桜ヶ丘交響曲第2番「聖夜祭」


          8


 いつでも爽やかな笑みを絶やさず、余裕を持った態度を崩さない木本ではあるが、さすがに今日の木本は機嫌が悪かった。放課後の生徒会室でも、会長机に着いたまま、頬杖をついた仏頂面で室内の空気を悪くしている。
 しかし、そんなことはお構いなく、隣では野坂がニヤニヤ笑っていた。
「いやぁ、まったく、災難だったよなぁ、木本」
 そして、手に持っていた校内新聞を、ポイッと会長机の上、木本の目の前に投げた。
 ちらりとそれに目を向けた木本は、苦虫を噛み潰したような顔をする。
 その新聞には、大きく一面トップにこんなことが書かれていた。

『大スクープ!! 敏腕生徒会長にホモ疑惑発覚!

   桜ヶ丘高等部が誇る眉目秀麗、才色兼備な生徒会長、木本
  真二氏(17)が、これまた同中学部の誇る美少年生徒会長の
  小泉望くん(15)より、熱烈な愛の告白を受ける現場を、わが
  新聞部はおさえることに成功した!(証拠写真:左上参照)
   この小泉くん、写真を見てもらえれば分かると思うが、滅多
  にお目にかかれないくらいの超美少年である。一見の価値は
  あるので、気になったヤツはすぐに中学部へゴー!!
   告白を受けた時の木本氏であるが、そうまんざらでもなさそ
  うだったその様子に、一つの疑惑が頭をもたげた。も、もしか
  して、木本氏はホモだったのか?!
   これまでの長い学園生活、モテモテな割りに浮いた噂一つ
  立てたことのない木本氏であるが、その理由はもしかして、
  彼がホモだったからなのであろうか?!
   あまりに衝撃的な疑惑の発覚に驚きを隠せないが、しかし、
  みんな、同性愛者を差別してはいけない。わが新聞部も、彼
  らの今後の恋の行方を、温かく見守っていくつもりである。
   みんなもぜひそうしてくれ。
                                      以上』


「くそっ、新聞部のやつら、ろくでもない記事を書きやがって!」
 木本は頭から湯気をたてながら、その新聞を握りつぶした。
 言うにことかいてホモ、だとぉ?!
 頭の中で、思いつく限りの罵詈雑言を吐きまくりながら、木本はその新聞をグシャグシャに丸め、力いっぱいゴミ箱に投げ込んだ。
「あ、なにすんだ。それ、俺のだぞ」
 捨てられたその新聞を、慌てて野坂は拾い上げた。そして、それを破れないように丁寧に広げながら、誰にともなく言う。
「しっかし、まあ、面白い記事書くよなぁ、新聞部は。これ書いたの小林かなぁ? それともやっぱり部長の戸田かな?」
 ヘラヘラ笑う野坂を、木本はギロリとにらみつけた。
「どっちでもいいよ、そんなこと! それより、この記事………これが一般社会なら、俺は絶対に新聞部を、名誉毀損で訴えてるぞ!」
 珍しく頭をカッカさせている木本をなだめるように、順子が言った。
「まあ、あまり気にしなくてもいいんじゃない? これを読んで、みんながみんな、木本くんを、その、ホモだと思い込むってことはないんだから。新聞部が事実を誇張して記事を書くのは、みんな知ってることなんだし」
「でもな、俺の立場にもなってくれよ」
 腕を組み、眉間にシワを寄せて、どこということなくむっつり薮にらみをしている木本を、困ったような顔で順子は見る。
「うーん、それはそうなんだけど、でも、この記事、全くの事実無根ってワケじゃない? そこが困ったところなのよねぇ」
 木本は思いっきり、口をへの字に曲げた。


