幼馴染



 幼馴染である優子と拓海の関係が、いわゆる「特別な関係」に昇格したのは、中学二年の時だった。
 あれからもう三年。
 同じ高校にも入学し、バスケット部に入部している拓海の朝練がない時などは、一緒に登校したりもする。
 でも、二人が「特別な関係」であることを知っている人間は、学校にはほとんどいなかった。知っているのは、優子と仲のいい数人の女の子くらいである。
 隠しているわけではない。しかし、特に公表しているわけでもない。
 ただ、二人が幼馴染であることは、かなり周知の事実となっている。だから、二人が一緒に歩いていたりしても、
「ああ、あいつら幼馴染だから」
と、それだけで片付けられてしまうのである。
 それに、当の本人である優子でさえ、
「あたしたちの関係って、なんなのかしら?」
と、首を傾げて考えることがある。それくらい、二人の関係は曖昧なものだった。
「もう、キッパリ、スッパリ別れちゃいなさいよ!」
 昼休み、弁当を食べ終わった優子は、眉をつり上げた親友の里香に、そんなことを言われていた。小学生の時からの友達である里香は、この優子と拓海の曖昧な関係をよく知っている。それで、いつも腹を立てているのだ。
「拓海くんが付き合ってるって噂のある女の子、今何人いるか知ってる? 三人よ、三人。しかも、その中に優子は入っていないんだから!」
「うん、知ってるけど………」
「優子はナメられてんのよ、あの女好きに。優しくしてほしい時にだけ優子に甘えにくるなんて、バカにするのもいい加減にしろって、言ってやりたいわ」
「それはそうなんだけど……」
 おっとりとした優子の物言いに、里香は更にイライラを募らせたらしく、非難する対象を優子へと変更した。
「もう、本当に優子はノンビリしてるんだから。そんなんだから、拓海くんにいいように利用だけされちゃうのよ? 分かってる?!」
「分かってるけど、でもあたしは拓海のことが好きだから……だから、仕方ないかなって」
「ほんっとにもー、優子ったら人がいいんだから」
 呆れたように里香は言った。
「ま、そこが優子のいいトコロでもあるんだけどね」
 褒められた優子は、テレくさそうに頭をかく。それを見て、里香はまた呆れたようにため息をついた。
「でも、本当にいいの? 今日は優子の誕生日じゃない。それなのに、拓海くんからなんのひと言もないんでしょう? それでいいの? 二人でお祝いしたくないの?」
「それは、できることならしたいけど。でも、毎年のことだから、もう慣れちゃった。それに、あたしの誕生日を拓海が覚えているかも分からないし」
 そう言いながら優子が窓の外に目を向けると、ちょうど拓海が中庭をつっきる渡り廊下を歩いているところだった。その隣にはキレイな女の子がいて、楽しそうに二人で話している。
 バスケット部期待の星である拓海は、背も高く、少しつり上がった切れ長の目が魅力的で、女の子にとても、いや、かなり人気がある。性格は軽く、でも自己中心的でワガママなところもあって、それがまた、女の子を惹きつける魅力のひとつになっている。
 二股三股は当たり前。拓海と付き合う女の子のほうも、それが分かった上で納得して付き合っているものだから、余計に始末が悪い。
 そんなだから、今みたいに拓海が女の子と連れ立って歩いているところを、優子は頻繁に見かけることになる。
 いつものことだし慣れっこになっている。でも、本当のことを言えば、やっぱりちょっと悲しい。
「あたしは拓海のなんなのかしら?」
 おっとりしていてノンビリ屋の優子だって、なにかを真剣に考え込むことくらいある。そして、優子が考え込む内容と言えば、いつも決まってこの質問に対する答えだった。
「あたしは拓海のなんなのかしら?」
 幼馴染。それは、もう間違いない。
 家が近所で母親同士の仲がよく、幼い頃からまるで兄妹のように遊んだ仲である。
 小学生の頃から、拓海は女の子によくモテた。生意気なところもあるが、人懐っこく憎めないタイプだということで、女の教師からもかわいがられた。運動神経がよく、運動会のリレーでは、いつも決まってクラス代表に選ばれて、アンカーの役を受け持った。もちろん、結果はぶっちぎりのトップゴールである。
