守りたいという気持ちは、好きだという気持ちとイコールなのか。
それがよく分からず、木本は頭を悩ませていた。
ふと見ると、木本の部屋の窓から、里美の部屋の窓が見える。小学生の頃は、側にある大きな木を登り、親たちに内緒で里美の部屋に遊びに行ったりしたものだ。
いつも自分の後を追ってくる里美。よくイジメられ、かわいい顔をくしゃくしゃにして泣いてばかりいた。
「もう泣かないで」
そんな里美の顔をのぞき込みながら、木本は言った。
「俺がなんとかしてやるから。里美が泣かなくていいように、俺が絶対になんとかしてやるから」
そう言うと、里美は泣きながらも嬉しそうに笑った。絶対的な信頼の目を木本に向けて、涙を拭いながら赤い目のまま笑った。
この信頼は裏切れない。もう里美に悲しい思いはさせない。
そう思いながら、木本は里美を守り続けてきた。
里美の笑顔を見るのが好きだった。頼ってもらえることが嬉しくて、そして、誇らしくもあった。
それが、いつの頃からだろうか。里美を守ることが、形式的なことになってしまったのは。
里美が泣く、それを木本が助ける。里美が困難を抱える、それを木本が解決する。そういうことを何度も何度も続けていく内に、木本にとって里美を助けるということは、もはやライフワーク、言ってみれば毎日ご飯を食べるのと同じように、ごく当然、やるのが当たり前、みたいな感じになってしまったのである。
だからもう、里美をどう思っているかなんてことは、すっかり木本の意識から遠くに吹っ飛んでしまっていて、もはや考えることさえなくなっていたのだ。
そんな里美に対する気持ちを、数年振りにじっくり真剣に考えてみる。
しかし。
「分からん。さっばり分からん」
憮然とした顔で腕を組み、木本はそう呟いた。
幼い子供だった遠い昔、確かに木本は里美が好きだった。それはもう、間違いない。
しかし、今はどうだろう。
里美といると、確かに心が和む。不快に思うことなんて絶対にないし、会話するだけで伝わってくる、里美の優しい気持ちがとても心地いい。
でも、だからと言って里美が好きだと断定できるかというと、それも違うと思う。だって、里美は幼なじみなのだ。物心つく前からいつも一緒にいた仲なのだ。心が和むのも不快に思わないのも、それは当たり前のことだと木本は思う。
でも間違いなく、里美の人気投票の順位を知った時、木本は不愉快になったのだ。モンモンと嫌な気分に襲われた。
ということは、やっぱり俺は今でも里美が好きなのだろうか、と考えて、木本はその端整に整った顔をわずかにしかめた。それも、どうもハッキリしない。
それじゃ、どうすればいい? どうすれば、自分が里美を本当はどう思っているのかが分かる?
