桜ヶ丘交響曲第2番「聖夜祭」


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「はい、木本くん。これ、出来上がったわよ」
 会長席に座り、雑務を黙々とこなしている木本に、順子がクリップで留めた数枚の用紙を差し出した。
 作業の手をとめてそれを受け取った木本は、ぺらぺらとめくって内容を確認する。
「へー、人気投票の集計、もう終わったんだ。さすがは順ちゃん、仕事が早いね」
 それは、三日前に全校生徒を対象に行った、女子限定人気投票の集計データだった。
 木本の言葉に気を良くしながらも、順子は首をコキコキ鳴らし、肩と腕をぐりぐり回しながらはぁ〜っと息を吐いた。
「なんだかさ、やり始めたらとまらなくなっちゃって。ここ二、三日、ずっとパソコンの前に座りっぱなしでキーボード打ってたもんだから、もう肩がこりまくり」
「それはお疲れ様でした。………ふーん、ちゃんと学年別と、全学年の総合とにデータを分けてまとめてくれてるんだ」
 集計データをざっと流して見ながら、木本が感心したように呟く。
「そうして欲しかったんだけど、言い忘れてたんだ。さすがは順ちゃん。かゆいところに手が届く」
「ふふん、伊達に長年生徒会役員やってんじゃないわよーだ」
 順子が胸を張ってそう言った時、にこにこ笑顔の野坂がやって来た。
「なになに? 二人でなに話してんだ?」
「たった今、順ちゃんが人気投票の集計データ、まとめてくれたところなんだ」
 木本の言葉に、野坂はパアッと目を輝かせた。
「えー、本当かよ! 見せて見せて」
 クリップをはずし、木本は数枚のランキング表を机の上に並べた。それを野坂と二人、肩を並べて楽しそうに覗き込む。
「うっわー、やっぱり三年の部は、ダントツで志乃さんがトップだ。さすがだなー!」
「全学年総合でも、もちろん志乃さんがトップだ。ま、これは予想通りだな」
 木本と野坂がそうやってデータをチェックしている隙に、順子はもう一部用意していたランキング表を、生徒会室側面にある大きな黒板にマグネットで留めた。
「よかったら、みんなも見てちょうだい。三日前に全校生徒から回収した、女子限定人気投票の集計結果が出たから」
 順子の声を聞いた生徒会役員たちが、大喜びで黒板の前に集まってくる。その人ごみをかき分けて、順子はまた会長席まで戻ってきた。
「どう? なにか予想外の結果とか、あったりした?」
「三年の部を見終わったところなんだけど、だいたいが予想通りだな。トップの志乃さんを筆頭に、上位に名前がある人たちの顔は、みんな思い浮かべることができるよ」
 木本がそう言うと、隣で野坂もうなずいた。
「みんな常連さんばっかり。当たり前と言えば当たり前なんだけど、なんだかちょっと面白味がないなぁ」
「ま、三年生はね。でも、二年はちょっと違うのよねー」
 そして、順子は意味深な笑みを浮かべると、ちらりと木本の方を見た。それに気づいた木本が、ん、と瞬きを一つする。
 なんだろう、なんて思っていると、隣の野坂が歓喜の声を上げた。
「おおー、さすがは俺の愛する順子。堂々の四位にランクインしてるじゃないですかーっ!」
「おかげさまで」
 順子がにこりと笑った。
「でも、あたしの場合は長年生徒会役員してるから、知名度が他の生徒よりも高いってだけなんだけどね」
「そんなことないよ。順子は最高だよ! 俺に言わせてみれば、一位じゃないのが不思議なくらいだよ! なあ、木本、おまえもそう思うだろ?」
 同意を求めて自分の左隣にいる木本に笑顔を向けた野坂は、ハタと動きを止め、不思議そうな顔で親友の顔をのぞき見た。
 木本が無表情のまま固まっている。ふと見ると、その向かいでは順子がにやにやしていた。
「どうした?」
 言いながら、野坂は木本の視線の先に自分も目を向けてみた。そこには、自分もさっきまで見ていた二年生のランキング表がある。なんだなんだと、さらに詳しく木本の視線の先を追っていった野坂は、そこで驚きの声を上げた。
「あれ? これって………」
