愛あればこそ!



 最近、あたしには悩みがある。
「なによー、蒼衣、また高梨とケンカしたのー?」
 やれやれ、といった感じでそう言った友達の佳苗に、あたしは不機嫌な顔して言った。
「ケンカなんてしてないわよ! アイツが勝手にあたしにつっかかってくるだけよ!」
「ふーん。てことは、高梨って蒼衣のことが好きなのかしら?」
 人差し指をアゴに置き、考えながらそう言う親友の佳苗に、あたしは嫌な顔して食ってかかった。
「んなワケないでしょう?! 高梨は単に性格が悪いだけよ! そうじゃなかったら、よっぽどあたしのことが嫌いなのね!」
「そうかなー?」
「そうよ!」
 ふんっ、とあたしは鼻息をならした。
 そう、あたしの悩みの種っていうのは、同じクラスの高梨順平。ヤツがやたらとあたしにつっかかってくるところにある。
「おまえ、背が高いなー。本当に女か?」
 とか、
「うっわー、すげぇ大あくび。おまえには女の恥じらいがないのか?」
 とか、いちいちあたしのカンに触るようなことばかりを言ってくる。
 そりゃ、確かにあたしはおとなしくて純情って感じの清楚な乙女なわけじゃない。でも、他の子にくらべて特別ガサツなわけでもないと思う。
 口元に手を添えずに大あくびしたのだって、前の日の夜に遅くまでテレビ観ていて、寝不足で疲れて気がゆるんでいたからだ。いつもいつも、大口開けてあくびしているワケじゃない。
 背が高いことを言われたのには、これは本当に傷ついた。
 あたしの身長は171センチもある。小さい頃からずっと背が高くて、これはあたしの大きなコンプレックスになってる。背の高い自分が嫌で、小さなかわいらしい女の子に憧れずにはいられない。
 そんなあたしに、よくも、高梨のヤツ!
 あたしと高梨とは、今年の春、高校二年になる時のクラス替えで初めて同じクラスになった。
 でも、あたしは去年から高梨のことを知っていた。
 高梨は陸上部に入っている。しかも、この辺りではちょっと名の知られた短距離ランナーだ。とにかく足が速い。
 ちょうど去年の今頃、暑苦しかった夏も終わり、少しずつ日差しが柔らかくなった九月の後半。
 文化祭の準備でクラスのみんなと教室で作業していたあたしは、ふと窓から見えるグランドに目を向けて、思わずその目を大きく見張った。一人の男の子が、なんだかすごい勢いで走ってる姿がそこには見える。
 遠目からでも、その男の子がとんでもなく俊足であることがすぐに分かった。
「すごいなー」
 無意識に、あたしは小さく呟いてた。
 その俊足ランナーこそ、高梨順平その人だった。
 その日以来、あたしは放課後の教室で、時々だけど陸上部の練習に励む高梨の姿を目で追うようになった。
 高梨は、インターハイに出場するほどの、全国でも指折りの100メートルランナーであるらしい。友達の誰かが、そんなことを言っているのを小耳に挟んだ。
 足が速いってすごいことだと思う。
 そりゃ、あたしだって足は遅くない。運動神経は鈍いほうじゃないから。でも、特別速いってワケじゃなく、普通よりちょっと速いってくらい。
 でも、高梨の走りは、普通のそれとはかなり違う。
 風を切る。そんな言葉がふさわしいような、そんな走りを高梨はする。
 人と比べて特別に足が速い。そういうのを才能って言うのかな。
 でも、きっと、才能だけじゃないと思う。どんな才能も、努力なしではその花を開花させることはできないだろうから。
 才能があって、さらには大変な努力によって、その才能を生かすことができる人。
 あたしは、話しをしたこともない高梨のことを、なんとなくだけど尊敬した。
 いつの間にか、毎日のように放課後の教室から、走る高梨の姿を見つめるようになった。
 見つめるたび、どんどん好きになっていった。
 明るくて元気で、いつも楽しそうにしている高梨。同じ学年だし、時々廊下で見かけることがあったけど、いつも高梨は数人の友達と一緒にいて、しかもその中心にいた。
 告白。
 してみようかな、と思ったこともある。
 でも、そうそする前に、あたしはこの恋をあきらめた。
 ある日、移動教室で友達数人と廊下を歩いていたあたしは、偶然、多分トイレに行こうと走っていた高梨と、肩がすれ違いそうになるほどの距離ですれ違った。
 そして、あたしの目の前は真っ暗になってしまった。
 だって、だって、高梨ってば、あんまり背が高くない!