うーん、としばらく考えてから、木本はもう一度、里美がいるはずの部屋に目を向けた。
時刻は夜の十一時半。カーテンの隙間から明かりが漏れているから、里美はまだ起きているのだろう。
空はキレイに晴れ上がり、夏よりも澄んだ空気の中に見える冬の星座は、美しくきらめきながら、せいいっぱいの自己主張をしている。
しばらくそれを眺めていた木本は、大きな溜息を一つつくと、軽く首を振ってからカーテンを閉めた。そして、すっかり冷めてしまった机上のコーヒーを一口飲む。
とりあえず、里美に会ってみよう。
考えてみれば、ここしばらく里美には会っていない。最後に会ったのは、志乃の聖母役が決まった日の夜である。宿題を教えてくれとやって来た里美が、体調が悪いと言って急に帰ってしまった、あの時以来になる。
生徒会の仕事も忙しかったし、間にはさんだ土日にも会わなかったから、もう丸一週間、木本は里美の顔をまったく見ていなかった。
里美に会おう。そうすれば、なにか分かるかもしれない。
翌日、木本は学校に行く準備をいつもより少し早めに済ませ、隣の栗原家に向かった。そして、門の脇にあるチャイムを押したのである。
手っ取り早く、里美と一緒に登校しようと思ったのだ。
小学生の頃は、毎日一緒に学校までの道のりを歩いたものである。そして、桜ヶ丘に入学したばかりの中学部の頃も。それぞれの交友関係も広がり、いつの間にか二人で時間を示し合わせて家を出ることもなくなったが、それでも、偶然家の前で会い、そのまま一緒に登校するというようなことは、今でも時々していた。
「おはよう、真二くん」
「おはようございます、おばさん」
門の前にたたずむ木本に、わざわざそこまで駆け寄ってきた里美の母親が、満面の笑顔で言った。
「里美のこと、わざわざ迎えに来てくれたの? ありがとね」
嬉しそうにそう言う里美の母親は、いつも明るく、そしてイキイキとした快活な女性である。セミロングの髪を後ろで一つに束ね、外出する時以外はいつもエプロンをつけていて、それは木本にとって馴染みの姿になっている。
そんな里美の母親に、木本は笑顔を向けた。
「ええ、たまにはいいかなと思って。里美います?」
「それがねぇ」
頬に手を添え、母親はほぅっと息を吐いた。
「あの子、もう学校に行っちゃたのよ」
「え、もう?」
思わず木本は、腕時計に目を向けてみた。まだ、かなり早い時間帯である。
「里美、いつもこんなに早く家を出てましたっけ?」
「ううん、とんでもない。どちらかというと、遅刻ギリギリくらいだったの。それがねぇ、いつぐらいからかしら」
人差し指をアゴにあて、上を向いて思い出すような仕草で、母親は言う。
「数ヶ月前くらいからかしら? 時々、今日みたいに朝早く学校に行くようになったのよ。帰って来るのも遅いし。それでも、前は一週間に一日くらいだったんだけど、最近はそれが頻繁で」
「……………」
「あたし、真二くんは知っているんだと思って安心してたから、特にこれまで詮索しないできてたんだけど………その様子だと、知らなかったみたいね?」
木本が無言でうなずくと、母親は腕を組んで眉を寄せた。
「まったく、あの子ったらなにやってるのかしら? ごめんなさいね、せっかく来てくれたのに。あの子もバカねぇ、大好きな真二くんが来てくれたことを後で知ったら、きっと泣いて後悔するわよ。だって、あの子、本当に真二くんのことが好きなんだから」
娘の真二に対する想いを知っている母親は、フォローのつもりでそう言ったのだが、しかし、木本は後半、「あの子もバカねぇ」くらいから後の言葉を、まったく聞いていなかった。顔はごく冷静でいたものの、頭の中は「?!」でいっぱい、驚きと疑問でこんがらがってしまっていたのである。
だって、木本は知らなかったのだ。里美が最近、毎朝普通より早く学校に行き、そして、遅く帰ってきていることを。
本当に、全く、少しも知らなかった。
「ホントにごめんねぇ」
そう言う母親に「気にしないで下さい」と笑顔で会釈すると、木本はそのまま学校へ向かった。歩きながら、木本の頭はぐるぐるとすごい勢いで回転を始める。
