桜ヶ丘交響曲第2番「聖夜祭」


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「それでさ、もう、本当にキレイだったよ」
「ふ〜ん」
「声なんかも澄んでて、聞いてるだけで幸せ気分になっちゃってさぁ」
「そっかぁ」
「生徒会役員たち、もうみんなデレデレでさ、野坂なんて、ははは、もう、みっともないくらい」
「そうでしょうねぇ」
 上機嫌で話しをする木本を前に、里美は楽しそうなフリをしながらも、実はかなり複雑な気持ちだった。

 今日の放課後、生徒会室に志乃がやってきた。もちろん、聖母役の依頼の件でのことである。
「ねえ、どうだった? 志乃さん、やっぱりキレイだった? 聖母役、うんって言ってくれた?」
 夕方と夜の境目、どちらかというと夜に近い時間帯、木本家に灯りがついたのを見た里美は、またいそいそと木本に会いに来ていたのである。志乃が来た時の様子を聞くことと、宿題の分からないところを質問することを口実にして。
 そこで。
「まつ毛なんて考えられないくらい長くて、あの大きくて輝く目で見つめられたりしたもんだから、さすがの俺もドキッとしたよ」
 まあ、こんな風に、木本の口から志乃に対する称賛の言葉を、もう、これでもかっ、というくらい聞かされていたのだ。
 リビングのソファに座り、教えてくれと頼まれた宿題のプリントと、その持ち主である里美を交互に見ながら、木本は楽しそうに語る。
 そう、それは本当に楽しそうに。
「いいなぁ、あたしもそばで見たかったなぁ」
 なんてことを、一緒になって楽しそうに言いながらも、実は切なくて悲しい気持ちを、里美はどんどん膨らませていたのだ。
 もちろん、里美だって志乃のことには興味がある。キレイで優しくてスポーツ万能で、数ヶ月前から彼女についたあだ名の通り、まさに「天使」のような人だ。羨ましいと思うし、憧れの気持ちを持たずにはいられない。
 だから、最初の内は、本当に楽しく木本の話を聞いていた。
 でも。
「あんなキレイな人、この世に二人といないだろうな。本当に今日はいい日だったよ」
 あんまり木本が嬉しそうに志乃のことを話すものだから、ずっと褒め続けるものだから、なんだか悲しくなってしまったのだ。ついつい、口数も減ってくる。
 でも、それを木本に気づかれたくなくて、がんばって笑顔を作り続ける。が、正直かなり辛い。
 やっぱり、木本も志乃みたいな美人が好きなのだろうか、と、そんなことを何度も考えてしまう。
 いや、好きは好きだろう。だって、学校中のほとんどの生徒が志乃のことを好きなのだ。だから、木本が志乃を好きでも、それは当たり前だと思う。
 ただ、特別な意味で木本が志乃を好きだったら………。もしかすると、木本は恋愛対象として志乃のことが好きなのかもしれない。
 木本が今みたいに、女の子のことを楽しそうに話したことなんて、これまで一度もなかった。それはつまり、それだけ志乃のことが好きだということに違いない。
 となると、どう考えたって里美の恋は絶望的だ。木本の心に里美が入り込む隙なんて、ほんの少しだって残ってないに違いない。だって、相手はあの世紀の美少女志乃なのだから。
 そして、そんなことを考えて、ますます悲しくなってしまうのだ。
 ああ、もうなんだか考えれば考えるほど、気分がどんどん暗くなってしまう。木本と一緒にいられるのは嬉しいけど、もっと一緒にいたいとは思うけど、笑顔を作ることが里美には難しくなってきた。
 残念だけど、今日はそろそろ家に帰ろうかな、と里美が考えていた時、木本が言った。
「でも、良かったよ。志乃さんが聖母役引き受けてくれて」