 今まで遠くから見ていただけだったから、それに気づかなかった。均等のとれた体をしている高梨は、遠くから見ると、それなりの長身に見えていたから。
 あたしの理想は、自分より10センチは背が高い人。それだと隣に立つあたしが、きっといつもより小さめに見えるだろうから。
 それに、高梨くらいの身長の男の子にしてみれば、あたしみたいに身長の高い女の子は、彼女にはしたくないタイプに違いない。
 だから、あたしはあきらめることにした。
 高梨を好きだという気持ちを、すっぱり忘れることにした。
 それなのに。
 どうして二年のクラス替えで同じクラスになっちゃうのよ?!
 しかも。
「男勝りの大女!」
 とか言って、あたしの心をグサリと突き刺すようなことばかり言ってくる。
 くっそ〜、人の気もしらないで!
 そんなことを考えながら、あたしがお弁当のおかずを乱暴に箸でつついていると、のんきに口笛なんぞを吹きながら高梨が近づいてきた。
「あれー? 蒼衣、まだ弁当食べ終わってないのか? もうすぐ昼休み終わっちゃうぞ。男女のくせに、ずい分とおしとやかな食べ方するんだな」
 そして、いつものように憎まれ口をたたく。
「うっさいわねー。あっち行ってよ。せっかくの食事がまずくなるじゃないよっ! っていうか、勝手に人を呼び捨てにしないで!」
 あたしはにやにや笑う高梨をにらみつけた。
 でも高梨は、そんなの全然気にしない。
「あ、ひでーこと言うなぁ。なあ、俺がここにいると迷惑?」
 相変わらずの笑顔でそう訊く高梨に、佳苗を含むお弁当食べ仲間の女の子たちが、声をそろえたこう応えた。
「ううん、ぜーんぜん」
 みんな、かなりのにっこり笑顔だ。
 くそ、みんなの裏切り者め!
 高梨はホント、男にも女にも人気があるヤツなのだ。
 あたしが非難がましく友人一同をにらんでいると、その隙をついて高梨があたしのお弁当箱に手を伸ばしてきた。
「お、玉子焼き見っけ。いただき〜」
 そして、玉子焼きを取ると、そのまま走って逃げ出した。
「あ、こら、玉子焼きはあたしも大好物なんだから! 返しなさいよー! 最後に食べようと思って取ってたんだから!」
 あたしは鬼の形相で、教室中を高梨追いかけて走り回る。
 が、インターハイクラスの短距離ランナーである高梨に、あたしがかなうワケがない。
「へへっ、追いつけるもんなら追いついてみろ〜」
 走りながらも高梨は、余裕の笑顔でバカにしたようにあたしに言う。
 あー、もう、本当に腹の立つ!
 あたしがムキになって高梨を追いかけていると、それを見ていたクラスの男の子連中が笑いながら言った。
「よっ、夫婦喧嘩か?」
「いっつも仲いいねー、お二人さん」
「高梨、女房の尻になんかひかれるなよ。男の権威、見せつけてやれ!」
「おう、まかせとけ」
 男の子たちのからかい言葉に、高梨も調子を合わせてVサインなんてしてみせてる。
 あたしはクラス内外に男の子の友達も多い。おとなしいワケでなく、気取ってるようなタイプでもないから、あたしとは話しやすいらしいのだ。
 だからこういう時、男の子たちはなんの遠慮もなく、あたしにからかい言葉を浴びせてくる。
 あたしは高梨を追いかけていた足をとめると、そんな男の子たちに眉をつりあげて言った。
「ちょっと、夫婦とか言うのやめなさいよっ。すごい迷惑なんですけど!」
「だって、おまえら夫婦漫才してるみたいなんだもん」
「ケンカするほど仲がいい、っていうじゃんか」
「そんなんじゃないわよ! あたしと高梨は本当に仲が悪いの!」
 そう叫ぶように言ったところで、あたしはちょっと冷静になった。
 玉子焼き一つでなにやってんの、あたし。バッカみたい。
 5メートルほど離れた教壇の前で、高梨はニヤニヤしながらこっちの様子をうかがっている。そんな高梨を横目でギロリとにらむと、あたしはフンと顔をそらした。そして、元いた席へと戻り始める。