 相変わらず無表情の木本に目を向けた後、野坂は順子に視線を移した。
「やっと気づいたの? あたしより先に名前があったのに」
 そう言う順子に、野坂は慌てて言う。
「だって、俺は順子の名前だけ探してたから………、だから、全然気づかなかったよ。おい、木本」
 そして今度は、満面の笑みで野坂は木本に視線を戻した。
「すごいじゃないか! 里美ちゃん、ランキング二位に入ってるぞ!」
 ランキング表に視線を落としたまま、木本はただ「ああ」とだけ呟いた。

 桜ヶ丘学園では、中学部、高等部、大学部ともに毎年五月になると、大規模な人気投票が行われることが恒例となっている。
 各学年、各部ごとに集計されるその人気投票は、今回木本たちが行ったように女子部門だけでなく、もちろん、男子部門も行われるのであるが、その時のランキングデータは、正式なものとして代々生徒会に保管されることとなる。
 その過去五回分ののデータ、木本たちが中学部に入学した年から今年の五月に行われた分までのデータが収められたファイルをめくりながら、野坂は言った。
「やっぱり、これまで里美ちゃんがランキング内に入っていたことって、一度もないよ。ずっとランキング外だ。それが、今回初登場でいきなり二位か。すごいなぁ」
「中学部の頃の里美ちゃんって、ちょっとおとなしすぎて、陰気な感じがする子だったじゃない? でも、少しずつ明るくなってきて、高等部に入った頃には、おとなしいのはおとなしいけど、でも陰気って感じでは全然なくなってきた。だから、少しずつ注目を浴びてきたのが、ここにきてブレイクしたのね、きっと」
 考えながらそう言った順子が、今度は自慢そうに胸を張った。
「でも、あたしは前から気づいてたわよ、里美ちゃんはかわいいって。目なんかパッチリ大きくてお人形さんみたいだし、短いくせっ毛はいつもフワフワしてて、なんだかまるで、守ってあげたくなる小動物みたいじゃない?」
 順子の言葉に野坂もうなずく。
「確かになぁ、それ言えるかもしれない。背だって低いし、態度はいつもおとなしくて控え目だろ? 父性本能をくすぐるって言うか、まさに順子がさっき言った通り、守ってあげたいと男に思わせる一番のタイプだよな」
 そこまで言うと、野坂は手に持っていたファイルを棚に戻しながら、すでに会長席に座って雑務処理を再開している木本に向かって言った。
「どんな気分だよ。幼なじみがいきなり学園の人気者になるっていうのは?」
「別に。俺はなんとも思わないけど」
 記入中の用紙から目を離さず、とくにいつもと変わりない様子で木本は言う。
「順ちゃんの言っていた通り、里美は昔からかわいかった。それに今まで気づかなかった男共がボンクラなだけさ」
「あ、言ったなこのヤロー。いいよ、いいよ。どうせ俺はボンクラですよーだ」
 すねたような顔をする野坂をチラリと見てから、木本は笑いを含んだ声で言う。
「おまえはまた特別だよ。だって、おまえの目は、いつも順ちゃんしか見ていないんだから」
「そう言われればそうか。ははは、俺が里美ちゃんのかわいさに気づかなくても、それは仕方ないよなぁ。だって、俺は昔も今もこれからも、ずっと順子一筋なんだから」
 そう言う野坂を、順子が冷めた目で見ながらひじでつついた。
「よく言うわよ。志乃さんが生徒会室に来た時、デレデレで目をハートにしてたのは、どこの誰だったかしら?」
「あ、あれは仕方ないよ! 相手が志乃さんじゃ、それはまた別格ってやつで。好きとかそういうんじゃなく、ホ、ホラ、憧れの対象っていうか、そんな感じ」
 あせって弁解する野坂を、順子は無言のままジトーッと白い目で見る。
「お、おい、信じてくれよ! 俺が心から愛してるのは順子だけだって! 本当だぜ!」
 野坂の叫びを聞いても、順子はツンとそっぽを向いたまま、なにも言おうとはしない。
「まあまあ、順ちゃん。確かに志乃さんは別格だよ。ああいう特別な人っていうのはさ、遠くから時々眺めていられればそれでいいんであって、まかり間違っても彼氏になりたいなんて、そんな大それたこと普通は思わないんだから」