 そんな幼馴染のことを、優子はいつも自慢に思っていた。のんびりしていてドン臭く、顔もまあ十人並み。そんな優子が唯一人に自慢できるものが、こんな素敵な幼馴染がいるということだったのである。
 物心ついた頃には、もう拓海のことが好きだった。でも、優子は自分の気持ちを拓海に打ちあけようとか、彼女になりたいとか、そんな大それたことを考えたことはない。
 幼馴染としてそばにいられるだけで、十分に満足だった。これからも、ずっとこの関係が続くと思っていた。
 それなのに。
 優子は二人の関係が、ただの幼馴染からちょっと違ったものになった中学二年の秋のことを、ぼんやりと思い出していた。


「ねえねえ、おもしろい噂聞いちゃった」
 ウキウキした顔で優子のクラスにやってきた里香が、優子の机に両手をついて言った。
 里香とは小学校からの友達である。中学に入ってから、まだ一度も同じクラスにはなっていないものの、登下校はほとんど一緒だし、休み時間なんかも互いのクラスをよく行ったり来たりしている。優子のクラスの生徒にしても、こうやって里香が優子のところに遊びにくることが、すでに見慣れた光景になっていた。
「なあに、おもしろい噂って?」
「それがね」
 うっふっふ、と顔をにんまりさせて里香は笑う。
「田代がね、優子のこと好きらしいの」
「え?」
「告白するとかしないとか、今考えてる最中なんだって」
 里香は楽しそうにそう言うと、教室の隅で友達とキャッチボールしている田代を、意味深な目つきでチラリと見た。
 里香は生徒会に入っているので、かなりの情報通である。校内の色々な噂話を聞かせてもらい、いつもは楽しく笑ったりしていたが、今日の情報はいつものモノとはちょっと違う。
 だって、噂の対象に自分が含まれているのだから。
 赤くなった優子は、モジモジしながら里香に言った。
「そ、そんな、どうしよう?!」
「どうしようもなにも、いいじゃない、付き合っちゃえば? 優子と田代って、ハタから見てもすごくお似合いだよ。優子、田代のこと嫌い?」
「嫌いじゃないけど…」
 優子と田代とは、去年から同じクラスである。一年の二学期に同じ文化委員になったことがキッカケで、仲良く話しをするようになった。男友達なんてほとんどいない優子でも、普通に話しができる唯一の男子生徒といっていい。
「でも、なんであたし? あたしなんて、グズだしマヌケだし、顔だって全然かわいくないし…」
「あら、優子は男子に人気あるのよ。優しいし、誰にでも親切だし、いつもにこにこしてるし。やっぱり性格のいい子は人気がでるわよ。知らないだろうけど、優子の隠れファンって意外と多いんだから」
「も、もう、やめてよ里香ったら。またそんなデタラメ言って」
「ホントよぉ。優子のよさが分からないのなんて、顔だけで女を選ぶ、拓海くんみたいなタイプだけよ」
「また、そんなこと言って」
 里香は拓海のことが好きではない。いや、ハッキリ言うと嫌っている。小学生のころから一人の相手にずっと片想いしている里香には、拓海のあの、女の子に対する不真面目な態度が許せないらしいのだ。
「いつか絶対に痛い目みるわよ」
 なんて里香の拓海を非難する言葉を、いつも優子は複雑な思いで聞いていた。
 しかし、そんな風に里香に嫌われるくらい、中学生になってからの拓海は、自分がモテることをいいことに、彼女をとっかえひっかえし続けている。
 里香が拓海を嫌うのも、仕方ないことなのかもしれないなぁ、と優子でさえ思ってしまうのだ。
 それはさておき。
 そんな会話を里香と交わした二日後、優子は田代に放課後呼び出され、付き合ってくれと言われたのである。
 その日の夜、優子はベッドの上でクッションを抱きしめながら、考え込んでいた。
「よかったら、俺と付き合ってほしいんだ」
 少しテレくさそうに田代は言った。思い出すだけで、顔が赤くなってしまう。