 意外そうな顔をして高梨が言った。
「おーい、玉子焼き、もらちゃっていいのかー?」
「いらないわよ、そんなもん。アンタが素手で触った物なんて、不潔で食べられやしないわ!」
 高梨が、なんだかつまらなさそうな顔をしたけど、知るか、そんなこと。
 席に戻ってお弁当の残りを食べようとするあたしに、ニコニコ笑いながら佳苗が言った。
「お疲れ様〜」
「なにがお疲れ様よ。裏切りモン」
 ふてくされた顔のあたしを見て、佳苗や他の女の子たちが、あはは、と笑う。
「だってー、ねえ?」
「そうそう、あたしたちにしてみれば、高梨とあんな風にイチャつけるなんて、羨ましいくらいだもん」
「イチャついてなんていないってば!」
 あたしが怒りまくって否定すると、みんなが不思議そうな顔をした。
「ねえ、どうして蒼衣は高梨のことをそんなに毛嫌いするの?」
「は?」
「だって、高梨ってカッコイイじゃない」
「話してて楽しいし」
「蒼衣のこと、羨ましいと思ってる女の子って、きっとたくさんいると思うよ」
「ねえ、どうしてなの?」
 みんながあたしに顔を寄せてくる。
「ど、どうしてって………」
 みんなは知らない。あたしが去年、高梨を好きだったこと。そして、それをあきらめたことも。
 さっきみたいに高梨をふざけ合うことを、あたしだって楽しいと思わないワケじゃない。でも、それと同時に辛くもなる。
 せっかく、あきらめることにしたのに。そう決心したのに。
 明るい高梨の笑顔を見るたびに、あたしの決心はグラついてしまう。いや、決心は変わらない。それなのに、心があたしに無断で勝手に高梨のことを好きになろうとする。
 だから、あたしは理性でもってそれに待ったをかける。必死になって押しとどめようとする。
 それが、ものすごく辛い。
「あ、あたしは別に好きで毛嫌いしているワケじゃないわ。高梨の方があたしのことを嫌ってるのよ。大女とか、ガサツだとか言ったりしてさ。そうよ、高梨さえあたしにつっかかってこなければいいのよ!」
 あたしだって、せめて普通の友達程度には、高梨と仲良くしたいと思う。
 好きでいることはあきらめたし、好きになってもらいたいなんてことも、もう考えないようにしている。
 それなのに。
 その、普通の友達っていうポジションにさえ、高梨はあたしを置いてくれようとはしない。顔を合わせるたびに憎まれ口をたたいては、あたしの心を傷つける。
 あたしは箸を口にくわえたまま、じーっと天井を見ながら考えた。
 でも、なんで? どうして高梨はあたしに意地悪なことばっかり言うの?
 あたし、高梨に嫌われるようなこと、なにかしたかなぁ?
 チラリと見ると、すでに高梨は数人の友達連中と、廊下で楽しそうにふざけ合っている。
 あたしは友達に見つからないように、こそっと小さな溜息をついた。


***********************


 授業と授業の合間にある十分休み。
「ちょっといい?」
 隣のクラスの北川にそう声をかけられ、あたしは階段の踊り場にいた。
 北川とは、去年同じクラスだった。
 気さくで面白くてさっぱりとした性格の北川とは、男女数人のグループで、よく一緒に遊びに出かけた仲だ。今年はクラス離れたけど、廊下で会ったりすると、必ず二、三言は話しをする。
「なに、どうしたのよ、改まって?」
 腕時計を気にしながらあたしは言った。もうすぐチャイム鳴る。
 北川がにっこり笑った。
「あのさ、蒼衣。唐突で悪いんだけど、俺と付き合わない?」
「え?!」
 驚いたあたしの目は点になってしまう。
「クラス離れておまえと話する機会が減ってから、なんだか寂しくてさー。どうやら、俺、蒼衣のことが好きみたい。ね、俺と付き合って」
 恥ずかしそうな素振りも、テレた様子もない笑顔の北川が、腰をかがめてあたしの顔をのぞきこむ。