一体、里美は早朝の学校でなにをしているんだろう。
いくら考えても、その理由は浮かび上がってこない。あらゆる角度から考え付く限りの可能性を確かめてみるが、それでも全く分からないのだ。
気になる。ものすごーく気になる。
しかし、それよりもなによりも、木本はかなりのショックを受けていた。
だって、里美に隠し事をされていたのである。こんなこと、今まで一度だってなかったことだ。
背筋をのばし、真っ直ぐ前を向いて学校へと歩く木本の顔は、いたって平静で、いつもと変わった様子など少しも見受けられない。
「会長、おはようございます」
「ああ、おはよう」
「おっはようございまーす」
「おはよう。今日は珍しく遅刻じゃないんだな」
みんなの尊敬を一身に受け、また憧れの対象でもある木本は、道々すれ違う桜ヶ丘の生徒たちから、ちょくちょく声をかけられる。それら総てに微笑みや言葉をを返していたものの、しかし、心の中はにこやかだなんてとんでもない。驚きとショックでいっぱいになっていたのである。
もしかすると、落ち込んでさえいたかもしれない。
さて、木本がそんな風にショックを受けていることなど露知らず、里美は早朝の学校で、花壇の土いじりに励んでいた。
目に付く雑草をすべて抜き、次になにをしたらいいか分からなくなった里美は、自分から少し離れた所で、同じように花壇の手入れに熱中している、黒ブチ眼鏡の少年に声をかけた。
「内田くーん、雑草抜きは終わったよ。他になにかやることない?」
内田と呼ばれたその少年は、手の動きを止めて顔を上げると、里美に柔らかい笑顔を向けた。
「あ、それじゃ、すみません。こっちに来て、苗の植え付けを手伝ってもらってもいいですか?」
「はーい」
里美は喜々として、内田の側に駆け寄った。そして、その周りに置いてある冬花壇を彩る花々の苗を、キラキラした目で見つめる。
「みんな、もういっぱい蕾が顔を出してきてるね」
「ええ、枯れずにうまく咲いてくれるといいんですけど」
そう言うと、内田はパンジーの苗を左手に持ち、右手のスコップで土に穴を掘り始めた。
「いいですか、これくらい土を掘って、そして苗を植えて、軽く土をかぶせるだけでいいですから」
里美と手元を交互に見ながら、丁寧に説明をしていく。
「全部の植えつけが終わったら、最後に水をあげて終わりです」
「分かった。下手くそかもしれないけど、がんばってみる」
内田の手ほどきを真剣な顔で見聞きしていた里美は、楽しそうな笑顔で大きくうなずいた。
「それじゃ、俺、あっちの方やりますから、栗原さんはここの続きお願いできますか?」
「はい、了解しました!」
「それじゃ、お願いします」
内田はにっこり笑った。
里美がこの内田という、一学年下の温厚そうな少年と知り合ってから、もう三ヶ月近くになる。
季節は初秋。夏休みが終わり、それまで学園の花壇を明るく元気に彩ってくれていたヒマワリたちも、既に花を散らし、今度はたくさんの種を実らせて、重たそうに頭を垂れていた頃のことである。
その日の放課後、部活に入っておらず、いつもならすぐに下校する里美は、珍しく同じクラスの友達と話し込こんでいたのである。いわゆる、恋愛相談というヤツであるが、もちろん、里美は他の子数人に混じって、ふんふんと話に聞き入っていただけである。人に相談にのってやるほど里美は経験豊富でないし、自分のことを人に話して聞かせるほど、あけっぴろげな性格でもない。
そして、自分が経験したことのない恋愛話を、興味深く友達から聞いていた里美は、ふと窓の外に目を向けて、首を傾げた。
校舎の隅っこ、木々の生い茂るあまり陽のあたらない花壇の前で、一人の少年がなにかをモソモソとやっている。
なにをしているんだろう、と里美は思った。でも、すぐにまた友達の話に気を取られ、そのことは忘れてしまったのである。
そして、それから約三十分。
恋愛相談も終わり、荷物を持って教室を出た里美は、渡り廊下を歩きながら何気に中庭を見下ろした。その時、またさっきの少年を見かけた。
少年は花壇の前で、またなにかゴソゴソやっている。