 昨日の放課後、中学部生徒を聖夜祭に参加させてくれるよう直談判するため、小泉は高等部生徒会室にやって来た。そして、そのかわいらしい顔をポッと赤く染め、少し恥ずかしそうに、でも口調はハッキリと木本に言ったのである。
「僕、木本さんのこと愛しちゃってるんです!」
 衝撃の告白に頭が真っ白になった木本は、思わず椅子から転げ落ちるという、なんとも不様な醜態をさらしてしまうことになった。
 もちろん、その場にいて、小泉の愛の告白を聞いていた全員が、唖然とした顔で口を大きく開けたのである。
 倒れた拍子にしこたま打ってしまった頭を押さえながら、なんとか起き上がった木本は、宇宙人でも見るような顔を小泉に向けた。
「だ、大丈夫ですか、木本さんっ。怪我しませんでしたか?!」
 会長机越しに自分をのぞき込み、心配そうな顔をする小泉。
 そんな小泉から、木本は慌てて目を反らした。そして、「大丈夫だ」と堅い声で言うと、ずれた眼鏡をかけ直し、もう一度会長席に腰を下ろした。
 大きく息を吐くと、気持ちを落ちつけようと必死になって努力する。
 そして、なんとか冷静さを取り戻した(と思い込んだ)木本は、もう一度、小泉に目を向けてみた。目が合った途端、小泉はにこっと笑って言った。
「で、いい返事はもらえるんでしょうか?」
 は、とまた木本は、一瞬固まってしまいそうになる。
「いや、えっと………なにが?」
「いやだなぁ、木本さんたら。さっき僕、付き合って下さいって交際の申し込み、木本さんにしましたよね? あれの返事に決まってるじゃないですかぁ」
「あ……れの返事か。はは、そ、そうだよな、ははは、決まってるよな」
 不自然に笑った後、木本は眼鏡をはずしてハンカチで拭き始めた。本人は気づいていないかもしれないが、あせった時に眼鏡を拭いて落ち着きを取り戻すのは、最近できた木本のクセである。
 いつもよりゴシゴシと強く眼鏡を拭き、ピッカピカになったそれを掛け直すと、ようやくいつもの余裕の笑顔が木本に顔に浮かんだ。とは言え、まだかなり無理しているようではあったが。
 平静を装い、なんとかがんばって小泉を見据えた。
「気持ちはありがたいんだがな、小泉。おまえと付き合うことはできないよ」
 木本の返事を聞いて、小泉はえーっと驚きと不満の入り混じった声を上げる。
「どうしてですか? 僕のどこがいけないんですか?!」
「ど、どこがって………」
 まずはおまえが男なのがいけないんじゃ―――――――――――――っ!!
 と、叫びたくなるのを、木本は必死で堪えた。そして、冷静に冷静に、と自分に言い聞かせる。
 コホンと木本は咳払いを一つした。そして、できるだけゆっくりと落ちついて、相手を説得するように優しく言った。
「悪いんだけど、俺には同性を好きになる趣味はないんだ。いや、決して同性愛を差別するつもりじゃなくて………。ま、つまり、そういうワケだから、俺はおまえとは付き合えない」
「それを言うなら、僕だって同性愛嗜好者じゃありませんよ」
 にっこりと小泉は言う。
「当たり前のことですが、男よりは女の子の方が断然好きです」
「え、でもだって………」
「正直、僕はホモが嫌いです。これまで、散々その手の男たちからクドかれてて、もう辟易してるんです」
 苦笑いしながらそう言う小泉のかわいい顔を見ながら、確かにコイツなら、いかついタイプのホモたちにモテるだろうと、ちょっと混乱気味の木本はそんなことを考える。
「だ、だったら、どうして?」
「だって、木本さんのこと、好きになっちゃったんだもの。それは木本さんが男だからじゃなくて、好きになった木本さんが男だったと、それだけのことなんですよ。やっぱり、愛には国境もなければ性別もないものなんですねぇ。僕、初めて知りました」
 頬に手を添え、悩ましい息をほぅっと吐くと、小泉はうっとりと木本を見つめた。そんな小泉の熱い視線を受けて、木本はたじろぐ。
「いや、でもやっぱり、俺はおまえとは………」
「いいじゃないですか、試しに付き合ってみたって。木本さんは今、彼女とかいないんでしょう?」
「そ、そりゃそうだけど…」
「今はその気はなくても、付き合ってみたら僕のこと好きになるかもしれませんよ。いえ、心配しないで下さい。絶対にそうさせてみせますから。それに、そんじょそこらの女の子に比べたら、僕の方が絶対にかわいいですよ」
 ノリノリでそう言う小泉に、もうかなり混乱している木本は、思わず真顔でこう答えた。
「まあ、それは言えるな」
 それを聞いた途端、生徒会室の人間から、「え?!」という声があがり、いっせいに不信の目が木本に集まった。
 ハッとそれに気付いた木本は、慌てて手を首をぶんぶん横に振る。
「いやっ、違うぞ! そういう意味じゃなくて………と、とにかく!」
 木本は呼吸を整えると、少し鋭い視線を小泉に向けた。
「俺にはおまえと付き合う気はない。全くない!」
「ええー、そんなぁ。僕と付き合ってみて、絶対に損はしませんよ。だから、もう少しゆっくりと考え………」
 不満そうに、しつこく食い下がる小泉の言葉をさえぎって、木本は言った。少し、キレかけてたかもしれない。