 少しホッとしたような表情の木本に、里美はにっこり笑って言った。
「うん、そうだね。本当に良かったね」
 それを聞いて、ふと木本が優しい目をした。
「ありがとな。里美にそう言ってもらえると、なんだかシミジミとホッとした気持ちになれるよ」
 そう言って、柔らかい微笑を浮かべて里美を見る。
 そんな目でそんな風に見てもらえるだけで、もう里美はこれ以上ないってくらい舞い上がってしまう。胸はドキドキするし、心はふわりと温かくなる。
 木本のことが好きだと思う。
 ドキドキしていることを木本に知られたくなくて、平静を装って里美は言った。
「これで聖夜祭の成功は、もう間違いないって感じね。すごいよ、真ちゃん」
「ああ。でも、これで明日から本格的に忙しくなるなぁ。かなりの人数が聖夜祭に参加するだろうから、色々な物の手配とかも大変だし。これは相当にうまくやらないと、かえってメチャクチャになってしまうもんな」
 腕を組み、うーん、と天井を見ながら、でも木本は楽しそうだ。そして、いたずらっ子みたいな目をして言った。
「でも、お陰で打ち合わせやなにやらで、志乃さんと頻繁に会えるようになるし、それはそれでラッキーかもな」
 さっきまでの幸せ気分はどこへやら。里美はまたしてもドーンと暗い気持ちになってしまう。
「………う、うん。そうね」
 引きつった笑顔でそう言いながら、やっぱり今日はもう家に帰ろうと思った。テーブルの上のペンシルやら消しゴムやら、それに持ってきていた教科書やらなにやらを、何気ない手つきで整理し始める。
 それを見た木本が、不思議そうに首をかしげた。
「どうした? もう帰るのか?」
「う、うん。なんだかあまり体調が良くなくて。今日は早めに寝ようかなって」
 そして、木本が持っていた宿題のプリントを、返してくれるよう手を差し出す。
 里美の手にプリントを渡しながら、木本が心配そうに言う。
「大丈夫か? そう言えば、さっきからなんとなく様子が変だとは思ってたんだ。そっか、体調が悪かったのか。気づかなくてごめんな」
 自分を気づかってくれる木本に、ウソをついている里美の心はズキンと痛む。だから、慌てて笑顔で言った。
「平気よ、心配しないで。体調が悪いって言っても、ほんのちょっとだから。明日になれば、きっとすっかり良くなってると思うし」
「でも、宿題、まだ終わってないんだろう?」
「今夜は早く寝るから、明日はきっと早く目が覚めちゃうと思う。その時にでもやるから、心配しないで」 「………そうか?」
 そして、まだ心配そうな顔の木本を残して、里美は逃げるように家へと戻ったのである。
 そんな里美の後ろ姿を玄関のドアの前で見送りながら、木本は微かに眉を寄せた。
「大丈夫かな?」
 そう呟くと、家の中に入ってドアに鍵をかける。
「ねえ、どうだった? 志乃さん、やっぱりキレイだった?」
 いかにも志乃のことが聞きたくてたまらない、といった感じで家にやってきた里美。だから木本は、できるだけ詳しく、そして楽しそうに、志乃が生徒会室に来た時の様子を話したのである。
 それを、最初の内、里美は楽しそうに聞いていた。でも、だんだん顔の表情が硬くなっていったことに、ちゃんと木本は気づいていた。笑顔を見せてはいるが、なんだか様子がおかしい。
 どうしたんだろう、と思いながらも、木本は取り合えず、里美が聞きたがっていると思って志乃の話を続けたのである。
 どうやら木本、なんでも器用に上手くこなすし、感もかなり鋭いようであるが、こと恋愛、しかも自分のことに関してだけは、かなり鈍感ならしい。
 まさか、里美が自分のことを特別な意味で好きだとは、思ってもいないのだ。