 田代のことは嫌いではない。でも、好きかというと、それは違うと優子は思う。
 だって、優子が好きなのは拓海なのだから。いや、好きというよりも、もはや崇拝といえる程の感情を、優子は拓海に対して持っている。
「嫌いじゃないんだったら、付き合ってみれば? 付き合っているうちに、田代のこと、本気で好きになるかもよ」
 お昼休み、里香はそう言った。
「それで、拓海くんに対する想いも断ち切ることができれば、一石二鳥じゃない」
 と、こんなことも言った。
 確かにそうかもしれない、と優子は思う。自分にとって田代と付き合うことは、色々な意味で最善策なのかもしれない。
 なんと言っても田代は、これまで約一四年間の優子の人生の中で、初めて告白なんてものをしてくれた男の子なのだから。
 告白してくれた時の、田代の顔を思い出す。
 優しい性格と同じ、温かみを感じるその顔を真っ赤にして、まるで先生に怒られてイジケているかのような顔で告白した田代。両手は体の脇にあり、その手は堅く握りしめられていた。
「………いい人よね」
 赤かった顔をさらに赤くして、優子はつぶやいた。
 マンガで見るような、素敵でロマンティックでうっとりするような告白ではなかったけど、その分、田代の真剣さや誠実さが、とてもよく伝わってきた。
 もともと好感を持っていた。優しくて真面目で、気さくで頼れそうな気がする。
 付き合ってみようかな、と優子は思った。田代なら、自分は好きになれるかもしれない。
 優子がそんなことを考えていた時、突然、部屋の窓が開いた。
 そこから拓海がヒョイと顔を出す。
「ようっ」
 そして、優子を見てにこっと笑った。
 拓海がこうやって、庭にある木を昇って優子の部屋に入ってくることは、そう珍しいことではない。しかし、田代と付き合うかどうかを考えていた優子は、驚いて慌てふためいた。
「た、拓海!」
「ちょっと上がらせてもらうぜ」
 拓海は脱いだ靴を屋根の上に置くと、窓枠をまたいで部屋に入ってきた。そして、ごく当たり前のようにベッドの上にいる優子の隣に腰をおろす。
「ど、どうしたの、こんな夜遅く」
「デートだよ、デート。ちょっと遅くなっっちゃってさ。あー、腹減った。なにか喰う物ないか?」
 優子は慌てて立ち上がると、机の引き出しからスナック菓子の袋を取り出した。
「こんな物しかないけど」
「お、サンキュー」
 嬉しそうに袋をあけると、拓海はバリバリと菓子を頬張り始めた。そんな拓海の横顔を、優子はぼんやりと見つめる。
 やっぱり拓海はかっこいい、と優子は思った。小学生の頃はそうでもなかったのに、中学に入ってから背もメキメキ伸びた。考えるのもおこがましいが、自分とはどう見ても不釣合いである。例えるならば、王子さまと城の掃除婦ってな感じだ。
 自分自身の考えに、なんだかすごく落ち込んでしまった優子は、大きなため息をついた。それを見て、拓海が不思議そうに言った。
「どうした? なにかあったのか?」
「え? ううん、なんでもないよ」
「あ、なんか隠しごとしてるだろ。なんだよー、教えてくれよ」
 さすがに長い付き合いである。拓海は優子のことをよく分かっている。それでなくても、優子は単純で、すぐに思っていることが顔に出るタイプだから、人に秘密が持てないのだ。ましてや幼馴染の拓海には、すぐになんでもバレてしまう。
「どうした? なにかあったのか?」
 興味津々に迫ってくる拓海をごまかすことができず、優子は今日の出来事を話したのである。田代から告白されたことを。
「ふ〜ん」
 指についた菓子のカスをなめながら、たいして興味がなさそうに拓海は言った。
「よかったじゃん。告白なんてされたの、初めてだろ?」
「うん、まあ、そうなんだけど………」
「で、どうするんだ? もちろん断るんだろ?」
 うつむいて、優子はもじもじした。
 なぜだか分からないが、拓海は優子が断ることを当たり前に思っているような、そんな話し方をしている。でも優子は、田代と付き合ってみようかな、と、ついさっきそう決めたところだったのである。なんだか言い出しにくくなってしまった。