「考える必要はない。話は以上だ。用事が済んだのなら、早く中学部に帰れ!」
 そう言うと、木本はビシッとドアを指さした。
 しばらく恨めしく悲しそうな顔をしていた小泉だったが、ふうと息を吐いて肩をすくめると、ペコリと頭を下げた。
「分かりましたー。それじゃ、僕、帰ります」
 そして、素直にドアに向かってくと、小泉はノブに手をかけ、最後にもう一度木本を振り返った。そして、まるでお花が舞い踊っているかのような可憐な笑顔を向けて、こう言った。
「一度や二度フラれたくらいで、僕はあきらめませんから。こう見えて、けっこうしつこいんです。絶対に木本さんに好きになってもらいますからね」
 そういい残すと、落ち込んだ様子もなく、元気に生徒会室を出て行ったのである。
 後に残された生徒会一同は、もう唖然とするばかり。
 呆けたような顔で野坂が言う。
「………すげーヤツに好かれちまったもんだな、木本」
 その後、順子も呆けた様子で、
「木本くんのあんなに狼狽した姿、初めて見たわ」
 と言った。
 二人と同じく、やはり呆けた顔して「ああ」とだけ木本は答えた。
 そもそも、この日の木本のコンディションは最悪だった。聖夜祭の準備も忙しかったし、さっき知ったばかりの里美と内田のの関係のことで、もう頭の中はいっぱいいっぱい。そうでなければ、あんなガキンチョのたわ言くらい、もっとスマートに軽く受け流していただろう。
 そんなこんなで、木本は動転し、言ってみれば錯乱しているような状態だったものだから、小泉が出て行ったすぐ後、偶然その場に居合わせた小林が、コソコソと逃げるように生徒会室を出て行ったことに、まったく気づかなかったのだ。
 そして、翌朝、新聞部が号外として売り出したのが、たった今野坂が手に持っている新聞なのである。
 くそ、くそ、くっそーっ、と、もし周りに誰もいなければ、床をガンガン蹴りつけてやりたいような、そんな気分で木本はいた。
「ま、人の噂も七十五日って言うし、放っておけば、こんなのみんなすぐに忘れちゃうわよ」
 気を使ってそう言った順子に、野坂も相槌を打つ。
「そうそう。言いたいヤツには言わせておけばいいんだよ。気にすることないさ。ま、ちょっと面白いけどね」
 そう言った野坂を軽くにらむと、木本は肩をすくめた。
「いいよ、もうどうだって。気にするのもバカらしい。ただ、戸田にはなにかおごらせる。俺のおかげで儲かったんだ。来年度の部費の話で脅迫してでも、絶対に大金使わせてやる」
 そう言って、意地悪く笑った余裕のある木本を見て、生徒会役員たちは、ホッと安堵の息をもらしたのである。
 どうやら、いつものクールな木本に戻ってくれたらしい。
 しかし、木本や野坂、順子の楽観的予想は大はずれして、今回の木本会長ホモ疑惑騒動は、学園内でどんどんヒートアップしていったのである。
 なんと言っても木本は高等部での指折りの有名人である。顔もよければ頭もいい。
 そして、その相手役の小泉も、どうやら中学部きっての人気者であるらしいのだ。
 小泉人気の一番の理由は、もちろん、男にしておくのは勿体無いくらいの、彼のかわいらしい顔にある。が、あんな顔している割に、豪胆で行動力もあり、ハキハキと物を言う彼のハッキリした性格も、彼の人気を上げる要因となっているらしい。
 そんな、タレント性抜群の生徒会長二人の色恋沙汰(しかも、両方とも男!)である。こんな面白すぎるネタを、学園の生徒たちがそう簡単に手放すわけもなく、話はどんどん大きくなっていった。
 そのせいで、あの新聞が発行されて以来、木本の下駄箱には、数通のラブレターが欠かさず入るようになった。そして、それがみんな男からの物であることが、木本をさらに憤慨させ、また苦笑いさせていたりしたりする。
 学校の廊下を歩けば、みんなが自分に意味深な目を向けてくる。ヒソヒソと、なにかささやき合う。しかし木本は、それらを完璧に無視し、いつもの余裕の表情を崩すことなく、堂々と胸を張って歩いた。
 人に後ろ指をさされるようなことはなにもしていないし、それに、みんなから注目されることには、元々慣れている。
 しかし、木本にも気になることはあった。
 それは、今回の噂話を聞いて、里美がどう思っているか、ということだ。
 もう、ここしばらくずっと、里美には会っていない。
 同じ学校だし、家は隣だ。会おうと思えば、すぐに会える所に里美はいる。
 でも、会いに行かない、いや、行けない。
 里美は内田のことが好きなのだろうか。もしかして、二人はすでに付き合っているのでは?
 会えば必ず訊いてしまう。二人の関係を質問してしまう。
 そして木本は、その答えを聞くのが怖いのだ。そのことを考えただけで、なんだか頭痛までしてくる。
「俺ってこんなに情けないヤツだったか?」
 そう呟いて、木本は大きな溜息をついた。
 これまで、自分の前に立ちはだかる壁は、もうガンガン打ち砕いて前に突き進んできた木本である。
 だから木本はとまどっていた。いつもの調子が出ず、オロオロしてばかりいる自分に、心底とまどっていた。
 そして、俺はやっぱり里美のことが好きなんだなぁ、と、実感したのだ。