 リビングに戻った木本は、ソファーに腰をおろし、両腕を頭の後ろで組んで天井を見上げた。そして、考える。
 半分は賭けのつもりだった志乃の聖母役。すべてが計画通りにうまく運び、なんとか志乃にOKの返事をもらうことができた。
 明日、約束通り小林がそのことを発表する新聞の臨時号を売り出せば、もう学校中が大騒ぎになることは間違いない。それを考えると、ニヤニヤがとまらなくなってしまう。
 なにか楽しいことが始まる。そういった予感が胸の中に広がってくる。
 いつも冷静沈着。本人を直接知らない人からは、優等生の超真面目人間だと思われている木本ではあるが、実はそんなことはない。ユーモアだってちゃんと理解できるし、野坂ほどではないにしろ、お祭り騒ぎも大好きなのだ。
 そこはそれ、やはり木本も生徒会の一員なのである。
 様子のおかしかった里美のことを気にしつつ、明日のみんなの反応を楽しみに思いながら、聖夜祭に向けての様々な準備の段取りを、木本は頭の中で組み立て始めた。


 そして、翌日。
 木本の予想通り、桜ヶ丘学園はもう、大変な大騒ぎでごった返していた。
「おい、知ってるか? 志乃さんが聖夜祭の聖母役に決まったんだって!」
「うん。俺も驚いたよ!」
「あたし、彼氏とのデートやめにして、聖夜祭に参加しようかな?」
「俺は絶対に聖夜祭に出るぞ! 志乃さんの聖母姿を見ずして、高等部を卒業できるか!!」
「やるなぁ、今年の生徒会。どうやって志乃さんを説得したんだろう」
「一週間後、参加希望の申し込み用紙が配られるんだって。その時に参加費用のこととかも教えてくれるそうだ」
「金なんかいくらだって払うよ。ああ、志乃さーんっ!」
 それぞれがみんな新聞の号外を手に持ち、わいのわいのと聖夜祭についての話題に花を咲かせている。
 木本たち生徒会一同も、教室にいればクラスメートに、廊下を歩けば顔も知らない生徒たちに、と、質問攻めの大嵐だった。
 もちろん、彼らの受け答えは一つである。
「ノーコメント。詳しいことは、一週間後に用紙で全校生徒に配るから」
 すべて打ち合わせ通りである。
 そういった、歓喜に震える高等部生徒たちからの質問攻撃をなんとか逃れ、放課後の生徒会室に逃げ込んできた役員たちは、誰もがみな、一様に疲れ果てた様子を見せていた。が、それでも顔は「やってやった!」という誇りと自信に満ちあふれている。
 全役員が揃うまでの暇な時間、会長席に座って頬杖をつきながら、木本は手にした用紙を何気なくチェックしていた。昨日の夜にまとめておいた、今後の作業段取りを記した用紙である。
 それのチェックも終わり、ふと顔を上げた木本は、誰にともなくその場にいる全員に声をかけた。
「もうみんな揃ったかな?」
「野坂さんがまだでーす」
 誰かが声を上げたのと同時に、ドンッとドアが開き、転がり込むようにして野坂が生徒会室に入って来た。
「いやぁ、まいったよ。途中で志乃さんファンクラブにつかまっちゃってさぁ。あれやこれや質問されて、なかなか離してくれないんだよ」
 やっと逃げ出してきたんだ、なんて言いながらも、野坂の顔は楽しさでいっぱいである。
「余計なこと、なにも言わなかったでしょうね?」
 ギロリと順子ににらまれて、野坂は慌てて首を振る。
「言ってない、言ってない。しっかりお口にチャックしといたよ」
 余計なこと、とはもちろん、志乃が聖母役を引き受けた詳しいイキサツのことである。
 今回の聖夜祭、学園中が熱狂的盛り上がりをみせているのはどうしてかと言うと、その一番の理由は、志乃の聖母役決定に他ならない。しかし、もう一つ、みんなの興味をこれほどかきたてた理由がある。