 木本が助け舟を出すと、野坂は真剣な顔をして何度もうなずいた。
「そうだよ、順子。志乃さんっていうのはさ、テレビの向こうで微笑んでる、言ってみれば手の届かない超人気アイドルみたいなものなんだよ。非現実なんだよ。あまりにもすごすぎて、憧れる以上の感情はなかなか持てないのが普通だって!」
「野坂の言う通り。俺だって憧れはするけど、実際に志乃さんと付き合いたいとは思わないもんな。気が引けちゃって、オロオロするのが目に見えてる」
「へえ、木本くんでもそうなの?」
 意外そうな顔をする順子に、木本は笑って答える。
「俺も凡人ですからね。志乃さんと楽しそうに平気で笑って付き合えるのは、あの小林くらいのもんだ。アイツはホント、大物だと思うよ」
「ふ〜ん、そういうもんなの?」
「そういうもんなんです」
 木本と野坂が同時に答えた。
 腕を組み、斜め上を見ながら考え込んでいた順子は、しばらくしてから肩をすくめた。
「よく理解できないけど、まあいいわ。それよりも、あーあ、もうガッカリ。里美ちゃんのランクイン、もっと木本くんが驚いたり狼狽したりするかと思って、あたし楽しみにしてたのになー」
「それはご期待にそえず、申しわけありませんでした」
 なんて、にこやかに木本が言うと、ちぇっと順子はつまらなそうな顔をした。
 が、内心は木本、かなり動揺しまくっていたのである。
 里美が二年生の部の人気投票でトップテン入り? そんなこと、今まで考えたこともなかった。
 そりゃ確かに里美はかわいい。物心ついた幼稚園児の頃から、木本はそう思っていたのである。しかし、他の人間も自分と同じように思うなんて、予想したこともなかったのだ。
 普通に考えると、みんなが里美のかわいさに気づいたことは、木本にとっても喜ばしいことである。だって、里美は木本の幼なじみなのだから。自分の幼なじみがみんなから認められるかわいい子であるということは、そりゃ気持ちのいいものである。
 そのはずなのに………。
 でも、なんだろう。なぜだか胸がモヤモヤする。
 一体、何人の人が里美に投票したのか分からないが、きっとそれはかなりの人数に違いない。そして、その内の少なくとも半数は男なのだ。
 そんなことを考えると、ますます胸のモヤモヤが大きくなった。かなり不愉快な気分である。
 人に聞こえない小さな声で「うー」と唸った後、木本は軽く頭を振ってから立ち上がった。そして、いまだにランキング表を見ながら、楽しそうに話し込んでいる役員たちに向かって言った。
「おーい、ちょっとみんな聞いてくれー。これから定例のクラス委員会議に行ってくるけど、その時に、聖夜祭の詳しい説明と参加申し込み用紙を配ってくる。締め切りは四日後。いよいよ、参加者の正確な人数が分かるぞ。そしたら、物の発注やらなんやらでまた忙しくなる。それまでに、今の時点でできることはすべて片付けよう。人手が足りないところとかあったら、すぐ俺に言ってきてくれ。采配を考えるから」
 はーい、と各所から声が上がる。
 ワケの分からない嫌な気分は、仕事に励んで忘れるに限るのだ。
 そして、集まってきた数人のサブリーダークラスの役員たちから話を聞き、今後を考えて人の采配を決め終わった頃には、もうクラス委員会議が始まる十分前くらいになっていた。
 必要な書類やノート、ペンケースを手に持った木本は、一年生役員たちと楽しそうに話しながら作業を進めている野坂に声をかけた。
「おーい、野坂、そろそろ行くぞ」
「もうそんな時間か? じゃあ、行ってくるから、コレとコレやっといてくれる? こっちは俺が帰ってきてからやるから」
 一年生役員たちに指示を出すと、野坂は木本のそばに駆け寄ってきた。
「おまたせ。今日の議題はなんだっけ?」
「不登校と引きこもり。生活指導主任が言うには、各学年に三人ずつくらいはいるらしいんだよね」
 話しながら二人は生徒会室を出る。
 腕を頭の後ろで組み、口をへの字に曲げながら野坂が言った。
「不登校の生徒がいるクラスの学級委員は、色々と心配事も多くて大変だろうなぁ」