 さて、そんなホモ疑惑騒動の冷めやらぬ週明けの月曜日。
 放課後、学園一の美少女である慶田志乃は、かねてからの予定通り、手芸部の部室にいた。聖夜祭で自分が身にまとう、聖母衣装の寸法直しのためである。
 部長の瀬川芳子は、興奮を隠しきれない様子で、志乃の肩幅や袖丈、ウエスト、身の丈などをメジャーで測っていた。
「志乃さんが着る衣装の手直しができるなんて、とても光栄です。任せておいて下さいね。着心地のいい衣装に、ばっちり作り直しますから」
「ありがとう。よろしくお願いね」
 志乃がにっこり微笑むだけで、もう部室内は、春が来たかのような温かい空気に包まれる。そして、部員たちは、みんなウットリと志乃に見惚れて、その美しさに感嘆の息を吐いた。
 寸法を測りながら、芳子は言った。
「ついでだから、衣装に新しい刺繍を入れようかと思っているんです。あたしたち手芸部の本業はそっちだし、その刺繍の入った衣装を志乃さんが着てくれるなら、こんな本望なことってありませんから。ねえ、みんな?」
 周りにいる部員たちは、うんうんと大きくうなずく。
 志乃は嬉しそうに笑った。
「ホント? わあ、どうもありがとう。すっごく楽しみだわ。でも、悪いわね。わざわざそんなことまでさせちゃって」
 申し訳なさそうな顔をする志乃に、いたずらっぽい笑みを浮かべて芳子は言った。
「いいえ。あたしたちがやりたいだけですから。それに、ここで手芸部の必要性を生徒会に見せつけて、来年度の部費アップを計る目論見もありますし」
 ああ、なるほどね、と言って志乃は納得した顔をした。
 以前、女子バスケット部のキャプテンをしていた志乃である。生徒会から部費をひねり取る苦労は、もちろんよく知っている。
 そんなことを話している内に、あっと言う間に採寸は終わり、この機会を逃すものかと言わんばかりに手芸部員から引き止められた志乃は、並べられたお菓子を前に、みんなと楽しく談話していた。
 その話題の中心は、やっぱり例のホモ疑惑騒動である。
「どう思います、志乃さん。木本くんって、本当にホモなのかしら?」
「さ、さあ、どうかしらね」
 芳子の問いに、志乃は曖昧な返事をしながら複雑な笑みを浮かべた。
 小泉が木本に告白した時の模様は、すべて現場にいた小林から聞いて知っている。だから、告白されたことを、木本が迷惑がっていたことも、志乃は知っているのだ。
 でも、自分と小林との仲はみんなには秘密だ。迂闊に口を滑らせて、そのことがみんなにバレてしまっては困る。
 だから志乃は、曖昧な返事をした。
 それに、小林だって言っていた。
「確かに、あの時、木本会長は狼狽していたし、思いっきり迷惑そうにもしてたけど、でも、だからと言ってホモじゃないと決め付けることはできないよ」
「どうして?」
 不思議に思って志乃が尋ねると、小林は腕を組み、少し考えてからこう答えた。
「だってさー、どう考えたっておかしいよ。あの人、あんなに人気があってモテるくせに、今まで彼女を作ったことないんだろう? それってさ、もしかすると、女に興味がないからかもしれないぜ?」
 なるほど、それも一理ある、と志乃は思った。
 そんな小林との会話を志乃が思い出していると、芳子が少し離れた所にある机の引き出しから、なにかを持ってきて、喜々として志乃の前に広げた。
「志乃さん、これ見ました? ついさっき、また新聞部が号外を発行したんですよ。それがまた面白くて。例の小泉くんに単独インタビューですって」
「あら、ホント? 知らなかったわ。見せて見せて」
 手に取って、志乃は新聞に目を通し始めた。
 そこには、小泉のかわいらしい顔のアップ写真と共に、彼のプロフィールが掲載されている。そして、最後にQアンドA方式で、新聞部からの質問に対する小泉の返答が載せられていた。
 その中に、こんなモノがあって、読んでいて、つい志乃は笑ってしまった。