さすがに里美も興味を持った。一体、なにをしているのだろう。
里美は下駄箱で友達と別れると、さっき少年を見かけた中庭に、急いで足を向けてみた。
大抵の生徒は帰宅し、部活に入っている生徒たちも、それぞれの場所で練習や活動に励んでいる。
里美が中庭に着くと、少年はまだそこにいた。
九月の上旬、こよみの上ではすでに秋になっているとは言え、夕方五時というこの時間帯では、まだ陽も高ければ空気も熱い。
そんな中、少年は里美が近づいたことにも気づかずに、花壇の前でなにかの作業に没頭していた。
「あ、あの………なにしてるの?」
内気な里美には珍しく、思い切ってその少年の背中に声をかけた。
少年はビクリと体を震わせると、即座に立ち上がった。そして、恐る恐る里美の方を振り返る。
「あ、あの、俺………」
声をかけてきたのが、自分の全く知らない人で、しかも女の子であることが分かると、少年は真っ赤になった。そして、そのままなにも言わずに固まってしまったのである。
そうなると、里美としても困ってしまう。里美だって、社交的な方ではないのだ。どうしたものかと考えた末、もう一度、同じ質問を少年に投げかけてみた。
「あ、あの……なにしてるの?」
少年は気まずそうに手をもみ合わせながら、真っ赤な顔のままで言った。
「そ、その、花壇の手入れを………」
「花壇の手入れ?」
里美は不思議そうに首を傾げる。
少年のワイシャツの襟についている桜ヶ丘高等部の校章の色を見て、彼が自分より一学年下の生徒であることが里美には分かった。自分の方が年上であることが、里美を少しホッとした気分にさせてくれる。
「どうして花壇の手入れなんてしてるの? 用務員のおじさんのお手伝い?」
おかげで、さっきまでよりもスムーズに言葉が出てきた。
しかし、それとは裏腹に、目の前の眼鏡少年は、もう見ていてかわいそうになってしまうほどに、かちこちに緊張した様子である。顔も、相変わらず真っ赤のまま。
「いや……俺、ただ好きでやってるだけで」
「好きで? ………ガーデニングが趣味なの?」
「いや、趣味っていうか、その、ただ好きなんです。植物とか植えたりするのが」
「ふーん」
いかにも人の良さそうな顔つき。口調も、体からにじみ出る雰囲気も柔らかく、なんとなく人を安心させるこの少年の、いかにも引っ込み思案です、といった態度が、里美に親近感を抱かせた。自分と同じ種類の人間であるという、仲間意識を感じた。
「あたし、二年D組の栗原里美。あなたは?」
だから、普段は滅多に男の子と話をすることもない里美なのに、自然と自己紹介の言葉が出てきたのである。
そして、同じ種類の人間であることを感じたのは、多分、相手の少年にしても同じだったのだろう。
やっと落ち着きを取り戻した少年は、しかし、やっぱり赤い顔のまま恥ずかしそうに、自分の名を告げたのである。
「お、俺は一年B組の内田っていいます」
それが、里美と内田との出会いである。
この、植物をこよなく愛し、人に隠れてこっそり園芸を楽しんでいる内気な少年のことを、里美はすっかり気に入ってしまった。だから、花壇の手入れを黙々としている内田のところに、時々ではあるけれど里美は足を運ぶようになったのだ。
そして、元々が似た者同士の二人は、小さな会話を何度か交わしている内に、いつの間にかすっかり打ち解けた仲になっていたのである。
「いつも早朝とか放課後に、一人でお花の手入れをしているの?」
里美の質問に、内田は恥ずかしそうに頬を染めて答える。
「人に見られるのが恥ずかしくて。だから、ついあまり人のいない時間帯を選んじゃうんですよ。だって、変でしょう。男がこんな、土いじりしてるのなんて」
言いながら、内田は自分が毎日世話をしている花壇の植物たちを、とても温かい目でみつめた。
「でも、俺は好きなんです。こうやって、植物の世話をしたりすることが。ホッとするって言うか………。言葉は話せないけど、手をかけたらかけた分だけ、植物は元気に育つことで俺にお礼をしてくれる。キレイな花を咲かせて見せてくれる。それが、すごく嬉しいんです」