 バスケット部に入っていて、身長が185センチもある北川。一緒にいると楽しくて、気も使わなくてすむから疲れることもない。
 あたしにとって、まさに北川は理想の相手。
 それなのに………なんでだろう? 「いいよ」って言葉が出てこない。
 あたしの脳裏に、ふと笑顔の高梨の姿が浮かんできた。
 やっぱり、あたしはまだ、高梨のことを完全にはふっきれてない。嫌なこと言われても、それで傷つけられても、やっぱり、あたしはまだ高梨が好きなんだ。
 こんな気持ちのまま、北川と付き合うことはできない。だって、それは北川に対して失礼なことだから。
「ごめん、北川。あたし、実は好きな人がいるんだ」
 申し訳なさそうにそう言うと、北川は肩をすくめた。
「そっか。それじゃ、しょうがないなぁ。で、どうなの? 蒼衣の好きな人って、ちゃんと蒼衣のこと好きだと思ってくれてんの?」
 あたしは首を振った。
「ううん。もしかしたら、逆に嫌われてるのかもしれない」
 うつむくあたしを無言で見ていた北川が、しばらくしてからあたしの頭をポンと叩いた。
「いつかそいつのことをフッきれるか、完全にそいつからフラれるかしたら、そん時はいつでも俺に言ってきてくれ。こう見えて、俺はけっこう辛抱強いし心も広い」
 そう言って、北川はニカッと笑った。
「いつまでも蒼衣のこと待ってるから。そんで、悲しんでるおまえにメッチャ優しく接しまくる。心の隙間につけこんで、俺のこと好きになってもらうんだ。どうだ、いい作戦だろ?」
 自慢そうに胸を張り、片目を閉じてみせた北川を見て、あたしはくすりと笑った。
 北川は優しい。それに、人の気持ちがよく分かるヤツで、思いやりのこもった態度をさり気なく上手に取ってくれる。
「………サンキュ、北川」
「よし、教室に戻るか。もうすぐチャイム鳴るぞ」
 あたしと北川は、走って教室へと向かった。
 北川の温かい気持ちがとても嬉しかった。


 そんなことがあった日の放課後。
 あたしは居残りで教室にいた。毎週一回、ショートホームルームでやらされる英単語テスト。これで八十点以上取れないと、放課後に残って、間違った単語をレポート用紙に三百回ずつ書かなきゃならない。それを英語教師に提出しないと家に帰れないのだ。
 なんと、あたしは六十点だった。一問五点で計八問も間違っちゃったから、ううー、二千四百回も英単語を書かなきゃならない!
「じゃあね、蒼衣。がんばって!」
 ションボリ肩を落とすあたしに、笑顔で手を振りながら佳苗が教室を出て行った。他のクラスメートたちも、どんどん帰っていってしまう。
 そして、最後に残ったのが、あたしと………えぇっ?!
「なんだよ、蒼衣。おまえも居残りか?」
 高梨だった。
「あ、あんたも落第点だったの?」
 努めて素っ気無くあたしが言うと、高梨は大きく肩をすくめた。
「まーな。っていうか、俺は英語苦手だから、ほぼ毎週居残ってんだけど」
「ふ、ふーん、そうなんだ」
 それだけ言うと、あたしは高梨を無視してレポート用紙に単語を書き始めた。
 あたしと高梨、二人きりしかいない放課後の教室。なんだかすごく気まずい。北川とあんな話をした後だから、余計にそんな気がしてしまう。
 雑念を振り払ってあたしが英単語に集中していると、歩いてきた高梨が隣の席に座った。ペンケースやらレポート用紙やらを持って。
「ち、ちょっと、なにやってんのよ?! 高梨の席はあっちでしょう?!」
 驚きながらあたしが言うと、高梨は無邪気な笑顔を見せた。
「だって、二人しかいないのに、離れて座るのも変だろ? それに、こういう時は、落第者同士、励まし合いながらやるもんだ。その方が効率上がるんだよ。毎週常連の俺が言うんだから、間違いない」
 そう言うと、高梨もレポート用紙に向かって単語を書き始めた。
