Boy and Girl



 どうしてなんだ!
 松尾貴之は眉間にしわを寄せ、頬杖をついた状態で窓の外を眺めていた。
 ここが教室ではなく一人でいるのであれば、頭をかきむしりたい気分である
。  俺は人気者のはずだ、と貴之は思った。思い込みなんかではなく、客観的にみても、それは間違いないと思う。
 思えば、幼稚園児のころから女の子によくモテた。近所に住む女の子たちが、競って貴之を家に遊びに来させたがった。頼みもしないのに、いつもおやつを分けてくれた。
 幼稚園児の頃はその理由を考えることもしなかったが、小学生の高学年になった頃、どうやら自分は他の男子とくらべて顔がいいらしい、ということに気がついた。
 ちなみに、運動神経にも恵まれ、校内の短距離走では、いつも陸上部をぶっちぎって学年で一番だった。
 バレンタインデーで悩んだことなど、これまで一度もない。
「まあ、もらいすぎて困ったことなら、あったかもしれないけどな」
 これまでの人生を思い出しながら、貴之はニヤニヤ笑った。
 しかし、そこでまた、今自分が悩んでいることをハッと思い出し、ドーンと暗い気分に落ち込んだ。
 そんな風に貴之は、ちょっと自信過剰で単純なところもあるが、気持ちに余裕があるせいか、性格も屈折することなくのびのびと成長した。
 そして、いつの間にか高校三年生になっていたのである。
 顔がカッコイイ系のアイドルっぽい、というだけにとどまらず、元気で明るくてお調子者で、ユーモアのセンスも持ち合わせた人好きするタイプの貴之の人気は、中学に入ってバレーボール部に入部したことにより、さらに高まった。
 モテる男は運動部に所属している、と相場が決まっている。
 ちなみに、部員からの信頼、統率力、プレイヤーとしての実力から、今ではキャプテンである。
 これで女の子にモテないわけがない。
 試合の時など、他校の女子生徒までが貴之を見るために集まってくるほどである。
 そんな貴之の、まあ、唯一の弱点といえば勉強面である。特に数学は苦手で、教科書を開くだけで頭が痛くなってくるほどだった。
 学年順位も、下から数えれば、いつもトップテンに入っている。
 しかしこれも、貴之に好意をよせる女の子たちに言わせれば、
「すべてが完璧だと、ちょっと嫌味じゃない。ひとつくらい苦手なことがあった方が親しみが持てるし、それにカワイイよね」
などというワケの分からない理由により、貴之の人気に拍車をかけているから不思議なもんである。
 貴之の周りには、男女問わずいつでも自然に人が集まってくる。
 高校受験まで一年をきった今、勉強面での不安があるにはあるが、それでも貴之の人生は非常に恵まれたものだった。
 そう、たったひとつの悩みを除いては……。
 そのたったひとつの悩みために、貴之は今、眉間にしわを寄せているのである。頭の中を「どうして」でいっぱいにして。
「どうしたんだよ、貴之。そんな不機嫌そうな顔しちゃって」
 昼休みが、あと一五分ほどで終わる頃、クラスの友達の一人が話しかけてきた。頬杖をついたまま、貴之は仏頂面で答える。
「別にぃ」
「別に、ってことはないだろう? あ、もしかして」
 にやりとその友達が笑った。ぎくっとして貴之は頬を引きつらせる。
「また、フラれたんだ。そうだろ?」
「いや、えっと、あの」
「白状しろ」
 しつこくつめよられて、渋々ながら貴之はうなずいた。それを確認した途端、その友達は嬉しそうにクラス中に向けて両手と大声をあげた。
「みんなー、また貴之がフラれたぞー」
「あ、コラ、やめろ!」
 貴之は立ち上がると、あわてて友達の口を押さえた、が、時すでに遅し。教室中の生徒たちが怒涛のごとく貴之の回りに押し寄せてきた。
「なんだよ貴之、またフラれちゃったのか?」
「懲りないね、お前も」
「これでフラれたの十回目だったわよねえ?」
「しかも同じ相手に、でしょ」
「うわー、信じられねー」
 みんな好き勝手、言いたい放題である。しかも頭にくることに、みんなやたらと楽しそうで、同情する素振りを見せるものなど一人もいない。
