「はーい、こちらを注目して下さーい」
ここは放課後の生徒会室。右側の壁にある大きな黒板の前で、小林は両手を振って元気良く声を上げた。そして、みんなの目が集まったことを確認すると、チョークで黒板に大きくなにかを書き始めた。
「女子バスケット部の全国大会進出を応援する会?」
黒板に書かれた文字を読んで、坂本が問うように小林を見る。
「応援団でも作るつもりか?」
「そう、その通り!」
オッホンと咳払いをしてから、小林は黒板を叩いた。
「今のところ女子バスケット部は奮闘して、県大会ベスト4までコマを進めております。がんばって、絶対に全国大会までいって欲しい! われわれ桜ヶ丘の生徒がこれを応援しないでどうしますか?! というわけで、このたび有志の者を集って女子バスケット部特別応援団を発足することになりました。生徒会の皆さんにも、ぜひご協力いただきたい」
「特別応援団ねぇ」
「どうする?」
生徒会役員たちは顔を見合わせ、口々に意見を言い合っている。
「大ゲサに言ってるけど、本当の目的は志乃さんだろ? 褒めてもらいたいんだー?」
ニヤニヤしながら言う坂本の額を、小林はピンと弾いた。
「失礼なこと言うな。俺は心から女子バスケット部のことを思ってやっているんだ」
「本当にー?」
「当たり前だ。………っていうのはタテマエで、本音はもちろん、少しでも志乃さんの力になりたいから、ってところかな」
へへへ、と笑う小林の額を、今度は坂本がピンと弾いた。
「こりないね、おまえも。志乃さんにフラれたんじゃなかったっけ?」
「なに言ってんだよ。俺はフラれてなんかないぞ」
小林は唇をとがらせて言う。
「確かに追いかけ回すのはやめてくれって言われたけど、別に嫌いって言われたわけじゃないし。第一、俺が志乃さんを想う気持ちは、たとえ志乃さんにだって止めることはできやしない!」
力説する小林を、坂本は呆れたような目で見る。
「よく言うよ。あきらめが悪い男は、他の女の子からも嫌われるぞ」
「いいよ、別に。志乃さんからだけ好きになってもらえれば」
「おーおー、余裕だね。さすがは小林くん、モテる男は言うことが違う」
「バーカ。そんなつもりで言ったんじゃねーや」
なんて会話をしている小林と坂本を見て、木本生徒会長が笑いながらやってきた。
「おまえら二人、ほんと仲がいいのな」
「やめて下さいよ、会長。ホモ疑惑を呼ぶような発言は!」
坂本がいや〜な顔して言う。
「ははは。それよりも小林、これ、本気なのか?」
黒板を指さす木本に、小林は大きく頷いた。
「本気も本気、大本気です」
「でもなぁ、おまえと生徒会だけじゃ、たいした応援もできないぞ? それに、志乃さんファンクラブを差し置いて勝手なことしたら、後でぐちぐち言われるし」
「すでにファンクラブには了解済みです」
にっこりと小林は言う。
「ちなみに応援団長には、ファンクラブ会長三年の尾崎さんになってもらうことも決まってます」
「ほー、手回しのいいことで」
「明日臨時新聞を発行して、他にも応援団に入ってくれる生徒を募る予定です。完璧です」
「さすが、志乃さんのためとなると頭がよく働くよなー」
皮肉っぽく坂本が言う。小林はそんな坂本をバカにするような目で見た。
「くやしかったら、おまえも好きな人のために頭回転させてみろ。かわいそうになぁ、好きな子もいないなんて」
「なんだと、テメー。ケンカ売ってんのか?」
「お、やるかー?」
にやにや笑いながらファイティングポーズをとる二人の肩を、木本が引き離しながら言った。
「はいはい、お遊びはもういいから。しかし、人数がこれで集まったとすると、後はこれの問題だけだな」
木本は人差し指と親指で丸を作り、残り三本の指を立てて見せた。
「金、ですか?」
小林の問いに、木本は大きくうなずく。
「正式に応援団を発足するとなると、やはり金は必要だろう。横断幕作ったりとか、揃いのハチマキ作ったりとか、その他諸々」
「応援団員から集めるってのではダメですか?」
「うーん、いくら集めるかによるけど、でも、まあ一人百円が限度だろう。あまり高くすると、それが嫌で抜ける人間も出てくるだろうし」