 それは志乃が、去年も一昨年も聖母役を断り続けてきた志乃が、どうして今年に限って聖母役を引き受けたのか、という疑問が残っているからだ。誰もが皆、絶対に今年も志乃は断るだろうと思っていたのだから。
 だからこそ、志乃の聖母役決定に学園中のみんなが驚き、そして、大喜びしているのだ。
 しかし、その理由が小林のひと言、
「俺、志乃さんのマリア姿が見たいなぁ」
 だったことが知れると、もう聖夜祭どころの騒ぎじゃない。
「下手すると、流血沙汰ですもんね。殺人事件が発生しますよ」
 その殺人事件で、被害者になる予定人物の親友である坂本は楽しそうに言ったが、しかし、順子は真面目な顔して野坂をにらみ続ける。
「本当になにも言ってない? かわいい女の子に訊かれたら、すぐにでもホイホイ答えちゃいそうだものね、洋介は!」
 それを聞いた野坂は、嬉しそうににこにこ笑う。
「あれ、順子、妬いてるのか? バッカだなぁ、俺が愛してるのは順子だけだよ」
 順子が野坂の頬をつねり上げる。
「バカはおまえじゃ! そういうこと言ってんじゃないでしょーがっ!!」
「い、痛いよ、順子!」
「真面目な話をしているのよ、分かる?」
「イテテテテテテ。もう許してっ! 俺のハンサムな顔が崩れるっ!」
 涙ながらに野坂が叫んだ時、そんな様子を笑いながら見ていた木本が、ぱんぱんと手を叩いた。
「はーい、お遊びはそこまで。これで全員揃ったのかな?」
「休みの連絡もらっている人以外、みんな集まったわ」
 順子の返事に、木本はうなずく。そして、立ち上がると生徒会一同を見回しながら言った。
「聖母役に志乃さんが決定したことが、今日、新聞部の発行した新聞で学園中に公表された。ま、予定通りだったワケだけど、みんな、色々と大変だっただろう? 友達とかから質問されまくったりして」
「嬉しい大変さだったけどな。よくやったって、みんなから褒められたよ。かなり気分良かったなぁ」
 野坂が言うと、順子もそれに相槌を打った。
「三年生には、涙流して喜んでくれた先輩もいたわ」
「前評判は完璧だ。後はどれだけ参加者を満足させられるか、ってところだな。これで中身がお粗末な場合、参加人数が多いだけに、俺たちの評判はメチャクチャだ。さ、気合入れてがんばるぞ!」
 そう木本が言うと、生徒会一同は表情を引き締め、自分たちの会長を熱い目で見つめた。
「というわけで、今日からは実質的な準備に取りかかる。いつものように、総監督は俺が務めるけど、現場指揮は野坂に取ってもらう。いよいよ本領発揮だな、野坂」
「まかせとけいっ!」
 行動派の野坂がどんと自分の胸を叩く。
「俺は現場主義だからな」
「おまえの行動力に期待してるぞ。後は数人のサブリーダーを野坂の下に立てて、細かい作業を分担する。その作業量に合わせて、残りの人間を配分するから」
「会長、あたしは前に言われていたとおり、会計管理をすればいいんでしょう?」
 順子の問いに木本は答える。
「うん、そっちよろしく。それと、志乃さんの対応も頼むな。女同士の方が、志乃さんもあまり気を使わないですむだろうから」
「オッケー、まかせて」
「それじゃ、細かい作業分担を決めるぞー! 河本、一週間後に配るプリントの手配、高山は去年の記録見て必要物資の洗い出し、それから藤倉、おまえには申し訳ないが、聖夜祭以外の日常業務を引き受けて欲しい。それと、後藤さんには………」
 そうやって、さっき再チェックした用紙を見ながら、木本はテキパキとサブリーダー、そしてその作業の分担を支持していく。聖夜祭まで一ヶ月半。途中で学期末試験があるので一週間は活動停止だし、購入物の発注等を考えると、そう時間があるワケではないのだ。
 すべての生徒会役員に作業の指示を出した木本は、パンッと大きく手を叩いた。