「気持ちは分かるけど、ちょっとしつこすぎるんじゃない?」
「ある意味、ストーカーだ」
「それ言えてる」
 そして、みんなでゲラゲラ笑う。
 しばらく彼らを無視して黙っていた貴之の堪忍袋の緒が、ついに切れた。
「うるせーな、お前ら。ちょっとは同情くらいしたらどうなんだ! それに、俺は十回もフラれてなんかいないぞ!」
 顔を真っ赤にして本気で怒って叫んでみたが、なんの効果もなく、かえってみんなを面白がらせてしまった。
「あ、八つ当たりしてる。サイテー」
「そんなんだからフラれるのよ」
「ちなみに、本当はフラれたの何回目だっけ?」
「うるさいな。何回だっていいだろ!」
「確か七回目。うん、間違いない」
 かわりに答えたのは、さっき教室中に貴之の失恋を暴露した張本人である。貴之はキッと相手をにらみつけた。
「裏切り者!」
「だって、本当のことだもーん」
 ヘラヘラと友達は笑う。
 その時、教室のドアから一人の少女が入ってきた。みんなの視線が、いっせいにその少女に集まる。パッと人目をひく、なかなかキレイな少女である。
 貴之は立ち上がると、その少女の席までずんずん歩いていった。そして、頬をふくらませて言う。
「美夜、お前が七回も俺をフるから、みろ、俺はみんなの笑いモンだぞ」
 そう、この少女、同じクラスの久保田美夜こそ、貴之を連続失恋させている張本人だったのである。
 美夜は肩をすくめてみせた。
「それは悪かったわね」
「悪いと思うなら、せめて俺をフる理由を教えてくれよ」
「教えなーい」
 笑いを含んだ声で美夜は言った。その小さな笑顔に、すべてを許してしまいそうになる自分に気づき、気を持ち直してもう一度、さっきと同じ質問をくり返そうとした。
 それなのに、昼休みを終えるチャイムが貴之の邪魔をする。
 若い数学教師の田中が、すぐに教室に入ってきた。
「みんな席につけー」
 ちぇっと唇をとがらせて、貴之は自分の席に戻った。
 いつもいつも、こうなのだ。今までに七回も貴之をフッているくせに、美夜はその理由を教えてくれない。
 そのことが、いつも貴之をモンモンとさせる。
 貴之はちらりと遠く離れた席に座る美夜に視線を向けた。
 俺のことが嫌いなのか、と考えたこともある。でも多分、それはないと貴之は思っている。
 だって二人は仲がいいのだ。休日ともなると、ちょくちょくボーリングや映画、遊園地に行ったりする仲である。
 勿論、あくまでも友達として、他の遊び仲間数人と一緒にではあるが。
 じゃあなぜなんだ、どうして美夜はOKしてくれない?
 さっぱり分からないのだ。
 ちなみに、この二人の関係を知っているものはかなり多い。
 余計なお世話だ、と貴之は言うが、学校でも三本の指に入る有名人の貴之である。それが同じ人間に何度もフられているという。これがみんなの関心ごとにならないわけがない。
 それに、美夜自身も、かなりの有名人なのだ。
 男子生徒の間で時々行われる、女子には内緒の校内マドンナコンテスト(早い話が人気投票)で、美夜は必ず五位以内に入る容姿の持ち主なのである。
 大きくてパッチリとした黒目の割合の多い瞳に、すっと通った形のいい鼻筋。唇は薄めだが薄情な感じがしないのは、いつも笑顔で明るい表情をしているからだろう。
 更に、なんといっても最高なのは、真っ直ぐに伸びた二本の長い足である。Gパンだろうがミニスカートだろうが、どんな服を着てもカッコ良くきまる。
 遠くにいても足さえ見れば、「あ、美夜がいる」と分かる程である。
 だから当然、美夜はモテる。
 古風にラブレターを出すヤツもいれば、正面きって告白するヤローもいる。
 しかもそれが珍しいことでもなんでもないのだ。
 美夜に想いを寄せる男は、学校内外に五万といる。そんな不埒な男共の情報を耳にする度、いつも貴之はドキドキハラハラ身悶えることになる。
 美夜がそいつと付き合うことになったら………あああ!!
 想像するだけで心臓が跳ね上がってしまう。
 もう嫌だ。他の男になんか美夜の指一本触れさせたくない。俺だけのものにしたい!