「はーい、俺に提案がありまーす」
元気良く坂本が手を上げた。
「桜ヶ丘駅前商店街組合に応援を求めるってのはどうですか?」
「うーん、それも一つの手だな」
「商店街組合に応援を頼むなんて、そんなことできるのか?!」
驚いたように言う小林に、坂本はふふんと胸を張り、その張った胸に親指を押し付けた。
「俺を誰だと思ってんだ。泣く子も黙る、桜ヶ丘商店街クリーニング店の跡取り息子、通称てっちゃんだぞ?」
「なんだ、それ?」
小林は顔をしかめる。
「坂本は商店街のオバちゃんたちの人気者なんだ。オヤジさんは確か、商店街組合の組長やってんだよな?」
木本の言葉に坂本はにっこり笑う。
「そう。きっと組合がスポンサーになってくれるぜ。商店街のオヤジ連中にも、志乃さんは大人気だからなぁ。それに、バスケット部が全国大会に進出してくれれば、桜ヶ丘の名前も売れるし」
「へえー、志乃さんの人気って、やっぱすごいんだなぁ」
「そりゃそうさ、誰がどう見ても、今世紀最大の美人だからな。そうでなきゃ、ファンクラブできたり、大手芸能プロダクションからのスカウトがきたりしないさ」
「芸能界からのスカウトもあるんですか?!」
木本の話を聞いて小林は飛び上がる。
「うん。志乃さんはそういうのに興味がないみたいで、片っ端から断ってるそうだけど」
「そうなんだ………」
今さらながらに志乃のすごさを思い知らされた小林である。
「今日学校から帰ったら、早速オヤジに話してみるよ。ま、絶対にオッケーだとは思うけど、一応は組合で話し合うだろうから、返事もらうのに二・三日はかかるかな」
坂本は言うと、木本は大きくうなずいた。
「それじゃ話は決まりだな。生徒会は正式に女子バスケット部応援団に協力することにする。異存のあるヤツはいるかー?」
手を上げる者は誰もいない。それどころか、生徒会役員たちみんな、楽しそうに目を輝かせている。
「よし、じゃあこれで決定だ。となると、細かいところもさっさと決めといたほうがいいなぁ。団長が決まっているんだから、後は会計係りが必要だな。誰かやってくれる人―?」
声を上げて木本が室内を見回すと、女子役員の一人が手を上げた。今年、生徒会の会計担当の田上順子である。
「会長、あたしがやるわ」
「お、やってくれる? 順ちゃんがやってくれるとなると安心だな」
「手芸部の部長と友達だから、ハチマキとかハッピは縫ってもらえると思うわよ。もちろん、アルバイト代は出さなきゃならないけど」
「布はどうする?」
「商店街で安く買えると思いまーす」
「練習場所も確保しなきゃ」
「第二グランドでいいだろう。明日にでも教頭に許可をもらうよ」
会長木本を中心に、あれよあれよと色んなことがどんどん決まっていく。それを目の当たりにした小林は、目をクリクリさせて感嘆の声を上げた。
「すげーなぁ、さすがは生徒会。すごい統制! いやー、ホント、すごい!」
それを聞いた役員たちは、みんな揃ってニンマリ笑った。
「俺たちは桜ヶ丘学園高等部、花の第四十期生徒会役員だぞ? これくらい屁でもないさ!」
さて、翌日の昼休み。
約束通りに発行された、女子バスケット部応援団員募集の臨時新聞を見て、幸はにやにや笑いながら志乃に言った。
「小林くん、またなにかやり始めたみたいね。 見た? この新聞」
ぶ然とした顔で弁当のウィンナーをつっつきながら、志乃は短く答える。
「見た」
「がんばるわねー。女子バスケット部の全国大会進出を応援するため、とか書いてあるけど、実際は志乃の応援をしたいだけなのよね、きっと」
「……………」
「志乃のこと、すっごく好きなのね」
「……………」
「そう言えば、今日は朝から姿を見せないけど、どうしたのかな?」
「………もう来ないわよ、きっと」
ボソリと答えた志乃である。
昨日の昼休み、志乃は呼び出した小林にハッキリと言ったのだ。もう追い掛け回すのはやめてくれと。
そして今朝、小林は志乃の教室に来なかった。小林が桜ヶ丘に編入して以来、初めてのことだった。
「やっと、落ちついた朝を迎えられるわ」
志乃はホッと安堵の息をついたのである。
しかし、なぜだろう?