 黙っている優子を見て、拓海が片方の眉を上げた。
「なんだよ、付き合うつもりなのか?」
「………うん。田代くん、いい人だし、優しいし。あたし男の子に告白されたのなんて初めてだから、やっぱり嬉しいし。思い切って付き合ってみようかなって…」
「だめだ!」
 突然、叫ぶように拓海が言った。
 驚いて、優子は目を丸くする。
「だめだよ、なに言ってんだよ! そんなの明日にでも断っちまえ。分かったか?!」
 かなり本気で怒っている様子の拓海に、優子はわけが分からずにオタオタする。
「な、なに怒ってるの? それに、どうして田代くんと付き合っちゃいけないの?」
「あったり前だろ? だって優子は俺のモンなんだから!」
 拓海の言葉に、ますます優子は混乱する。
「俺のモンって……、だって、あたしたちは単なる幼馴染でしょう? 別に付き合ってるわけでもなんでもな…」
「そうだよ、ただの幼馴染だ。でも、今までずっと一緒だったんだ。もう優子は俺の半身みたいなもんなんだよ。これからもずっと一緒にいてくれなくちゃ」
「だ、だって、拓海には彼女がいるじゃない?!」
「そりゃ俺だって年頃の男だから、彼女くらいいるさ」
 ケロリとした顔で拓海は言う。
「でも、彼女と優子とは、まったく別物なの! 彼女とはいつか別れる時がくるけど、優子とは絶対に別れることはない。だって、優子は俺のモンなんだから。いつだって、誰よりも俺のことを理解してくれるのは優子だもんな。彼女なんてさ、みんな自分勝手でワガママで、俺のこと束縛したがったりして、意外と面倒なものなんだよ」
 そして、拓海は甘えるような顔で優子を見つめた。
「でも、優子は違う。いつも俺のことを一番に考えてくれるだろ?」
 その熱い視線に縛られたかのように、優子はなにも言えなくなった。
 拓海の自分本位なご都合主義は、今に始まったことではない。しかし今回のは、あまりにいき過ぎているのではないか、と優子は思う。そう思っているのに、心のどこかで拓海の言葉を嬉しく思っている自分がいる。特別な存在だと言ってもらえて、舞い上がるほど喜んでいる自分がいる。
 とはいえ、やはりちょっと納得がいかない。
「でも、そんなこと言われたら、あたしは一生彼氏なんてできないよ? 結婚だって、できないってことになる」
「いいじゃないか、そんなこと。俺の彼女ってことにして、それで自分を納得させておけば」
「でも、彼女じゃないもの!」
「既成事実がないと納得できないんだったら、今すぐにでも作ってやるよ。キスでも、それ以上でも」
 そう言って、拓海は優子ににじり寄ってきた。
 優子は顔を引きつらせて、拓海から慌てて離れた。
「いいっ! 既成事実はいらない!!」
「田代のこと、ちゃんと断ってくれる?」
 少し心配そうに拓海は言った。いつも自信満々の拓海がごく稀に見せる、そういう気弱な顔に優子は弱い。拓海のためなら、どんなことでもしてあげたくなってしまう。
「………分かった。断ることにする」
「やったね、それでこそ俺の優子だ」
 喜びに顔を輝かせた拓海は、嬉しそうに優子に近寄ると、いきなり頬にキスをした。
「今日、優子の部屋に来てみてよかった。もし知らないうちに優子と田代が付き合ったりしてたら、嫉妬で田代のことをぶん殴ってたかもしれない」
 にこにこしながら拓海はそんなことを言うが、優子はそれどころではない。
 キスされた頬が熱い。
 それが好きな女の子にするものではなく、かわいがっているペットにする類のものと同じであることを、優子はちゃんと知っている。田代に対する嫉妬も、自分に一番懐いていた筈の犬が、他の人間のところへ尻尾を振って駆けていった様子を見た時に感じる類のものであると、優子はちゃんと分かっている。
 分かっていても、でも、嬉しいと思わずにはいられない。顔も真っ赤になってしまう。
 そんな優子を気にもとめずに、拓海は立ち上がると窓枠に足をかけた。
「それじゃ、俺帰る。いいか、絶対に断るんだぞ、分かったか? それと、これからも同じようなことがあったら、それも絶対に断るんだぞ!」