 すごい近距離に感じる高梨の気配。聞こえるのは、互いの動かすシャープペンシルがレポート用紙を滑る音だけ。
 あたしはドキドキしながら、懸命に単語を書き続けた。
 時々、高梨が「チクショ、間違った」とか「あー、疲れた」とかグチる小声が聞こえてくる。
 そういうのをいっさい無視し、高梨の存在を自分の中から追い出して、あたしは少しでも早くここから逃げ出せるように、もう本当にメチャクチャ集中して単語を書き続けた。
 しばらく経った頃、誰かに見られているような気がして、あたしは顔を上げた。
「?!」
 高梨が頬杖をつき、あたしの方をジッと見ている。
「な、な、なによ?!」
「いや、どうして蒼衣は俺のこと無視するのかなぁ、と思って」
 いきなりそんなことを訊かれて、あたしは心臓がひっくり返るほどビックリした。
「無視って………当たり前でしょう?! 単語書いてるんだから!」
「そういうことじゃないよ。蒼衣ってさ、いつも俺のこと嫌がってるだろう? それが不思議でさ。ホラ、俺って自分で言うのもなんだけど、けっこうモテるじゃん?」
 自慢か、こら。
「他の女の子はさあ、俺が話しかけたりすると、すっごく喜んでくれるんだよね。でも、蒼衣だけは嫌がる。すっごく迷惑そうな顔をする。なあ、なんで?」
「なんで、って………」
 それは、本当に迷惑だからだ。
 あたしは高梨のことが好きで、でも、好きでいることをあきらめるって決めてて。
 でも、高梨があたしに話しかけたり、からかってきたりすると、好きな気持ちがどんどん大きくなりそうで、それが困るから。だから、あたしは高梨の存在自体を迷惑に思う。
「そ、それは、高梨があたしの嫌がることばかり言うからでしょ!」
「……………」
 高梨はちょっと考えるような素振りを見せてから、おもむろに言った。
「おまえさぁ、今日、隣のクラスの北川に告白されてただろ?」
 ボッ、とあたしの顔が赤くなる。
「ど、どうして知ってるの?!」
「偶然、階段の側を通りかかったんだ。そこで見かけた。なあ、北川と付き合うのか?」
 あたしは高梨から顔を背け、またレポートの続きを書き始めた。そして、怒ったように言う。
「あんたには関係ないでしょ!」
「いやー、それがあるんだよ。だって俺、蒼衣のことが好きだから」
 ぴたり、とあたしは動かしていた手をとめた。そして、驚愕の顔で高梨を見る。
「じ、冗談でしょう?」
 平然と高梨は言う。
「冗談なもんか。俺は本気」
 そして、なにかを思い出すように天井をみつめた。
「高校に入学してすぐの頃かな? おまえさ、コンタクトレンズ失くした女の子を手伝って、必死にそのコンタクト探してたことあったろ?」
「う…ん、そんなことがあったような、なかったような」
 思い出しながら、あたしは言った。
「それが?」
「それ見て、俺、すっげービックリしたんだよ。だって、新品の制服汚れるのもかまわずに、汚い廊下を這いつくばってまでして、蒼衣はそのコンタクトを探してたからな。自分のでもないのに」
 あたしは複雑な顔をした。
「だって、かわいそうじゃない。よく知らないけど、コンタクトって高いんでしょう?」
「いや、俺も目は悪くないから、コンタクトの値段なんて知らないけど」
 そう言ってから、高梨はにこりと笑った。
「俺さぁ、それ見て感心したんだよね。なんて優しい子だろうって。それからは、廊下で見かけるたびに、蒼衣のこと目で追ってた。ホラ、おまえデカイから目立つし、すぐに目につくからさ」
 笑顔の高梨を、あたしはキッとにらんだ。
「悪かったわね、デカくて!」
 人が気にしてることを、よくもズケズケと!
 でも、高梨があたしのことを好き? それって本当なの?
 なんだか胸がバックンバックンいいだした。
 ちらりと目を向けると、高梨はにこにこ笑っている。その笑顔を見て、あたしはピーンときた。
 そうか。ああ、そういうことか!