志乃は朝から何度も廊下側のドアに視線を向けていた。まるで、誰かの姿を期待するかのように。授業と授業の間の十分休みはもちろんのこと、昼休みになった今も、無意識に志乃の視線は教室の横の廊下をさ迷う。そして、溜息をつくのだ。
「なにかあったの?」
何度も溜息をつく志乃を心配そうに見ながら、幸が言う。
「別に、なんでもないわ」
「そうは見えないけど。ま、いっか。それより教えてよ。小林くんが来ない理由。さっきの言い方だと、なにか知ってるんでしょう?」
「べ、別にたいしたことじゃないわよ。迷惑だから、もう追い掛け回すのはやめてって、そう言っただけ」
何気なさを装う志乃の言葉に、幸は目を丸くした。
「うわぁ、そんなこと言ったの。意外とキツイのね、あんた」
「そんなことないわよ。仕方ないでしょ、本当に迷惑だったんだから」
「迷惑? 本当にぃ?」
疑うような目で幸が志乃を見る。
「な、なによ、その目は? ホントよ! ホントに迷惑だったんだから!」
その割に今日は朝から元気ないし、なんだかソワソワ廊下ばかり見てるじゃない、なんて幸は思ったが、敢えて口に出しては言わなかった。
「ふうーん、でも、これで分かった。だからこんなこと始めたのね」
幸は新聞の応援団募集記事を指さした。
「くじけないでガンバルわね。さすがは新聞部期待の星、次期部長。頼もしいわ」
「なによぉ、幸ったら。いったいどっちの味方なの?」
「どっちの味方でもないわよ。あたしは両方に幸せになってもらいたいだけ。それより、どうなのよ? 応援団、やっぱり作ってもらえて嬉しいでしょ?」
「そりゃあね、嬉しいわよ。たくさんの人から応援してもらえると、試合でもテンション上がるし、やる気も出るから」
そしてまた志乃は、無意識に廊下に目を向けて溜息をついた。幸はそれに気付かないフリをして、弁当の包みを片付ける。そして、言った。
「志乃ってさ、すっごく美人だし性格もひねくれてないしバスケットも上手だし、あたしは友達としてすごく誇りに思ってるんだけど、でも時々、すっごくバカだなぁって思う時あるわ」
「なによ、それ」
少しムッとしたように志乃は頬を膨らませる。
「どういうこと?」
「さあね、自分で考えれば?」
にっこり笑ってそう言うと、幸は立ち上がった。
「トイレに行ってくる。志乃も行く?」
「あ、あたしは………いい、待ってる」
「そう、じゃあね」
幸が教室から出て行くと、志乃はまた廊下に目を泳がせてから、そして溜息をついた。朝から何度目の溜息なのか、もう分からない。
別のことに集中しようと午後の授業の教科書を開いてみたけれど、やっぱり廊下が気になってしまう。そして、そんな自分に腹を立てるのだ。
もう廊下なんか見ない、そう自分に言い聞かせるのに、やっぱり気がつくと、廊下を見てしまっているのだ。
自分がどうしてこんなに廊下を気にするのか。誰の姿を求めているのか。
分かってはいるけど、それに気付かないフリをし続けた。迷惑だ、と彼に言ったのは自分自身なのだから。
結局、その昼休みにも、小林は姿を現さなかった。
つづく
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