「それでは、早速各自の作業に入って欲しい。いつも通りのことではあるが、一日の終わりには、必ず作業報告をすること。分かったか?」
「はいっ」
 その場いる全員が、声をそろえて大きく返事をする。
「前にも言ったが、聖夜祭の成功は、ひとえにみんなガンバリにかかっている。大変だが、よろしく頼む。俺たちの手で、聖夜祭の歴史を塗り替えよう。それでは、各自作業に入れ!」
 木本の号令とともに、役員たちは即座にいくつかのグループに分かれた。そして、今度はサブリーダーのもとで、個々の行う作業の分担を話し合い始める。
 そんな彼らを満足そうに見ていた木本のところに、順子がやってきた。
「ねえ、木本くん」
「ん? どうした、もう問題発生か?」
 順子は笑いながら首を振る。
「そうじゃなくて、ホラ、前に言ってた女子限定の人気投票、あれどうする? 聖母役が志乃さんに決定した以上、もう必要ないのかしら。用紙の準備はできたから、後は刷り上げて配るだけなんだけど」
 どうする、といった目で順子は木本を見る。しばらく考えてから、木本は言った。
「予定通り行うことにしよう。せっかく用紙作ってもらったんだし、投票結果も、今後なにかの役に立つかもしれないから」
「分かった。じゃあ、あたし、これから事務室に行って刷ってくるわね」
「頼むよ。ついでにクラスの人数ずつに分けて、どれが何年何組ので、そのクラスの担任が誰かってこと、付箋紙に書いて張っておいてくれる? そしたら俺が今日中に職員室に行って、各担任に頼んでくるから。明日のショートホームルームででも配って、ついでに回収もしてくれるように」
「うん、それじゃ、急いで行ってくる」
 順子が生徒会室を出て行くのを見届けてから、木本は会長席に腰を下ろした。しかし、息つく暇もなく、役員たちが細かい指示をあおぎに次々とやってくる。それに答えたり、一緒になって解決策を練ったり、順子が刷ってきた人気投票のプリントを職員室に持っていったりしている内に、その日はすっかり遅い時間になってしまった。
「よし、今日はここまで。みんな、帰り支度を始めてくれ」
 木本の声を聞いて、ハッとしたように役員たちは作業の手をとめる。そして、時計を見て驚きの声を口々にあげた。
「えー、もうこんな時間なのか?!」
 作業に熱中していた野坂も、目を白黒させながら窓の外に目を向けた。
「すっかり真っ暗だなぁ。全然気づかなかった」
「忙しい時と真面目に仕事してる時は、時間が早く経つもんだからな」
 野坂にそう言うと、木本は大きな声で室内を見回しながら言った。
「片付けが終わった人から帰宅してくれ。遅くまでご苦労だったな。サブリーダークラスは、俺に報告してから帰ってくれよー」
 それを聞いたサブリーダーたちが、次々に木本の元に訪れる。彼らから差業報告を聞き、それぞれが帰宅の途に着き、生徒会室内に残っているのが木本、野坂、順子の三人だけになった時には、時計の針がもうすぐ七時を指そうとしている頃だった。
「やれやれ、ちょっと遅くなりすぎたな。明日から、もうちょっと早くみんなを帰らせてやらないと」
 親指と人差し指でアゴをはさみ、考え込むように木本が言うと、その隣で野坂が明るく言った。
「でも、みんな楽しそうだったな」
「お祭り騒ぎが好きなのは、桜ヶ丘生徒会の伝統みたいなものだものね。特に今度の聖夜祭、志乃さんが聖母役だから特別よね」
 言いながら、順子はカバンを持って生徒会室から出る。それにならって、木本と野坂も消灯してから生徒会室を出た。
 入り口の鍵を掛けながら木本は言った。
「俺、鍵を事務室に返してくるから、お二人さん、先に帰っていいよ」