そんな内田の優しい顔と温かい言葉を聞いていると、里美は自分まで温かい気持ちになれた。
いい子だな、なんて、年下ではあるけども自分よりはずっと背の高い内田を見上げて、里美はそう思う。
聞けば内田は、中学部の頃からずっとこうやって、一人で黙々と花壇の手入れをしていたと言う。
「本当は園芸部があれば良かったんだけど、この学園にはそれがなくて。だから、用務員のおじさんに頼んで、花壇の手入れをさせてもらうことにしたんです」
「費用とかはどうしてるの? 肥料とか種とか、よく分からないけど、けっこうお金ってかかるものなんじゃない? それって、学校が出してくれてるの?」
そう訊くと、とんでもない、といった顔をして内田は首を振った。
「これは俺が好きでやっていることだから。そんな、学校にお金出してもらったりなんて、できませんよ」
費用稼ぎのために、毎週土日は近所の本屋さんでアルバイトをしているという内田の話を聞いて、里美は目を丸くした。
「そんなのおかしいよ。だって、内田くんは学校をキレイにしてくれてるのに。………あたし、生徒会の役員に知り合いがいるの。今度、内田くんのこと話してみる。そうしたら、きっと色々と相談に……」
「い、いやっ、それはいいんですっ!」
驚いたように内田は手と首をブンブン振った。そして、慌てて言う。
「本当に、これは俺が好きでやってるだけのことだから。………それに、俺にも生徒会役員の友達がいて、栗原さんが言ってくれたことと同じことを、前にその友達からも言われました。でも、その時も断ったんです」
その生徒会役員の友達というのが坂本であり、また、この内田が丹精こめて育てた夏のヒマワリこそ、小林が以前志乃にプレゼントした、あのヒマワリであるなんてことは、里美の全く知らないところでの話である。
「と、とにかく、俺は俺のためにやってるだけだから、だから本当にいいんです」
そこまで続けざまに言うと、内田はやっと落ち着きを取り戻したように、にこっと笑った。
「自分のしたいことのために自分がアルバイトするって、当たり前のことでしょう? 俺の場合、その好きなことが園芸で、場所が学校だったってだけなんです」
「それはそうかもしれないけど………」
里美はまだ納得できない顔をする。
「いいのかなぁ、それで」
いいんですよ、と内田は穏やかに言った。
「それに、お金とかもらっちゃうと、なんだか気負っちゃうでしょう? そういうんじゃなくて、自分が好きな時に、好きなようにのんびりやりたいんです。それで、俺の育てた花を見て学園のみんなが喜んでくれるなら、逆に俺の方が嬉しいくらいなんですから」
特にかっこつけた様子もなく、ごく自然にそう言った内田を見て、里美は思った。ああ、なんていい子なんだろう、と、もう一度思った。
感動さえ、していたかもしれない。
そして、気がつくと内田にこう言っていたのである。
「あたしも時々、お花のお手入れするの、手伝ってもいい?」
内田が驚いた顔をする。
「え、で、でも……」
「朝早く起きるのあまり得意じゃないし、内田くんみたいに毎朝は無理だろうけど、時々、あたしも手伝わせてもらってもいいかな? ねえ、ダメかなぁ? 園芸の知識とか全然ないし、あまり役には立たないとは思うけど」
「そ、それはもちろんかまいませんけど………、俺のことを気使って無理にそんなこと…」
「無理にじゃないの」
内田の言葉をさえぎって、里美は言った。
「あたしがそうしたいの。ねえ、いいかなぁ?」
背の低い里美が、下から見上げるよう内田の顔を真っ直ぐに見つめると、内田はポッと顔を赤らめた。
「栗原さんが手伝ってくれるなら……お、俺もすごく嬉しいです」
「本当に? わー、ありがとう!」
その日から、里美は早朝、もしくは放課後に、内田を手伝って花壇いじりをするようになった。とはいえ、そう頻繁にというワケではなく、一週間に一日か二日と、まあそれくらいだったのである。
男友達なんて皆無に等しい里美にしては、かなり大胆な行動だったと言えるかもしれない。なんと言っても、男の子と二人きりで、そう短くない時間を過ごすのだから。しかも、場所はいつも人気のない学校の片隅である。