  Q.木本高等部会長の、どこが好きなんですか?
  A.すべてです! あの端整な顔も好きだし、頭脳明晰でクールなところ
    なんかも、僕のハートをビリビリ震わせてくれます。
  Q.でも、フラれたんですよね?
  A.ええ。でも、あきらめる気はありませんよ。
  Q.はっきり訊きますけど、小泉くんは同性愛者なんですか?
  A.まさかっ! 違います。でも、木本さんが相手なら、ホモになっても
    いいかなぁ、って思ってます。それほど、僕の木本さんに対する愛情
    は深いんです。ええ、絶対に手に入れてみせますとも!
                                                』

 等など、まだまだ小泉の爆弾発言は続いている。
「それにしても、この小泉って子、自分の意見をハッキリ言う子よね」
 苦笑しながら志乃が言うと、芳子も笑いながらそれに相槌を打った。
「本当に。でも、これを読む限り、もう木本くんからはフラれてしまっているようですね。と言っても、あきらめる気もなさそうだけど」
「いつも冷静沈着なあの木本くんが、この記事を読んで、どんな顔しているか想像するだけで、悪いけど笑っちゃうわ」
 その場にいた全員が、笑いながらそれに同意した。

 そんなこんなで、手芸部での楽しいひと時を過ごした後、下校するために下駄箱に向かおうと、志乃が一階の中庭に面した渡り廊下を歩いていた時である。
「慶田志乃さん」
 中庭の茂みの中から誰かに呼びかけられ、志乃はふと足を止めた。
「誰?」
 志乃の呼びかけに、一人の少年が茂みの中から姿を現した。
 その少年を見て、志乃が驚いたように目を見開く。
「あら、あなた………」
 それは、つい今しがた、手芸部で話題にして盛り上がった時の人、小泉中学部生徒会長その人だった。
 ペコリと小泉は頭を下げた。
「突然すみません。僕、中学部で生徒会長をしている、小泉って言います」
「知ってるわ」
 そう言って、志乃はくすりと笑った。
「今やあなたのことを知らない人なんて、この高等部には一人もいないんじゃないかしら? あなたのインタビューが載っている新聞も、ついさっき読んできたばかりよ」
 それを聞いて、小泉はポッと頬を赤らめた。
「志乃さんに知ってもらえてるなんて、すごく光栄です!」
 木本に熱烈アプローチをしている小泉も、さすがに学園一の美少女志乃には、かなりの憧れの気持ちを持っているらしい。
 あら、意外と普通の子じゃない、なんて思いながら、志乃は訊いた。
「わたしを待ってたの? こんな所で?」
 その質問に対し、小泉は屈託のない笑顔で答える。
「はい。志乃さんが今日、聖母衣装の仮縫いのために手芸部に出向くってこと、この前生徒会室におじゃました時、ボードに書かれてあるのをチェックしといたんです。だから、ここで待っていれば志乃さんに会えると思って」
 ふーん、と、志乃は心の中で思った。
 小林から聞いていた通り、この小泉という中学生、かわいい顔をしている割に、なかなか侮れない切れ者らしい。
 その小泉が、自分になんの用があるのか。 まさか、単純なファン心で自分に会いに来たワケではあるまい。
 今や小泉は渦中の人である。のほほんと高等部にやって来て、うっかり誰かに見つかりでもしたら、囲まれて大騒ぎになってしまうに決まっている。小泉もそれが分かっているからこそ、茂みの中に潜んでいたに違いない。
 そんな危険を冒してまで、自分になにを言いにきたのか。
 単純に、志乃はこの小泉という少年に興味を持った。
「で、あたしに用事って、なに?」
 志乃が笑顔でそう訊くと、小泉は小声でささやいた。
「実は折り入ってお願いがあるんです。ちょっと長くなるんで、よければこのまま、中学部の生徒会室に来ていただけませんか?」
 ワクワクしながら、志乃は大きくうなずいた。


     つづく





前ページへ 桜ヶ丘目次へ 次ページへ