「あんた、さっきあたしのこと好きだとか言ってたけど、あれってウソでしょう! またあたしのことからかって、後でみんなに言って笑い者にでもするつもりなんじゃないの?!」
 そう簡単にだまされてたまるか、ってな感じであたしがそう言うと、高梨はムッとしたように唇をつきだした。
「違うよ。そんなんじゃないって」
「だったら、どうしてあたしに意地悪なことばっかり言うのよ! 大女とか、ガサツだとか、男女だとか!」
「それは」
 なにか言いかけて、高梨は口をつぐんだ。
 そして、腕を組んでそっぽを向く。
「ほら、なにも言えないんじゃないの。あー、危ない、危ない。もう少しでひっかかるところだったわ」
 勝ち誇ったようにあたしが言うと、相変わらずそっぽを向いたまま、高梨が不機嫌そうにボソリと言った。
「だから、ガサツだって言うんだよ。男心が分からないっつーか、鈍感だっつーか」
「な、なによー!」
「俺はな、好きな子はイジメてしまうタイプなんだよ」
 不機嫌な顔のまま、高梨は赤くなった。
「それくらい、気づけっつーの。バーカ」
 真っ赤な顔の高梨。怒っているような、テレているような、そんな顔をしてる。
 あたしはなにも言えず、ただ顔を真っ赤にした。
「で、どうなんだよ? 北川と付き合うのか?」
 イライラしたようにそう言う高梨に、ハッとしたあたしは慌てて首を振った。
「う、ううん。北川は仲のいい友達だから。だから、北川とは付き合わない。それに………」
「それに?」
 あたしはそれまでより、もっと顔を赤くして言った。
「それに、あたしが好きなのは高梨だから」
 ええっ、と高梨が目を見開く。
「ウソだろ?! だったら、どうして俺のこと、あんなに毛嫌いしたんだよ?! まるで、たかってくるハエみたいに!」
「あたし、高梨には好きになってもらえるはずがないと思ってて。だから、好きな気持ちを一生懸命にあきらめようとしてたの。それなのに、高梨ったらあたしにまとわりついてくるし、からかったりしてくるでしょう? 人の気も知らないで、って……。そんな風に怒ってたから」
 あたしの言葉を聞いて、高梨は不思議そうな顔をする。
「なんで、俺が蒼衣を好きにならないなんて、そんなこと思ったんだ?」
「う………ん。あたしと高梨の身長って、あまり変わらないでしょう? そりゃ、高梨の方が高いけど、でも、ちょっとだけだし。あたしみたいなデカ女、高梨が好きになるはずないと思って………」
 高梨はパチパチと何度か瞬きをした。そして、呆れたように言う。
「俺と蒼衣の身長に差がないだなんて、それっていつの話だ?」
「へ?」
 高梨の言ってることの意味が分からなくて、あたしはキョトンとした。
 大きな溜息を高梨はつく。
「ちょっと、そこに立ってみ。ほら、早く!」
 言われるがままに、あたしは立ち上がった。あたしの背中に、自分の背中をつけるようにして高梨も立つ。
 あたしは驚きの声を上げた。
「あ、あれ?」
 口をへの字にして高梨は言った。
「俺、バリバリの成長期なんだぜ? 去年の今頃と比べて、5センチも身長伸びたんだ。おまえさ、俺を避けてばかりいたから、それに気づかなかったんだろ?」
 確かに高梨の言う通りだ。あたしと高梨の身長、7、8センチくらいの差がある。
 高梨の身長はあまり高くないって思い込んでいたから、あたし、全然気づかなかった。
「これで問題解決だよな? 俺と付き合ってくれる?」
 笑顔の高梨の前で、あたしは赤くなった。
 否定する理由なんてどこにもない。だって、こんなに高梨のことが好きなんだから。
 だから、コクリとうなずいた。
 それを見て、高梨はヤッポーと嬉しそうにガッツポーズをする。
「よーし、そうとなったら、早いとこ英単レポート終わらせちゃおうぜ! そんでもって、その後は初デートだ!」
「部活はいいの?」
「今日ぐらいサボッたって、俺の実力は変わんねーよ。さ、がんばろうぜ!」
「うん!」
 あたしは笑顔で大きくうなずいた。
 二人仲良く肩を並べて、あたしたちはレポートを進める。
 この後はデート。なんかだウソみたいな本当の話。
「ねえ、もうあたしのこといじめないでね」
 あたしがそう言うと、高梨はにやっと笑った。
「それは約束できないなぁ。だって、俺、好きな子はいじめてしまうタイプだから。さっき言ったろ?」
 そんな高梨を、あたしは頬をふくらまして「もうっ」とにらんだ。

 でも。
 いじめられるのも、そう悪いもんじゃない。

 そんなことを思いながら、あたしは隣にいる高梨の気配を心地よく感じ、レポート用紙に英単語を書き続けた。




      おわり



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