 それを聞いた木本も、深刻な顔をして同意する。
「まあね。でも、だからこそ、みんなで話し合って協力体制を作っておくんだ。それに、今はいなくても、どこのクラスだっていつ不登校の生徒を抱えることになるか分からないんだから。そういう時のためにも、ちゃんと生徒同士で話し合っておくことは大切だよ」
「不登校者にとっては、教師なんて敵だろうし、やっぱり生徒が動いた方がいいんだろうな。でも、俺には理解できねーや。家にいるより学校に来た方が、よっぽど楽しいと思うけど。友達もいるしさ。家にいたって、なんにもすることなくて退屈じゃねーのかなぁ」
 首を傾げる野坂に、木本は笑って答えた。
「不登校者の気持ちが分かったら、そん時はおまえも不登校者になってるよ。彼らの気持ちは俺たちには理解できない。だから、難しいんだろ?」
「そう言われてみれば、そうだよな」
 そんな風に話しながら歩いている内に、二人は生徒会室の二つ隣にある生徒会議室に着いたのである。すでにそこには、各学年十クラス、一クラスにつき男女一名ずつの学級委員がいるわけだから、合計三十人の生徒が集まっていた。
 壇上についた木本は、そこにいる学級委員たちを見回しながら言った。
「それでは、これからクラス委員会議を始めます」
 そして、学級委員たちの出欠を取り始めた。
 とまあ、こんな風に、木本たち生徒会のする仕事とは、なにも聖夜祭のようなイベントに関するものだけでなく、生徒たちの抱える様々な問題の対応なども含まれているのである。
 生徒たちの要望をまとめて学園側に訴え、それを聞きいえれてもらえるように戦うのも生徒会の仕事だし、逆に学校側からの生徒たちに対する要望を、間に入って柔らかく伝えるのも生徒会の役目である。他にも、遅刻者を取り締まる風紀委員を最終的に管理することや、地域住民との交流を図ったりなど、多種多様な業務に追われているのだ。
 まさに学園のボランティア掃除係、それが生徒会なのである。いつも生徒たちの中心にいて楽しそうに見えるが、実はかなり損な役回りとも言える。
 だからこそ、木本は自分たちの働きを学園のみんなに認めさせたかったし、そのために、なんとしてでも聖夜祭を成功させたかったのである。

 小一時間ほど学級委員たちと議題について話し合い、最後に聖夜祭の参加規定を説明した木本たちは、それが詳しく書き記されたプリントと、その参加申込書を各学級委員に配布した。そうやって、やっとクラス委員会議が終了した頃には、もう時計の針は五時を回っていた。
「さーて、急いで生徒会に戻ろうぜ。お仕事山積み、がんばらないとな!」
 明るくそう言いながら席を立った野坂は、ふと自分の隣に座る木本を見て、軽く首をかしげた。
 野坂の呼びかけに対し、なにも答えない木本。しかも、顔はかなりの渋顔である。
 思わず野坂は、ニヤリと笑った。
 頭が良くて冷静沈着、なんでも上手くこなしてしまう木本は、だいたいいつも余裕のある表情をしていて、悩みなんてなさそうに見える。
 それが、声をかけられたことにも気づかず、あんな仏頂面をしているのだ。
 これはなにかある。
 だから、野坂はそれが楽しくてニヤついた。
 木本だって人間だから、人並みに悩みを抱えることもある。でも、そういう時こそ、いつも以上に木本は穏やかで、機嫌のいいフリをする。人に弱みを見せないようにする。
 もう長い付き合いであるからして、野坂はそれを誰よりもよく知っていた。だからこそ、そんな木本が人前でこんな顔して考え込んでいることに、ものすごーく興味をかき立てられたのだ。
「きもっちゃ〜ん」
 ニヤニヤしながら、野坂は木本の肩をばんっと叩いた。
 ふと我に返ったように、木本が野坂を見上げる。
「え……っと、それじゃ生徒会室に戻ろうか」
 その途端、まるでスイッチが切り替わったように、いつもの温和な笑みを浮かべた木本である。
 しかし野坂は、椅子から立とうと腰を浮かしかけた木本の肩を、ガシッと押さえ込んだ。そして、自分もその隣の椅子に座る。