 そう思うから、貴之は懲りもせずに、何度フラれても同じことを繰り返しているのである。
 七回。
 そう、一年生の時に初めて告白して以来、もう七回にもなる。
 しかも、今回も撃沈。
 いい加減であきらめればいいのに、と貴之自身そう思うがそれもできない。
 自分でもバカなことをしているな、と分かっている。それでもやめられないのだ。
 それもこれも、美夜の曖昧な態度が悪い、と貴之は思う。
 交際を断ったり断られたりしたからといって、二人の友達としての仲が気まずくなることはなかった。まるでなにもなかったかのようにクラスでは話もするし、他の仲間と一緒に遊びにいったりもする。そして、二人は本当に相性がいいのだ。笑いのツボは同じだし、感動する映画もだいたい同じだ。話していて楽しいし、一緒にいて飽きるということがない。
「お似合いなんだけどなぁ」
 本当のところ、美夜がどうしてOKしないのか、友人たちも首をひねって不思議がっているのである。
 そんなだから、数ヶ月経って前回の失恋の痛手から立ち直る頃になると、「今度こそは!」なんて期待して、貴之はまた告白してしまうのだ。そして、同じ返事をもらうことになる。
「恋は盲目とは、よく言ったもんだよなぁ」
 そんなことを、授業なんかそっちのけで考えている貴之の頭に、一本の白いチョークが飛んできて、コツンと当たった。
「イテ!」
 貴之は床に落ちたチョークを仏頂面で拾い上げ、教壇に立つ田中に投げて返した。
「先生よぉ、出来の悪い生徒にチョーク投げる教師なんて、今時テレビでもいないよ」
 貴之の投げたチョークを右手でキャッチした田中は、満面の笑顔で言った。
「そう、だから一度でいいからやってみたかったんだ、ははは」
「ったく、冗談じゃないぜ」
 ふてくされた態度の貴之をおもしろく思いながらも、一応教師らしく田中は言った。
「おまえこそなんだ、ボーっとして。それじゃなくても数学は苦手だろ? 授業くらい真面目に受けろ」
「せんせーい。貴之、昼休みにまた久保田にフラれたんでーす」
 クラスの誰かが、笑いを含んだ声で言った。
「今回で七回目でーす」
「えっ、そうなのか!」
 その新情報に、田中は顔を輝かせた。教員室内でも、ほとんどの教師が貴之と美夜の関係に興味深々なのである。
 しかし田中は、ハッと自分の立場を思い出し、真面目な顔に戻ってコホンと咳払いを一つした。
「そ、それは残念だったな。しかし、授業はしっかり受けないといかんぞ」
 そう言って、ニヤリと笑う。
「もしかして、苦手な数学を克服できたら、久保田も見直していい返事をくれるかもしれんぞ。なあ、久保田?」
 そうだそうだー、なんて他の生徒たちのヤジが飛ぶ中、美夜はにっこり笑って教師に言った。
「そうですね、次の試験で九十五点以上取れたら、考えないでもないですねー」
 軽いノリでそう答える美夜に、他の生徒たちも盛り上がる。
「どうだ、松尾。ちょっとがんばってみたらどうだ?」
 にやにや笑いながらそう言う田中に、貴之は下唇をつき出して答えた。
「なんだよ、先生までそんなこと言っちゃってさ。どうせ俺は頭悪いですよーだ!」
 くすくす笑うクラスのみんなに、べーっと舌を出してみせた貴之は、また不機嫌そうに頬杖をついた。
 みんなして俺をバカにしやがって。こうなったら、よーし!
