私立桜ヶ丘学園は、この辺りでは、まあ、それなりに名の通った有名校である。中学部、高等部、大学部から成るこの学園は、県内でもトップクラスの共学の進学校であり、特に、高等部からの編入試験の合格は、かなり難しいと評判だ。
だから、ほとんどの生徒は中学部の入学試験を受けて、この桜ヶ丘学園に入学する。そのほうが試験の難易度もそこそこで、入学しやすいいからである。そして、よほどの理由がない限り、中学部にいるほとんどの生徒が、そのままエスカレーター式で高等部へと持ち上がる。
そういった理由から、高等部への編入生受け入れ数は少なく、編入試験で出されるテスト問題は、この桜ヶ丘高等部の通常のレベルより難易度の高いものになるというわけだ。
小林茂は、その編入試験を見事合格した、数少ない編入生の内の一人だった。
「女子バスケット部の三年生に、すっごくキレイな人がいるんだぜ」
入学して、小林が一番最初に聞いた学園の噂がこれである。
「キレイ? それって、どれくらい?」
「もう、口では言い表せないくらいだよ」
同じクラスで気のあった坂本哲平が、顔をキラキラさせながら興奮気味に言った。坂本は中学部からの持ち上がりなので、学園内のことなら、すでになんだって知っている。
「学校中のみんなが彼女のファンなんだ。もう、すっごい美人。彼女の回りだけ、空気が違って見えるくらいだぜ!」
「へえー、そんなに?」
小林だって、れっきとした男である。そこまで言われたら、やはり興味が沸く。
「今日の放課後、女子バスケ部が隣町の雅野高校と練習試合やるんだ。ちょうどいいから見にいってくれば? 俺は用事があるから、一緒には行ってあげられないけどな」
「そうだなぁ、よし、行ってみるか」
「絶対に損はしないぜ、約束する」
それで小林は、放課後、帰り支度をすませてカバンを持つと、体育館へと向かったのである。
体育館の入り口まで来た小林は、驚いて目をパチパチさせた。体育館のドア付近は、男女入り混じった多くの生徒たちであふれかえっていたのである。
「これって、もしかして全員………」
例の美人を見るために集まった野次馬たちなのだろうか?
よく見ると、見慣れない他校の制服を着ている生徒もいる。まるで、人気のアイドルが体育館でコンサートでも開いているかのような、そんなにぎわいぶりである。
もう帰ろうかな、と一瞬は思った小林だったが、ここまで来といて帰るなんて、なんだかそれも頭にくる。
小林はフンッと鼻から息を吐いて気合を入れると、その高い背とがっちりとした体を利用して、悠々とその人ごみをかき分けて体育館へと入った。そして、集団の最前列へと躍り出たのである。
視界が開けた瞬間、小林の目は、ある一人の人間に釘付けになった。
その人は、バスケットコートの中でボールを自由自在に操りながら走り回ると、ちょうどゴールの後ろに立っていた小林の目の前で、高くジャンプした。
まるで、背中に白い翼を持っているのではないかと思うほど、高く、美しいジャンプ。
そのジャンプをした人の動きが、小林にはスローモーションのようにゆっくりと見える。
天使みたいだ。
と、小林は思った。
そして、その天使の手から放たれたボールは、吸い込まれるようにゴールへと入っていく。
「天使みたいだ」
と、今度は声に出して小林は呟いた。あまりの衝撃に、自分の口が開いたままになっていることさえ、小林は気づかない。もちろん、さっきから瞬きさえもしていない。
その白い肌、ユニホームから伸びる長い手足、高い位置で結わえられた長くしなやかな髪。そして、額に汗をにじませ、荒い息に肩を弾ませながらも、嬉しそうに口元をほころばせた美しく輝かんばかりの美貌。
自分の見ているものが、夢や幻でないことを確認するかのように、小林はゴシゴシと目をこすった。
天使の名前は慶田志乃。
わざわざ調べるまでもなく、慶田志乃のことはすぐに分かった。三年A組、女子バスケット部の現キャプテン。そんなこと、中学部からの持ち上がり組なら誰でも知っていることで、もはや桜ヶ丘学園において、常識とも言える知識なのである。
まさに学園のアイドル。ファンクラブがあるほどの整った顔の持ち主だった。
つづく
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