 ほんの少しだけ驚いた顔で、木本が野坂を見た。
「なんだ? 早く帰らないとマズイだろ?」
「まあまあまあまあ、少しくらいいいじゃーん。それよりさ、聞いて欲しいことがあるんだったら、なんでも聞くぜ? 悩みがあるなら言ってごらーん」
 やたら楽しそうな野坂を前に、木本は怪訝そうに眉を寄せた。
「なに言ってんだ、おまえ?」
「またまた、とぼけちゃって。悩みとまではいかないまでも、なにか考えごとがあるんだろう? でなきゃ、おまえがさっきみたいに、人前で仏頂面なんてするわけないもんな」
「仏頂面?」
 それが本当か確かめるように、木本は自分の頬に手を当てた。
「俺、そんな顔してたか?」
「してた、してた。だから俺が、こうやってお悩み相談室やってやろうとしてんじゃねーか。ホラ、どんなことでもいいから言ってごらん。おにーさんが話を聞いてあげるから」
 ノリノリの野坂に、木本は無表情に冷めた視線を送る。しばらくして、大きな溜息を一つ。そして、観念したように言った。
「実は俺、順ちゃんのことが好きになったみたいなんだ」
「ええ――――――――――っ!」
 野坂の絶叫が廊下にまで響き渡る。
「マ、ママ、マ、マジでっ?! そっ、それ本当かよ?!」
 髪を逆立て、目を白黒させる野坂に、木本は言った。
「んなわけないだろう、バーカ」
 そして、ニヤリと笑う。
「俺に悩みなんてあるはずないだろ? 聖夜祭の今後の段取りを、ちょっと考えてただけだよ」
 口をパクパクさせていた野坂が、再度大きな声を上げる。
「な、なんだよ――――っ! 俺、本気かと思って、マジでビックリしたんだからな! もう、心臓が止まるかと思ったよ!!」
 怒り狂う野坂を見て、木本は珍しくいたずらっ子のように笑いながら、片手を顔の前に立てた。
「すまん、すまん。………でも、心配してくれてサンキュな。本当にありがたいと思ってるよ。俺、おまえみたいな親友を持てて、本当に幸せ者だ。それに、俺が生徒会をうまく切り盛りしていけるのも、おまえと、それに順ちゃんが右腕左腕になってフォローしてくれるからだよ。本当に、ありがたいと思ってる」
 それを聞いた野坂が、さっきまでの怒りはどこへやら、途端にテレくさそうに頬を染め、恥ずかしそうに頭をかいた。
「な、なんだよ、急に改まって。正面きってそんなこと言われたら、なんだかテレるじゃねーか」
「でも、本当にそう思ってるんだから、仕方ないだろう。いくら感謝しても、し足りないくらいだよ」
 にっこり笑顔で木本が言うと、野坂はますます顔を赤くした。
「も、もういいったら。それより、なにもないんだったら、早く生徒会に戻ろうぜ。仕事と仲間たちがお待ちかねだぞ!」
 テレ隠しに怒った顔をし、さっさと会議室を出て行った野坂の後ろ姿を見つめながら、木本はくすりと笑った。本当に、野坂というのは素直で分かりやすいヤツである。いいヤツだなぁ、なんて、シミジミ思ってみたりなんかした。
 会議室に一人になった木本は、持ってきた荷物をまとめながら大きな溜息をついた。そしてまた、さっき野坂に見られていた時と同じように、渋顔をして、眉をしかめたせいでシワの寄った額を、指先でごしごしなでた。
 そう、実際のところ、野坂の予想通り、木本はかなり真剣に考え込んでいたのである。それこそ、思い悩んでいる、と言ってもいいくらいに。
 クラス委員会議が始める前、生徒会室で女子限定人気投票の集計結果を見て以来、どうしても胸のモヤモヤが取れないのだ。それどころか、ますますひどくなっていくのである。
 これは一体、どういうことだろう。
 正直、会議なんかそっちのけで、木本はそのことを考えていたのだ。
 このモヤモヤの原因はなんなのか。それは、考えなくても分かる。里美のランクイン、しかも、二位だったことがその原因だ。あのランキング表を見た途端、木本の心臓は大きく波打った。そう、自分でも驚くくらいに。
 しかし、なぜだ。その理由が分からない。
 確かに、突然のことに驚いたのは分かる。でも、だからって、どうして胸がモヤモヤしなけりゃならんのだ!