 貴之は一つの決意をした。


「なんか貴之、最近やつれてない?」
「毎日遅くまで勉強してるらしいよ。しかも、家庭教師までつけて」
「えー、なんでまた急に?」
「次のテスト、数学で九十五点以上取るんだって」
 クラスメートたちのする、休み時間の井戸端会議を気にもとめず、貴之は参考書片手に数学の問題と格闘していた。そう、なにがなんでも次の数学のテストで九十五点以上取ってやるのだ。
「勉強したいから家庭教師雇ってくれない?」
 今までバレーボール三昧で、勉強になんて見向きもしなかった貴之である。息子のこの発言に、両親は一も二もなく大喜びで首を縦に振ってくれた。
 家庭教師は週に三度やって来て、二時間びっちりシゴいてくれる。家庭教師が帰ってからも勉強するし、来ない日だってちゃんとやる。学校の休み時間も無駄にしない。勿論、部活の練習にも休まず出る。
 そんな生活を送っている内に、貴之はゲッソリ痩せてきてしまったのだ。
 どうしてここまでやるのか。決まっている、美夜につき合ってもらうためだ。
 貴之だってバカじゃない。数学の授業中、美夜が「九十五点以上取れたら考える」と言ったのは、単に軽いノリで言っただけ、と分ってる。
 それでも、少しでも可能性があるのであれば、やってみる価値はあると思った。
 毎日の部活の練習と、深夜までの勉強で体も脳みそも疲れきっている。それでも、こんなことぐらいで美夜が付き合ってくれるのであれば安いもんじゃないか。
 そんな貴之を、はじめはからかっていた友人たちも、そのあまりの真剣さに次第に邪魔をせず、遠巻きに見ているだけになった。
 時々、美夜が困ったような顔をして自分を見ていることに気づいていたが、貴之はそれも無視した。
 次の数学のテストで九十五点以上とる!
 これはもう、貴之自身の意地とプライドの問題だった。

 そして。
 ついに定期試験も終わり、数学の答案用紙が戻ってくる日になったのである。
「松尾貴之」
 名前を呼ばれ教壇に向かった貴之に、田中が震える手で採点済みの答案用紙を差し出した。
「松尾、先生は……先生は感動したぞ! お前やればできるんだなぁ」
 貴之はドキドキしながら答案用紙を受け取った。そして、恐る恐る点数に目を向ける。
「た、貴之、何点?」
「何点だったんだ?」
 クラス全員の注目を浴びる中、貴之は答案用紙から顔を上げた。そして、握った拳を高く突き上げる。
「九十六点! やったぁ!!」
 わーっとクラス中から歓声と拍手が巻き起こる。
 その拍手喝さいの中を、貴之は堂々とした足取りで美夜の席まで突き進んだ。そして、手に持っていた努力の結晶を美夜の机の上に置くと、大きく深呼吸した。
 クラス中が水を打ったように静まり返る。
「美夜、俺と付き合ってくれないか?」
 八回目の挑戦である。
 貴之、それに田中も含めたクラス全員が、固唾を飲んで美夜の返事を待った。
 今度こそ美夜はOKするかもしれない、とみんなが思っていた。今回の貴之の健気な努力を、誰もが知っている。OKするしもしれない、というよりは、OKしてやって欲しい、とみんなが心の中で思っていたのだ。
 そして美夜は、貴之の答案用紙を手に持ち、それから目を離さずにボソリと言った。
「すごいね、貴之は」
「え」
「あたしなんかのために、こんなにがんばってくれて……目の下なんかクマができてるし、体もすっかり痩せちゃったね。これでOKの返事出さないなんて、有り得ないよ」
「え、そ、それじゃ」
 期待に胸を膨らませて貴之が目を大きく見開いた。
「普通ならね。でも、だめ」
 美夜は首を横に振った。
「あたし、貴之とは付き合えない」
「どうしてだーっ!!」
 叫んだのは田中である。みんなのシラケた視線を一斉に浴びて、恥ずかしそうに赤面する。 「す、すまん。続けてくれ」
 生徒たちの視線が、また貴之と美夜に向けられた。
「なんで…ダメなんだよ……」
 座っている美夜を見下ろしながら、つぶやくように貴之は言った。
「俺のこと嫌いか?」
 黙って首を振るだけで、美夜はなにも答えない。
 ハァッと、貴之は大きくため息をついた。
 今回は本当にがんばった、と自分でも思う。
 睡眠時間は、一日平均三時間くらいだった。数学は本当に苦手で、頭の中には初歩的な公式一つ入っていなかったものだから、一年の教科書をひっぱり出して復習することから始めなければならなかった。勉強しているからといって部活動を疎かにするつもりもなく、バレーボール部での厳しい練習にもサボらず真面目に取り組んだ。休み時間さえ無駄にせず、参考書や問題集と格闘した。寝不足で頭はクラクラしたし、体は疲れてボロボロになった。
 こんなにがんばったことなんて、今までなかったと断言できる。
 しかし、結果が伴っていなきゃ、そのことになんの意味もない。どんなにそのプロセスが素晴らしくても、結果が悪ければ、それもなんの価値のないことになってしまう。
 そうじゃない、という人もいるだろう。やったことに価値がないなんてことはない。その努力は、いつかきっとどこかで人生の役に立つ、なんて。
 でも、今の貴之にはそうは思えなかった。
 だって、結局またフラれてしまったのだから。努力する前と後とをくらべてみても、二人の関係になんの進歩もみられない。
 しかし、こうなってみると、なんで美夜にフられ続けているのか、貴之にはまったくもって理由が分からなかった。
 顔は悪くない。性格だって、そう悪くないはずだ。成績が悪いのだって、ちゃんと真面目にやりさえすれば、それなりの結果を残せることも証明してみせた。
 じゃあ、なんで??