「う、うん、分かった…」
「よし。それじゃ、おやすみー」
「お、おやすみ」
 拓海は靴を履くと、来た時と同じように木を伝って下に降り、家へと帰っていった。


 これが、三年前のできごとである。
 この日以来、優子と拓海の関係は、単なる幼馴染の枠を超えて「特別な関係」となった。
 結局、優子は田代からの交際申し込みを断った。その後も何人かの男の子に告白されたりしたが、それもすべて断ってきた。
 あの時、拓海とした約束を、優子は律儀に守っているのである。
 そして、拓海はというと。
 この三年間で、運動神経にも、顔のかっこよさにも、女好きにも磨きがかかり、今では校内でも有名な「女たらし」として名をはせている。
 放課後、里香を含んだ数人の女友達に誕生祝いをしてもらった優子は、家に帰ってからも家族に誕生祝いをしてもらい、今は特にすることもなく部屋でボンヤリしていた。
 みんなとワイワイやっている時はそうでもないが、一人になると、やはり寂しくなる。
「拓海、今頃なにやってるのかな?」
 小さく呟いてみたりする。ふと時計を見ると、まだ九時である。でも、これといってすることもない。
「もう、寝ちゃおうかな………」
 もそもそとベッドに潜り込み、部屋の電気をリモコンで消す。布団の中で丸くなり、ぎゅっと目を閉じていたが、なかなか眠気はやってこない。
 気がつくと、自分でも知らないうちに涙がこぼれていた。なんだかとても切なくて、胸が苦しい。
 誕生日に拓海からなんの連絡もないことなど、いつものことだった。そして、そんな拓海が突然やってきて、「誕生日おめでとう」と言ってくれることを優子が期待し、心密かに待ち続けることも、毎年のことだった。
 でも、どんなに待っても拓海はこない。
 それが分かっているのに、それでもやはり待ち続けてしまう。そして、涙がぽろぽろと流れるのだ。
 こんなに辛いのに、こんなに苦しいのに、やっぱり優子は拓海が好きなのだ。この気持ちをどうすることもできない。
 彼女ではない。単なる幼馴染である。それなのに、拓海は優子を縛り続ける。そして優子も、それを納得しているのだ。
「あたし、バカだわ。本当にバカだ」
 流れる涙は、どんどん枕に吸い込まれていく。
 そして、これも毎年のこと。泣きながら、優子はいつの間にか眠りに落ちていった。


 夜中、何時頃だろうか。
 優子はハッと目を覚ました。枕元においてある携帯電話がなったような気がしたのだ。サイドテーブルの明かりをつけ、急いで携帯の画面を見る。
『新着メールが届いてます』
 画面はそう告げている。すぐにメールを確認した。
 拓海からだった。
「う、うそ………」
 震える手で、優子は拓海からのメールを表示する。そこには、こう書かれてあった。
『優子、今日誕生日だったっけ? おめでとー。ついさっき思い出した。それだけ。じゃあな!』
 短い、たったそれだけの短いメール。
 それなのに、優子は嬉しくて携帯をぎゅっと胸に抱きしめた。心と体が嬉しさに震える。
 嬉しさを抑え切れなくて、優子は拓海の携帯に電話をかけてみた。が、むなしく留守番電話のメッセージが聞こえてきただけだった。
 優子はもう一度、携帯の画面に拓海からのメールを表示させた。それを、何度も何度も、何度も何度も読み返す。
 メールの向こうに拓海の笑顔が見える。
 嬉しくて嬉しくて、もう死んでもいいとさえ優子は思った。
 やがて優子は、サイドテーブルの明かりを消して、また布団の中に潜り込んだ。携帯電話を手に握り締めたまま。
 ささやかな幸せだった。でも、その幸せは、優子をこれ以上ないというほど満ち足りた気持ちにしてくれた。
「拓海、おやすみ」
 携帯に向かって優子は言った。そして、穏やかに目を閉じる。

 これでまた、明日からの拓海を想い続ける辛い日々に耐えられる。優子はそう思いながら眠りについた。



     おわり



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