 里美が人気者になるのがイヤなのか、と木本は自分に問いかける。
 でも、どうしてイヤなんだ?
 自分の幼なじみが人気者であることは、別に嫌なことでもなんでもない。逆に喜ばしく、誇らしいことであるはずだ。
 なにがなんだか、木本にはさっぱり分からない。
 そんなことを、木本は会議中、ずっと考え込んでいたのである。
 そして、聖夜祭の説明も終わり、会議が終了した頃になってやっと、木本はあることに思いついたのである。
 もしかして、俺は嫉妬しているのではないか、と。
 勿論、嫉妬の対象は里美ではない。里美が人気者になったことを木本が妬ましく思うなんて、いくらなんでも、そんなことはありえない。
 ということは………誰に?
 その先を考えた時、木本の心臓が、また大きくドクンと波打った。
 ということは、嫉妬の対象は、里美に投票した人たち、ということになる。しかも、それが男だった時のことを考えた時、特に木本の嫌なモヤモヤは大きくなったのだ。
 それはつまり、もしかして………どういうことだ?
 えぇ――――――っ?!
 絶叫したくなるのを、かろうじて木本は抑えた。そして、野坂に見られた、あの、仏頂面になってしまったのである。あまりに深く考え込んでいたため、野坂に見られていることにも声をかけられたことにも、全く気づかなかった。
 俺はもしかして、里美のことが好きなのか? 幼なじみとしてではなく、女の子として?!
 自分の考えに驚愕した木本は、気を落ち着かせるため、無意味に汚れてもいない眼鏡のレンズをハンカチで拭き始めた。
 いやいや、落ちつけ、それはありえない、と心の中で大きく首を振る。
 だって、これまで木本が里美を守り続けてきたのは、母親の遺言があったからだ。
(女の子はとっても弱いものだから、いつも男の子が守ってあげないといけないのよ)
 その言葉を、木本はずっと忠実に守り抜いてきた。お隣に住む仲良し一家の一人娘、それが里美である。木本の母親も、それは里美をかわいがっていたものだ。
 だから、木本は里美を守り続けた。そこに恋愛感情は、決してなかったはずだ。
 でも………いや、ちょっと待て。
 木本は自分の記憶を必死になって呼び覚ます。
 最初のきっかけは、なんだっただろうか。母親が、木本にあの言葉を言ったきっかけは………?
(お隣の里美ちゃんは、なんてカワイイんだろう)
 幼い頃の自分の姿が、木本の脳裏に浮かび上がってくる。
(ボク、里美ちゃんのことが大好きなんだ)
 そんなことを、必死になって母親に言っていた自分。
 愕然とした顔で、木本は呟いた。
「………そうだ。俺が最初に言ったんだ。里美のことが好きだって………俺がまず最初にそう言ったんだ。守ることに必死ですっかり忘れてたけど、俺、あんな小さいガキの頃から、ずっと里美のことが好きだったんだ」
 誰もいない会議室。
 そこにただ一人、ショックを隠しきれず唖然とした顔で木本は立ちすくんだ。ちょっと青ざめてさえいたかもしれない。


 木本信二、十七歳。
 自分自身の恋心を認識した、その瞬間だった。


     つづく





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