 今回だけは、なにがなんでもその理由を聞かなけりゃ気がおさまらない。
 鼻から大きく息を吸い込み、いざ、美夜に問いただそうとしたその時、ガタンと音を立てて美夜が立ち上がった。そして、呆気にとられる貴之を残して、教室から走って出て行ってしまったのである。
「な、なんだ?」
 目を点にしたまま、美夜の出て行ったドアを呆然と見つめていた貴之に、田中が叫んだ。
「なにやってんだ、松尾。早く追いかけろ!」
 教師にあるまじきその言葉に、貴之はあわてて教室を飛び出した。


「一体、どこまで走るつもりだよ!」
 思ったより足の速い美夜に、貴之がやっと追いついてその手首を掴むことができたのは、校門のそばにある大きな桜の木の下だった。
 花はとっくに散ってしまっているが、青々とした葉が緩やかに風に揺れている。
「貴之こそ、どうして追いかけてくるのよ!」
 肩で息をつきながらも、美夜はキッと貴之をにらみつけた。
「だ、だって、美夜が急に教室を出ていったりするからさ、ビックリするだろ? どうしたんだよ?」
「あたしは……その、ちょっと取り乱しただけよ」
「取り乱した?」
 美夜はうなずく。
「授業中にみんなの前で告白するなんで。しかも、あんな感動ものの答案用紙なんか持って。ビックリするやら嬉しいやら感動するやらで、なんだかもう、わけが分からなくなっちゃったの」
「嬉しい? 俺に告白されて嬉しかったのか?」
 ついさっきした告白を含めて、もう八回も自分をフり続けている美夜である。告白されて嬉しいなんて、言っていることと態度との、つじつまが合わない。
 頭の中を「?」でいっぱにした貴之に、平然と美夜が言った。
「だって、あたしは貴之が好きなんだもの。嬉しいのは当然でしょ」
 貴之は飛び上がった。
「お、俺のことが好き? ウソだろ?」
「ウソじゃないわ。あたしは貴之のことが好きなのよ。でなきゃ、いつもつるんで遊んだりしないわよ。一年の時、教室で初めて会った時から、あたしはずっと貴之のことが好きだった」 「だったらどうして今まで俺のことフり続けてきたんだよ!」
 思わず貴之は叫んでしまった。
 もう、頭の中はごちゃごちゃで、なにがなんだか分からない。
 美夜は視線を下に落とした。
 言いたくないらしいが、そういうわけにはいかない。
「なあ、教えてくれよ!」
「……怒らない?」
 上目使いで美夜が貴之を見た。貴之は何度もコクコクうなずく。
 それを見て、美夜はまた視線を下に落としてハァッと大きく息をついた。
「不安だったの。貴之と、彼氏彼女の関係でつきあうことが」
「不安? どうして?!」
「だって」
 そこで言葉をとめ、チラッと貴之を見てから美夜は頬を赤らめた。
「だって、貴之はかっこいいもの。性格だって良くてみんなからすごく人気がある。貴之のことを好きだっていう女の子、あたしいっぱい知ってるよ」
「だから? それと不安になるのと、どう関係があるんだよ」
「だから、その、つまり……簡単に言うと、あたしは自分に自信が持てないの。あたしなんかが貴之と付き合うなんて、不釣合いというか、おこがましいというか」
「不釣合いなんてこと、あるわけないだろ!」
 貴之はビックリして叫んだ。
「だって、美夜はかわいいじゃないか。それに、そんなカッコイイ足をしてるのに!」
「でも、あたしはそう思ったの。つき合っても、あたしなんかすぐに貴之にあきられて、別れることになるんじゃないかって。それだったら友達のままでいて、いつまでも側にいられる方がいい」
「そんな理由で今まで俺の真剣な告白を断り続けてきたのか? 俺のことが好きだったくせに?」
 なんだか貴之は腹が立ってきた。
 今まで貴之が何度も告白し続けてきたのは、本当に美夜のことが好きだったからだ。学校中のみんなにバカにされようともくじけず、一途に美夜を想い続けてきた。
 それなのに!