「なに水臭いこと言ってんだよ。俺たちも一緒に行くよ。なぁ?」
 野坂の視線を受けて、順子もうなずく。
「それか、下足箱ででも待ってるわ」
「いいから、たまには二人で帰ったら? こんな時でもないと、なかなか二人っきりになれないだろ?」
 にこりと笑って木本がそう言うと、野坂と順子は同時に顔を赤くした。
「イヤだ、木本くん。あらためてそんなこと言われると、テレちゃうじゃない!」
「そうだよ! …………でも、せっかく木本がああ言ってくれてるんだから、それもいいかも」
 野坂はチラリと順子を見る。
「順子、イヤか?」
 順子はさらに顔を真っ赤にした。
「イ、イヤなわけないじゃない。………それじゃ、お言葉に甘えて、そうさせてもらおっか?」
「やったー」
 野坂は大喜びで飛び上がる。
「じゃあな、木本。また明日」
「お疲れ様」
「また明日ね」
 三人は生徒会室の前で手を振ると、廊下の右と左とへ別れて歩き始めた。
 しばらくして振り返った木本の目に、しっかり手をつなぎ、仲睦まじく肩を寄せ合って歩いている野坂と順子の後ろ姿が映った。
 くすりと木本は小さく笑う。そして、お似合いのカップルだな、なんて思ったりした。

 木本と野坂とは、桜ヶ丘中学部に入学してすぐ、同じクラスになったことがキッカケで知り合った。いつも明るく無邪気に笑い、ちょっと能天気なところもある野坂を、木本は妙に気に入った。それは野坂も同じだったらしく、すぐに二人は友達になった。
 おそらく、全く正反対の性格が、逆に二人の相性を良くしたのだろう。
 木本が生徒会に入ったのは、一年の二学期半ばのことである。入学当初から生徒会に入っていた野坂にずっと誘われていたのだが、里美を守る使命があったため、なかなか「うん」と言えずにいたのである。
 しかし、里美も学園に少しずつ慣れ、逆に自分がずっとそばにいない方がいいと感じた木本は、そこでやっと生徒会のドアをくぐったのである。すでにその時、順子は生徒会に入っていて、その時からずっと三人の交友関係は続いている。
 木本にとって、とても大切な友達だった。
 特に野坂は、木本にとってなくてはならない存在である。
 時々ではあるが、木本はその真面目な性格から、物事を深刻に考えすぎてしまうことがある。それを、いつも野坂は明るく笑い飛ばしてくれる。対したことじゃないさ、と元気に背中をたたいてくれる。
 それに、野坂は生徒会のムードメイカーでもある。
 基本的に、いつも物静かな木本である。そんな木本が生徒会長であるため、下手すると暗くなってしまいがちな生徒会室内を、野坂が元気に盛り上げてくれる、明るく楽しい雰囲気が作ってくれる。
 公私ともに、木本にとって大切な友達なのだ、野坂は。
 だから、野坂と順子が付き合い始めた時には、心から喜んだものである。
 中学部一年の頃から、野坂は順子に想いを寄せていた。顔はそれなり、軽い感じで女の子ともよくおしゃべりする野坂ではあるが、意外と一途なところがある。木本はそれを、ずっと前からよく知っていたからだ。
 そして、二人の関係が、仲のいいままずっと続けばいいと思っている。だからこそ、さっきも二人だけで先に帰したりしたのだけれど………。
「余計な心配だったかな?」
 二人の仲良く手をつないで歩く後ろ姿を思い出しながら、木本は楽しそうに小さく呟いた。
 心温まる木本の優しい気持ちではあるが、だったら里美の気持ちに気づいてやれよ、と思わずにはいられなくなるのも、また事実なのである。

 まったく、どうしようもない。


     つづく





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