しかし、内田の優しさ、心の美しさを知っている里美にしてみれば、もはや内田は異性ではなく、性別や年齢を超えた友達、みたいな感覚だったのだ。
「人に知られるのは恥ずかしいから、誰にも言わないで下さいね」
内田からそう懇願されていたから、新しくできた朝夕の楽しみを、里美は誰にも言わなかった。友達にも、そして、木本にも。
そのことが、今になって木本に大きなショックを与えているなんてこと、里美には思ってもみないことだったのだ。
予定していた朝の植え付けを終え、使った道具を二人が用務室に返した頃には、もう時刻は始業のチャイムの鳴る十五分前くらいになっていた。
「良かったね、予定通りに終わって」
ホッとしたように里美が言うと、内田はまたいつもの温かい笑顔を見せた。
「栗原さんに手伝ってもらったおかげです」
そして、今度は心配そうな顔をする。
「ここ最近、毎日手伝ってもらってますけど、本当にいいんですか? 無理させてなきゃいいんだけど」
「無理なんてしてないよ。あたし、内田くんと一緒にお花触ったりするの、すごく楽しいから。それに………」
家にいたって退屈なだけだから、と里美は心の中で思った。
内田が言っていたように、ここ一、二週間、里美は毎日のように、内田に付き合って園芸作業に取り組んでいる。
理由は二つ。
一つは、内田と一緒にいると、なんだか落ちつくこと。似た者同士、考え方や思っていることがほとんど同じなので、あまり気を使う必要がない。それに、園芸もやってみると、なかなか楽しいものだということが里美には分かってきた。
そして、もう一つの理由。
こっちの理由の方が、実は大きいのだ。
最近、木本があまりかまってくれない。
それはもちろん、聖夜祭のせいで忙しいということは分かっているが、でも、家に帰り、なかなか電気のつかない木本の部屋の窓を一人ボンヤリ眺めていると、やっぱり寂しくてたまらなくなってしまう。
一人で寂しさを抱えているくらいなら、なにかしていた方が気がまぎれる。それでなくても、里美は最近、木本が志乃のことが好きなんじゃないかと疑っているのだから。
聖母役が志乃に決定した今、生徒会の会長である木本と志乃の接点は、これまでより数段増えたに違いない。
一人でいると、そのことばかり考えて、なんだか辛くなってしまう。
今頃、木本はなにしているのだろう。志乃と一緒にいるのだろうか? どんな話を二人はしているのか? どれくらいの仲の良さなのだろう?
そんなことばかりが頭の中をグルグルまわり、もう本当に泣きたくなってしまうのだ。
だから、そんな余計なことを考えないためにも、里美は毎日、内田の手伝いをすることにした。
そんなことを考えていた里美に、内田が遠慮がちに声をかける。
「それに………? どうしたんですか?」
ハッとして、里美は笑顔を内田に向けた。
「ううん、なんでもない。とにかく、あたしは本当に楽しいの。だから、気にしないで、ね?」
里美がそう言うと、内田は安心したように微笑み、それから、里美にも聞こえないくらいの小さな声で、そっと呟いた。
「俺も……俺もすごく楽しいです。本当に………」
「ん、なにか言った?」
不思議そうに自分を見上げる里美と目が合い、内田は真っ赤になって首をブンブン振った。
「い、いえっ、なんでもありません!!」
慌ててそう言うと、ドキドキ騒ぐ胸を、内田はそっと抑えた。
そう、この優しくてかわいらしい、親切な一つ年上の先輩に、内田はすっかり恋してしまっていた。もちろん、気持ちを打ち明けるなんてこと、考えたこともない。それくらい、内気で純情な少年なのだから。
ただ一緒にいられて、話しができて、笑顔を見れて………ただそれだけで、内田は充分に幸せだったのである。
そして、鈍感な里美がそんな内田の気持ちに気づくはずもなく、二人はほのぼのと、温かい時間を過ごしていたのだった。
つづく
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