 実は美夜もずっと前から俺のことが好きだった、だと?
 しかも、自分には理解できないメチャクチャな理由から、告白を断り続けてきたのだそうな。付き合って、そんでもっていつか別れるくらいなら友達のままの方がいい?
 あまりにも自分勝手で、こっちの気持ちを踏みにじってるとしか思えない。
「信じられない。バカげてる!」
「バカげてる、ですって?」
 ビクリと美夜のこめかみが動いた。
「あたしだって辛かったんだから。好きな人に告白されたのに、それを断らなければならないのよ。これでもすごく悩んだんだから!」
 貴之をにらみつけながら美夜は叫んだ。
 しかし、貴之だって黙っていない。
「好きなら好きで、さっさとOKすればいいじゃないか!」
「それができないから辛かったんじゃない!」
「だいたい、つき合いもしないうちから別れることで悩むなんて、どう考えてもおかしいよ。先のことまで考えすぎだ!」
「先のことくらい考えるわよ。孝之こそ、なんて考え方が単細胞なの?! 信じられない!」
「なんだと!」
 まるで敵同士のように、二人はにらみ合った。
 見えない火花が二人の間を飛び散る。
 しばらくして、美夜が静かに目をふせた。そして、つぶやくように言う。
「……そんな先のことまで考えて想い悩むほど、あたしは貴之のことが好きなのよ」
 美夜はぽろりと涙をこぼした。う、と貴之は言葉につまる。
 ずっとずっと好きだった。だから、追いかけ続けてきた。その美夜が、孝之のことを好きだと言っているのだ。好きだからこそ悩んだし、辛かったと言ってくれている。
 美夜の言っていたことは、やっぱり貴之にはよく理解できない。
 でも、いいじゃないか、と思う。そんなことはどうだって。
 だって、自分たちは両想いなんだから。
 やっとそれが分かったんだから!
「あ、あのさぁ、美夜。もう泣かないでくれよ」
 できるだけ優しく、貴之は言った。
「もう、いいじゃないか、そんなに悩まなくても。俺は今まで八回もフラれたけど、それでもまだ美夜のことが好きだ。きっとこれからも気持ちは変わらない。俺を信じてくれよ。絶対に美夜をあきたりしない。なあ、俺とつきあってくれよ」
 貴之の言葉を聞いて、美夜の涙がピタリととまった。そして、今まで泣いていたのがウソのように、淡々と言った。
「イヤよ。絶対にお断り」
 その変り身の早さと、美夜の返事にドギモを抜かれながら、貴之は目を白黒させた。今度こそ、絶対にOKしてもらえると思っていたのだ。
「な、なんで?!」
 ふんっと美夜が鼻をならす。
「確かに貴之の気持ちは信用できるかもしれない。でも、今ゆっくり話をしてみて、ちょっと気が変わったわ」
「どういうことだよ」
「だって貴之ったら、女の子の気持ちをまったく分かってないんだもの。ちょっとガッカリ」
 それだけ言うと、美夜はサッパリとし顔をして、さっさと一人で教室へと戻っていった。
 後に残された貴之が、口をあんぐりと開けたまま美夜の後ろ姿を見つめていると、美夜が振り返った。
「もう少し女心を勉強してから、また再チャレンジしてちょうだい。その時になったら、また考えてみる。じゃあねー」
 さっきまで泣いていたことなど、微塵も感じさせない笑顔でそう言う美夜。
 なんだ、なんだ、なんなんだーっ!!
「り、理解できない……」
 そうつぶやくと、貴之は情けない顔をして空を見上げた。
 それでもやっぱり美夜が好きだから、また告白してしまうんだろうなぁ、とボンヤリ思ってみたりした。


     おわり



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