しかった……かな?」
 そうすれば、こんなに悲しい思いをしなくてすんだかもしれないのに、という里美の心の呟きは、もちろん木本には聞こえない。
 ショックに体を硬直させたまま、唖然として里美の話を聞いていた木本の頭の中は、もはやグチャグチャを通り越して真っ白である。
 里美は自分を信じてくれていると思っていただけに、そのショックはあまりにも大きかった。
 だって、ホモであることを応援されたのである。こんな悲しいことってあるだろうか?
 放心状態の木本は、菩薩様のような微笑みで自分を見つめる里美に、呟くようにこう言った。
「ありがとう。とても………とても、嬉しいよ」
 木本にしてみれば、なにがあっても自分を応援してくれるという、その気持ちに対してありがとう、と言ったんだったが、里美はそれをこう受け取った。
「ホモの俺を見捨てず、差別しないでくれてありがとう」
 だから、里美は思ったのだ。ああ、やっぱり真ちゃんはホモだったんだ、と。

 この時点で、両想いであるはずの二人の心は、もう完全にすれ違っていた。悪いけど、つい笑ってしまいたくなるほどに。



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 さて、高等部よりも一足早く学期末試験を終えている中学部の生徒会室では、ここ数日、会長の小泉を中心に、かなり熱のこもった作戦会議が行われていた。
「よーし。これで作戦はバッチリだね」
 生徒会室の中心にある大きな机の上に広げられた、なんだか建物の見取り図のような物に顔を向けながら、小泉は視線だけで周りにいる生徒会役員たちを見回した。
「いいかい? 予行練習はできないからね。当日本番での一本勝負だよ。気合入れてがんばろうね」
 その視線を受けた役員たちは、やる気に満ちた顔でそれにうなずく。
「志乃さんにはOKの返事をもらった」
「計画には抜かりなし!」
「うわぁ、なんだかワクワクしてきちゃった。待ちどおしいわね、聖夜祭!」
 役員たちのそんな声を聞きながら、小泉はにっこりとかわいらしい笑顔を見せた。
「中学部生徒の志乃さんを愛する想い、プラス、僕の個人的な木本さんに対する熱い想い、ガツンと高等部の先輩たちに見せつけてやろう。がんばるぞーっ!」
「お――――っ!!」
 その場にいた全員が、握った拳を高く突き上げた。





 かくして、桜ヶ丘の様々な生徒たちの想いを運び、聖夜祭が始まろうとしていた――――――


     つづく





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